第10話 世界にある設定

「それで、どうすればいいの?」


 まだ少し眠いが、今はそれどころではない。ある意味人生の転機と言って良い。

 上半身をベッドから起こし、頭の中の自称精霊と会話する。

 まあ会話と言っても、強く念じるだけなのだが。

 ある意味当然だが、精霊なんて言葉は信じてなどいない。


 ――でも利用できそうなうちは、精々利用させてもらうわ。





 なんて考えているんだろうなとは思うけど、それはこちらも一緒。

 脱出と破滅回避。目的は全く違うけどね。

 でも協力してくれるのは良い事だわ。

 それじゃあ早速――。


『先ずはオーキスを近習にしなさい』


「却下。アイツは処刑よ。もう決めてあるわ」


 いきなりこう来たかー。

 前世の恨みは怖いなー。


『彼は貴方にとって最も忠実な従者となる男よ。貴方の心にも残っているはずよ。彼の献身が』


「一度でも飼い主の喉笛を嚙み切った番犬など置いておけるものですか!」


 あれは難しかったなー……じゃない!


『それは貴方が全ての人間に対して不遜な態度を取り続けたから。今なら分かるでしょう? その態度と行動は、自然と敵を作る。その敵を排除したとしても、必ずやその相手に近い人間から命を狙われる。敵が無限に増える負の連鎖よ。貴方は国民を全て滅ぼし尽くすつもり? そして次は隣国? その先に残るものは何?』


「不遜な態度? 当たり前でしょ。わたくしは伯爵令嬢。それにふさわしい態度というものがあるわ」


『だからそれを改めるの。もっと周りに寄り添って、敵を作らないようにするのよ。そして、逆に味方を増やすの。そうすれば、貴方を守る人間はどんどん増えるわ』


「寄り添う? 馬鹿じゃないの? 精霊には分からないのも無理はないけど、この世界はね、階級というもので成り立っているの」


 それは知ってる。


「何故庶民が税金を払うと思うの? なぜ戦争ともなれば、命を懸けて戦うと思うの? それは王族や貴族という絶対の支配者がいるからよ。もちろん、ただそれだけじゃあ国も領地も疲弊するだけね。だから開発もする。大規模な開墾もする。そうやって国を豊かにするのも仕事なのよ。でも当然それにも領民を動員するわ」


 はい、それも知っています。


「それで、どうしてそういった事に庶民が従うと思うの?」


『それはまあ、王家や貴族が権力を持っていて偉いから?』


「半分正解。王家や貴族が権力を持っているからでも偉いからでないの。ただ王家や貴族という存在だからよ。その力、実績、それを積み重ねた血筋という歴史。それが庶民とは遠い存在。逆らう事など考えられない絶対的な格差を作り上げているのよ」


 ゆらりと黒いオーラが体から流れ出る。同時に湧き出す怒りを綴った思考の紙。

 多分、それなのに逆らわれた事がフラッシュバックしてるわね。


「だからこそ、その差を埋めるような事は決してしてはいけないの。わたくしたちが彼らと近くなるほど、その距離が埋まるほど、彼らには自分たちがなぜ命令を聞かなければいけないかという疑念が湧きたつわ。そうなれば、領地の各地で反乱が勃発して、正しく民衆を管理している国に攻められて終わりよ」


 ……う、結構その当たりはシビアなゲームだった。

 でもそこまでかっちりきっちりはしていなかったような。

 もう少し緩さがあったわね……その辺りが、彼女が破滅するように”設定”されている所以なのかしら。


「そうであるからこそ、わたくしたちは常に威厳を保ち、雲の上の存在でなければならないの。そしてその力をどう使うかを常に考えるの。飢えさせないように、働けるように。でも反乱する力も意志も与えないように。なぜ滅ぼした国の王族を処刑するか分かる?」


『うーん、負けたから?』


「それなら配下にするって方法もあるでしょう。実際に国民すべてを滅ぼしたわけじゃないんだし。でも王族はそうじゃないのその国の雲の上に立つ存在だからよ。だから処刑して、晒して、地に落とすの。そして民衆がしがみつく柱を無くす。そこに滅ぼした国が新たな雲の上の存在となる。まあ、わたくし達の場合は、王家ではなくこの公爵領がそれをになったのだけどね。それに、そんな存在だからこそまた擁立ようりつして反乱しようってのが現れるのよ。歩く大義名分なのだから、権力が欲しい人間には絶好のカモなのよ、王族の残党なんてものはね」


 自慢そうにふふんと鼻を鳴らすが、まあ滅ぼした2つの国の事なんだろうなー。

 というか、そうなると絶対にヒロインの素性は知られちゃいけないなー。

 だけどあれだけ破滅を繰り返しても知らないのは無理もないか。

 彼女の正体が明かされるのは、ハッピーエンド後だもの。

 でもさてそうなると、これどうしよう。


『あなたの言い分は分かったわ。世の中の事を知っている事も、自分の立場を理解している事もね。でもそれだけ考えられるなら、オーキスの損得も冷静に考えられるのではないの?』


「しつこいわね。一度主人を嚙んだ犬は処分。当たり前でしょう」


『でもまだ噛んでいない。それどころか、何度その命をなげうってまであなたを救ってきたの? そんな人間、他にいた? 未来の可能性のたった一つを取って最大の剣と盾を同時に失うなら、これから貴方の周りに集まるのはどれも役立たずよ。いざという時、貴方を守るものは誰もいない。それで良いの』


「……良くないわよ」


 苦虫をかみつぶしたような顔をしながら、そんな言葉を絞り出す。

 ああ、彼女も本当は分かっているんだ。彼の大切さを。

 だけど、”悪逆非道かつ冷酷無比の伯爵令嬢”という”設定”が、彼女に簡単な妥協を許さない。


 でも抜け道はある。

 この世界のAIは確かにすごい。まるで生きている人間のよう。

 だからこそ、絶対に裏切らないような人間すら裏切らせることができる。

 悪い言い方をしちゃうと、それこそが人間なのよ。

 大丈夫、彼女もまた人間。それにここはゲームの中だけど――ううん、設定が同じだけの違う世界といった方が良いかもしれない。

 人がゲームよりもずっと人間らしい。

 彼女もまた変えられる。というか、変えないとあたしが破滅するのよー!

 心中は御免だわ。

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