ソーサリー・ハーツ 〜世界で唯一の黒と白の魔力保持者とメイドと亡国の王女〜
M&J
序章
プロローグ
竹刀が打ち合う音が響き渡る。
ある道場の一画で竹刀と薙刀による異種試合が行われている。
薙刀を持つ方はそのリーチを生かしての連撃により、竹刀を持つ方を近づけさせない。
だが竹刀側は、その連撃全てを受け、払い、打ち落とし、有効打になる攻撃は全て防ぎ切った。
お互いに面をかぶっているので、表情はうかがい知れないが、薙刀側はムッとした雰囲気を醸し出す。
そしていったん距離を取り、薙刀を引き、腰を落として突きの構えを取った。
ドンッ、と足を踏み込む音と共に、高速の突きが繰り出され、のど元目がけて一筋の線になる。
綺麗に突きが決まったかと思われた瞬間、竹刀が叩きつけられる音が二度響いた。
一度目は薙刀を打ち落とす音、二度目は面を打つ音。
突き技は決まっておらず、逆に面の一撃を受けたことを、薙刀側は数秒後に理解した。
「ぬああああ! やられたー!」
悔し気に唸りながら面を脱ぎ、手ぬぐいを取れば、枯れ葉色の髪の少女が顔を出した。
「追い詰められると、突き技に頼るのは悪い癖だな、カエデ。わかりやすいぞ」
同じように面と手ぬぐいを取りながら、枯れ葉色の髪の少女と同じか、少し上の歳の頃の漆黒の髪色の少年が顔を出し、笑いながらカエデと呼ばれた少女に振り向く。
枯れ葉色の髪の少女――カエデはぶつぶつと不満そうに何やらつぶやいている。
「おかしいなー、必殺技なのになー、当たってくれてもいいんじゃないかなー」
ぱっとカエデは顔を上げて、何か思いついたように笑顔を見せる。
「ハルにい、そのまま立ってて。ちょっと不完全燃焼だから、当てて終わりたい」
ハルにいと呼ばれた黒髪の少年――ハルは呆れたようにため息をついた。
「いや防具外したし、もう学校行かなきゃいけない時間だから、おわ――ぐえ」
「隙あり」
カエデはいつの間にか薙刀を手に、軽くハルののど元を突いた。
カエデは舌をペロッと出してブイサイン。そして脱兎のごとく逃げ出した。
「待てカエデ! 今のはマナー違反だこら!」
「きゃー、ハルにいが野獣化したー」
「誰が野獣か人聞き悪い!」
道場の中をグルグル走り回る二人。
そんな時に、道場の入口が開き、制服姿の少女が顔を出した。
「ハル君、カエちゃん、もう学校行く時間だよ。いつまでやってるの」
「リカねえ、助けて。ハルにいが胴着姿の私に欲情して野獣化してるんだよ」
「待て!待て待て! さっきより人聞き悪い‼ リッカ! 俺はカエデのマナー違反を注意しようとしているだけだ!」
カエデはリッカと呼ばれた少女の背中に隠れ、悪い笑顔でほくそ笑んでいる。
リッカは一つため息をつき、微笑みながら二人を威圧する。
「早く着替えてきなさい」
「「はい………」」
蛇に睨まれた蛙のように二人は萎縮し、すごすごと更衣室に向かっていった。
―――――――――――――――――――――
この春から高校2年になった彼は、家族とも言える幼馴染姉妹と共に、今日も元気に登校中。
美少女姉妹を侍らせる様は、一見すると両手に花なので、周りからはラブコメ主人公か、と揶揄されることもあるが、ハルからすれば、そういう意識は一切ない。
というより、幼少期に事故で両親を亡くしてから、支えになってくれたのが、その幼馴染姉妹であったため、もはや家族同然の存在だった。
今は祖父との二人暮らし。祖父は元々剣術道場の指南をしていたが、引退後は看板を下ろしていた。
元々ハルは剣術に興味はなく、習うこともなかったが、両親の事故死を機に、祖父に剣術を習いだし、今は時間を見つけては稽古に励んでいる。
「またつまらぬものを切ってしまった」
枯れ葉色の髪をサイドポニーに結い、いたずらっぽく笑いながらハルの隣を歩く少女。
表情がコロコロ変わり、どこか人懐っこさを纏う。いともたやすく人の警戒心を解き、誰とでも仲良くなれる、そんな少女であった。
だがハルに対しては遊んでいるのか、甘えているのか、ちょこちょこと悪戯をしてはお仕置きされる、そんなやり取りを良くしていた。
「おい、つまらないものって、俺の首のことか」
「隙を見せるのが悪いんだよー」
再び朝の鬼ごっこの続きが勃発しそうになったが、ハルの隣を歩くもう一人の少女に止められた。
「ダメだよ、カエちゃん。ハル君に痛いことしちゃ。それに防具もなしに首を突っつくのは危ないよ」
背まで伸びる青みがかかった黒髪を揺らしながら、鈴を転がすような声でカエデを柔らかくたしなめる。
「でも、リカねえ、おじいちゃんからは敵が隙を見せたら容赦するな、っていう教えなんだよ! 」
リッカは小首をかしげながらそうなんだー、と何故か納得。
柔和で包容力がある雰囲気と基本的にはしっかり者だが、少々天然が入った発言でノックアウトされる男子が多く、校内でもかなり人気があるリッカだが、浮いた話は一つもない。
リッカ自身彼氏を作ろうとする気がないのもあるが、割と隙が多そうなリッカを守るためにハルが目を光らせていることも理由の一つである。
ハルはため息をつきながら、カエデに向き直る。
「お前も女子高生になったんだから、いい加減俺の稽古に付き合わなくていいんだぞ」
ハルが剣術を習いだした頃、それに影響されたのかカエデも習いたい、と言い出した。祖父が修める流派は剣術以外にも薙刀術があり、カエデはハルと同じ剣術ではなく、薙刀の稽古をハルの祖父から学でいた。
リッカはあまり運動が得意なタイプではなく、見ているだけのことが多い。
カエデは運動神経が良く、呑み込みも早い天才肌であったため、そういった意味ではハルの良き稽古相手となっていたが。
「なにそのジジくさ発言。私は好きでやってるの! それにもうちょっとで出来そうな気がするんだよね!」
「何が?」
「
「はあ?」
薙刀を持つふりをして素振りをするカエデ。
どうやら最近ハマっているマンガで、攻撃時に爆破させるキャラクターがいるらしく、その影響らしい。
……これは本気で言っているのだろうか、とハルは頭を悩ませる。
「……お前は男子小学生か。出るわけないだろ、そんなもん」
「おっとー、今私の夢をバカにしたね? よろしい、ならば決闘だ!」
「いいだろう、また泣かせてくれるわ!」
「その前に二人とも、もう少しでテスト期間になること忘れてない? 今日は決闘より前に図書室行くからね」
唐突に現実を突きつけられた二人。
あからさまに意気消沈し、途端に大人しくなった。
そんな様子を見てリッカは微笑ましく見ながら、肩を落とす二人を連れて通学路を歩いて行った。
―――――――――――――――――――――
授業が終わり、登校時のリッカの宣言通り、学校の図書室で三人はそれぞれのテスト範囲の問題集を探していた。
カエデは早々に飽きて数少ないマンガコーナーで立ち読みを始めていたが。
ハルとリッカは自分たちの教科の資料を探していたが、なにやらリッカの様子がおかしいことに気づく。
「どうした、リッカ?」
「うん、なんか、変な音聞こえない?鈴が鳴るような……」
リッカは辺りをキョロキョロ見回しているが、ハルの耳には何も届いていない。
外を見ても特にそれらしいものは見当たらず、図書室内自体、三人の他に人がいない。
「特に何も聞こえないが……」
「ううん、だんだん大きくなってる……、こっちからかな……」
ふらふらとおぼつかない足取りで奥へ奥へとリッカは歩いて行ってしまう。
こちらの様子が気になったのか、カエデが、どうしたの、と寄ってきた。
「カエデ、なんか鈴が鳴るような音って聞こえるか?」
「ん? ううん、何も。なんで?」
先ほどのリッカの様子を伝え、お互いに首をかしげる。
とりあえずリッカの後を追って本棚が立ち並ぶ奥へと続く通路を進んでいく。
図書室の奥の奥、あまり手入れがなされていなさそうな本棚が連なっている。
「こんな辺鄙な一画あったかな……」
「うわあ、外国の文字がいっぱい。全然わかんない」
適当に本の一冊を引き抜いてパラパラとめくるも、顔をしかめてカエデはすぐに戻した。そこから少し奥で、リッカは一冊の本をじっと見つめていた。
「リッカ? どした?」
「なんだか……この本に、呼ばれてる気がする……」
本に呼ばれるとはこれ如何に。
たまに不思議発言をすることもあるリッカだが、今は度を越して何を言っているのか分からない。
ハルとカエデの耳には何も届いておらず、お互いに顔を見合わせて首をかしげる。
そんな様子を気にも留めず、リッカが深い青色の本を一冊、本棚から取り出す。
題も作者も何も書いていない本。表紙も、背表紙も同じ色。ただそれだけの本だった。
「これがどうかしたのか?」
「なにー? 何が書いてあるの?」
リッカがおもむろに本を開くと――突然それは眩いほどの藍色の光を放った。
徐々に光の強さが増していき、とてもではないが目を開けていられない。
どんどん光は強まっていき、ハルはまるで藍色の光に体が溶けていくような不思議な感覚に陥っていき、やがて意識が暗転した。
数秒後、その場には本も、ハルも、カエデも、リッカも姿を消していた。
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