第22話 出会ってはいけないキャラバン

「確かに溜め込んだ財産を一気に放出すれば、感謝はされるわよ。でも同時に、自分たちが苦しんでいる時にこんなに溜め込んでいたのかという不信感を植え付けるわ。そこはまあ匙加減とそこまでの行動で変わるけど、今回はストレートに庶民の尻を叩いたわけね。当然彼らは生活が出来なくなった。だから生きていくために、公爵家に泣きついたの。“どうか我々の地を治めてください”ってね」


『それで滅ぼしたと。でもそんな国の人間が、ここまでの事をするの?』


「贅沢三昧って言ったでしょう。国民の大多数が飢えている横で、甘い汁を吸っていた肥え太っていた集団がいたのよ。おおかた、そこが別の国の支援を取り付けて行動したのでしょう。何せ小国とは言え、ほぼ一国分の財があったわけだし」


 確かにアゾール王国とエンティオーラ王国は滅んだけれど、そこ先にはまた別の国がある。

 そこもまた公爵領と接したことで危機感を感じてもおかしくはないのか。


「最初に戻るけど、わたしくしはもうやってしまいましたのよ。町一つを滅ぼすという暴挙をね。それにわたくしの勢力範囲にある町の殆どが反乱に加担したという事が、公爵家の権威を大いに失墜させた。本来ならね、普段の彼らには安定した生活をさせなければいけないの。反乱するほどの権勢や力は与えないけど、普通に生き、子を成し、育て、やがて死んでいく。ただただそれだけ。ごく普通の庶民の生活。でもそれを安定させるのがどれほど大変か。それに、人の欲には限りが無いの。もしもっと上の生活が出来ると思ったら、殆どの庶民は平然と牙を剥くわ。ましてや、町を住民を虐殺したのよ」


『でも今回は、身を護るためじゃない!』


「全員が納得するわけじゃないのよ……だから、わたくしは破滅したのでしょう?」


『う……まあそうなんだけど』


「なら今の状況も分かるでしょ。まだ実際にはほとんど離れていない。それに敵の規模が予想を遥かに超えるモノだった以上、それなりの兵を準備しないといけないわ。まだ出陣すらしていないでしょうね。だからこの辺りは、全く安心できないのよ」


 その言葉を紡ぐのに合わせて、怒りと悔しさが湧き出してくる。

 この何もない空間を埋め尽くすほどの憎しみを綴った紙が。

 そんな時、広めの街道に出た。

 彼女が道を間違えたとは思えないし、この辺りは少し安全なのかしら?


 ……と思ったら、野菜泥棒の為でした。確かに街道沿いには畑が多いわ。

 でも久しぶりのまともな食糧。まるで獣のようにむさぼり食べた。

 少しだけど、気力が戻った気がする。


「さて、山に戻るわよ」


『え、もう?』


「このまま進んだら、絶対に誰かに会うもの」


『確かにね。でも山の中でも今まで色々な人にあって来たけど』


「ふふ。夜盗とか盗賊とか人さらいとかね」


『確かに、碌なのがいなかったよねー』


 何だろう。あの意見以来、始めて笑った気がする。

 やっぱりお腹が膨れたせいかな?

 それに畑の持ち主が来る前に退散するのはある意味正しいわ。

 でもそれより先に、僅かに地面が揺れる。


「ちょっと遅かったわね」


 あれは……荷馬車の群れ?


「行商人のキャラバンよ。参ったわね。山まで行く前にどうやっても接触するわ」


『でも情報収集のチャンスよ! 今どうなっているかを知らなきゃ!』


「あなたの言い分ももっともね。精霊も案外考えているじゃない」


『いつも考えてますよー』


「はいはい。でもダメよ。彼らとは決して接触しない」


『なんで?』


「どうしてもよ」


 キャラバンが来たのは山に戻る方向から。

 でも山に入るより向こうの方が早い。

 だけど街道を歩き続けるわけにもいかないよね。

 状況が分からない以上、まだ整備された道には敵兵がいる可能性があるんだから。


「ただの浮浪児と無視してくれればいいんだけど」


『いやそれじゃあ情報が聞けないって』


「だから接触はしないんだってば」


 何でだろう? 今はとにかく人といる方が安全なのに。

 しかしそんな心配は杞憂だった。素直に向こうから話しかけてきたんだ。


「おーい、嬢ちゃん! こんな所でどうしたんだ? それにそんなひどい有様で」


「……はあ、結局はこうなるのね。館が襲われた時に、もう分かってはいたけど」


『ん?』


「もういいわ。変えられないのなら、運命に従うまでよ」


 そういうと、振り返り――、


「あの……カーナンの町から逃げてきたんです。沢山の兵隊がいきなり襲ってきて。それで家族と逃げたけど……うわあああああああん」


 うわ、演技上手い!

 本当に家族と生き別れた戦災孤児のようだわ。

 まあ無数の台本がこの空間に舞っているんだけどね。

 でも久々にクラウシェラらしい思考だわ。


「そうか、それは大変だな。俺達も噂を聞いてカーナンの町に行ってきたところだ。1週間くらい前かな」


『えっ! あたしたちが3ヵ月間放浪した時間をキャラバンだと往復1週間なの!?』


 ――早馬なら1日よ。だから言ったでしょ、全然離れられていないって。


「町はどんな様子でしたか? 襲った敵兵はいなかったんですか?」


「ああ、俺達も心配していたんだけどな。もう敵兵はいないって話で、畑や他の町に出ているって聞いたんだ。そこで復興に色々と入用だと思っていったんだけどな、まあダメだったよ」


「どうして?」


「金目のものは全部敵兵が持って行っちまっていてな。かつての商業都市もああなったら当分だめだな。でもまあ、流通の拠点ってのは変わらないしな。時が経てば元に戻るだろうさ。お嬢ちゃんも、カーナンの町に帰るなら送ってやるぜ」


『おかしい』


 ――わたしくも同意見よ。

 ちゃんと分っているじゃない。


 彼らは町の方から戻って来た。

 規模は50人くらいだろうか?

 幾つもの家族集団による行商人の隊列という感じ。

 彼らは常に村や町を周りながら商品を仕入れ、次の村や町に行って商品を売ってまた仕入れる。

 だから次の町か村まで乗せて行ってやるなら親切としてはあり得る。

 だけどたった一人の戦災孤児の為にUターンする事はない。


「お気持ちは嬉しいのですが、山に他にも逃げた人たちがいるんです。今の話を皆にも伝えないと」


「それは大変だな。何人くらいなんだ?」


「兵士の方々を中心にした20人くらいです。彼らのおかげで、私は生きていられたのです」


「へえ、そいつらはそんなに強いのか?」


「はい。夜盗なんて何倍もいたのに追い返した程です」


『クラウシェラ、後ろから近づいてきている男がいる』


 ――分かっているわ。


「ところで、あんたクラウシェラっていう公爵家の令嬢を知らないか?」


「お名前でしか。私の様な身分の者が会える方ではありませんし」


「そうか。なら直接確認してもらおう」


 後ろから来た男が、クラウシェラに縄をかける。

 実に見事な手際だ。

 その彼女の目の前に、後ろの馬車から一人の女性がやってくる。

 あれ? 彼女って?

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