【 誰一人予想しなかった状況 】
第3話 嘘のような現実
……ここはどこなんだろう?
真っ暗だ。音もない。体がフワフワしている。浮いているの?
分からない。
もしかしたら死んじゃったのかな?
そしてこのまま死後の世界に――なーんて。
……って冗談じゃ済みそうにないわね。
何はともあれやる事は一つ。
「おーい! おーい! 誰かいませんかー! お母さーん! お父さーん!
ダメ。まるで虚空に吸い込まれるように消えていく。
こだまの様な反響があるわけでもなく、遠くまで響いていく感覚もない。
本当に、かき消されるように消えてしまう。
「うーん」
足を組んで座ってみるが、そんな感覚がない。
というか、どっちが上でどっちが下なのか?
頭の方が上なんだろうとは思うけど、それは本当に正しいの?
「誰かとにかく何とかしてよー! 神様とかいないのー? あたしどうなっちゃったのー」
※ ※ ※
「ううん……なにか……うるさい……」
「クラウシェラ様! 先生、クラウシェラ様がお目覚めになられえました!」
「おお、クラウシェラ様! 私が分かりますか? 専属医のロベールです」
うわ、眩し!
急に明るくなった! ナニコレ!?
「ロベール……ロベール……」
「そうです、主治医のロベールです。良かった。何か覚えておいでですか? あの壁の下に倒れていたのです」
え? 何、あれ?
刻まれている文字。ゲームでは何度も見た。
でも字幕があるから分かっていたけど、あたしはあの字を読むことは出来ない……はず。
なのに読める。100? それにもう一つは……殺?
「嘘! 嘘でしょ!」
「ああ、クラウシェラ様!」
小さな体が豪華な――正確には昨日までは豪華だったベッドから飛び跳ねる。
そして真っ直ぐに壁まで走ると、信じられないような表情で刻まれた字をなぞる。
え、なんなの?
この子誰? クラウシェラ? まさかね。
それに不思議。自分の手は今ここにあるのに、彼女が触れている壁の感触が伝わってくる。
わたくしは知っている……全部覚えている。今までの事、全部。
なんで? どうして今になって?
今までは全て忘れていたのに。
刻んだ文字も、誰かのいたずらだと侍女を責めていたのに。
さらっと酷い事を言っている。
でもそんな事よりも、感覚が無いのに嫌な悪寒のような物が全身を走る。
100回……長かったわ。いつも無駄になると分かっていても、刻まずにはいられなかった。
でもこれで報われる。報われた……いいえ、違うわね。たった今、始まったのよ。
フフ……フフフフフフフフ……。
この世界が、どす黒い感覚で満たされていくのが分かる。
同時に無数の紙片が舞う。これは彼女の思考?
それに100回? クラウシェラ? 分かっちゃう。分かってしまう。飽きることなく、何度も何度も繰り返した。
だけどあれば15歳~17歳までの物語。今の姿は若すぎる。でも。
「今すぐ近衛を――いえ、それはダメね。軍を招集しなさい! これからいう人間を、必ず――」
『だめー!』
「痛あぁ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「無理をしてはなりません。すぐにベッドに! 何をしている、運べ! 丁重にな! 天幕も早く張り替えなさい!」
「ぐ……ううう、今のは?」
頭の中で教会の鐘が鳴り響いたかのようだった。
うるさいどころではない。痛い!
声を上げるどころか動く事も出来ず、わたくしは侍女たちによってベッドまで運ばれた。
今のはいったい……なに?
危なかった。
クラウシェラが言葉にする前に、何を言葉にするかを読むことができて良かった。
長い付き合いだから分かる。
この人はどんな時にでも、決して感情的な言葉を発しない。
たとえそう見えても、それは演出。
どんな言葉にどのような感情を込めて口にするのが最も効果的か。それを常に意識する。
ただの仇役として作られた無能なだけの悪役ではない。
ヒロインの前に立ちはだかる真の敵。
高度なAIによって複雑な計算を瞬時にこなす彼女は、真に正真正銘のラスボスという名にふさわしかった。
だからこそ攻略した時は心が躍ったのだ。
ただあくまでゲーム。人間を越えてしまったら誰もクリアできない。
だから色々と制限が付いているけどそれは置いといて、今のはその冷静な性格のおかげで助かったわー。
こいつ、今まで自分を破滅へと追いやった相手。ヒロインはもちろん、関係者一同、それにこの国の王や王妃、王子に王女まで殺そうと命令しようとしたのだ。
そしてその瞬間、感情も流れ込んできた。
ここまで味わって来た100回の破滅。その全てを。
そしてそれは間違いない。あたしがやった事だ!
いやでも仕方なくない?
そうしないとゲームをクリアできないのだから。
だけど今の記憶ではっきりした。
ここは間違いなく“インフィニティ・ロマンチック”の世界。
そして彼女こそが、将来ヒロインの前に立ちはだかる最強の敵。
権力、財力、知性、それに運動能力を兼ね備えたまさにラスボス。
それで、どうしてあたしは彼女の気持ちが分かるの?
今どこにいるの?
この無数の紙は何?
考えるまでもない。ここは彼女の中。
頭の中? 心の中? ううん、そんな事は関係無いわね。
とにかく、なぜこうなったのかは分からない。
それに壁に刻まれたあの文字、今まであったかしら?
多分無かったわよね。
でもそれはきっと成長して、ゲームが始まる前に修理されたのだと考えれば納得してしまう。
ただ確実なのは、本当に此処が“インフィニティ・ロマンチック”の世界であれば、彼女は間違いなく破滅する。
ううん、もしかしたらそうならないかもしれない。
あたしだって、慣れるまでは何度も何度も攻略に失敗した物よ。
だから大丈夫かもしれない。
でも、今の所これは現実。
あたしはゲームをプレイなんてしていないし、そもそもこのリアル感が否定する。
今までも確かに凄かった。
毎回生成される美麗なイラスト。雰囲気に合わせたミュージック。それに効果音。
でもそれはあくまでゲームだから。
ここはイラストの世界じゃないし、臨場感を高めるための音楽も、効果音も存在しない。
そういった、非現実が何もないのよ。
この状況自体が非常識だけど、今はとにかく受け入れよう。
夢とかで違ったりしたら、その時考えれば良いのだから。
その上で考えると、もしかして、彼女が破滅したらあたしも一緒に破滅しない?
ここが死後の世界なのだとしたら、この上ないほど最低だわ!
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