100回破滅した悪役令嬢と、100回破滅させたあたし~二人で始める破滅回避への道

ばたっちゅ

【 それは人生の終わりであり、また一つの始まり 】

第1話 運命の終わりと始まった日

 壁も床も全てが石垣造りの暗い部屋を、多数の蝋燭が照らしていた。

 その揺らめく明かりの中、淡い光に照らされた血がぽたぽたと滴り落ちる。

 青いドレスを着た少女の腹部を赤く染めたナイフもまた、怪しい光を漂わせていた。


 部屋にいるのは、致命傷を思わせる重傷を負った少女。

 歳は若い。まだ17かそこらだろう。

 深紅の長い髪。誰もが目を奪われるであろう美貌。モデル顔負けのスタイル。

 なにより、目をそむけたくなる程の深手を負いながらも全身から溢れ出す気高さ。

 それだけでその身分の高さと同時に、この状況でも動じない心の強さを感じさせた。


 ドレスもまたとても庶民が触れられるようなものではない。

 贅を尽くし、技巧を凝らし、おそらく数年がかりで織りあげたものだ。

 更にはその身を飾る幾多の宝飾。

 彼女が身にまとう物だけで、数千人が飢えることなく生涯を平穏に過ごせるだろうことに疑いはない。

 しかしそれら全てが色褪せるほどに、少女の放つオーラ―は死に瀕して尚、明らかに畏敬の念を抱かずにはいられない。

 誰が見ても、まさに別格の存在であった。


 それにもう一人。

 灰色のフードで顔を隠したロングコートを着た男。

 表情を完全に伺うことは出来ないが、男だ。

 そして彼もまた若さを感じさせる。

 しかしその焼けただれた口元は狂気に歪み、この状況を心から楽しんでいるように見える。

 いや、実際にそうなのだろう。

 当然ながら、少女にナイフを突き立てっているのはその男なのだから。


「そう……思い出したわ。今度はアンタなのね。これで何回目かしら」


「貴様の戯言なんて知るか! 今日、この日をどれだけ待ちわびた事か。どれほど長い間、計画を練った事か。それ全ては貴様をこの世から葬る為だ! クラウシェラ・ローエス・エルダーブルグ!」


 かすれて耳障りな声がこの暗い世界に反響する。


「そういうアンタは……ふふ、ただの名無し。それでこれ? みじめなものね」


「貴様がそうしたんだ! 家名を奪い! 地位を奪い! 家を奪い! 家族を奪い! 名を奪った!」


「それが……どうしたっていうのよ。わたくしはジオードル・ローエス・エルダーブルグ公爵の長女にして次期宰相。幼い国王陛下を……補佐して……この世界を治めるものよ!」


「それも今日で終わりだ!」


「終わるのは……アンタよ!」


 クラウシェラと名乗った少女が右手に付けていた指輪が、暗い部屋を一瞬で眩き白い光に変える。


「ぐうあああああ、目が、クソ! 目がぁ!」


「……いい……気味だわ。力を封じればどうにかなると思ったのかしら? このわたくしが、何の用意もしてないとは舐められたものね」


「クソ! クソ! クソ!」


 むやみやたらとナイフを振り回すが、それは虚空を虚しく斬るだけだ。

 少女は既に、激痛に絶えながらもその場から移動していた。


 ――目がかすむ。足が重い。


 次第にしっかりと思い出してきた。

 何を? それはとても重要な事だ。

 だが今は些細な事でもある。

 この状態でしなければいけないのは、一刻も早くこの場から脱出する事なのだから。

 別の指輪を腹部に当てると、光と共に次第に出血が減っていく。


「一時しのぎだけど、これで走れるわ」


 ――とにかく上へ。大丈夫、道は分かっているわ。


 ここに来たのは初めて。だけど一本道なのは知っている。

 大丈夫、地上はそれほど遠くない。

 まだドレスに付いた血が石畳を濡らすが、体の傷は一応だが塞がった。


 ただの強烈な光を放つだけの閃光の指輪だけど、この暗さに目が慣れていたアイツにはさぞ効いたはず。

 まだしばらくは追って来られないでしょう。

 それに予想外の反撃で、気が動転しているようにも見える。

 ただいつもの力が出ない。あの武器は、おそらくそういう品。このわたくしを葬るために用意した訳ね。


 ――でもこのわたくしが、こんな所で死ぬわけにはいかないのよ。


 アイツを生かしたのが失敗だった。

 それはせめての慈悲だったはず。家名をはく奪し、その地位を抹消し、領地から追放し、両親と弟と妹は死罪、その名が知れ渡らぬように、顔を焼き自らの名を記憶から消去した。

 やった事なんてその程度だ。

 何が悪いっていうの。このわたくしなのよ! 公爵令嬢クラウシェラ・ローエス・エルダーブルグの決定よ! アイツごときが、なぜ今になってこんな暴挙をしたのか。

 でもこれでおしまい。わたくしの慈悲にも限度があるの。


 今度こそ死刑。ううん、それだけじゃ足りないわね。

 今のアイツに、これだけのことをする力なんて無い。必ず協力者がいる。

 アイツに関わったもの。接触したもの。全員を集めて一人ずつ処刑してやるわ。

 いったいどんな顔をしてその様子を見るのかしら。

 それに必ず、あの女も関わっているに違いない。

 ふふふ……いまから……楽しみだわ。


「クラウシェラ様! クラウシェラ様ですか!?」


 遠くから走り寄って来る人影が見える。

 これで何とかしのいだ。


「遅いじゃないの。何をしていたの! 暴漢はこの奥よ。逃げ場は無いわ。必ず生きたまま捕らえなさい。アイツには必ず報いを受けさせるの。生きていたことを後悔して、殺してくださいと懇願しても絶対に最後までは生かしてやるわ……うん? なぜあなたが一人でこんな所に。部下は――」


 一太刀。

 それはまさに目にも止まらぬと評すにふさわしいだろう。

 その男の剛剣は肩から胸を通り、その細い腰までを一直線に切り裂いた。

 大量の血と共に次第に離れていく上半身と下半身。

 しかしその顔に浮かんだ表情は、驚きでも苦痛でも恐怖でも、ましてや納得でもない。

 ただ硬く歯を食いしばり、男を睨みつけた表情のまま息絶えていた。





 ※     ※     ※





 ……はっ!


 まただ。

 手を見るが、それはまだまだ幼さの残る子供の物。


 ……またあの時に戻ったんだ。


 こうしてはいられない。

 豪華なベッドを飛び出して、幼い少女が走る。正面の壁に向かって。


「どうせ忘れてしまう」


 横にある机の引き出しから、ペーパーナイフを取り出す。

 いや、握りしめる。


「どうせこの壁紙も、すぐに張り替えられてしまう」


 異様なまでの睡魔が襲う。

 だけど、刻まねばいけない。

 たとえ忘れてしまうとしても。全てが無為だったとしても――そう、これは意地だ。

 今は全てを覚えている。今まで受けたすべての苦しみ。そして屈辱を。

 怒りと憎しみが、目に見える濁流のようなオーラとなって部屋中を焼き払う。

 それはまるで、無数の首を持つ黒い霧で出来た蛇の様だった。

 そう、ここはそんな世界。特殊な能力も、魔法もある特別な場所。


「わたくしは伯爵令嬢、 クラウシェラ・ローエス・エルダーブルグよ!」


 力尽き、落ちたナイフと共に体も崩れ落ちる。


 ……いつか必ず、復讐してやる! わたくしを破滅させた、全ての者に!


 その壁には、”100”という文字。そして”殺”という言葉が刻まれていた。

 そしてまた、深く暗く激しい怒りに満ちたオーラもまた、彼女の意識と共に消滅した。

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