第23話 代償と苦難
いつもの綺麗な侍女の服ではなく、その身にまとうのはボロッちい下働きのような服。
でもその姿をあたしはしっかりと覚えている。
向こうは知らなくても、あたしにとっては長い付き合いだ。
「間違いありません! 彼女がクラウシェラ・ローエス・エルダーブルグです!」
「よっしゃー! 賞金首だ!」
「大金ゲットー!」
彼女は一緒に馬車で逃げた侍女の一人。
ちょっと小太りだが、力持ちで働き者だった。
なんで? どうして?
「どういうことなの、マージ!」
「どういう? あんたのせいで、あたしは掴まって、奴隷としてこいつらに売られたのよ! あんたなんかに仕えさせられたせいで、あたしの人生台無しだわ。ねえ、約束通りこいつを売ったお金であたしを解放して頂戴!」
「ああ、良いぜ。お前を買った金なんぞ、こいつに比べたらはした金だ。ただし本物だったらの話だぜ? 偽物だったら分かっているだろうな?」
「このあたしを知っていたのよ。間違いないでしょ」
「違いねえ」
「うはははははは! これで遊んで暮らせるぜ!」
「やったわね、あなた」
「お父さんすごーい」
縛られたクラウシェラの前で、皆笑っている。大喜びしている。
どうして?
――よく見なさい。精霊の世界がどうかは知らないけど、これが人間の世界よ。
散々説明したでしょう。貴族は絶対でなくてはいけないの。決して対等なところに立ってはいけないのよ。
響いて来る無数の笑い声が、彼女の心を黒く塗りつぶしていく。
これじゃダメだよ。
クラウシェラは確かに厳しい人だったけど、ちゃんと自分にも厳しい人だったよ。
常に社会の事を考えてきた人だよ。
ふんぞり返っているだけの貴族なんかじゃないよ。ちゃんとみんなの事だって考えてきたんだよ。
誰か一人でも良いから、こいつらを否定してよ!
こんな事おかしいって言ってあげてよ!
「しょせんはこんなものね」
『だめだよクラウシェラ!』
――だめ? ならこのまま敵軍の元へ送られろと? 公爵家の権威も地に落ちるわね。
『それもダメ! 絶対にダメなの!』
――大声を出さないで。頭が痛いのよ!
今気を失ったら、次に目覚めるのは牢屋の中か、裸に剥かれて敵兵の群れの中よ。
だけど……だけど……。
あたしだって分かっている。とにかくこの笑い声が本当にうるさい。
「ほら、とっとと馬車に乗せろ。一応丁重にな。死んじまったら元も子も……」
最初に話しかけてきた男がようやく馬鹿笑いを止めた時、クラウシェラは巻かれた縄を焼き切っていた。
そして縄をかけた男も、背後で真っ黒い炭となって転がっている。悲鳴すら上げる暇は与えなかった。
これはもう止められない。
どんな言葉も思いつかない。
彼女の思考の紙片が集まり、たった1枚になった。
書かれている言葉はしごく単純。
”皆殺し”
キャラバンは一瞬にして炎に包まれた。
おそらくだけど、彼女に賞金を懸けた人間は、あえてクラウシェラが持つこの力の事を黙っていた。
誰かが賞金目当てで彼女に危害を加えようとした時にあがる狼煙。
それを作るために。
「ここから離れるわ。少しでも食べておいてよかったわね」
『……うん』
それ以上、かけるべき言葉が見つからなかった。
そしてそれ以上に、そこから先は悲惨なものだった。
今まで以上に追撃してくる敵兵を何度も焼き払った。
だけどただ栄養失調の怪我人。あの竜のオーラの負担は相当なものだった。
もう限界をとうに超えている。でも休まず進み続ける。
このままじゃだめだ!
『あたしが寝ずの番をしているから、今はちゃんと休んで』
「そう……なら……お願いするわ……」
信じられないほど素直に、クラウシェラは従った。
何度そのまま目覚めないんじゃないかと思ったほどの衰弱。
これ以上続けば本当に終わっていたと思う。
彼女も分かっていたのね。ただ、きっかけが必要だっただけ。
だけど、1ヶ月もする頃には追撃も止んだ。
『最近、敵兵が来ないね』
「そうね。多分だけど、幾つかの町からこちら側の兵士が出たんだわ。それで動きにくくなったのね」
『なら!?』
「試してみる価値があるけど、あの山を越えてからよ」
標高1000メートル……ううん、1300メートルくらいかな。
その周囲もある程度高い山に囲まれている。
だけどあの山を選ぶという事は、それが最短って事なのよね。
でもこんな衰弱しきった体で……。
それでも、苦難に苦難を重ねて登り切った。
本当に険しい道。確かに、これじゃあ騎兵はもちろん鎧を着た兵士もここは超えられない。
予想した通りきつかったけど、彼女は蝶よ花よと育てられた普通の貴族令嬢じゃない。
どんな時でも生き延びられるように教わって来た。
元々この世界の何が食べられて何が食べられないかなんてわからないけど、彼女は的確に選んで何とか飢えをしのぎ切った。
こうしてようやく公爵家の支配が強い地域に辿り着いた。
これで安心――そう思ったのだけど、彼女の受難は終わらなかった。
最初の町はフテント。
山の麓にある小さな町。
でもこれようやくまともな寝床と食事にありつける――そう思ていた。だけど、
「わたくしはジオードル・ローエス・エルダーブルグ公爵の娘、クラウシェラ・ローエス・エルダーブルグ。町への立ち入りと、町長への面会を希望するわ」
町に入ろうとそういった彼女を見て、二人の門番はしばし互いにに見つめ合ったあと、何も言わずにクラウシェラを蹴り飛ばした。
「気のふれたガキが。今度言ったら不敬罪でこの場で処罰してやる。とっとと失せろ!」
『酷い! クラウシェラ、あれ出そうよ! 黒い奴。そうすれば、きっと腰を抜かして案内するよ』
――あの力は一応秘密なのよ。
もう使ってしまったけれど、直接見た者は全て抹消したわ。
当然敵には何らかの形で伝わってしまっていると思うけど、それでもわたくしが使える事を知っているのは極わずか。ここで使う訳にはいかないの。
『でも』
――こんな状態で使ってみなさい。脅しに使うだけなら、間違いなく魔女や魔物として殺されるだけよ。それとも町を焼きたいの?
行きましょう。ここから先はもう街道を通っていいわ。
今ので分かったわ。この辺りは、あの戦乱とは無関係。どちらの陣営も関係無い所よ。
『確かにそうね』
この時代、町は領主の指示に従いながらも、基本的には兵役や納税の義務を持ちつつも自立している。
少なくとも、敵であればあんな反応はしない。
そしてそれは、同時に敵であれば、この町を焼き払う事をためらわない覚悟で身分を宣言した問う事だ。
――もう行きましょう。この町に用は無いわ。
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