第38話 絶対安全な砦での敵襲

 突然頭の中に響いた大声で、ビクンと跳ねる様に起きる。


「な、何事よ」


『火事よ火事。なんか燃えているの』


「アリアン、起きて!」


「んん……クラウシェラ……さま?」


「早く目覚めなさい!」


 そういって脇にあった花瓶の水を頭からかける。

 本当に容赦ないなー。

 状況次第じゃ決闘に発展してもおかしくないわよそれ。


「え? あ? はい?」


「起きた? いい、今この部屋に煙が入ってきているわ。燃えている匂いもする。でもここから炎は見えない。考えて!」


 一瞬キョトンとしていたが、アリアンはすぐに真剣な顔つきになった。

 住んでいる館が燃えているというのに、僅かの動揺も見せない。

 でもそうよね。クラウシェラが砦を占領した時も、静かに炎と共に命運を共にした子。

 見た目よりも、肝が据わっているんだわ。


「何かが燃える音は裏口の方からします。1階ですね。あちらにあるのは厨房や物置、それと職員の私室です。ここは2階ですので、煙は外を伝ってきていると思います」


 確かに床は木張りに見えるけど、この建物は石造り。

 煙は通り抜けてこないわね。


「状況はとてつもなく最悪ね」


『ねえねえ、今どうなっているの!?』


 ――敵の襲撃よ。他には考えられないわね。


『普通の火事とかは?』


 ――絶対にないから。


「クラウシェラ様だけなら何とかなると思います。騒ぎが聞こえません。まだ火が付いたばかりだと考えれば、外からの襲撃ではありませんので」


「数は少ないと。でもまあ、わたくしも侮られたものですわね。あなた一人程度を守れないほど、非力に見えますの?」


「ですが武器は腰に差しているレイピアだけ。相手はおそらく……」


 言い淀むけど、もし敵襲だとしたら相手はこの騎士領の人間という事になるわ。

 さすがに、民間人の侵入を許すほど甘くは無いでしょうし。

 でも少数精鋭の工作員という線も捨てがたいわよ。

 その手の事は、あたしも大概やったもの。

 まあヒロインだから、直接命令したりなんかしないのはもう今更だけど。


「悪いけど、慣れているのよ。こういった事にはね。それにまあ、貴方になら良いわ。悪いけど、他の目撃者はすべて消えてもらうけど」


「それって?」


 返事よりも早く、黒い霧の竜が扉を――というより、そこにいた兵士を焼き払う。

 ううん、炎すら上げず、一瞬にして炭にする。

 相変わらず蛇のような感じだけど、顔つきは本格的な竜になって来たわね。


「騒ぎが無かったという事は、使用人は全員絶望ね。館の護衛をする兵士は?」


「部隊には所属していない、警備専門の兵たちです。その……いま2人いなくなりましたが、先程のは一体」


「わたくしが公爵家の令嬢たる証みたいなものよ」


「……古の邪竜……伝説だとばかり」


「まあ公然の秘密かしらね。案外知られてはいるけど、表立って宣伝しているわけじゃないから。貴方も知らないでいた方が良いわ」


「わ、分かりました」


 確かに、彼女のこの力を知っている人間は意外と多いのよね。

 ゲームではカーナンの町での過去話で知るのだけど、そこをしっかりと聞いておかないと攻略対象が焼かれるのよ。

 ちょっと笑い話にもならないわ。


 それはともかく、攻略対象の何人かは当然知っている。剛剣のガリザウスとか直接見ている人は当たり前だけど、貴族関係の多くは知っていたりする。

 だから“公然の秘密”なんだろうけど。


「当面この館は燃えないし煙の心配も無いわね。でもそれだけに敵が入って来る事はあるわね」


「でも外に出たら……」


「それは最悪よね」


『何で? 先の話だと火事に対しては時間がありそうだけど、今は外の方が良いんじゃないの?』


 ――わたくしが敵であれば、外には弩弓隊が配備されているわね。


『そうなの?』


 ――裏口に火をつけたのだから当然でしょ。出口は正面玄関だけ。出て来るならここしかないのだから、ここを固めないでどうするのよ。


『言われてみればそうよね』


 あたしもそれなりに分かっているつもりだけど、やっぱり実戦を前提に生きて来た人たちは違うわ。

 クラウシェラはもちろんだけど、アリアンも騎士候の娘だものね。


「先ずは状況を確認しないとね。部屋に戻りましょう」


「ええ」


 火事でありながら、部屋にはしっかりと鍵をかける。

 今どちらが危険なのかがよく分かるわ。

 そして明かりを消すと、鎧戸から外を除く。

 ここは砦の中にある館と言っても、その構造は砦の一部。

 窓は全部嵌め殺しの鎧戸。

 開閉は出来るけど、間に互い違いに斜めにした板が張り付けてあって完全に開くわけじゃない。

 しかもここは2階。外は見えるけど、向こうは見えない。

 たとえ矢を射たとしても、弓のサリウスでもない限りこんな隙間を通す事は不可能ね。


「やっぱり周りに居るわね」


「見せてください……全員フード付きのマントを付けていますが、第6防衛隊の騎士がいます」


「よく分かるわね」


「クラウシェラ様が手紙で何度もおっしゃったのですよ。全ての兵士を覚える必要なんてないけど――」


「指揮官たる騎士だけは全員覚えなさい、ね。でもやろうとするのと実際に出来るのとはまるで違うわ。貴方には指揮官の才能があるわね」


「そんな事はありません。私には、戦いは無理です」


 そう言いながら寂しそうに首を振るが、


「とにかく今は外ですね。指揮官らしい人間は全員第6部隊の騎士です。それに、今砦にいるのは第1、第4、第6の3部隊だけですから、それとも符合します」


「確か……第6防衛隊は主に砦外縁の防衛が任務で、兵士の数は300人だったかしら」


「戦争ともなれば実働部隊はもう少し多くなりますが、今は326人です」

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