第9話 あたしはこれから聖霊よ

「ねえ、もっとはっきり言いなさい! わたくしの記憶に何か関係があるのでしょう?」


 クラウシェラは興奮気味だわ。

 まあそうなるとは思っていたけど。





 ここは覚悟を決めるしかないなー。

 何処までハッタリが通じるか。それはゲームの知識を信じるしかない。


『あたしは――』


 覚悟を決めたのにいきなり言い淀む。

 神の使い――そう答えそうになった。

 だってさ、ゲームなんかだと一番ありそうな設定じゃない?

 だけどこの世界は一神教。そして天使のような御使いはいない。ただ神がいるのみ。

 ヒロインのように神の奇跡を授かり“聖女”と呼ばれる人間はいても、この世界の神にしもべはいないのよね。

 でも代わりに、使えそうな設定がある。


『私は精霊。貴方を助けに来たのよ』


 精霊は魔法のあるこの世界では、割とポピュラーな存在だ。

 それでいて、その実態は誰も把握していない。

 存在をでっちあげるならこれがベストね。





「精霊? それが何でわたくしに憑りつきましたの?」


『せめて憑依と言って欲しいわね』


「同じ事じゃない。それで、何を求めてここへ?」


 ここからが鍵。頑張れあたしのハッタリ力。


『あたしは運命と邂逅を司る精霊。本来であれば、貴方はこれから何百回、いえ難千何万回と過酷な運命に翻弄され、恥辱にまみれ、富も名誉も、時として命さえも失い、ただひたすら魂が擦り切れてこの世界から完全に消滅するまで苦しみ続けるのが定め』


「何でよ! わたくしを誰だと思っているの!? この国最大の版図を持つエルダーブルグ公爵家の長女、クラウシェラ・ローエス・エルダーブルグなのよ!」


『それがどうしたというのかしら? 貴方はこれから数えきれないほどの破滅を繰り返します。ですがそれで? あたしたち精霊にとって、そんな事は一瞬の出来事。どれほどの時すらも、あたしたち精霊にとっては瞬きする程度の一瞬の出来事なのよ。貴方が持つどんな権力も、財も、命すらも、所詮はただ過ぎ去っていく一瞬の幻』


「そう。貴方たちにとって、人の生涯なんてそんな物って事ね。分からないでもないわ。伝説の精霊王は、原初の時代から存在するというものね。それで、貴方は何をしにここへ来たの? わたくしの魂が擦り切れる前に、奪おうとでもいうのかしら? はっ! まるで悪魔ね。実際にはそうなんじゃないの?」


 そうそう、悪魔はいるのよね。

 竜もいるし、結構分かりやすいファンタジー世界に中世文化を足した感じの世界だったわ。

 なんて感慨にふける時じゃない!


『悪魔ごときと一緒にされるとは実に心外だわ。あたしは、貴方を繰り返す時の呪縛から解き放ってあげようというのよ!』


「……本当なのかしら? なら、わたくしを亡き者にしようとしている連中を全て消し去るのに協力してくれるのかしら」


『ふう……』


「なによ?」


『それが破滅の原因だと、なぜ気が付かないのかなー。貴方は今、王家を滅ぼし、まだ見ぬ大勢の人間を亡き者にした後、近衛兵団、そして自分の父親すら虐げようとしているでしょう?』


「な、何で分かるのよ。そ、それに急に口調が変わったわね」


 やば、地が出た。でももう良いわね。あんな演技続けていられないし。

 だってあたしが破滅させて来た記憶がるのなら、関わってきた人間全部が抹殺対象でしょ。簡単なことよ、ふふん。


『そっちに合わせたのよ。それでどお? 少しは信じたかしら?』


「そうね。ただの悪魔が知り得る事じゃなさそうだわ。運命と邂逅の精霊というのは一応認めておく。それでどうしてわたくしを救おうというの? さっきの話だと、所詮貴方たちにとっては一時の事なんでしょう」


『それがそうもいかなくなったのよ。予定が変わったといった方が良いかしら。貴方、次に破滅したらそこで終わり。魂は未来永劫消滅して、神の元へ行く事も、再びこの世に生を受ける事も無いわ。つまりは、102回目の人生は無いの』


 というか間違いなくあたしが消える気がする。


『それは……困るわね』


 うわ、今沢山の思考が廻ったけど、神の国とか生まれ変わりとか一切眼中にない。

 どちらかと言えば、102回目が無い事に相当ショックを受けている。

 彼女、記憶が残ったのをいいことに、この際100回や200回くらい失敗してもいいから完璧に全てを片付けようと考えていた。

 もう100回も壮絶な破滅を迎えているというのに、何と言うメンタル!?

 よくあれをまた味わおうとか思うわね。何という執念。


「失敗は出来ないという事ね。それで、質問に答えていないのだけけど? なんでわたくしに憑いたの?」


 成り行きというか、不幸な事故というか、そもそもあたし自体が理由を知らないというか、しかも破滅確定の彼女に入っている事自体がものすごく不満で理不尽なのだけど……でもきっと、もし理由をつけるのなら。


『貴方があたしを呼んだのよ。とてつもなく強い執念で呼び寄せたというか、引き込んだの。だからあたしは貴方の中に居て、しかも出られない。だから出る方法が分かるまで、貴方に破滅されちゃうと困るのよ』


 そうだ。彼女が破滅しようが無事天寿を迎えようが、あたしの運命は変わらない。

 何とかここを出て元の世界に帰る手段を見つけるためにも、時間は少しでも多い方が良い。

 彼女には、とにかく少しでも長生きして貰わないと。

 その為には、ここから一気に善人モードに突入よ。

 うん、それがお約束。

 突然人が変わったかのような態度に周りは驚くと思うけど、それでハッピーエンド。

 そこからはきっとかなりの時間が稼げるわ。

 どう考えても、戦争と粛清の嵐渦巻く地獄よりはよっぽど帰れる確率が高いわね。

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