第12話 番犬ゲット
翌日、改めてクラウシェラとオーキスの謁見が再開された。
本来なら最短でも数日後。場合によっては1週間、1ヵ月……なんて時間をかけていたら、そのままフェードアウトもあり得た。
それが分かっていたので、目覚めると同時にクラウシェラがセッティングを行ったわけだ。
オーキスはまだ処遇が決まらず屋敷にいたのも幸いだった。
その為、昼前にはもう再度の謁見が実現した訳だ。
彼の姿は昨日と同じ。まあ着替えている様だけど。
クラウシェラは立派な赤いドレスね。昨日のような罠はもう必要ないって事かしら。
身分相応って感じ。
「面を上げよ」
「はっ」
高い位置に座るクラウシェラに、低い場所で跪いているオーキス。絵になるわー。
昨日は公爵がいたから立っていたけど、今日は侍女と護衛の兵士のみ。
それでかな。普通の謁見みたい。
「昨日は体調がすぐれず中断となりました。そこで、改めて確認すると致しましょうか」
「……」
どう答えたら分からず返答に窮しているみたい。
そりゃそうでしょうね。昨日の事があるもの。
「オーキス・ドルテ。お前をわたくしの近習とするわ。今後はわたくしに絶対の忠誠を誓い、武芸、学問共にはげみなさい」
「あ、ありがとうございます。このオーキス――」
嬉しさのあまりだろうか、立ち上がろうとするが、
「無礼者! 誰が立ち上がってよいと言ったか!」
「も、申し訳ございません!」
慌てて平伏するオーキス。
『ダメでしょう。そこはむしろ歩み寄って、もっと優しく言うのよ。これからよろしくねって感じで』
――何を言っているの? 馬鹿なの? 最初に身分の差というものをしつけないでどうするのよ。
わたくしが認めたのはあくまで近習として。昨日説明したでしょう。庶民と貴族との間には絶対の壁があるの。それは絶対不可侵であって、誰にも壊す事は許されないわ。
それを自分から歩み寄る? 優しく? 有り得ないわ。
よろしくではなく忠義を尽くせ。その言葉こそが、互いの立場を理解させ、尚且つ自分が従う存在であるときちんと認識させる行為なのよ。
いい、わたくしはお友達が欲しいのではないの。そんなものはいらないし、必要だとしても貴族の子弟よ。決して平民などではないわ。
うーん、この辺りは徹底しているな—。
友人も、自分にとって――というよりも、公爵家にとって有意義かどうかを見るんだろうなー。
でもそんな人生、楽しいのかな?
昨日貴族のありようと心構えを語った時の彼女は、少しも楽しそうじゃなかった。
そりゃね、真面目な話だもの。その辺りは分かるわ。
でもね、心の底からその生き方を望んでいるかと言われたら、あたしは違うと思う。
ただ公爵家の令嬢として生まれたから、それにふさわしい身の振り方をする。
人生の全ては公爵家のために存在し、それ以外に道はない。
ただ一筋の道を、使命感だけで進んでいく。
『貴方は悲しいわ』
――いきなり何よ。
それが設定。ううん、彼女がそんな星の元に生まれたからと言って、自分の幸せを追い求めちゃいけない道理は無いわ。
でも今は取り敢えず――、
『それはまた今度ね。オーキス君が平伏したままよ』
――別に一生あのままでも良いのよ。でもこのクラウシェラの名において近習にすると宣言した以上、そうもいかないわね。
「それでは立ちなさい、オーキス。貴方にはこれからわたくしの護衛と、教育の一部、そして自らの勉学を行う責務を負います。もしわたくしが考える近習の資格を満たさないと判断した時は、直ちに放逐します」
『クラウシェラー』
「同時に近習である以上、わたくしの許可無しに話す事と、警護及び教育の時間以外は一切の自由を許します。鍛錬、自習に当てるもよし。趣味を作るもよし。外出も許可します。まあ好きになさい。もちろん、分を超えない範囲の話ではありますがね」
「有難きお言葉! このオーキス、生涯に渡ってクラウシェラ様に絶対の忠誠をお約束いたします」
今度は立ったまま、深々と頭を下げる。その立ち振る舞いから指先一つまで、完璧な作法だって事は素人目にも分かる。それほどまでに洗練されていた。
あの狼のようなといいますか、ある意味狂犬のような戦闘スタイルからは想像もつかないわ。
それにクラウシェラの態度も、少し優しかった気がする。少しは気にしてくれたのかな。
まあ本当に少しだけど。
でもオーキスは確かに十分満足している感じがする。
昨日は生きているのか死んでいるのか分からないような目をしていたけど、今はきちんとした意思を感じる。
地に足が付いたというのかしら。自分の立ち位置を定められて安心した感じなのかな。
もし歩み寄って手を取ってこれからよろしくね、ニッコリなんてしたら、多分こうはならなかったと思う。
そこにあるのは、身分の差という決定的な壁に隔たれた仲良しごっこ。
“欲しいのはお友達じゃない”かー。
オーキスも同じに見える。彼はクラウシェラと友達になりたいわけじゃない。
もしクラウシェラがそうなろうとしても、逆に引く。そして今以上に距離を取る。
身分の差という壁は、角度を変えると決して超えてはいけない奈落への断崖となるのだから。
確かにクラウシェラが許しても、公爵他、別の人間が許さないわね。
「では早速、本日の分を学ばせていただくわ。庶民の話だったわね」
「はい。各地方の特色や文化、風習、平民が現在はどのような生活をし、何を求めているかをお教えするのがわたくしの役目でございます。他にも何かございましたら何なりとお尋ねくださいませ。出来る範囲でお応えいたします」
「そんな中途半端な知識など邪魔になるだけよ。貴方は貴方が専門とすべき知識を教えなさい。他はそれぞれの専門家が教えるわ」
「これは出過ぎた真似を。大変申し訳ございません」
「いちいち頭を下げる必要は無いわ。それこそ時間の無駄よ。では早速始めるわよ」
「ここで、でございますか?」
「わたくしの時間は限られているの。移動の時間は無いわ。食事の前に、早いところ本日の分を済ませるわよ」
「りょ、了解いたしました。それでは本日は、軽めに当領地を取り巻く状況についてをご説明いたします」
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