悲しき再会
「・・・」
ジュードの言葉に、何の反応も示さない、アレンと呼ばれた青年。
ジュードとアイリスの知り合い、ということか。
(アレンって、確か前にリルとのお茶会の時に言ってた・・・)
第三王女とのお茶の席で、黄の国のジュードとアイリスの友人、と話が出ていた人物。それがここにいる、ということは―――
「―――砦の襲撃に加担した黄の国の使用人って、あの人ってことか?」
「いえ・・・、いいえ、ありえません!アレンさんがこんなことするなんて!」
アイリスは否定するも、アレンは構わず弓を引き絞り、放つ。
風を纏う矢は空気を引き裂き、目に見えぬ疾さでこちらを穿たんと飛来した。
だが、ジュードの一閃により、三度風の矢は弾き飛ばされる。
「テメェ・・・どういうつもりか知らねえが、俺らと敵対するってことでいいんだな!」
「待ってジュード!様子がおかし―――きゃっ!?」
激しく吹きすさぶ一陣の風が吹いた瞬間、屋根の上にいたはずのアレンが刹那の間に接近。その勢いのまま強烈な蹴りをジュードに放たれる。
すんでのところで防ぐも後方に吹き飛ばされ、すぐさまアレンは追撃に走る。
三人をまとめて相手にするよりも、一人を離脱させた方が与しやすいと判断したか。
「アイたん!ハル!二人は逃げたあいつを追え!」
ジュードの魔装具による剣閃を紙一重で躱していくアレン。
本来なら遠距離で放つ弓を至近距離から射掛けたが、魔装具を盾にそれを防ぐ。
ジュードとアレンの攻防が入れ代わり立ち代わり、お互いの攻撃を放ち、避け続ける。
「でも、三人で対応した方が―――」
「早く行け!こいつをぶちのめしたら、すぐ追いかける!」
ジュードはアレンの攻撃がハルとアイリスに及ばないよう、接近したまま攻防を繰り広げる。
アイリスは一瞬の逡巡の後、頷いた。
「・・・了解!ハルさん、行きましょう!」
「あ、ああ!」
ジュードがアレンを抑えている間に、アイリスはすぐさま馬を連れて飛び乗った。
ハルもすぐに続き、アイリスの肩を掴む。
そしてメイリアが逃げ去った方へと馬を駆けた。剣と矢が空を切る音が遠ざかっていく。
「アイリス!俺達だけで、あのメイリアって奴を捕まえられるか!?」
「分かりません。相手の力は未知数ですし、魔獣も特に見なかったのも気になります。」
鉱山地帯を走り抜けながら、アイリスは思案する。
先程のアレンという青年の様子を気にかけているようだった。
「アレンさんのあの様子・・・。もしかしたら催眠状態にあったのかもしれません」
「催眠?」
「前例は少ないですが、異彩魔法の中に、人を操る魔法があると聞いたことがあります。まるで人形の様に、命令されるがままに・・・」
「それが、あのアレンって人にかけられていたってことか?」
「可能性はあると思います」
アレンはテラガラー王室の筆頭執事であり、第一王子の護衛も務めているという。
そんな人物が青の国と黄の国の友好の象徴であるブロウ砦の襲撃に加担した、とは到底思えない、とアイリスは語る。
「なあ、一旦クリアスの王都に帰って、エアさんに増援を出してもらった方が良いんじゃないか?」
このまま少人数でメイリアを追うのは危険かもしれない。
黄の国の王室執事まで関わっているとなれば、黄の国とも協力して賊を追った方が良いのでは、とハルは提案するも、アイリスは首を横に振る。
「ここが青の国領土内であれば、騎士団に増援依頼もできたのですが、他国に騎士団を派遣する場合は、テラガラー王室の許可を正式に得てからでないと無理なんです。正直、今私達が敵を追っているのもグレーな状況です」
本来、黄の国領土内で起きていることは、黄の国側で処理しなければならない。
今回は、共同統治しているブロウ砦が襲撃に遭った為、いち早くクリアス側が調査隊としてラピスラズリを派遣、偶然敵と交戦状態に陥った為、敵を追うという大義名分がある。
ここから一旦戻って、再度メイリアを追うとなると、テラガラー王室の許可を得る為に、各所に様々な調整をかけなければならない為、かなりの時間を要してしまう。
先程メイリアの言った、青の国からは調査隊の派遣程度、と言ったのはこのことを指しているのだろう。
「なら、このままアイツを捕まえるしかないってことか?」
「はい。捕縛までできなくとも、せめて敵のアジトや戦力、出来る限りの情報は持ち帰らないといけません」
騎士団に所属する者として、手ぶらで帰る訳には行かない、と。
しかし、アイリスは馬を急がせながらも、申し訳無さそうに眉根を下げる。
「すみません、ハルさん。本来なら騎士団に所属していないハルさんが関わる必要はないし、ハルさんとしては一刻も早く、テラガラーの王都へ行きたいはずなのに・・・」
確かにこの国にリッカ、カエデがいるかもしれない。そう思うとすぐにでも向かいたいところだが。
「気にしないでくれ。ここまで来られたのはジュードとアイリスのお陰なんだ。俺に出来ることがあるなら手伝うよ」
そもそも黄の国の王都にいるかもしれない、という情報だけで何のツテもないハルが一人で探すには限度がある。
最初は一人でも探すつもりだったが、ジュードとアイリスがいれば、より容易になる。
それこそ黄の国にいるというジュード達の友人を頼れば、という考えもあるが・・・。
(まさかこんなことになるとは・・・)
その友人が今回のブロウ砦襲撃に関わっているとは、夢にも思わない。
ジュードはアレンのことを嫌っているような口ぶりで、ぶちのめすと言っていたが、催眠の魔法を破る手立てはあるのだろうか。
「さっきの、催眠状態って元に戻す方法はあるのか?」
「催眠の異彩魔法は、対象者の魔装具を通して操るそうです。大元の異彩魔導士を倒すか、もしくはその魔力の通り道、魔装具を破壊できれば、催眠状態は解けるはずです」
ジュードの場合は、魔装具の破壊など考えずに戦いそうだが。
しかし、アイリスは他に懸念事項があるのか、浮かない顔をしている。
「・・・それにもしかしたら、アレンさんだけじゃないかもしれなくて―――」
「―――あっ!いた!」
アイリスの言葉は、ハルの声によって途中でかき消された。
数十メートル先、ラピッドウルフに乗った赤紫髪の女、メイリア・ビースターが鉱山地帯の道を駆けている。
更に馬を急がせて追いかけていると、やがて周りがそびえたつ山々に囲まれた、石造りの家々が立ち並ぶ街並みが見えてくる。
速度を落とさず、メイリアは町の中へ駆け抜けていった。
「あれが黄の国の、魔石採掘の中心地、鉱山の町アルパトです。テラガラーの第一王子殿下が数日前に訪問していたはずです」
「このまま追うのか?」
「はい!」
ハルとアイリスは、その勢いのまま町へ入りメイリアを追いかける。
アルパトの町も、ブロウ砦ほどではないが、半壊した家があったり、壁が崩れていたりと、ここにも魔獣の被害が及んでいた。
だが幸いにも住民の被害は無さそうに見受けられる。
「やっぱりおかしいですね。住民の避難は間に合ったようですが、ブロウ砦もこの町も、魔獣の痕跡はあるのに、魔獣一匹出てきません。敵も魔獣を呼び寄せることもなく、ただ逃げるだけ・・・」
まるで誘い込まれているかのように、とアイリスがつぶやいた瞬間。
突然、目の前の地面が爆ぜた。
ドォン、と轟音と共に土埃と衝撃がハルとアイリスを襲い、馬ごと吹き飛ばされ、投げ出された。
「くっ!『ポルカドベッド』」
「ぐおっ!?」
地面に打ち付けられる直前で、アイリスが地面にいくつもの水の玉を展開。
水の玉がクッションとなってハルの体を受け止めた。
ハルはすぐさま起き上がり、何が起きたかのか状況を確認すると、馬で通ろうとした道に巨大な岩の塊が地面にめり込んでいた。
その岩の先には、ラピッドウルフに乗ったままこちらを見てほくそ笑んでいるメイリアと、その横にメイドらしき少女の姿が。
「ベルブランカさん・・・」
アイリスに驚きはなく、むしろ嫌な予想が当たってしまった、と顔をしかめている。
アイリスが名を呼んだその少女はアレンと同じダークブロンドの髪をショートボブにまとめ、白地に黄色の差し色が美しいメイド服に身を纏い、まるで西洋人形の様に整った顔立ち。
確かその名も、第三王女とのお茶会の際に聞いた、ジュードとアイリスのもう一人の友人であり、アレンの妹。
だが、アレンと同じように表情はなく、目に光もなく、何の感情も窺えない。
その様子から、恐らくこの少女も催眠状態にあるということは、想像に難くない。
「馬鹿だねえ、そのまま逃げてたら良いのに」
「あなたの目的は何なんですか!?アレンさんやベルブランカさんをどうするつもりですか!?」
アイリスは杖の魔装具をメイリアに向けいつでも魔法を撃てるよう構える。
だがメイリアはどこか楽し気にそれを眺めているだけ。
「ん~、教えてやってもいいんだけど・・・、あたしを捕まえられたら教えてやるよ」
それだけ言い残し、またメイリアを乗せたまま走り出すラピッドウルフ。
「待ちなさい!『アクアランス』」
逃げ行くメイリアを止める為、すぐさまアイリスは水の槍を放つが、洗脳状態にあるベルブランカが立ちふさがり、真正面から水の槍を打ち破った。
ベルブランカの両腕にはメイドには似つかわしくない、黄色の手甲が纏われていた。ハルも刀の魔装具を出し、正眼に構える。
「あの子の魔装具を壊せばいいんだな!」
「いいえ!ハルさんはこのまま、テラガラーの王都へ行ってください!」
アイリスはハルの前に歩み出て、一人ベルブランカと対峙する。
「さっきも言った通り、この件にハルさんが関わる必要はないですし、予想以上に危険な状況です」
アイリスは少しだけ振り返ると、ニコッと微笑んだ。
「幼馴染の方を見つけたら、そのままテラガラーの王都に留まってください。後で必ず迎えに行きますので」
「待ってくれ!ジュードもアイリスも残して、俺だけ逃げるなんて・・・」
「大丈夫です。あと逃げるんじゃないですよ。ハルさんの目的を遂げに行くんです。それに―――」
アイリスは杖の魔装具を振りかざして、周りに水の玉を十数個出現させる。
「―――ちょっと本気で戦うので、巻き込んじゃうかもしれません」
アイリスが魔装具を振るう度に、水の玉が青い軌跡を描きながら、ベルブランカに殺到する。
ベルブランカは紙一重で水の玉を躱しながら、町中を走り抜ける。
『撃ち砕け弾岩。ロックブラスト』
高速で走り回りながらベルブランカは詠唱し、水の玉の隙間を縫うように岩の弾丸がアイリスに襲い掛かる。
しかし、展開していた水の玉の一つがアイリスを守るように、その岩の弾丸を受け止めた。
『ポルカドライブ・レイン』
無数の水の玉を上空に広げ、そこから細く加圧された、いくつもの水流を放つ。
ベルブランカは触れれば危険と判断したのか大きく跳躍し回避。
水流が降り注いだ地面は、土がえぐれ、穴が空き、まともに受ければただでは済まない威力であることが見て取れた。
「今です!行ってください!このまま道沿いに進み、いくつか町を経由すれば王都へに着きます!」
「っ!」
アイリスが指さした方向へ、ハルは逡巡しながらも走り出した。
アイリスの言う通り、ここにいても巻き込まれる可能性が高く、逆に足手まといになってしまうだろう。
だが、本当に自分だけ、安全な所にいていいのだろうか。
ハルの本来の目的はリッカとカエデの捜索。その手がかりがテラガラーの王都にある。
その目的の為に協力してくれたジュードとアイリスが戦っているというのに、このままでいいのか。
(いや・・・、良くないな)
青の国の騎士団に所属しているわけではなく、この世界の人間ですらない。
アイリスの言う通り、この件に関わる必要はない。
だが、命令違反になってもここまで連れてきてくれた二人に、友だと言ってくれた二人を残して自分だけのうのうと目的を果たすなど出来ない。
なら自分に何ができるのか。
そう考えたら、足は違う方を目指して走っていた。
メイリア・ビースターが走り去った後を追って。
「っ!?ハルさん!王都はそっちじゃ―――くっ!」
ハルの動きに気づいたアイリスだったが、ベルブランカの猛攻により手が離せない。
(ごめん、アイリス。無茶はしないから!)
自分だけで敵を捕まえられるなどとは思っていない。
異彩の黎明の目的が何なのか、どの程度の規模なのか、少しでも情報を得る。
あわよくば、アレンとベルブランカを操っている大元の異彩魔導士をどうにかできるかもしれない。
それで二人に恩を返せるならば、とハルは考え走った。
―――――――――――――――――――――
メイリアの後を追いかけてしばらく進むと、見上げる高さの鉱山、その麓にある開けた場所に出た。
広場には魔石を補完するであろうコンテナのような鉄箱がいくつも設置されており、ツルハシのような道具も散見している。
その広場から鉱山内部に入る為の入口が一つ、開かれている。
(いた!)
その鉱山への入口のところに、ラピッドウルフに乗ったままのメイリアを発見。
ハルは身を低くし、様子をうかがう。
目を凝らしてみると、メイリアだけではなく、もう一人立っていた。
(もしかして、敵の仲間か?)
幸いにもまだこちらには気づかれていない様子。
コンテナに身を隠しながら少しずつ近づいていき、何とか話し声が聞こえないかと息をひそめる。
「まーったく、ゲラルトの野郎も何考えてんだか。青の国に邪魔されないよう備えろ、っても大した奴らは来ねえじゃんよ」
(ゲラルト?他の仲間の名前か?)
物陰から様子を伺ってみるも、もう一人の人物の顔は良く見えない。
先ほどのベルブランカという少女と同じく黄色と白を基調としたメイド服を着ている為、ベルブランカと同じように洗脳状態にあるメイドの一人か。
だが、何故だろうか。
着ているものに見覚えはないのに、あの後ろ姿はとても既視感があった。
心焦がれるというか、懐かしさに似た何かがハルの心内を占める。
「しかし、あの赤頭達も洗脳して、『青の魔核』を探そうなんて、あたしじゃなきゃ思いつかないね。あんたもそう思わないか?」
「・・・」
「会話できないのが、ゲラルトの異彩魔法の欠点だな・・・」
ひとまず、出来る限り情報を集めようと、メイリアの呟きに似た言葉を聞き逃すまいと耳を澄ます。
話から察するに、ゲラルト、という人物の異彩魔法が人を操る魔法のよう。
そしてジュード達もアレンやベルブランカと同じく洗脳下に置こうという魂胆があるらしい。それに『青の魔核』とは何なのか。
(ここにはいないようだけど、そのゲラルトって奴も、どこかに潜んでいるのか?)
何となく目的の一端が垣間見えてきたが、未だ全容は分からず。
もう少しこのまま様子を探ってみようと、コンテナの裏から裏へ移動し出来る限り近づいていく。
「もうあたしの可愛い魔獣達は、王都を襲撃してる頃かね。あたしも参加したいけど、待ってるだけってのは、性に合わないなー」
(王都?襲撃?いったいどういうことだ?)
ここに至るまで一体も魔獣とは遭遇していない。メイリアが魔獣を使役する異彩魔法を使うと聞いていたが、そういった素振りを全く見せないのは、全てそちらに向かわせているということか。
恐らく王都というのはテラガラーの王都のことを指しているのだろう。
異彩の黎明はテラガラーと戦争でもしようというのか。それとも、その背後に他の国の暗躍があるということなのだろうか。
(そういえば、藍の国と戦争になるかも、ってアイリスは言ってたな・・・、もしかして、そういうことなのか)
異彩の黎明の背後で、藍の国が糸を引いているかもしれない。さらには青の国にも、何か仕掛けようとしているのではないか。
テラガラーの王都には、リッカやカエデがいるかもしれず、ハルにも無関係ではない事態に陥ってしまっている。
そう考えると、やはりここでメイリアを捕まえなければならない。
(悪い、アイリス。やっぱり、無茶するかもしれない)
ハルは意を決して飛び出そうとした瞬間、メイリアの隣にいた、テラガラーのメイドらしき人物の顔が目に映った。
「―――なんで・・・」
最初にその人物の様子を見た時に、何となく懐かしさを覚えていた。
枯れ葉色の長い髪をサイドポニーに結わせ、活発で表情がコロコロ変わり、人懐っこい笑みを浮かべていたはずの少女。
だが、今は表情も何もなく、目に光りもなく、物言わぬ人形となり果てた、ハルが心から探し求めていた―――
「―――カエデ!」
ハルと離れ離れにになっていた幼馴染の一人、カエデがそこにいた。
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