第8話 これが初めての意思疎通
「ううん……ああ、またなのね」
見慣れたベッドの天幕。なんだか見飽きたわ。今度変えさせましょう。
もっとも、今まで見た天幕なんて数えきれないほどだけど。
「クラウシェラ様! お気付きになられましたか!?」
「ロベールね。問題無いわ」
「しかし、1日に2度となれば」
「下がりなさい」
窓を見れば、もう夜だ。
鎧戸が懸かっているから外は見えないが、漏れてくる光の無さと天井に輝く魔光石――光を放つ、一般的な鉱石が光っている事で大体の時間は分かる。
命じられたロベールは看護師や次女を引き連れ素直に出て行った。
これで翌日にわたくしが死んでいれば、間違いなく全員処刑されるでしょうね。もちろん家族も含めて。
それでも命令には従う。それこそが、この世界の秩序。気にする事ではないわね。
「まあそんな事はどうでもいいわ。わたくしの頭の中にいるのは誰?」
うわ、バレテーラ。
でも何となくあたしは分かっていたからあまり驚かなかったかな。
こちらがクラウシェラの中にいる感覚を、彼女の方も何かが中にいるように感じていたんじゃないかな?
そして2度の叫び。
あれでもう彼女の中では確定事項になったんじゃないかなと思う。
もちろんこのまま沈黙して誤魔化すことは出来るけど、ここはそうもいかない。
こちらとしても、このままじゃだめなのは分かっているんだから。
「わたくしに入り込んだのは悪魔かしら? まあそれでも構わないわ。むしろあの100回の記憶を呼び覚まさせてくれて感謝しているのよ。だから教えて頂戴。対価は何? わたくしの魂かしら? それとも大勢の死? ただの気まぐれ? 何でも良いのよ」
言いながら、返事に対しての返答パターンが無数に枝分かれしていく。
物騒なのが多いなー。というか、物騒なのしかない。
ただここまでで色々と分かった。
先ずこちらはクラウシェラの考えを知ることが出来るけど、向こうはあたしが考えている事を知ることが出来ないって事ね。
ただ、読める考えは全部じゃない。
今の彼女は冷静に見えるけど、初めての事で恐怖を感じている。それは顔色や手の震えを見れば分かる。
まだ子供なんだしそれはそうよね。
そういった、感情の起伏が激しくなった時――高揚した時なんかもそうね。
それとこれは性格の問題だけど、言葉にしようと色々な文章を組み立てている時なんかも無数の単語が出てくるわ。それを見れば考えが分かるって事。
逆に言えば、特に話す事もなく冷静に思考している時は分からない。
でもこれは今の所はという限定ね。これからする事を考えれば、いつかその前提が崩れるかもしれない。
それでも今はやるしかない。
それとその前に、彼女の言う100回という数字の問題。
このゲームは実は結構難しい。
選択肢なんて出ない。だから正解を選んでいけば手軽にハッピーエンドに辿り着くゲームじゃないのよね。
だから好きだったし、だから何度か失敗した。
オーキスもそう。
迂闊に懐柔しようとして、何度殺されたか。
他にも色々。彼女の前で牛割きの刑になった事もあるし、ごく普通の人と思って接触した途端に刺されてゲームオーバーなんてこともある。
一見理不尽だけど、結構その点はしっかりと作り込まれているのよね。
その時は実は貧民街の人間で、王家でも貴族でも教会でも、とにかくそういった自分とは無縁な人間が許せないって設定だったわ。
結構、罠が多いのよねー。
そんな感じで、失敗も多い。だけど100とはあたしが到達したハッピーエンドの回数。
そしてそれは、クラウシェラ・ローエス・エルダーブルグが破滅した回数でもある。
じゃああたしが失敗した時は?
後日談はそれなりに語られるけど、ゲームとしてはそこで終わっている。いわゆるゲームオーバー。その先は無いのね。
だからなのかな? 彼女にはその記憶がない。あっても困るけど。
ただ分かってはいたけど、一番の問題にはもう気が付いている。
キーとなるのは、教会で奇跡を起こして聖女となる、ヒロインのエナ・ブローシャ。
プレイヤーである彼女の行動こそが、全てを決定する。
そしてそんな重要なシーンには必ず登場する。だって主人公だもん。
……考えていて頭が痛くなってきたわ。
「どうしたの? 答えられないの? それとも、本当に何もいないのかしら? わたくしの頭がおかしくなっただけなのかしらね」
そう呟いて、ふてくされた様にベッドに横になる。
このままそう思わせたままにするのは簡単。
だけど、間違いなく待っているのは101回目の破滅。
それも、最悪とんでもない規模の。
オーキスを処断して盾を失っても、彼女にはまだ自分の権勢で動かせる私兵がいる。
それに頭も良い。そもそも王家をも凌ぐ権力者の娘。結構やりたい放題だ。
プレイヤーじゃなければ、ヒロインだって簡単に貶められる。
自分を破滅に導いた者も、何らかの理由を付けて抹殺しようとするでしょうね。
でもそんな事は許されない。
どれほどの権力があっても、それ程までに粛清の嵐が巻き起こったら必ず抵抗すべく動く。
それを凌いでも、次は間違いなく他国との戦争。
それにも勝利したら?
おそらく彼女の周りに、“味方”と呼べる人なんていない。ましてや友達とか平和に生きるとか、そういった方面は全捨て。
悪逆非道の殺戮者として、必ず非業の最期を遂げる。悪の栄えた試し無しね。
何だかんだで、知識はあっても子供の脳がまだ付いて行っていない。
このまま暴走されての巻き沿いはごめんだわ。
とにかく叫んだらダメだった。
ここは小声で少しずつ距離を計っていくしかないわね。
『……ます……か? きこ……え……ま……す……か……?』
まるでバネ仕掛けの人形のように、クラウシェラは飛び起きる。
「聞こえるわ! 確かに聞こえるわ! でもハッキリとは聞こえない。もっとしっかりと話なさい! 貴方は何者!?」
うん、やっぱり言葉は通じるんだ。
今までのは叫んでいたからダメだったのね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます