第6話 オーキスの窮地

 険悪な様子を見かねたのだろう。エルダーブルグ公爵が仲裁に入ってくれた。


「お前も年頃だ。それに近しい男性などいなかったからな、混乱するのも無理はない。しかしこれからの事を考えれば、今のうちに慣れておくべきだろう。なあに、安心しろ。大切な娘の傍に置くのだ。身元に関しては完璧な調査をしてあるし、もちろん去勢済みだ。全部取ってある。だから安心していいぞ」





 知って驚く意外な事実。そんな設定だったんだ!?

 確かに乙女ゲーでそんな生々しい設定語れないわ。

 でも確かに当り前よね。万が一伯爵令嬢が傷ものにされたなんて事になったら、スキャンダルじゃすまないもの。

 もっとも、クラウシェラにそんな心配いらないと思うけど……禁断のロマンスとか無い限りね。





「ふうん。お父様がそこまでおっしゃられるなら、間違いないのでしょうね。顔を上げなさい。発言を許します」


「はっ、私はオーキス・ドルテと申します。この身をクラウシェラ・ローエス・エルダーブルグ様に捧げるため、全てを捨てて参りました。この名も今や仮の物。どんな名前でもお申し付けください」


「別に名前なんて呼びやすければどうでも良いわ。好きに名乗りなさい」


「ははっ」


「それより、これから主となる私をどう思うか、率直に述べなさい」





 悪意が濁流のように渦巻いてゆく。

 今までもずっと包まれていたどす黒い感情。

 それさざわめき、波打ち、激しく動き出した感覚。

 何かを始める気なんだろう。


 でも何を?

 ああー、もうっ! あれだけプレイしたのに、自由度が高すぎて特定できない。

 それにこの時代の事なんて何も知らないし!

 分かるのは、このままでは絶対にダメって事。

 この空間に無数の思考の紙が渦を巻いているけど、数が多すぎてさっぱりよ。





「怖れ多きことながら、とてもお美しく思います」


「それで?」





 クラウシェラは興味ないといった感じだ。

 そりゃまあね、挨拶のように言われ続けているだろうし。

 ただそれよりも、何かこれまでとは違った不自然さを感じる。


 ほぼ直立不動で睨みつけていた感じから一転。

 少し表情が和らいで話しやすくなっている感覚がある。それに動きも出て来たわね。

 でもなんかこう、不自然な動き?

 視点は相変わらず彼女の物だと思うけど、今どんな顔をしているかとかが鏡を見なくても分かるのは便利。

 あ、でも、大抵はそうよね。

 自分がどんな顔をしているかなんて、よほど混乱していない限り分かるか。


 逆にそれだけに、あたしと彼女が深く繋がっているという証でもあるわ。

 って、あたし大ピーンチ! この状況、抜けられるの?

 あわよくば別の誰かに移り変りたいところだけど、そんなことできるのかしら?

 ううん、諦めちゃあだめ。今は無理でも、きっと出来るようになるわ。


 それはともかく、続けての質問を投げかけられたオーキスもピンチのようね。

 確かにさっきの様子からすれな、相当に苛烈な人物だって事は分かっているだろうし、去勢された……というか受け入れた時点で、この公爵家というものがどんな所か分かっているわよね。

 それ以前に、クラウシェラの事はそもそも聞かされているか。

 なんか必死に他の言葉を探しているけど、高貴な人に対して「美しい」を封じられると厄介だわ。





「とても知的な方とお見受けいたしました」


「会ったばかりで、私の内面を計ったと?」


 オーキスの全身から流れた汗が、ポタポタと床を濡らす。





 場の空気が重くなる。

 この方面も潰されたかー。

 頑張れオーキス! この窮地を脱するのよ!

 少なくともあんたがいないと、盾を失って間違いなく即破滅するから。この子、こんな性格だから。

 というより、世の中全部を恨んでいるから!

 ……主にあたしのせいで。


 というより、これからどうするのかしら?

 彼女がこの会見に選んだのは、自らを誇示するような派手なドレスではなく、白と緑の清楚なワンピース風のドレス。


 ……なんか変だ。


 これがすごく立派なドレスだとしたら、要旨じゃなくてそっちをほめる手がある。

 あたしが知るオーキスは博識な人物だった。

 そりゃ公爵家の近習ともなれば、将来は身近な護衛か政務官……秘書かな?

 どっちにしても、常にクラウシェラの近くにいる以上、武芸だけでなく知識、教養も徹底してしているだろう。


 おそらく――じゃないわ。さっき公爵が言っていたもの。ここで謁見するずっと前から、徹底した英才教育が施されている。

 単純に似合っているだのいうセリフはNGだと思う。

 だけど、生地や装飾、縫製、そういった点などの方面を誉めれば、間接的にクラウシェラを褒めつつ知識を披露できる。

 有能な人間だとアピールできるわけね。


 でも当然、それは彼女も知っている。

 だから先に封じた?

 それも変よね。着替えてからここまで、彼女は彼を処刑する事しか考えていなかった。

 この謁見がうまくいかなければ、おそらく公爵は彼を遠い場所へと移すだろう。

 そこから人を雇って?

 いやいや、ないない。なんと言ってもクラウシェラ公爵令嬢。平民の暗殺者や、ましてやごろつきなんて雇わない。接触すらしない。

 そもそも、そう言った身分卑しい連中とは無縁。貴族社会に咲き誇る、1点の曇りなき存在。それが彼女なのだから。

 なら下級貴族の兵士にやらせる?

 うーん、同じ事だよね。

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