召喚魔法


 リッカ達が、魔獣討伐の為に都市を出てから数時間。

 プラーミャから言われていた通り、ずっと冬の気候のままだからか、街道には雪が多く残っているのが見受けられた。

 元の世界では春だったのに、急にまた冬に逆戻りしてしまったよう。そしてこれが十年以上もずっと続いているという。



「はぁ……ふぅ……」



 スティーリアとプラーミャの後を歩き続けるリッカ。

 元々体力もそこまで自信はなく、慣れない道というのもあって如実に疲れを見せている。

 それにこの後の目的を考えると、疲労と同時に恐怖も降りかかってくる。



「だらしないわね。少し歩いただけで、そんなに疲れるなんて」


「ご、ごめんね……」



 振り返ったスティーリアが呆れたようにリッカを見た。

 スティーリアは全く疲れていないように見える。同じ双子であるはずなのにこうまで違うものか、とリッカは少しヘコむ。

 こんな事ならハルやカエデと一緒に、剣術や薙刀術を学んでおけばよかったと思ってしまう。


 そんな二人の様子を見てプラーミャが苦笑。



「まあまあ。もう少しで目的地ですし、この辺で少し休憩しましょう」



 まるで幼い子供を見守る母か姉のようなプラーミャに、スティーリアは不満げにため息。近くの木に腕を組みながら体を預けた。

 リッカも近くにあった手ごろな切り株を椅子代わりに腰を落ち着かせる。



「大丈夫ですか、リッカ様?」


「あ……はい、すみません。でも本当に……魔獣と……戦うんですか……?」



 今日の本題はそこであるが、徐々に言葉がしりすぼみになってしまう。

 街道を通る商人を襲う魔獣の討伐。それが領主からヴナロードに依頼された内容。

 ついでにリッカの魔法訓練も一緒にやってしまおうという名目で、リッカも同行しているのだが。

 魔装具化が出来ただけで、まだ魔法を使ったことも、どうしたら使えるかも分からないのにいきなり実戦は、流石に無茶なんじゃないかと思ってしまう。



「実力を養う点では実戦が一番よ」



 スティーリアが木に寄りかかったまま言う。



「魔核を手に入れる為とはいえ、足手まといは困るの。ヴナロードに入ったのなら、戦力として使い物になりなさい」


「う……はい……」


「心配なさらなくても、リア様とリッカ様は私が守ります。後方でリア様と共に魔法の支援をお願いいたします」



 スティーリアの厳しい鞭と、プラーミャからの優しい飴。

 スティーリアの言動は怒っているわけではないらしいが、ツンケンしていて温和なリッカとは性格が正反対。

 リッカとしては、少しずつでも家族として仲良くなれればとは思っているのだが。



「プラーミャ。あなた、そうは言うけどちゃんと後ろの事を考えて戦いなさいよ。またいつものようにのは困るわよ」


「何を仰いますか。私はいつでも冷静ですよ?」


「ほんともう自覚ないんだから……」


「……?」



 呆れたようにため息をつくスティーリアに、リッカは疑問符を浮かべつつ目を向ける。スティーリアは特に説明するでもなく、後で分かるわよ、と言うだけ。


 ふと、そういえばとリッカは気になる事があった。



「今日はあの狐のお面、着けてないんだね」



初めてスティーリアとプラーミャに出会った時、二人はそれぞれ狐の仮面を付けていたが、今日は特に着けておらず、白いローブを目深に被った格好をしていた。

ヴナロードの拠点を出る際、リッカも同じようなローブを渡され、二人と同様の姿。



「あれはヴナロードとして活動する時に着けているだけ。普段は出来るだけ顔を隠して行動してるわ」


「年々リア様のお顔立ちはルミリンナ様に似てきていますし、ジーヴル王家を知る者が見れば余計な疑いを持ちかねませんから」


「そうなんだ……」



 スティーリアと瓜二つのリッカも同様に、外を出歩く時はローブを被るようプラーミャから言われていた。

 ただでさえ双子は目立つ。レディオラ王家にバレない為にも派手な行動は出来るだけ控える。少なくとも藍の国にいる限りはそうしなければならない、とのことだった。


 それじゃ、とスティーリアは寄りかかっていた木から離れて、目的地へと足を向ける。



「そろそろ出発するわよ。あまりグズグズしてると日が暮れるわ」


「あ、うん」



 多少体力も回復したリッカも立ち上がり、スティーリアとプラーミャの後について行く。

 しばらくすると、雪山へと続く山道が見えてきて、その手前の開けた雪原地帯に出た。だが周りを見渡すも特に魔獣らしき姿は特にない。



「情報によればこの辺りに出没するらしいのですが……」



 プラーミャがキョロキョロと周りを見回す。

 ふと、そういえば魔獣怖いと思うばかりでどんな魔獣が出てくるのか、聞いていなかった事を思い出した。



「ねえリアちゃん、ここの魔獣ってどんなのが出てくるの?」


「あなた……だからちゃん付けするなって――」


「――あ!」



 いつまで経ってもちゃん付けしてくるリッカに青筋立てるスティーリアだったが、リッカは目に付いたものに気を取られスティーリアの言葉を遮った。

 雪原に面している森の草むらの中から、動物の白い耳がピョンと出ているのが見えた。見た感じ兎のような動物が草むらから顔を出していた。



「え、可愛い……」



 ガサガサと草むらの中から雪兎のような真っ白い獣。

 こっちの世界にも兎がいるんだぁ、とのんきに思ったものの、まだ距離があるのに何だかやたら大きい気がする。

 顔は兎なのに体はカバのように大きい。そんな巨体が飛び出し、ドスドスと重い足音を響かせながら一直線にこちらに迫ってくる。



「え、可愛くない! 怖い!」



 鋭牙をむき出し、よだれを流しながら高速で近づいてくる化け兎に、一瞬前の感想が百八十度変わってしまった。

 化け兎の魔獣は『アサルトバニー』。人を見かけると見境なく襲い掛かり、魔獣の中でも好戦的で獰猛。

 藍の国のような雪原によく生息しており、この国ではポピュラーな魔獣である。

 故に遭遇率が高く、被害も最も多い。



『グゥオオオオオオオオ!!!』



 アサルトバニーがリッカに襲い掛かろうと飛びかかった瞬間、赤い軌跡と共に魔獣は真横にぶっ飛ばされた。

 見るとプラーミャが、その細身の体以上に大きな戦斧を振り下ろしていた。



「うふふ、私の目が黒い内に、リア様とリッカ様に手を出そうなんて百年早いですよ!」


「……え?」



 静かに、しかし獰猛な笑みを見せながら戦斧の魔装具を肩に担いだプラーミャ。

 普段の優し気な雰囲気から一変。獲物を見るかのような怪しげな微笑みを見せ、戦斧の魔装具を担いで走り出した。


 あまりの変貌ぶりに言葉を発せなくなっているリッカは、驚愕に歪む表情でスティーリアを見た。

 スティーリアはため息と共に頭を抱えている。



「……プラーミャは戦闘になると、ああなるわ。しかもあの状態、本人に自覚がないのがなお質が悪い」



 プラーミャの染色魔力は『赤炎せきえん』であり、炎の属性の魔導士は戦闘狂が多いらしい。ご多分に漏れずプラーミャもその人種であり、一度先頭になると殲滅するか、魔力切れになるかまで元に戻らないらしい。


 先程スティーリアが言っていたのはこういう事だったのか、とリッカは納得。

 しかし――



「――では、魔獣狩りと行きましょう!!」



 普段は優しく大人なプラーミャが巨大な斧を振り回す姿は軽くホラー映像のように見える。

 ああ、怒らせちゃダメな人なんだな、とリッカはドン引きしながら、プラーミャを怒らせないようにしようと心に誓った。



「見てるだけじゃ訓練にならないわ。あなたもやるのよ」


「え!? 私もあんな感じで……?」


「違う! 後方で魔法支援。詠唱教えるから、続けて唱えなさい」



 一瞬プラーミャの様にバーサーカー化して戦わなければならないのかと思ったが、幸いなことに違うらしい。

 スティーリアの右手の指輪が青く輝き、次の瞬間には長剣に変わっていた。



「プラーミャ! 引き寄せなさい!」


「承知です!」



 プラーミャが二人の前に立ち、戦斧の魔装具を構える。

 アサルトバニーは、その巨体から考えられほど素早く、一直線に突進。まるで車がノンブレーキで突っ込んでくるかの如く圧があった。


 ――ドゴォンと重鈍い音を立てながら、プラーミャは魔装具を盾にアサルトバニーの突進を受け止めた。



『撃ち抜け氷弾、アイスバレット』



 スティーリアの構えた魔装具の切先に青い魔力が収束し、拳大の氷の弾丸が放たれた。氷弾はアサルトバニーの横っ腹に直撃し、魔獣の体がグラッとよろめき体勢を崩す。



「今! 追撃しなさい!」


「あ、えっと……う、『撃ち抜け氷弾、アイスバレット』」



 スティーリアに倣い、手を魔獣に向け同じ詠唱を唱えるリッカ。

 右手の先から藍色の魔力が収束、スティーリアの時と同じように氷弾が放たれた――小粒の氷が。


 コン、とリッカの放った氷がアサルトバニーの頭に当たるものの、全くと言っていい程威力は無い。だが敵視は取ってしまったようで、魔獣の標的がリッカに移り変わる。


 アサルトバニーはプラーミャを躱して、今度はリッカに向かってドドドと突進してきた。



「っ!?」


「全くもう!」



 リッカは恐怖で息を飲み体をこわばらせてしまうが、スティーリアがリッカの体を抱いて横に飛び退る。

 アサルトバニーはその勢いのまま方向転換して、再びリッカとスティーリアに襲い掛かるが、プラーミャが魔装具を振るって再び相対した。



「制御も甘いし、魔力も十分に練られてない。初めてでももうちょっとマシなものだと思うけど真面目にやってるの?」


「やってるよぉ!」



 呆れ半分、怒り半分に叱責するスティーリアに最早半泣きで抗議するリッカ。

 練習も何もなく、ぶっつけ本番で魔法を覚えさせようというのは、やっぱり無理があったとリッカは思う。


 そんな様子を尻目にスティーリアため息を漏らす。



「じゃあ、あなたのいた世界はよっぽど平和ボケした所だったのね。……とりあえず繰り返しやっていくしかないわ」


「ええ!?」



 改めて魔法の練習してから、と言われるかと思いきや、まさかの続行。

 スティーリアは本当に双子なのかと思うくらい考え方が違う。血を分けた姉妹なのであれば、もうちょっとソフトにして欲しいと切実に願うが、既にスティーリアは別の魔法の詠唱に入っていた。


 それからは氷の槍を飛ばす魔法や、地面から氷柱を出す魔法、氷で拘束する魔法など、ありとあらゆる魔法をスティーリアは駆使し、リッカもそれに追従してスティーリアと同じ詠唱を口にしていくが――



「――アレね。あなたの環境どうのこうのじゃないわ。あなた詠唱魔法のセンスない」


「うぅ……」



 結果、リッカの魔法はそのことごとくが不発だったり低威力だったりと、およそ魔法と呼ばれる現象を引き起こすものではなかった。

 これではほとんど魔法の使えない一般人と同じようなもの。霊峰フレイヤに辿り着くまで同じような魔獣には多数出くわす。

 果たしてリッカを守りながら霊峰フレイヤへ辿り着けるか、とスティーリアが考えた時――



『――グオオオオオオオオオオオオ!!!』



 アサルトバニーはスティーリアの魔法で傷を負わされてはいるが、未だその戦意は衰えておらず。

 だが戦況は不利と見たか、空に向かってどこまでも響くような唸り声を上げた。

 そのすぐ後、雪山からズドドドと地響きのような音が聞こえてくる。



「呼び寄せたわね」


「え!?」



 視線の先には今正に相手をしているアサルトバニーと同じ魔獣が十体。

 それらがまるで雪崩のようにリッカ達の元へ押し寄せてきている。



「できれば、あなたがまともに魔法を使えるようになるまで仲間は呼ばないで欲しかったけど、仕方ないか。最後に召喚魔法だけ試すわよ」


「え、えっと……召喚魔法……?」



 それはリッカをこの世界に呼び寄せた魔法。

 どういった魔法なのか詳しくは分からないが、問答無用で自分の目的の為に誰かを呼び寄せる魔法には、あまり良い印象はないが。



「あなたが呼び出された魔法とは別物よ。本来召喚魔法は、精霊という存在に糧となる魔力を提供して協力を仰ぐ魔法。無理やり呼び出したり使役するような魔法ではないの」



 召喚者は魔力を与え、その代わりに精霊は召喚者を守り助ける者となる。

 リッカの様に直接的な戦闘力はない者が、自分の代わりに戦ってくれる精霊を召喚する事が主流であり、自分の属性の精霊が召喚される事となるが、どんな精霊が呼び出されるかは召喚者の力量によって決まる。

 自らの窮地を救ってくれる精霊が現れるか、それとも力の弱い精霊が呼び出されてしまうかは、召喚魔法を使ってみるまで分からない、という。



「とにかく私の言葉を繰り返して。これでダメならもうお手上げよ」


「う……わ、わかった」



 リッカは一度大きく深呼吸して心を落ち着かせる。

 ここで強力な精霊を呼び出せなければ役立たずになってしまう。そうなれば魔核を手に入れる事も、ハルやカエデを探す事も難しくなる。

 それに何より、足を引っ張るだけの存在にはなりたくない。


 スティーリアはそんなリッカの様子を見据え、口を開いた。

 その一つ一つの言葉をリッカは丁寧に、間違えないように言葉を紡ぐ。



『凍てつく氷の深淵より我が呼び声に答える者。氷の化身、雪の精。藍の色に導かれ、ここに姿を現せ』



 リッカの魔装具から藍色の魔力が渦巻き吹雪が巻き起こる。

 吹雪は次第に勢いを増していき、リッカをも巻き込み、あまりの魔力の奔流に思わず目をつぶってしまいそうになる。


 それと同時に体の中から何かがゴッソリと抜け出していく感覚。それがいわゆる魔力なのだろうと理解した。

 詠唱魔法の時には自覚するほど魔力の消費は無かったのに、この召喚魔法はかなりの魔力を持っていかれてしまう。


 やがて魔力の奔流が収まっていき、リッカの目の前に現れたのは――



『ガウッ!』



 ――藍色と白の毛並みが可愛らしい猫のような精霊だった。

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