第21話 滅びた町

 町中が燃え、かつて人であったものも炭となって燃えている。

 敵兵は口々に神への祈りを叫びながら逃げて行った。

 殆どが黒い竜に飲み込まれて消えたけどね……。


 それは時間にすれば、ほんの数十分の事だっただろう。

 だけど、彼女がこの町を無人の廃墟にするには十分な時間だった。

 追ってきた敵兵も今は見えない。相当遠くまで逃げたんじゃないかな。

 でもこれからどうしよう。

 町から吹き上がった炎を見れば、サリウスが戻ってくる可能性は無いし。


 そんな中、彼女はトボトボと歩いていた。

 だけど真っ直ぐに、迷いなく。

 その先にあったのは、同じくらいの年頃の少女の遺体。

 会った事は無い。見た事も無い。だけど分かる。あの子は、攻略対象の一人の妹だ。


「結局、わたくしのしたことは何だったのかしらね」


『クラウシェラのせいじゃないでしょ!』


「そう……でもね、出来る限りの努力はしていたのよ」


 その言葉の意味を、すぐには理解できなかった。

 それよりも――、


「この子はね、煙で窒息させたの」


 感情も無く淡々と言う彼女の言う様に、服が少し焦げているだけで綺麗な亡骸だった。

 その服を、容赦なく剥ぎ取るクラウシェラ。


『ちょ、ちょっと何やっているの?!』


 知っているけど、言わない訳にはいかない。


「黙っていて!」


 この暗い世界に、彼女の心を現わす紙が無数に、雪のように降って来る。

 でも全部白紙。彼女の心には、今は何も無い。ただ使命に従って動いているだけ。

 そうしている間に、少女の服を脱がして着替えを終えた。

 そして今までの自分の服は、まだ燃え盛る家の中に放り込んだ。


 彼女に着せれば、案外ほんの少しでも時間を稼げたかもしれない。

 だけど、クラウシェラはそうはしなかった。

 名も知らぬ少女の遺体をこれ以上辱める事はしたくなかったのだろう。

 だけど、全裸で転がる妹の遺体を彼は見てしまった。

 世の中上手くいかないね……。

 まあその回想話を利用して焚きつけて、何度もクラウシェラを破滅に追い込んでいるんだけどね。

 なんか今は、凄く後悔だわ。


 そんなあたしが声をかける事も出来ないでいるうちに、クラウシェラは迷いなく行動していた。

 向かったのは町の近くにある川。

 ほぼ全ての町の近くには川がある。それも、人口が多ければ多い程当然ね。

 生活するためには水は必需品。しかもここらは穀倉地帯。

 さほど遠くない場所に大きな川があった。

 だけど岸には逃げようとしてダメだった人たちの遺体が点々と引っかかっている。

 いったいどれだけ流れたのだろう。


「行くわよ」


『う、うん……』


 そんな川に、迷わず彼女は飛び込んだ。

 春先とはいえ川の水はまだ冷たい。

 泳ぎも得意ではないらしいけど、途中で拾っていた流木にしがみ付いて流されていく。

 まだ追手は来ない。

 来ても、哀れな町娘の遺体が流れているようにしか見えないだろう。

 それほどまでに、生気が感じられなかったのだから。


 夜になり、ようやく川から上がる事になった。

 同時に1本の黒い竜が彼女を囲み、その熱で服を乾かし体を温める。

 確かに火を使う訳にはいかないものね。

 最初に町に入ってきた外からの部隊は、全部騎兵だった。

 考えてみれば当然ね。足の速い順に来るのだから。

 でもそれが大損害を受けた今、相手の偵察網には隙が多い。

 だからといって、さすがに川を流れたのと馬の脚では速度が違う。全く油断はできない。

 そしてここからは、悲惨な旅路となった。


 何処に敵がいるかは分からないけど、とにかく街道は一番危険。

 だから森や山など、道なき険しい場所を進む。

 飢え。渇き。たまに襲ってくる狼や野盗、そして人さらい。

 それらの困難を排除しながらひたすらに進む。


 枝に引っ掛かった服はあちこちがボロボロで、彼女の体も傷だらけ。

 庶民が履く木の靴も、こんな所で使うための物ではない。

 皮がむけ、血に染まり、結局途中で捨てた。

 まあ、その後で野党の皮靴を頂いたんだけどね。ただそれまではやっぱり辛かった。


 そうして道なき道を進んで早3ヵ月。でも目的地はまだまだだ。

 途中から街道を通ればもっと早い。

 ここは公爵領なのだから、町に入れば安全かもしれない。

 だけど、少なくとも近隣は全て裏切っていた。

 とは言っても、ここまでくれば全ての町が敵とは限らない。

 だけど彼女はそちらへは進まない。


『そろそろ町に向かったら? もうボロボロよ。というより向かって!』


 あの美しく艶やかだった真紅の髪は絡まり、固まってボロボロ。

 栄養失調で、体はガリガリで骨と皮のよう。

 体中の擦り傷は、一部が紫色に変色している。あまりにひどい所は自ら焼いた。もう見ていて痛々しい。

 顔色は相当悪く、元々白かった肌はもう真っ白。まるで幽鬼の様で、目の下に出来た隈が更に見た目を悪くしている。

 それにずっと高熱のままだ。このままじゃ長くないかもしれない。


『ここまでくれば安全よ、きっと。近くの町に行って、ちゃんとした食事をして、怪我の治療もしましょう。公爵だって絶対に心配しているよ。ちゃんと伝令は出したじゃない。もう鎮圧されているかも……ううん、されてなきゃおかしいって』


「……もしそうじゃなかったら、また町を焼くの?」


 ぐ……。


「よく聞きなさい。貴族と庶民との間にある絶対の境界線は前に話したわよね」


『うん』


「でもね、その二つ自体は繋がっているの。決して交わらない。だけど庶民あっての貴族なのよ。貴族は彼らがいなければ成り立たない。だけど非道な命令だって下さなくちゃいけない。どんなに苦しくても、年貢や税も収めさせなくちゃいけない。けれど、権威だけではいつか限界が来る。今回の一件はアゾール王国残党が起こしたものだけど、そもそもどうしてあの国が滅んだか知っている?」


『おはずかしながら……でも公爵家が攻め込んだんだよね』


「過程はそうね。でも何かが始まるにはきっかけがあるの。アゾールの王は無能でね。元々浪費癖があったけど、贅沢三昧がエスカレート。貴族たちもご機嫌取りにどんどん高価な品を送ったわ。当然税は上がり続けた。そんな時、飢饉があったの。どうしたと思う?」


『そりゃ、そこまで溜めた財をドーンと放出したんでしょ?』


「意外と鋭いわねと言いたいけど、実際は逆。更なる重税を課したのよ」


 くっ、ひっかけ問題じゃなかったか。

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