第42話 果たされた願い

 地響きと共に全方向から聞こえてくる。

 と言っても、アリアンの館は砦の内部の奥まった場所にぽつんと建っている。

 ここから行けるのは前方の大通りと館の後ろにある非常口。

 でも両方から来ているのは確実よね。

 味方でありますように……。


「あ、あれは第4部隊です」


「遊撃隊よね。確か隊長はもう代替わりをしたんだっけ……しましたのでしたかしら?」


「え、ええ。良くご存じで」


 なんか心配と不安が入り混じった反応ねー。頭でも打ったと思われたかしら。

 クラウシェラも早く目を覚ましてよ。


「それより、第4部隊は全員駐留していました。そもそもの数も第6部隊とは比較になりません」


「騎兵だけで構成された高速遊撃隊。確か1800騎だったかしら。率いるのは若き英雄ブリック・ロム・ラスケット卿」


「さすがにそこまでご存知でしたか。いえ、ご存じだったというより事前に調べてあったのですね」


 いえ、ただのゲーム知識です。


「ただもし彼らが敵になったのなら……」


「その心配は無いわよ。安心して」


「そうなのですか? 確かにブリック殿は忠義に厚い方ですが」


「細かい事は今度説明するけど、この時点で第4部隊が敵対する可能性は限りなく低いわ」


 これはゲームの知識だけじゃない。

 クラウシェラと一緒に学んだ知識ね。

 もし実は彼らが敵で、第6部隊と結託しつつ実働部隊として動かしていたとする。

 そうなったら確かにピンチ。でもそれは無い。

 なぜなら遅すぎる。


 もうあの背後には、この砦自体を守る第1部隊。アリアンの親であるノーラス・エル・ケルローン騎士候の率いる主力がやって来ている。

 自分の砦での狼藉騒ぎ。しかも火の手は娘の館。砦の中の館だけに、かなりの内部。

 こんな所で騒ぎが起きれば、動かない訳が無い。

 この砦全体を揺らす様な地響きがそれを物語っている。

 ここであたしたちに襲い掛かっても、少し時間を稼げば背後から来るのは絶望的な数の軍勢よ。


 大体、ここは王国領。ここで王子の婚約者であるクラウシェラにもしもの事があったら、王家と公爵家、双方から攻められて一瞬にして滅亡ね。

 なら、第6部隊だけにやらせる意味がない。成功しても失敗しても人生終わりなら、最初から一緒にくるわ。


 そしてゲームの知識で言えば、第4部隊のラスケット卿はケルローン騎士候に絶対の忠誠を誓っている。

 それは同時にアリアンにも向けられているわ。

 そんな彼が、ここで彼女を危険に晒すとは思えない。


「騎乗にて失礼! お二人ともご無事ですか!?」


「ブリック殿! はい、クラウシェラ様のおかげで無事生き延びました」


「なるほど……」


 周りに転がる人の形をした炭を見て、何を思ったのだろう。

 まあ呆れたというか恐れたというか、とにかく状況は分かっていないけど、とにかく凄い事があった事は分かるわね。


 ブリック・ロム・ラスケット。正式な騎士だからラスケット卿と呼ばれているわね。

 フェルトラン騎士領の一部に領地を持つけど、直属の上官は王族。いわば出向というのかしら。

 まあ、騎士領にいる騎士はみんなそうなんだけどね。

 叙勲の権利を持っているのは王族だけなのだからある意味当然なのだけど、公爵家の騎士も名目上はそうよ。


 年齢はクラウシェラより一つ上の16歳。

 銀色を基調とし、フェルトラン騎士領を示す“盾に翼の生えた向かい獅子の紋章”を付けた鎧。

 それに遊撃隊を示す紫色のマント。

 まるで生まれた時からその地位が約束されていたかのような紫の長い髪と瞳が良く似合っているわ。

 戦傷で左目を失っているけど、それを差し引いてもかなりのイケメンね。

 むしろ全身から漂う若さを、その傷が引き締めているといった感じかしら。

 戦いに関しては本当に凄くて、クラウシェラ率いる公爵軍を相手に一歩も引かぬ戦いを披露したわ。

 ただ多勢に無勢。一度王家との戦争ルートに入ったら、彼は必ず戦死してしまうのよね。

 つまりは彼の攻略は失敗。シビアだわー。


「とにかく一度砦の方にご案内いたします。おい、ご案内しろ!」


「畏まりました!」


 指示を受け、複数人の騎兵が下馬して案内をしてくれた。

 ついでに2人とも寝間着だったから、軍服のコートを掛けて貰ったわ。

 こうして砦の中央に案内される事になったのだけど……オーキスどこ行ったのよ。


 彼の任務はクラウシェラの護衛。

 もしもの事があれば戦う訳だけど、報告も無しに持ち場を離れる事は考えられないわ。

 クラウシェラが目覚めたら……というか、絶対に最初から気が付いているわよね。

 折檻を受けなければ良いけど。


 こうしてあたしたちはケルローン騎士候と面会を果たし、深く謝罪された。

 まあ当然か。

 ついでにオーキスの件も分かった。一緒にいたし。

 緊急の要件で、ケルローン騎士候に呼ばれていた……という事になっていたらしい。

 当然、その伝令は襲撃者たちの一味だったのだけど。

 本当は自分で伝えてから行くべきだったのだけど、あの時点での館は女の園。

 入る事ははばかられたので、伝言は侍女に頼みつつ護衛を残してこちらに来ていたそうね。


 ここから先は想像だけど、その時点で館の中に賊はいた。

 そして伝令を受けた侍女や他の者を殺して火をつけた。

 護衛達はおそらく弩弓に音もなくやられたのね。

 オーキスらしからぬ失態だけど、さすがに主の名代として呼ばれたら行かない訳にはいかないのよね。

 それに、まさかここで襲われる危険があるとは考え付かなかった件も、予想しろという方が無理な話よね。


「本当に、申し訳ございません。1度ならず2度も御身を危機にさらした事、どのような処罰でも課してくださいませ」


 と言われてもあたしクラウシェラじゃないし。


「その件は明日にしましょう。今日はもう疲れたわ」


「そうですな。クラウシェラ様には最も安全な部屋をご用意いたします。もちろん、十分な数の信頼できる護衛も付けましょう」


「助かります」


「では私はこれにて……あら? クラウシェラ様、その左目は?」


 え? 何かあった?

 怪我をして感覚は無いのだけど。


「何かあったのかしら? 負傷はしていないと思うのだけど」


「左目が青くなっています。もしかしてあの影響でしょうか?」


 多分アリアンの考えているのとは別の方向で、間違いなくあの影響だわ。

 あれはクラウシェラの竜でありながら、今まで出てこなかった。

 詳しくは分からないけど、あたしが入った事で竜の一部がこっちに来ちゃったって考えて良いのかしら。

 ただこの目だけど、入れ替わったら元に戻っていると良いなー。

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