【 史上最高の番犬であり忠犬 】

第4話 運命の日

 豪華な刺繍の入った、真っ赤なベッドの天幕が見える。

 シーツはレースの入った最高級のシルク。

 だけどそんな事は気にも留めない。頭にも入らない。


 さっきの頭に走った激痛は何だったのか?

 考えたって分かるはずもない。だけど幾つか予想できる。


「きっと……覚えている事に関係があるのだわ」


「クラウシェラ様、お目覚めになられたのですね」


 まだ若い侍女が嬉しそうに椅子から立ち上がるが――、


「うるさい! あんたはクビ。直ちに出て行きなさい! ほら、あんたたちも! この痴れ者しれものを叩きだしたら全員出て行きなさい!」


 ロベールと呼ばれていた主治医は何かを言おうとしたが、諦めた様に他の侍女たちに目配せして部屋を出て行った。

 解雇された侍女はへたり込んで口をパクパクさせながら放心していたが、結局何の反論も出来ずに両手を抱えられて連れていかれた。





 ああ、やっぱりクラウシェラ・ローエス・エルダーブルグ公爵令嬢だ。間違いない。

 何と言うか、行動パターンが全然全く1ミリたりとも変わっていない。

 でもまだゲームが始まる前。あたしには決して見る事の出来なかった姿。

 ああ。なんかワクワクする……って、そんな場合じゃない!





 全員が出て言った部屋で、相変わらずクラウシェラはベッドで仰向けになりながら思考を巡らせていた。


「今までの屈辱が、まるで昨日のことのように思い出せるわ。不思議な気分」





 ――ギクッ! とするが、ほ、本当にあたしがやった保証は無いし。





「あの時も、あの時も、そしてあの時も、すべて順調だった。でも必ず、まるで運命がわたくしを排除しようとしたかのように転落した」





 はい、今頭に考えたシーン、全部あたしのプレイした記憶にあります。

 基本的に同じイベントは発生しない、それこそ可能性は無限大なゲーム。

 多々今頭に浮かんだ数十のシーンは、どれも記憶にある。もう偶然では済まされない。





「でも知らない人間が多い……ううん、ほとんど知らないわね。知っているとしたら、リヴァン王やレフェナル王妃。それにマルクス王子とフェリス王女。王家全員が敵じゃない」





 そんなことないよー。味方になったルートだってあるよー。

 などと思っても虚しいだけだ。

 実際に、100回も破滅させただけあって、登場人物のほんど全員が彼女の破滅に関わっている。

 ルートによっては味方側にも付くが、全部通せば1度でも自分を破滅させた相手を味方とは見られないよね。





「後はガリザウス近衛兵長ね。わたくしを守るべき立場の人間ともあろうものが!」





 また周囲にどす黒い憎しみが立ち込める。

 自分が生きているのか分からないけど、あまり健康にはよろしくない気がする。





「とにかく、今は知らない人間が多すぎるわ。何処で何をしているかもわからないし、今の身分も分からない。庶民の名なんてどう変わるかもわからいから、落ち着いて考えれば探すだけ無駄ね。だけど――1人は分かる。これはすぐにでも居場所を特定して処刑しなければ」






 まさか!?





「エナ・ブローシャ。必ず、どんな時でも、絶対にアイツが裏に居た。そもそもの元凶と言ってもいいわね。確か14の頃に修道女となって以来、奇跡の力に目覚めた……だったわね。そこに至るまでの経緯は不明。だから今はまだ居場所は分からないけど、あと4年で確定する。先ずはあの女を処刑する。絶対よ! 絶対に、生かしておかない!」





 やっぱりだあー。

 それヒロインだよー。つまりは操作していたのはあたし。

 いやだってゲームだよ。そりゃいるでしょ、プレイヤーが操作する主人公が。

 そうでなければ、ラスボスなんて成り立たないし。

 というか確か同い年よね。なら今のクラウシェラは10歳か。





「とにかく何をするにも、最大の難敵は王家ね。まともにやり合っても負けはしないと思うけど、お父様が理由もなく王家と戦争をするとは思えない。何か大義名分を作る。それに後押しをするための資金、それに武器もいるわね。兵はどのタイミングで集めるべきかしら」





 思考が全部流れ込んで来るけど、絶対に10歳の考える内容じゃない!

 はっ! 待って、待ってよ、あの100の文字。そして破滅した記憶。それにあの言葉。

 ゲームでは必ず15歳から始まって、破滅するのは17の時。

 だけど彼女にとってのスタート位置は今。

 もし10歳から100回破滅するまでの全ての記憶を持っていたとしたら?


 今の彼女は、10歳の体に710歳の精神。

 破滅する関係で17歳より先は無いから年齢通りとはいかないけど、繰り返しを思い出したのなら相当濃い知識を持っている。

 教科書なんて、全ページ暗記していそうね。

 それになりより、100回破滅したという経験を持っているって事。

 どう考えても、最悪の結果しか浮かばない。

 これどうするのよ。





「それより、そうだわ! 今日は大事な日なじゃない! 寝てなんていられないわ!」


 慌ててベッドから飛び起きると、ものすごい勢いで身支度をすると部屋を出て行った。

 まあ彼女と一心同体らしいあたしもまた、一緒にいるわけだけど。





 ん? でも今日って何の日だろう?

 何か考えていたけど、漠然とした思考だった読み切れなかった。

 もうちょっとがっちり決めた思考だと読めるんだけどなー。

 それにあたしがゲームで知っているのは15歳から。ゲームが始まる前の事なんて詳しくは知らない。

 精々、会話の中で聞く話くらい。

 さすがに10歳の頃の記憶なんて――!?


 そんなあたしのいる空間に流れ込んでくる無数の思考が書かれた紙。

 ことごとくが破滅した憎しみをつづったものだけど、その内容が一点に集約される。

 それは字ではなく姿の絵。

 青い髪。狼のような鋭い外見。他者を圧する長身。それでいてムキムキマッチョではなく、引き締まった端正なボディ。

 これは――近習のオーキス・ドルテ!?


 彼はゲームが始まった時点で彼女と一緒にいた人物だ。

 平民でありながら、その才覚を認められてクラウシェラの護衛兼、教育係をしていたという。

 登場した時は18だったから、今は13歳辺りかな?


 近習の名の通り常にクラウシェラと共にあり、時に盾として、時に剣として、常に彼女を守っていた。

 絶対的な番犬。頭も切れ、攻略に立ち塞がる中ボスといった所かしら。

 だけどそこはそれ、自由度の高さこそが最大の魅力であるインフィニティ・ロマンチック。

 彼もまた、攻略の仕方によっては彼女を破滅させる引き金となる。


 というよりも全速で走っていく彼女の頭の中では、もう既にオーキスを処刑する事しか考えていない!

 窮地きゅうちを救ってくれた記憶もあるだろうにと思うけど、最終的にはそれを跳ねのけて破滅させた。

 あたしってすごい――じゃない!

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