第25話 竜と剛剣
上空からの矢を防いだ黒い竜の首たちは、そのままバルコニーにいた弓兵だけではなく、当然のように囲んでいた兵士たちにも襲い掛かった。
彼らも城付きの兵士。ただの雑兵とは違う。
すぐさま盾兵が前に出て、槍兵が背後で構える。
普通に考えれば正しい。だけどあまりにも愚かな選択だわ。
黒い竜の前では盾なんて関係ない。
全てを焼き、直撃した兵士は一瞬で炭の塊と化し、近くにいた兵士は焼けた鎧で悶絶して転げまわる。
逃げ場なんて無い。城のホールは、一瞬にして燃え盛る地獄と化した。
高価そうな絨毯も、壁紙も、飾ってあった巨大な絵画もみんな燃えていく。
「ほらどうしたの。そんな事で城の衛兵が務まるとでも思っているの!? かかってきなさい。このわたくしが恐ろしくないのならね。あははははははは。自分が誰に対して不敬を働いたのか、燃えながらもう一度考えるが良いわ」
しかし抵抗なんて出来ようもない。
止めるべきだろうか?
諫めるべきだろうか?
ううん、違う。
だって、心がこんなにも泣いているんだもの。
あれだけの旅をして、散々な目に遭って、ようやく故郷に戻って来た。
それなのにあんな仕打ちを受けてしまったら、あたしだって手を貸したくなってしまう。
だって、どんなに高潔な心と使命感を持っていても、この子はまだ13なのよ。
それにもう……止めて何になるのか。
もうここに生きている人間なんていないんだから。
しかし目にも止まらぬ一閃が、燃え盛る炎を切り裂いた。
真っ赤な軍服を着た長身の男が、2階の階段を1段1段踏みしめるようにゆっくりと降りて来る。
吸い込まれるようなネイビーブルーの髪と瞳。他の兵士より頭一つ抜けた長身だけど、オーキスより少し低いのよね。
ただその手に持つ剣は、あまりにも太く大きい。
若いというのは難しいけれど、28歳で近衛兵長になった天才剣士。名はガリザウス・ウイス・カーディン。
かつては剣の5武行典に師事し、師匠が引退してからは国内最強の剣士。ついたあだ名は剛剣のガリザウス。
師匠以外に負けた事は無く、それどころか幾多の戦場や討伐に赴くも、掠り傷すら負った事は無い。
当然世間は次の剣の5武行典と期待しているが、その為には今の地位は捨てなければいけないのよね。
それ以前に本人曰く、「師匠相手に3秒ともたなかった私が5武行典? ご冗談を」だそうだ。
あ、でもこの頃はまだ副兵長だったかな。そうなると歳も26だね。おじさんと言っちゃったら失礼かな。
それを睨め付けるクラウシェラは、憎悪を隠そうともしない。
あたしはあたしで、枕があったら頭を抱えて全てを見なかった事にしたい。
だって100回目の記念すべき破滅をもたらした時、クラウシェラを斬ったのは彼だもの。
もちろん、そう仕向けたのはあ・た・し。てへぺろ……じゃないわよ。
場はまさに一触即発。向こうはまだ残る炎を切り裂きながら階段を降りて来る。
それを見上げて睨みつけるクラウシェラ。
緊張感に包まれて、熱いはずのホールがひんやりと感じる。
同時に、様々な思考が紙の渦となってあたしのいる空間を舞う。
即キレて襲い掛かりそうに見えるけど、実際は物凄く考えている。
確かにゲームではここで命のやり取りなんて無かったと思うけど、あたしという部外者の介入。過去100回の破滅の記憶。状況は本編開始前とは全然違う。
でもそんな事よりクラウシェラの消耗が酷すぎる。こんな状態でやり合うのは絶対にダメよ。
そんな状況で、先に話しかけてきたのはガリザウスであった。
「衛兵共が粗相を致しました。ここは怒りを抑えては頂けないでしょうか? クラウシェラ・ローエス・エルダーブルグ様」
え? それだけ?
だって20人以上いたのよ?
「さすがに貴方は分かるのね」
「これでも幼き頃から公爵閣下にお仕えする身なれば、当然、クラウシェラ様を見間違えるはずもございません。それに――私は存じておりますので。さて、急ぎ湯と着替え、それに食事のご用意をさせます。ほら、お前たち」
「は、はい!」
呼ばれると、10数人の侍女が一斉に階段を降りて来る。
全員泣きそうな顔をしているのは恐怖からか。
それでもクラウシェラを担ぎ上げると、そのまま階段を駆け上って行った。
ただすれ違いざまに、
「随分と手際が良いじゃない」
「窓からお見かけした時から用意はしておりましたが、この様な状況でしたので」
まあ確かに侍女たちと一緒に出てくるわけにはいかないわよね。
でもそうすると、あの兵士たちが全滅するのをしっかりと見ていた訳だ。
ただ、場が落ち着くまで待つっていうのは、ある意味良い考えよね。
彼が来たって、兵士を信用していないクラウシェラは止まらなかっただろうし。
「ちょっ、ちょっと待ちなさい! お父様はどうなったの!?」
「公爵閣下は南方の戦場に赴いております。当然、あのような反乱を放置するわけにはございませんので。ああ、そう睨まないでください。もし公爵閣下に何かあったのなら、この城はここまで平穏ではありますまい」
『これが平穏……』
――あんたは黙っていなさい。
「ではそういう事で」
▼ ▲ ▼
血なまぐさかったのはここまでだった。
すぐに湯を張った豪華なバスタブに放り込まれると、泡まみれになる程にごしごしと洗われる。
まるで洗濯だと思うけど――うえ、お湯が灰色になっているし。
そして髪も洗うと同時に、タオルを巻いただけで別の部屋に運ばれる。
そちらは更に豪華なバスタブが用意されており、香料でも入っているのかお湯からいい香りが漂って来る。
「ご苦労様。少し気分が楽になったわ」
「何かございましたら、何なりとお申し付けくださいませ」
お風呂は良いけど、侍女たちがずらりと並んでみているのは落ち着かないなー。
というかこの感覚、いつぶりかしら。
今までずっと何の感覚も無かったから、ものすごく新鮮――ん?
――ただでさえ締まりのない顔がふやけているわよ。もっとシャンとしなさい。
『え、ええ!? あたしが見えているの!?』
「うぐっ!」
「な、何かありましたか?」
「何でもないわ。ちょっと疲れていただけよ」
――大声は止めてって。
『ご、ごめん。それよりなんで?』
――見えているというとおかしいわよね。見渡しても侍女しかいないわ。
でも何となく自分の中にいる存在を感じるようになったのよね。
精霊って言うから、もっと動物っぽくて翅の付いたのを想像していたからちょっと面白かったわよ。
あのクラウシェラが面白いとか言うなんて。
やっぱりお風呂は偉大だなー。
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