第34話 いずれ出会う敵であり味方

「これはクラウシェラ様。改めてまして、ご婚約おめでとう申し上げます」


「あら、これはノーステッド・アイフォンス卿。ご丁寧なご挨拶、いたみいります。こちらこそ、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございませんわ」


「はは、卿はおやめ下さい。私めは3賢人ではありますが、貴族ではございません」


「領地を持たないというだけで伯爵と同等の地位を与えられているのですから、貴族として扱うのは当然のことでしょう」


「……失礼ですが、何かございましたか?」


「と、申しますと?」


「いえ、以前お見かけした時と雰囲気がかなり変わっておりましたので」


『あれ? 以前会っていたっけ? あたし知らないんだけど』


 ――貴方は黙ってなさい。


「確か幼少の頃でしたわね。あの頃は8か9。さすがに変わりますわ」


「確かにそうでございますね。より強く、より聡明になられたように見受けられます。それに何より、お心に余裕を感じます」


「散々な目に遭いましたので、少し位の事では動じなくなっただけですわ」


「そうでございましたか。これからも、マルクス王子をお支えくださいませ。彼はまだ若いですから」


「あら、わたくしよりも1つ上ですわよ」


「確かに……そうですね。おっと、呼ばれておりますので、これにて失礼いたします」


「ええ、ごきげんよう」


 ふう、話している間に溜まった思考の紙で埋もれそうだわ。

 もう結果が決まっているだけに、見事な腹芸だったわね。

 ただクラウシェラが変わったっていうのは、実はあたしが一番感じている。

 もちろんね、以前考えた様に、内面を知ろうともしなかったって事もあったかもしれない。


 でもやっぱ違うのよね。

 世の中全てを憎んでいる様な、抜身のナイフ的なギラ付き感が無い。

 ゲームの中でもそうだったけど、オーキスと初めて出会った時は本気で酷かった。

 あそこまで殺意しかないない人間とかさすがにいないでしょってレベルだったし。

 でも今は違う。立派なお嬢様だ。

 でも……ヒロインと出会ったらゲームで見たクラウシェラになってしまうのかしら。


 そんな事を考えていると、入れ替わりに王子が来た。

 というか、王子が来たからノーステッドは逃げたのかな?

 王子は悪い人間ではない。むしろ絵に描いたようなイケメンで、性格も誠実で一途。しかも剣術と体術に優れ、一見すると優男なのに脱ぐとマッチョ。

 悪いところはなさそうだけど、ある意味最悪の欠点がその一途って所ね。まあ色々な意味で。


 ただやっぱり王子であり次期国王なのよね。

 どうしても貴族とのつながりが第一。

 制度とはいえ、貴族でもない3賢人に国政に関して口を出されるのは快く思わない貴族は多い。

 そんな訳で、反目しているわけではないけどノーステッドはマルクス王子に極力接しない。

 分かっているから、王子もまた必要以上にノーステッドを重用しない。

 でも何人貴族を集めても、3賢人には及ばないのも事実。分母が違うのだから当然ね。


 ホントは両者の仲を取り持つ立場なのだろけど、下手に刺激したら国政が二分する恐れがある。

 権力を持つって大変だわ。

 なんて、クラウシェラには言えないわね。


 マルクス王子の後ろには、当たり前のように王宮第4近衛隊副隊長見習いの騎士、ケンロットが控えている。

 相変わらず王子は帯剣を許されているけど、もう一人、彼もまた帯剣を許されている。

 王子の護衛だから当然だけど。

 ちなみに服も二人とも赤。なんかお揃いね。性格はまるで違うけど。


 二人の登場と共に、さっきまで考えていたノーステッドへの思考はパパッと隅に追いやられ、代わりに彼に対する思考がドサドサと降って来る。

 表向きはニコニコしながら挨拶しているけど、はらわたはグツグツと煮えたぎる。

 これはまあ、婚約が破棄されるまで……ううん、破棄されても続くわね。

 もうこの顔はクラウシェラの怒りスイッチよ。

 まあ当然よね――と言いつつブーメランだって事は分かっているわよ。


「やあ、クラウシェラ。君は今日も美しい。その青いドレスも実に似合っているよ」


「ありがとうございます。マルクス様もとてもお似合いですわ。あら、そちらのケンロット殿も同じ色ですのね」


「自分……いや、私は近衛の色ですので、特に意味はございません」


「私は先程までサリナ公女と謁見がありましたので、彼女の衣装と被らないようにした結果です。深い意味はありません」


 よくもまあ婚約者の前で他の娘と会って来たとか言えるなー。まあ公務なんだろうけど。

 というか元々そういう奴だから……ん? サリナ公女?

 イーゲンシュトルヒ伯爵の娘のサリナ・デル・イーゲンシュトルヒ?

 おかしいわね。ゲームでは学園に入学した時が初対面。その前に会っていたって話は無いわ。

 バッドエンドも含めて100回以上やっているのだから間違いない。


 確かにゲーム本編に入るまでに変化はあった。

 クラウシェラが言っているのだから間違いはないはず。

 これもその一環だとすると、あたしのゲーム知識が今後役に立たなくなってくる可能性もあるわね。

 もっとも、そんなのに頼ってプレイした事なんてそれほど無いけどね。

 使うとしたら設定部分かしら。

 毎回変わる新鮮さがこのゲームのウリだものね。


 ただそれにしてもサリナ公女か……。

 ティルスロン王国には当然何人もの貴族がいる。

 今王子の後ろに控えているケンロットも、領地こそ持たないけど騎士の位に就いている。

 ちょっとした余談だけど、貴族クラスの領地を持つ騎士候。小規模な領地を持つ騎士。

 この辺りは、戦争ともなれば兵を率いて軍の一翼を担う立場ね。

 それに対して領地を持たない騎士っていうのはいわば雇われだけど、ちゃんとした貴族よ。

 王侯貴族の近衛や直属の兵を率いる立場ね。

 あ、話が逸れたけど、 イーゲンシュトルヒ伯爵家はこの国を2分する大貴族の一つ。

 もう一方は今更よね。クラウシェラの公爵家よ。


 それはさておき――、


「それで、サリナ公女とはどのようなお話を? 式典でもダンスパーティーでも、まだお会いしておりませんわ。是非ご挨拶したいところなのですが」


「それなんだけど、長旅で体調を崩してしまっていてね。今は自室で休んでいるよ。明日には領地の戻る予定だ」


「あら、それは残念でございますわ。でしたら、会うのは学園で――という事でしょうか」


「……どうして彼女が学園に入る事を知っているんだい?」


 ん? なんか少しだけ動揺が見える。

 でも浮気がばれたみたいな感じじゃないわね。

 というか、基本的に彼はヒロイン一筋になるわけだし。


「あら、この辺りの有力貴族の子弟は皆、あそこに入学なさるではありませんか」


「ああ、そうだね。言われてみれば確かにそうだ。ただ君が彼女と知り合いだったことに少し驚いてね、変な事を言ってしまった」


「いえ、面識はありませんわ。ですから会うのが楽しみでございますわ」


「そうだね。それでは――」


 そう言って手を差し出すと、クラウシェラは無言でその手を取る。

 二人のダンスはとても美しいもので、周囲の人たちはただただ見とれるだけだった。

 やっぱり美男美女は絵になるわ。それに今の段階では、この国の将来を担う最高権力者だものね。

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