第17話 動乱の終結
――フラグ? フラッグ? 旗の事?
まあ良いわ、精霊の言う事だもの。
それより、リリゼットとここの間にはベルナットの町があるの。小さいけれど、大河に掛かる一本橋に直結する城塞都市。
かつてアゾール王国軍との戦いに備えて橋を防衛するために作られた町だけど、今では良い関所になっているわ。
少なくとも、ここの攻略は不可能。
船でも持ち出せば別だけど、そんなもの、さすがに用意していたら誰かが気付くわね。
『小さな船でも、沢山集めて上流か下流から迂回することは出来ないの?』
――不可能ではないけれど、かなり目立つわよ、それ。
なんだかものすごく呆れられた感じ。
――数十人程度ならともかく、数百人も橋を越えずに人間が増えたら何処かの街から報告が来るわよ。
この辺りは襲われた地域と比べて平野だもの。
隠れる事も無理。
しかも1万や2万の兵程度では揺るぎもしないわ。
精々、夜盗レベルのゲリラ戦をして討伐されるのがオチね。
『クラウシェラは今回の事、どう考えているの?』
一応、2つの案があるみたいだって事は分かっている。
でも今の彼女は意外と冷静。思考の紙は出てこない。
ここは言葉で簡略化してくれないと分かりにくいのよね。
ましてやこんなの専門外。先生、よろしくお願いします。
――考えられるのが、あたしを捕らえるか殺害してする事。もう一つが近隣の弱い町や村で虐殺の限りを尽くす事。
結局は、アゾール王国軍は滅んでいない。まだ戦えるんだと示す事。つまりは示威行為ね。
最初から玉砕は覚悟の上。元の同胞たちを公爵領に従わせない事が目的よ。全滅させられるのも、むしろ憎しみを煽るには必要な行為って訳。
『どうしてそんな無駄な事を!?』
「精霊には分からないかもしれないけど、人間って言うのはそういったものなのよ。結局は、まだ滅んだことを認められない連中が一定数いるって訳」
「クラウシェラ様?」
「う、うるさいわね。ちょっと考え事が口に出ちゃっただけよ」
オーキスは少し不安そうだ。
まあ暫く無言で考えていかと思えば突然語りだす。
動揺している様に見えても仕方がないかも。
――どっちにしても、彼らは周辺軍に磨り潰されるか、散り散りになって残党狩りに追われながら何処かへ逃げるか。そのどちらかね。
『さっき気になっていたんだけど、クラウシェラを捕らえるって話は?』
――まあ公開処刑をするにしても、嬲り者にするにしても、或いは身代金を取ったとしても、連中の末路は変わらない。
それにさっきから何度も説明しているでしょ。連中の進行方向には大河と一本橋を守る城塞都市。
後方にはペルム騎士領ほか幾つもの大都市。
そしてそれを支える豊かな穀倉地帯が広がる平原に、そしてそこで働く無数の人間の目。それを掻い潜って大軍をここに送り込むのは不可能。まあ今は情勢を落ち着かせる事ね。
「オーキス」
「何なりと」
「兵士たちと治療をしている侍女や下人に食事を。それと、それぞれ必ず交代で休息するようにと伝えて頂戴」
「畏まりました」
「わたくしは色々あって疲れたわ、考える事もあるから、一度ベッドで横になるわ」
「外で控えておりますので、ご用の際はいつでもお声かけ下さいませ」
「分かっているわ。それじゃあね」
これで終わったのかしら?
考えてみれば、クラウシェラのプロフィールは嫌というほど見た。
でも、どれも完全なる悪役として書かれているだけ。
どれほど残虐非道でどうしようもない人間かだけで、過去の事なんて紹介文にも書いていない。
ゲーム中にも彼女の過去話が出るには出るけど、どれも断片的なもの。
結局、彼女に与えられた役割はただヒロインが幸せになる為の強大な障害でしかないのよね。
でも彼女もまた、このゲームの攻略対象やその他の人の様に過去という設定に裏付けが設定されている。
いわばAIに組み込まれた裏の設定的なものね。あたしはそれが形成されている過程を見ているのかしら。
今の彼女は、きつい所はあるけど立派な人間だと思う。
周りの殆どが、かつて自分を裏切って破滅させた人間ばかり。
弓のサリウスだってそう。
何せヒロインもまた神に選ばれた聖女だからね。彼は色々な形でクラウシェラの破滅に関わるのよ。
でもオーキスの件があって以来、表立って何かをする様子はない。
もちろん、心の中では顔を見るたびに記憶がフラッシュバックして、その怒りは煮えたぎるマグマの様。
でもその度にあたしも落ち着かせているし、そうしている間に表面上は大人しくなった。
心の中ではどうやって処刑してやろうかリストが山のように積み重なっていくけど、それを整理するのも今のあたしの仕事。
色々と相談相手になっているのよ、これでも。
ただ根底が変わらないからまた出るけど、別の作業に没頭させればしばらくは出てこない。
なんとなくだけど、性格の矯正は出来ているのかな?
まあ何と言っても、100回破滅させた人間だもの。この位、やれないでどうするのって話よね。
だからあたしは結構暢気に考えていたし、クラウシェラも比較的余裕があった。
もちろんクラウシェラは公爵令嬢であって、ここ近辺では最高責任者。
だからあの日以来、連日たくさんの手紙を書いて、また送られて来た手紙を読む。
その内容と地図を照らし合わせて、毎日の様にこの館の近衛やオーキスと共にこれからの事を考えていた。
あたしは詳しい事は分からないけど、全ての動きは彼女が宣言した通りだと思う。
橋は封鎖され、川は渡れない。その間に向こう側では、近隣の町から出陣した兵士たちが少数に分散した残党を討伐しているみたい。
全てが順調に行っている。
確かに犠牲は出たけど、このゲームをやった身としては被害としては小さいんじゃないかな?
ネームドキャラが亡くなったのには驚いたけど、あくまで今は過去話。彼はゲームには出てこないしね。
それにゲームが始まるまでクラウシェラが死ぬ事は無い。
だからあたしはあまり気にしていなかった。
だからあたしは分からなかった。思いつきもしなかった。
何故ゲームは始まった時に、彼女はあれほどまでに悪女だったのか。
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