第24話 ようやくの帰還

 その後も旅は続いた。

 途中、とくに公爵家に縁があるという大都市カジェスター、ゾームといった町にも寄ったが、反応は同じ。

 知り合いがいるそうだったけれど、面会すら果たせなかった。


 途中でパンを盗んで袋叩きに合った。

 野菜を盗んでいる所を見つかって、半殺しの目にも会った。

 何度も人さらいや盗賊、狼の群れにもに出くわした。

 というか野党が多い。2つの国を滅ぼした影響は、まだまだ収まっていないのね。

 まあそういったのは倒していったけど、もう彼女の心は限界を超えている感じがする。


 最近では、巨大なポスターのように思考はくっきりと張り出されている。

 書いてある文字は“殺”、“滅”、“怒”、“壊”、“虐”、”獄”……碌なものじゃないわ。

 もう以前の彼女には戻れないかもしれない。でも諦めたくない。

 前は破滅する前に逃げ出したかったと思っていたけど、ここまで一緒に居たらそんな事は考えられなくなっちゃった。

 彼女を救いたい。破滅なんてさせない。でもバッドエンドのように、冷酷非道の悪女にもしたくない。


『ねえ、今日からは毎日ゆっくり休もう。いつも張り詰めたままでしょ。このままじゃあもたないわ。これからは、ずっとずーっとあたしが寝ずの番をしてあげるから。何かあったら必ず起こすから、今夜からは、もっと安心して寝て』


「随分とお人よし……と言うのも変ね。精霊だもの。それより、貴方本当にわたくしから出られないの? もし出られるのなら、さっさとどこへなりとお行きなさい」


『そんな事言われたら、逆に出ていけないよ』


 それ以前に本当に出られないのだけど。

 だけどもう関係ないよね。


『あたしはずっと貴方と一緒。いなくなったりなんかしない。だから休んで』


「そう、それじゃあお言葉に甘えさせてもらうわ」


 ……ふと、クラウシェラは誰かに包まれている様なぬくもりを感じた。

 それは見た事も無い異国の服を着た、黒い短めの髪と黒い神秘的な瞳の知らない人。

 歳は自分よりも少し上だろうか? お姉さんっぽい。でも少し童顔ね。

 風体からはあまり苦労を感じさせない。服の縫製は見た事もない程にしっかりしている。

 ある程度の富裕層?

 だけど一番の特徴は、慈愛に満ちた――だけど強い意志を感じさせる瞳。

 心の底から、誰かを心配する眼差しだわ。

 これは夢? なら、たまには甘えても良いのかしら……公爵令嬢としてではなく……。

 そんな事をぼんやりと考えながら、久々に深い眠りについた。





 ▼   ▲   ▼





 そんな事をしている間に季節は巡り、夏から秋。そして冬の飢えと寒さを耐え抜き、公爵領の中枢、ヴァンディスト・グロウス城に辿り着いた。

 あの襲撃の日からおよそ11か月。

 クラウシェラは13歳になっていた。運命のゲーム開始まで、実質残り2年も無い。

 だけど彼女の心は、漆黒の闇に染まっていた。


 城はさすがにその名の通り、高い城壁に囲まれた西洋風の建築だわ。

 ここはさすがにゲームで見たからよく分かる。この頃から、何一つ変わっていないのね。

 そんな城の入り口に、まっすぐ進むクラウシェラ。

 なんか2人の守衛がこちらを見ている。


 ちょっと心配だけど、さすがにここはいわば本家。

 姿はあれから更にボロボロとなり、もうすっかり浮浪児って感じ。

 頭にはシラミが湧き、服は途中で何度か盗んだけど、この時代の服は貴重品なの。だからそうそう盗めるものじゃない。

 最後に盗めた――というか拾ったのは、2か月くらい前に偶然川に流れついていたものだった。

 おそらく洗濯中に流されてしまい諦めたのだろう。

 綿の繊維はかなり酷い状態だったけど、あの血まみれの服よりはマシだろうと思う。

 ただ誰が見ても、今の彼女を公爵令嬢のクラウシェラとは思わないよね。

 でもここは違う。行方不明の娘を名乗る人が来たら、何かしらの確認はするはずだわ。


 ……なんて甘かった。


「見慣れない守衛ね。わたくしはジオードル・ローエス・エルダーブルグ公爵の娘、クラウシェラ・ローエス・エルダーブルグ。誰かわたくしを知る者を連れて来なさい」


 その言葉を聞くや否や、


「不敬者が!」


 槍の柄で、クラウシェラのお腹を思いきり突いた。

 あまりの痛みで体がくの字に曲がる。

 ずっとまともに食べていないから、胃液だけが吐き出される。


 守衛はクラウシェラに唾を吐くと、


「公爵様がどんな気持ちでいるか考えろ、クソガキが! 命だけは助けてやる。消えろ!」


『あんたねえ――』


 向こうには届かない文句を言った瞬間、守衛は真っ黒い炭と化した。


 ――え!?


 もう一人の守衛は状況が分からないといった顔をしていたが、すぐに状況を理解して叫びながら逃げて行った。


『クラウシェラぁ』


「これで良いのよ、さあ、入りましょう。公爵令嬢の帰還よ」


 中に入ると、騒ぎを聞きつけて大勢の兵士が集まっていた。

 広いホールには、彼女を遠巻きに囲む兵士達。

 正面階段にも兵士。それにバルコニーにも弓兵が沢山いる。

 ん? あんなところにバルコニー?

 一瞬考えちゃったけど、ここは城塞。そしてこの広間は最終決戦の場なのね。

 そりゃあ、守りを固められるようになっているはずだわ。

 ゲームで何度も見て来たところだけど、いざという時になるまで違和感って気が付かないものね。


「嘆かわしいわね。これだけの兵士がいながら、わたくしを知る者が誰もいない。ヴァンディスト・グロウス城の質も落ちたものだわ」


『そういうクラウシェラは、誰か知っている人はいないの? その人の名前を呼べば、向こうも気が付くかもよ?』


 ――兵士の名前なんて、イチイチ覚えているわけが無いでしょう。彼らは平民。兵士というのがここでの名前よ。


 そういう所が問題なのよと言いたいが、ここまでの旅を共にした身としては何も言えない。

 今の彼女の心には余裕が無い。

 あたしが夜の番をしたり、積極的に話しかけるようになってから少しは緩和されたとは思う。

 でもそれは闇へと突き進む100の進行を1押しとどめた程度。

 根本的に、今の彼女にとって味方以外は全て敵でしかないのね。


「怪しげな術を使う。囲んで仕留めろ!」


『上!』


「分かっているわよ。あんなブラフに掛かるわけないでしょ」


 囲まれると思えば当然周囲の警戒が最重要。

 だけどあれは、上からの一斉射に味方を巻き込まないための合図。

 わたくしを誰だと思っているのかしら。

 まあ、気づいてはいないのでしょうけど。


 上から降り注いだ矢は黒い竜の首に阻まれて全て灰も残さず消え去った。

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