第26話 長い逃避行の終わり
なんてのんびり構えている場合かー!
あたしの姿が見えている?
本当に?
いつから?
いや待ってね、これが正しく見えているとは限らないわ。
ここまでの極限の旅で、イマジナリーフレンドを作ってしまった可能性もあるじゃない。
『ち、因みにどんな姿なのかなー』
――そうねえ……見た事もない異国の服だわ。単純なデザインなのに、驚くほどに精巧な縫製ね。上は白いシャツ、下は紺で、随分短いスカートね。まあドレスも横は大きく開けたりするから太腿が見える事は珍しくはないけど、何とも思い切ったものね。でもそのひだは可愛らしいわ。
顔はちょっと締まりがないわね。庶民ならもっと厳しいし、貴族なら目つきが違う。何というか、金持ちの箱入り娘。でも大事にされすぎて、屋敷から一歩も出ていないという感じかしら。
うわあ……。
でも意外とこの世界の事は知っているから、本とかは好きなのかしら?
地理にも詳しいし、森や山では食べられる草やキノコ、それに薬草まで知っていた。
ジャンルは問わずって所ね。
すみません、全部ゲームの知識です。
とまあ、この辺りは精霊なのだから実際は違うのだろうけど、人間ならそう予想するわ。
なにせその姿ですもの。貴方が精霊ではなく、人間の魂である可能性も出てきたものね。
でも黒い髪に黒い瞳とか、少し神秘的な感じがするわね。わたくしに憑りつくにはお似合いの色だわ。シャツも黒くすればよかったのに
あ、後はそうねえ……ちょっと年上に見えるけど、案外可愛いじゃない。でも髪が短いのはいただけないわね。浮浪者かと思われるわよ。
ソウデスネ。この世界では殆どの女性が髪を伸ばしている。もちろん手入れは必須。長いだけじゃダメ。
ある意味、美しく長い髪は地位の高い女性のステータスね。
洗い終わったクラウシェラの髪も、あのカピカピに固まった状態から元の真紅で艶やかな美しい髪に戻りつつある。
この後で正式にお手入れすれば、それはもう美しく――じゃないって。
『あの……イツカラデスカ?』
――そうねえ、ここに到着する少し前からかな。
熱が出て朦朧として、貴方がもう休めといった辺りかしら……。
何故か耳まで真っ赤になった。
あたし何かしたのかしら。
『それでそのぉ……他には?』
――他? 他って何?
『例えばえっとぉ……普段色々と考えているけど、そう言うのは……』
――安心なさい。たとえあなたが不埒な事を考えていても、何も聞こえないわ。
というより、いつでも頭の中から声が聞こえてきたらうるさくて気が変になってしまうわ。
今ぐらいが丁度いいわね。ホールでの事も、少し考えないといけないし。
あ、それと大声はもう勘弁よ。
『わ、分かった』
良かったぁー。考えている事が筒抜けだったらどうしようかと思ったわ。
でもまあそれはそうよね。
ここは内面の世界。聞こえていたら、絶対にあたしの事を書かれた紙が大量にあるわよね。
まあよほどしっかりとした思考になってなければ出てこないとはいえ、あたしの考えている事がうるさかったら無視する事はないか。
それと、一応はホールでの事を少しだけと反省している様子で安心した。
ただ他がねー。
空腹とか休息とかより先に、どうやって副近衛兵長のガリザウスを排除できるかとその影響を真剣に考えている感じ。
紙は舞っていないけど、もうなんとなく分かるわ。
まあ一番印象に残っているでしょうし、気持ちは分かる。
けどさすがに社会的な地位や近隣諸国にも知られる剣の技。それに公爵家への忠誠心を考えると、さすがにオーキスのようにはいかないわよね。
でもそれを差し引いても、少し丸くなった?
というか大人しくなった?
いやまあね、当時より精神的に成長したのは確か。
でも今まで住んでいたお屋敷からここまでの旅がどうにも気になるのよね。
詳しい事は知らなかったけど、ゲーム開始前に彼女は大きな事件に巻き込まれ、それによって残虐非道を体現したような存在になったという回想がある。
表示されたCGは幾つかあったけど、燃える屋敷。町を焼き払うシーン。裸足で森を
そう考えると、あの事件がそうだったと考えるのが妥当よね。
でも彼女もまた、それは知っているはず。普通なら、もう一度あんな旅をするとは考えられない。
そう考えてみれば、幾つかの言葉が引っかかる。
彼女はこの状況を変えようとしていた?
ううん、疑問ではなく確実よね。彼女もそう考えていたじゃない。
でも時期がずれただけで、結局はこうなった。むしろ状況は悪くなった感じもするわ。
なら彼女はゲーム開始の様な、高慢ちきの典型的な悪女になった?
うーん……あたしにはそうなったとは思えないわ。
でもまあ、ガリザウスに対する感情を考えれば、根底は変わっていないと思うけど。
こうして入浴して汚れを落とし、髪や服を整えると、多少痩せ過ぎとはいえしっかりと公爵令嬢に見えてくる。
産まれ持ったオーラというか、内側から湧き出してくるような自信と誇りがそう見せているのね。
その後はようやく食事。
久々にまともな食べ物だわー。
クラウシェラがあたしの姿を感じられるようになったせいか、あたしもまたクラウシェラの感覚が今まで以上に分かるようになってきている。
さっきのお風呂の時は温かいお湯の感じがあったし、今も満腹感と幸せな感触がある。
少しは距離が近づいたのかしら。
それと最初から分かっていたけど、食事はクラウシェラ一人。ガリザウスは来なかったわね。
まあ後ろにはずらりと侍女が控えているけどね。
クラウシェラは慣れているけどあたしは何か落ち着かないわー。
お屋敷でも侍女はいたけど、侍女というより給仕を兼ねた控えって感じで数人だけだったのよね。
ただ今は10人以上が後ろに控えている。ちょっと怖い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます