第19話 屋敷からの脱出

 そこからは早かった。

 元々屋敷には、万が一の賊の襲撃に備えて50人の兵が常駐していた。

 負傷者や民間人はペルム騎士領に送っちゃったけど、無事かなー。さすがにそこまで非道ではないと信じたいけど。

 でもそっちを心配している余裕は無いわね。今はこっちの命が風前の灯火ともしびなのよ。


「全軍速やかに移動。ここから西の町、カーナンへ向かうわ」


「南のベルナットの町ではないのですか?」


「あの町の城壁と防備であれば、たとえ反対側から攻められても十分に守り切れます」


「だからこそよ。それを知った上でペルム騎士領は迷わずこちらに向かっている。そこまでの馬鹿ならどちらにしたって逃げ切れるわ。でも真実が分からない以上、最悪を想定するべきよ」


「これ以上の問答は無用だ。我らの命は全てクラウシェラ様と共にある。進軍!」


「了解です!」


「進軍!」


「進軍!」


 西に向けて、一斉に動き出す僅かな兵。

 オーキスは近習とはいえまだ15歳。

 でもやっぱり階級というか、立場は普通の兵より上なのね。

 というより、主人の言葉をそのまま伝える拡声器って扱いかしら。

 何にせよ、行動に迷いが無いのは良い事だわ。


 兵士は全員が騎兵。まるでこの事態を予想していたみたい。

 というより、完全に確信していたのね。道理で思考が流れてこないはずだわ。

 弓のサリウスも騎乗しているけど、オーキスは一緒の馬車で護衛ね。

 あとはクラウシェラの乗る馬車に加え、侍女や執事、それに医師のロベールが乗る馬車が2台。


 金目の物なんかは全部置いてきた。というより、時間の限りばらまいてきたのよね。

「その方が足止めになるでしょう」との事だったわ。

 書類なんかは結構焼いていたけど、焼却炉から煙があまり出ないように煙突の上に布を張っての作業。

 館ごと焼いちゃえば簡単だけど、彼女は全て残した。

 これは幾つかの案があったからあたしにも思考が紙のように流れて来たけど、最終的にはさっきの足止めと、逃げた事を遠くから知られないようにするためだったみたい。

 あと30分もすれば、仕掛けてきた発火装置が屋敷に火をつける。

 あたしが見る限り、準備は完璧だったと思う。


 だけど、流れてくるこれは感情には怒り、口惜しさ、諦め、申し訳なさ……様々な負の気持ち。

 あたしの知っている彼女とは、随分印象が違うなー。


 でもそれは今になっての話じゃない。この2年間、彼女は大人しかった。

 もちろん破滅させられたことは一時だって忘れていない。

 だけどオーキスを近習にした事で、かなり心の余裕を持てたみたい。

 仲間であった時とそうでなかった時。それを冷静に考えて、出会った時の対処をいつも考えている。

 まあいつも最初に浮かぶのが処刑の2文字って所は相変わらずだけどね。

 それでも、あたしが知る悪逆なクラウシェラとは大きく違った存在になったと思う。

 でもそんな彼女を、この一件が大きく変えてしまった事を後になって知った。





 ※     ※     ※





 西にあるカーナンの町は、商業の町として知られている。

 彼女がここを選んだのは、その性質上。

 この辺りは人の行き来が盛んだし行商も多いから、朝に出れば他の町で色々売って、夕方には家に帰る。そんな距離に町がある。

 その中でも商業が盛んなカーナンは隣接する町も多く近い。


 でも、そんな事を知っているのはゲームでも登場したから。復興した町として……。

 その時は数年前に一部の地方が反乱を起こして戦渦に巻き込まれたからだと聞いていた。

 そう……その時に戦災孤児となってしまった攻略対象の一人から。

 彼はどんなことがあっても、クラウシェラの味方にはならなかった。

 当時としては一番攻略しやすくて、他キャラの攻略にも手を貸してくれるお助けキャラクター。

 でも今考えてみれば、これが原因だったのね。


 だからといって、道は変えられない。こっちも必死なのよ。

 それにその辺りの事情はクラウシェラもある程度の事は知っているのよね。だって100回繰り返しているのだもの。

 それでもここを逃走経路に選ぶしかなかった。


 東にはロベロっていう大きな都市があって、もし屋敷で何かあれば北のペルム騎士領か南にある橋の町ベルナット。もしそれが間に合わない時は、急ぎロベロの町と決められていた。

 つまりは、西は絶対に選択肢に入らない。

 壁も堀もない商業の町。戦い様が無いわ。


 当然敵もそれを知っているから、行くならあっち。

 裏をかく事も考えられるけど、向こうは向こうで失敗したら全てを失うはずだわ。

 だから兵を割くなら、当然あっち。

 だけど――、


「背後に敵騎兵! およそ200!」


「早いわね。でも少ない。主力は館に向かわせて、逃げた可能性を考えて足の速い騎兵を分散させたって所かしら」


「この様子では、東に行っていたらおそらくダメだったでしょう」


「あちらが本命ですものね。それでも……」


 空に上がって行く一条の強烈な光の柱。魔法の道具だわ。

 これで敵は全部こちらに来る事になってしまう。


「それではクラウシェラ様、ご武運を!」


「お仕え出来た事、生涯の誉れでした」


「今までご苦労様でした。家族の事は一切心配する必要は無いわ」


 クラウシェラに挨拶し、たった10騎の騎兵が向かう。

 ああ、あたしには止められない。

 そして――、


「貴方はまだこれからですよ。必ず生きてくださいまし」


「城にはもっと良い医者がいます。頭痛の件はそこで視てもらってくださいませ。もう書状は送ってありますので」


「お元気で!」


 20騎の騎兵と共に、2台の馬車が遅れだす。

 言うまでもないよね。わざとだよ。

 もうクラウシェラの怒りと悔しさは極限状態。

 無数の思考の紙が舞うけど、どれも内容は同じ。

 そりゃ分かるよ。あたしも同じ気持ち。


 後ろでは最初に突撃した騎兵が玉砕している。

 けど彼らはただの騎兵じゃない。公爵令嬢の護衛を務めるだけあって、エリート中のエリート。

 多勢に無勢の中、それでも数倍の敵を倒していた。

 倒されていった騎兵、一人ひとりの名前や性格を書いた紙が舞う。

 それはいつもとは違う。まるで血文字で書かれているように見える。

 今までの中で、最も大きな苦しみが伝わって来る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る