第33話 さすがの戦略眼

 嫌というほど見た顔だけど、ここは知らないといった方が良いわよね。

 正直言って、あの二人嫌いなのよ。

 そりゃまあ、エンターテイメントとしてはああいったのがいないと悪役らしさは出ないけどさ、クラウシェラはそんなギミックに頼らなくちゃいけない程に安っぽい悪役じゃないの!


「あの子たちは、どちらも男爵家の娘よ。片方は豊富な財産を持っていて、もう片方は銅鉱山を所有する有力貴族ね。わたくしの記憶にある限り、いつも同じダンスパーティーで知り合って、その後は一緒に行動する事が多くなるわね。両方とも男爵家の中でも特に強い力を持っているから、付き合う利点が大きかったのよ。もっとも、今回は色々あって時期が相当にずれたけどね。こんなの初めてだし、覚えているのも新鮮。そういった意味では、貴方に感謝しているのよ」


 相変わらずフォークを弄びながら悪戯っぽく笑う。

 こんな仕草、子供の頃からも見た事無かったなー。


「ただ思い返してみると、何であんなのと付きあっていたのかしらね」


 そうそう、あんな取り巻きなんていらないよ。

 逆に格が落ちるだけだわ。


「結局何の得にもならなかったし、むしろ相手をする時間がもったいなかったわ。総合的に見たら損失ね」


 ああそっちか。

 まあクラウシェラらしい。


「今はむしろ、あなたとこうして話している時間が一番楽しいわ。打算もなくて、策謀もないし、駆け引きもない。力関係やしがらみとも無縁。何より気楽だわ」


『褒められているのかけなされているのか微妙だわ』


「どっちでもないわよ。本当に何もないのに、ただこうして話せる相手……こういうのも変だけど、わたくしは……嬉しいのよ……」


 持っていたフォークがカランと落ちる。

 何かあった訳じゃない。単純な寝落ちだわ、これ。

 本当はベッドまで運んであげたいところだけど、この体、さすがに動かせないのよね。

 それに、もしあたしが勝手に体を動かせるなんてことになったら、今の関係を続けられるかどうか……うん、無理ね。

 彼女は自分が他人の意のままになるのを良しとしない。

 だからこそ、この婚約はクラウシェラにとって相当な覚悟が必要だったはずね。

 もっとも、すぐに破棄されるわけなんだけど。





 翌日からも、婚約パーティーは続いた。

 そんなにも祝い続ける物なのかしらねー。ちょっと大げさ。

 場所は前回飛ばした2階の広間ね。

 基本的に2階と3階は同じ造りになっていて、3階のホールは本来なら謁見の間。

 通常のおもてなしなんかはこっちのホールね。玉座を置く段差もないし。


『ねえ、これっていつまで続くの?』


 ――7日くらいじゃない? さすがにそれ以上は国を空けられないでしょう。


『うえー』


 ――別にいいじゃない。貴方はそこでゆっくりしていればいいんだし。


 それはそうなのよね。応対とかも別にあたしがやるわけじゃない。

 でも何というか、息苦しくて気持ちが悪い。

 これはあたしだけの感覚というかそういうものでもなくて、クラウシェラがそう感じているのよね。


 ――それに今言ったでしょ。長くは領地を空けられないって。


『うー、まあ言われたけど』


 ――婚約パーティーなんて、ただの口実よ。何か理由が無いと、各地の領主が動くわけにはいかないの。


『あー、なんとなく分かった』


 ――察しが良くて助かるわ。ここは今、それぞれの思惑を探り合ってぶつけ合う外交の場。王家に対して忠節を尽くす者、逆に他国と通じている者。自分の領地さえ安泰なら他はどうでも良い者。そんな中でも、更に国王派と王子派。少数だけど王女派もいるわね。

 それに加えて、領地同士の利権争いなんかの話し合いとかも行われているわ。たとえばほら、そこ。


 目だけで示した場所に2人の恰幅の良い紳士が談笑していた。でも声は聞こえないわね。


『あれって?』


 ――ソン・ケス・ベルドー伯爵とオルゼド・ガリス・タンテルム騎士候よ。両方ともイーゲル男爵領に接しているのよ。それでそこにある銅鉱脈を狙っているって訳。


『狙っているって――同じ王国に仕えているんでしょ?』


 ――同じ国に属していても、何かと理由を付けて攻め込むのはいつもの事よ。

 もちろん大義名分が不十分だったりやり過ぎたりすれば、それなりの処罰は受けるわね。

 挙句に他の領地に漁夫の利を取られる事も当たり前の事だわ。

 ちなみに狙われているのは、さっき名前が出たマニナの父親が治める領地ね。

 フルネームはマニナ・ミル・イーゲルよ。


『あら、それじゃあクラウシェラに取り入ったのって』


「当然、自分の領地に強力な後ろ盾が欲しかったわけよ。わたくしもかつてはイーゲル男爵領の防衛を名目にどちらも滅ぼした事があるわね」


『あっちゃー』


「し、仕方ないでしょ。一応はわたくしに近い者だったのだから、故郷が侵攻を受けたら手を貸さない訳にはいかないでしょ。鉱山で潤っているけど、その分人の住める場所は少ないの。伯爵軍と騎士団に攻め込まれたら1週間と抵抗できないわ」


 実際はその辺りの事は知っているのだけどね。だってゲームに入ってからの話だもの。

 あたしが周りを誘導する事で、クラウシェラが滅ぼした事もあるし、滅ぼさなかった事もある。

 学園に入学してからはヒロインの行動次第で世の中はどうとでも変わる。

 ある意味、聖女というより神その物って感じね。

 自由度がそれだけ高い事もあるけど、何せ主人公だもの。

 でもある意味、それだけにこちらは振り回される立場なのがなんとも。

 ん? でもそうなると……。


『ねえ、今回はイーゲル男爵領が攻められても守ってあげないの?』


「わたくしには関係ない話よ?」


 確かにそうかもしれないけど、マニナはどこまで自分の領地の危うさを知っているのだろう?

 もしかしたら、あのおべんちゃらも小間使いのような態度も、全ては故郷を守る為だったら……は無いわね。

 あれは典型的なバ――いや、あまり深く考えないタイプだったから。


 ん、でもちょっと待ってよ。

 攻め込まれたら1週間もたない所を公爵軍が守るってちょっと変よね。

 確か軍を動かすには時間がかかるって言っていたし。

 となると、あたしがヒロインとして暗躍していた間にも、彼女は彼女でしっかりと対抗策を用意していた訳ね。あんなダメな連中の為に。

 さすがはクラウシェラだわ。あたしの終生のライバル!

 いやまあ、今は一心同体なのだけど。

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