【 史上最高の乙女ゲーム 】

第2話 中条陽々路

 ピロリーン!


 軽快な音が鳴り、テレビモニターにハッピーエンド100回クリアのトロフィーが表示される。


「いやー、今回はこうなりましたかー。まああたしがそう仕向けたんだけどね。それにしても自分でも意外。やっていて意外。うんうん、分かるんだよー。でも今度はもっとこう、派手なところでド派手に悪役が破滅すると思っていたのよねー。エンディングの展開も想定外というか……んー、今でも顔がほてっちゃうわ。ホントこれ神ゲーよ、神ゲー! そうだ」


 スマホを取り出し、いつもの番号にかける。

 ほんの数回のコールで相手は出た。マメな相手らしい――なんて、知っているけど。


「あ、佳奈かな、やっぱり起きてた」


『勉強中。あんたは良いの、宿題』


「いーのいーの、今度纏めてやるわ」


『毎日提出なんだから、纏めても何も無いでしょう。それで何?』


「いやもうこれがすごいのなんのって、正に神! 予想外の連続で、まるで世界と一体になっているようだったわ!」


『はいはい、耳タコ耳タコ』


「いやもう聞いてよ。今回はもうとにかく凄かったの! 今まで秘密にされてきた協会の地下にあった秘密が暴かれたし、 クラウシェラの倒されっぷりももう最高。正に真の悪役って感じで、最後の最後まで』


 ――プツン! ツー、ツー……。


 再度通話をプッシュ。

 普通なら出そうにないが――、


『私、勉強中なんだけど』


「いやもうマジマジで最後まで聞いて。今回のクラウシェラの最後なんかそれはもう壮絶で壮絶で」


『やってもいないゲームの話とかされても分からないから。というかアンタその人好きよね』


「そりゃもう毎回悪役令嬢の最後が凄いの! このゲームの最大の見どころと言っても間違いないわ!」


『絶対どっか間違えているわ』


「もー、 佳奈もやんなよー! 予備のゲーム機貸すからー!」


『あんた知登世ちとせにもゲーム機貸していたわよね。何台持っているのよ』


「何を今更おっしゃいますか。お父さん修理して販売しているから、中途半端なジャンクなら家中に積んであるもの」


『商売品、勝手に持ち出しちゃっていいの?』


「良いの良いの。お父さんあたしには激甘だから。それよりもー」


 ――プツン! ツー、ツー……。


「もー、分かって無いなー。やればわかるのよ! 知登世だって撃ハマリ中なんだからー!」





 彼女が電話の向こうで考えている事など、手に取るように分かる。

 だから手を出さないのだと佳奈は思っているが、あえて話してはいない。

 そんなものに嵌ってしまったら、勉強どころではない。


 ただでさえ天才肌である彼女――中条陽々路なかじょうひひろに成績で負けているのだ。

 彼女とは幼い頃からの付き合い。

 身長は自分と同じくらいの162センチ。だけど体重も彼女の方が軽く、胸は大きくウエストは細い。


「なんか腹が立ってきた」


 そして小学校の頃から全く変わらないおかっぱ頭。童顔だけど、普通にしている時の仕草が美人。とにかく人を引き付ける。

 何とか綺麗に見せようと、色々髪型を変えている自分とは大違う。今ロングにしているけど、その髪が彼女の魅力に届くとは思えない。


「やっぱり内面なのかな」


 そんな中条陽々路は典型的な天才肌。1を聞けば10は知る。

 だけど、決してそれを表には出さない。本人に言わせると、


「んー、何となくわかるじゃん、言いたい事。だけど先回りして”こういう話ね”なんてのはダーメ。間違っていたら大変よ。だからちゃんと話を聞いて、修正しながら相手に合わせるの」


 話し上手で聞き上手。明るく社交的。常にみんなの輪の中心にいる子。

 交友関係の広さは知識の豊富さに直結する。

 彼女はあたしの知らない事をたくさん知っている。

 でも、


「何であたしにはそういう配慮が無いの?」


「だって、 佳奈は一生の親友だもん。だからほら、今度出たゲーム、またやろうよ。今度は対戦アクションだよー」


「絶対に勝てないからヤダ」


 限られた人しか知らない彼女の一面。というか本性。

 あんなゲーム三昧のオタクに負け続けては、幼馴染としてもプライドが許さない。

 親友というのなら、助け合える関係であるべきなんだ。

 今のあたしに、そんな強みは無い。


「でも、インフィニティ・ロマンチックかー」


 そのベタな名前に反して、超ハイテクな最新乙女ゲーム。

 登場人物は全てAIで完全に自立しており、ボイスチャットでのフリー会話が可能。

 キャラクターの立場により制約はあるが、逆にそれこそが個性を際立たせ、まるで実際に本人と話しているかのような錯覚すら覚えるという。


 グラフックももちろんAI。

 そこまでの選択により、毎回違うストーリーが展開する。

 そこそこ同じ事をなぞれば似たような展開になるが、AIは言葉のニュアンスまで、まるで生きている人間かのように敏感に読み取る。

 こうして作られるストーリーは正に無限。

 しかもそれをまとめて一つのノベルとして流せる機能付き。

 正に至れり尽くせりだ。

 自分が本当にその世界に生き、そして愛する人と結ばれるまでの波乱の物語が、最後に選んだ男性の語りで綴られるのだ。

 自分であるヒロインをどれ程愛しているかを、これ程かという程に盛りまくって。


「気持ちは分かるんだよなー」


 陽々路が布教したい気持ちは十分に分かる。幼い頃からの、長い付き合いなのだ。


「今度電話が来たら、もう少しだけ話に付き合ってあげよう」





 ――しかし、その電話がかかって来る事は無かった。


 ――それどころか、再び会話する事さえも。





 ※     ※     ※





 目の前には棺。その後ろに飾られた花の中に、無邪気な笑顔で笑いかける中条陽々路の遺影が飾られている。


「心不全ですって」


「朝、母親が見つけたんだって」


「あんなに元気だったのに」


「分からない。なんか悔しい……」


 葬儀には、クラス中の人間が集まっていた。

 もちろん宮濱知登世の姿もある。

 いや、それだけではない。他のクラスからも多数の友人が集まっていた。

 女性だけではない。ゲームハードに詳しいという父親の副業の関係で、男友達も多かった。


 それ以上に、誰にでも愛層が良く、しかもそれが心からの物で、欠片の嫌味も打算もない。

 それが分かっていたから、誰もが彼女の輪の中に入りたがった。

 自分は幼馴染だから自然に隣にいたが、何人紹介したか分からない。

 でもそんな事は、ここに集まった人数を見れば説明なんていらないだろう。

 誰からも愛されていた、自慢の親友……。


「陽々路~……陽々路おぉぉぉぉ~」


 父親は棺にしがみつき、母親はそれを見て耐えきれなくなったのか、膝から崩れ落ちてしまった。

 自分だってこうして立っているだけで辛いのだ。親がどれ程の気持ちなのかは想像もつかない。

 そこから先はどうやら自分の感情も決壊してしまったらしい。

 気がついいたら、友達たちに声を掛けられながら椅子に座っていた。

 そこでぼんやりと、棺の中にインフィニティ・ロマンチックを入れられたと聞いた。

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