第40話 陽々路の竜
あの勢いで焼き払ったらあたしたちも死ぬんじゃない?
とか思うけど、慣れているのか、成長したのか、焼き払っているのは兵士だけ。
武器や鎧は溶けているけど、まだ着火はしていない。
だけどそれはそれで時間の問題よね。
「さて、そろそろ外に出るとしましょう。さすがに可燃物に火かつくわ」
「は、はい」
「そんなにおどおどしないで堂々としていればいいわ。今確認したけど、この館の中に人間はいないわ」
「そんな、じゃあ……」
「悪いけど諦めて」
侍女たちの事だろう。
脱出している可能性だってあると言いたいけど、そんな歩くサイレンを生かしておくわけがない。
この館にはクラウシェラ付きの侍女も滞在していた。
でも、今はそれを悲しんでいる余裕はない。
二人で急いで館を出る。
入り口が空きっぱなしになっていたけど、
外には普通の兵士が見える。弩弓隊はいないわね。
突入したからもう待ち伏せは意味が無いって事かしら。
「やっぱりたいした数じゃないわね。もう半部以上減ったんじゃないの? これからどうするのかしら?」
「ま、魔女め!」
「あら、今更気が付いたの? エルダーブルグ公爵家の伝承くらいは調べておくことね」
「おとぎ話だ!」
あれ? ちゃんと知っているんだ。
でもそれを現実に目にするとは夢にも思っていなかったろうね。
「さて聞きたい事もあるし、2~3人は残してあげるわ。さあ、誰が残るの? わたくしが選ぶ? それとも自分たちで選んでもよろしくてよ。ホーホッホッホ」
クラウシェラらしいと言えるけど、言っている事が酷い。
「まさか本当だったとは夢にも思わなかったぜ」
「残念だったわね。さて、そろそろ火を見つけて兵が来るわ。味方かしら? それとも……」
「答えは……これだ」
え?
クラウシェラの膝から力が抜ける。
消え去る様に、黒い霧の竜が失われていく。
これって攻略アイテム!
王墓の地下にある、公爵家と契約した古竜の魂――いわば力を鎮めるための物。
つまりはクラウシェラの力を封印する道具。
これを入手する事は、攻略にほぼ必須と言って良い。無ければ難易度はグッと上がる。
でも何で今、それがここにあるの? 王墓の地下に安置されているのよ? 万が一、公爵家が牙を剥いた時の為に!
――この感覚、知っている。でも違う。今までとは別物。
『クラウシェラ、しっかりして! クラウシェラ!』
――だめ……だわ。意識が……。
『クラウシェラ! クラウシェラ!』
だめだわ、大声を出しても反応が無い。
まるで意識が深い水底に沈んでしまったよう。
体も膝から崩れ落ちて、ピクリとも動かない。
「クラウシェラ様! 大丈夫ですか? クラウシェラ様!」
「それ、本当に効いたんですかい?」
「間違いねえな。だが、首を落とすまで注意は怠るなよ」
「分かっているって。アリアン様にも申し訳ありませんねえ。せめてもう少し時間があれば、女の喜びを教えてやれたんですが」
「へへ、違いねえ。ここで始末するのが惜しいぜ」
「あなたたち、それでもフェルトラン騎士領の兵士ですか!」
「悪いねえ、俺たちは騎士様じゃないんだよ」
「2人の騎士様はそこの魔女が焼いちまったしな。残っているのはそこにいる……」
「無駄話はそこまでにしろ! いますぐに別の部隊が来てもおかしくないんのだぞ」
「了解です」
「それじゃあな」
――お願い。彼女だけでも……お願いよ。
『クラウシェラ!?』
だめだ、また声が届かない。
もうダメなの? 何とかしなくちゃ。
あのクラウシェラが頼んだのよ! 託したのよ!
ここで一緒に……まだゲームが始まってすらいないのに破滅してどうするのよ!
涙が流れた感覚が頬を濡らす。
あれ?
クラウシェラの感覚はいつも感じている。この中に入ってから、もうずっとそう。
だけどあたし自身は?
何も無い。上も下もない不思議な感覚はあるけど、ただそれだけ。
熱い、寒い、嬉しい、楽しい、辛い、悲しい、痛い、満腹、空腹……感覚は全てクラウシェラと共有してきた。
じゃあ、この涙の感覚は?
自然と、左頬に手をやる。
確かに泣いている。左目からだけ涙が出ている。
なんで? というより、この手は?
「クラウシェラ様!」
はっとなって上を向く。
斧を持って慎重に迫ってくる兵士。それがもう目の前にいる。
これは誰の視点?
いつもの曖昧な視界じゃない。
ハッキリと分かる、リアルな人間の視点。
こちらが頭を上げて事で、兵士がたじろいた。
斧を振りかぶったまま、数歩後ろに下がる。
「何をしているんだ!」
「早くやっちまえ!」
「お、おう。分かっているよ」
また一歩踏み出してくる。
何が出来る?
彼女が剣術を習っていた時の感覚はある。だけど、肝心の
ならもう一つは?
あれはクラウシェラ独自の物。彼女が出している時も、あたしには何の感覚もない。
多分あれは彼女が生まれもって手に入れていた力。あたしには、根本的に理解できないんだわ。
でもそんな泣き言を言ってどうなるのよ!
公爵家の血に住まう邪竜。古の誰か、遠い先祖が武力と言葉で従わせた力。常に彼女を守る存在。
だったらここで何とかしなさいよ!
ゲームであたしをあれだけ苦しめたのよ!
こんな状態で発動しないで、何のために存在して――痛!
左目が痛い。
何かに刺された……違う、逆。何かが抜けていく感覚。
咄嗟に抑えるが、指の間から漏れていく黒い霧。これは!?
「お、おい」
「ま、待ってくれ。出てる! あれが出ているぞ!」
「カルツギ様!」
「あ、アイテムは動いている。発動しているんだ。問題はない。ええ、それはこけおどしだ。そもそもそれは単なるき……り……」
左目の色素が抜けていくかのように様に流れ出た黒い霧。
それは間違いなく、誰が見ても竜の姿を取っていた。
だが違う。クラウシェラが操るのは無数の竜。蛇の様に胴が長く、見ようによっては龍だろう。
しかし今現れたのは、クラウシェラの体を包み込むような巨体。
見た目は同じ霧や靄といった様子だが、形自体は中条陽々路が普段イメージする、ファンタジー世界に登場する竜そのものであった。
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