会敵


「っ!?」



 ハルが意識を取り戻した時、既に窓の外は闇に包まれていた。

 どうやら真夜中の時間帯のよう。

 意識を失う前の事を思い出し、エアに掴まれた肩に手を当てるが、あれだけ痛みと熱を感じたのに、不思議と後遺症はなく、むしろ肩が軽い。



「おっす。お目覚め?」


「ジュード・・・」



 暗い部屋の中から声がした方に目を向けると、見慣れた赤髪男の姿。

 ジュードはベッド横の椅子にドカッと座ると、ニヤリと笑う。



「オカンの雷は痛かったろ?でも後には引かねえから、安心していいぞ。それにしても、あのおっかないオカンに歯向かうなんて、見直したぜ」



 俺にはできねえ、と両手を挙げてのお手上げポーズ。

 だが、そんな事に構っていられるほど、ハルには余裕はなかった。



「頼む、ジュード!黄の国に行かせてくれ!必ず無事に戻る、迷惑はかけない!」


「おいおいおいおい、こんなんでも一応ラピスラズリの隊長だぞ」


「分かってる!でも、俺は・・・」



 離れ離れになっていた大切な幼馴染がそこにいる。

 もしかしたたら、危険が迫っているかもしれない。それなのに、何もできずにただ待っているなんて、とてもじゃないが耐えられない。


 言葉にならない思いがハルの中に渦巻く。

 力づくで強行する事もできず、言葉を尽くして説得する事もできず、ただ自分の力のなさを痛感して、ジュードの服を掴みながら顔を伏せる。


 そんなハルの肩をジュードは力強く、ガシッと掴んだ。



「よしっ。じゃあ、行くか!」


「は?」


「行くんだろ?テラガラー。サクッとハルの幼馴染を見つけてこようぜ」



 突然の方向転換に理解が追い付かない。

 それに対し、ジュードはニヤリとしたり顔。



「あ、えっと・・・いいのか?」



 自分で頼んでおいて、思わずそう聞いてしまうハル。

 いつも突拍子もない事を言い出すジュードだが、今回もまたその意図が掴めなかった。



「俺らにはブロウ砦の調査と生存者の救助を命じられてな。状況によっては、そのまま黄の国に行くかもしれないから、それに付き合ってもらおう」


「また何を勝手に・・・」



 意気揚々と話すジュードの背後から、最早数えきれないほど目にした、アイリスのあきれ顔。

 両手にはハルに差し入れであろう、サンドイッチや水を持っている。

 アイリスはテーブルにそれらを置きながらため息。



「私達に命じられてるのは、砦の調査まで。もし、それ以上テラガラー側に侵入して戦闘にでもなったら、内政干渉で問題になるかもしれないでしょ。下手したらテロリスト扱いだよ」


「そんなん、後でどうとでもなるでしょうよ」



 まさかのノープランに頭を抱えるアイリス。

 対照的にふんぞり返るジュード。


 今まで見た事がないほどの、険悪な雰囲気の二人。正に一触即発な状態であるように見えたが、アイリスは再び盛大にため息をついた。



「・・・私達もタダじゃ済まなくなるよ」


「へっへっへ。でも、アイたんだって、幼馴染を想う気持ちは解るだろ?」



 ジュードは笑ってごまかしつつも、そうアイリスに問いかける。

 同じく幼馴染のジュードとアイリスが、ハルと同じような状況だったら、という意味だろうか。

 そう言われたアイリスは困ったように眉根を下げる。



「それは・・・わかるけど・・・」


「反対する理由をいくつ並べられても、関係ない。ダチが困ってるなら手を差し伸べる。俺がそうしたいから、そうするだけだよ」


(ジュード・・)



 ジュードのその気持ちが、ただただ、ありがたかった。

 幾度となくジュードに救われ、それでもなお手を貸してくれるという。

 感謝してもしきれないが、同じようにこれまで助けてくれたアイリスにも賛同して欲しいと、ハルはアイリスに視線を送る。


 やがて観念したように、アイリスは三度大きくため息をついた。



「わかった・・・、わかったよ、もう・・・」


「アイリス・・・!」


「でも、自分の身の安全を最優先で考えてください!それに私の指示にもちゃんと従ってもらいますから!」


「おいおい、アイたん、そこは私達、じゃないのか?」


「ジュードがまともな指示を出せるとは思ってないから」


「ひどい!?」



 隊長としての扱いとしてはどうかと思うが、ジュードとアイリスの力関係なんて、そんなものか、とハルは苦笑。

 そして、深々と頭を下げる。



「二人とも・・・ありがとう・・・!」



 本当にこの二人には頭が上がらない。

 初めて会った時から、ここまでずっと助けられている。

 リッカとカエデを見つける事ができたら、今度は自分の番だと、ハルは心に強く決意した。



 ―――――――――――――――――――――


 朝日が昇り始め、辺りが白んでいく時間帯。

 ハルはジュードが手綱を握る馬の背に乗り、魔獣の森を駆け抜けていた。


 ハルの監視を命じられた手前、大っぴらに人目が付く町中を移動するわけにはいかず、夜の内に王都の門番の目を盗んで馬を拝借。

 王都を出てから早数時間が経過しようとしていた。



「あぁ・・・、余罪がどんどん増えていく・・・」



 アイリスは命令違反に加え、馬の窃盗。エアに知れたらどんな処罰を下されるか、後々の事を考え気が滅入っていた。


 だがジュードは、全く意に介していない。



「はっはー!アイたん!大事の前の小事よ!このミッションで功績を挙げれば心配ご無用!」


「砦の調査で何の功績を挙げるっていうの・・・?」


(その心労、原因の大部分が俺だから、なんだか居たたまれない・・・)



 今回に限っては、ハルが関わっていなければ命令違反になる事はなかった為、ハルとしては心が痛い。


 そうこうしているうちに魔獣の森を抜け、段々と草木が減っていき、岩や石が転がっている硬い土の道に変わりつつあった。


 そして徐々に砦の門と思わしき建物が見えてきたが、その外壁は崩れ、門は壊され、既に砦としての機能は失われている。

 遠目から様子をうかがう限りだと魔獣や例の異彩魔導士の姿はない。


 ある程度砦に近づいた段階で馬から降り、三人は警戒しながら砦内の様子を確認。

 外壁と同じように、建物の壁は崩され、テーブルや椅子など、物が散乱している。

 なにより、強烈に鼻を突く刺激臭。

 そこかしこに流血の跡がこびりつき、人の腕や足と思われるものが転がっており、凄惨な状況だった事が推測される。



「うっ・・・ぇ・・・」



 ハルは初めて目にする光景と異臭に、胃から込み上げてきそうで、咄嗟に口を手で押さえる。


 この世界にすっかり慣れたものだと思っていたが、全くそんな事はなかった。

 魔獣の脅威は身をもって知っている。一歩間違えば自分も、喰われて殺されていたかもしれない、と思うとゾッとする。


 だが、もしかしたらリッカやカエデが同じような目に遭うかもしれない。

 そう思うと、こんな事でしり込みしている場合ではない、と込み上げてきたものを飲み込んだ。



「大丈夫ですか、ハルさん?」


「・・・あぁ、大丈夫」



 そんな様子を心配したアイリスに、顔色悪く答えるハル。

 こういった状況に慣れているのか、ジュードとアイリスは普段通りのように見えた。

 ハルは、ゆっくりと深呼吸して何とか平常心に戻そうとしてみる。



「それで、調査って何をすればいいんだ?」



 できれば早く終わらせて黄の国の王都へ向かいたい。

 誰が見ても分かるほどに気持ちが逸ってしまうが。



「まぁ落ち着け。とりあえず、生存者の確認と、例の異彩魔導士の痕跡があるか確認する」



 そう言って近くの崩れた建物の一部に入って調べ始めてしまった。



「私達はこちらを調べてみましょう。」



 アイリスに促され、ジュードとは別の建物へ。


 外も血や臓物の異臭がしたが、屋内だと匂いの濃さが違う。

 むせかえるような匂いに、再び吐きそうになるが、何とか我慢した。

 唯一救いだったのが、おびただしいほどの血痕が残っているのみで、人や魔獣の死体がゴロゴロ転がっているわけではないという事だった。



「・・・警備の手薄さに付け込まれたかも、ですね」


「どういう事だ?」


「このブロウ砦は、近くに魔獣が発生しやすい場所があってですね。自分の国から発生した魔獣を隣に侵入させないように、という目的で門番も配置されているのですが・・・」



 砦の警備に当たる騎士はお互いの国から最低限の人数しか派遣されていなかったという。

 通常の魔獣であれば十分対処できるものだったが、今回はそういうわけにはいかなかった様子。



「例の異彩魔導士が襲撃した、って言ってたよな」


「ええ、その可能性が高いようです。それと・・・」



 アイリスは考え込む様に、言いよどむ。



「これは場合によっては国同士の軋轢を生むかもしれないので、内密ではあるのですが・・・、襲撃の際、例の異彩魔導士の他に、テラガラー王室の使用人の姿があった、と」


「使用人?」



 全くこの場に似つかわしくない単語に、疑問符が止まらない。

 何故、使用人が襲撃に関わるのか。



「テラガラー王室では、王族が外出の際、身の回りのお世話兼護衛として、専属の執事とメイドが同行する事が多いそうです」


「ああ、アンネさんみたいな感じか」



 青の国第三王女のメイド、アンネの事をハルは思い出していた。

 確かにメイドと思えないほどの強さだった。護衛も兼ねられるといえば納得。



「数日前、テラガラーの第一王子殿下が、ここの近くの鉱山の町に滞在していたそうです」



 砦の騎士にもその知らせはあったそうで、魔獣がその町に侵攻するような事など絶対にないよう、厳重に注意喚起されていた、との事。



「じゃあ、その王子様の使用人が襲撃に関わっているって事か?」


「いえ・・・確かにタイミング的にはそう考えられるのですが・・・でもありえない・・・何か理由があるはず・・・」



 ブツブツと、ちょっとぶりに見る思考の海に入ってしまうアイリス。

 そうして考えながら建物から出て行ってしまった。



「おーい・・・置いてけぼりなんだがー・・・」



 アイリスを追って外に出て見ると、ちょうどジュードも出てきたところのようだった。



「ダメだな。この辺りは生存者も敵の痕跡もないわ」


「ねえ、ジュード。総団長が言ってた事なんだけど―――」



 ―――と、アイリスが口を開いたところで、ヒュッと何かが風を切り裂く音が耳に届く。

 それと同時にジュードは大剣の魔装具を出現させ、空中を薙ぐ。

 キィン、と甲高い音を立てて、何かが弾き飛ばされ、見ると緑色の風を纏った矢が空に打ち上げられていた。



「おや?おやおやおやぁ?どこかで見覚えのある赤頭がいやがるじゃないか」



 声が聞こえた方、廃墟と化した建物の屋根の上。


 以前、魔獣の森でジュードが取り逃がした黒いローブ姿。今はフードが取られ、赤紫の髪の女が凶悪な笑みを浮かべながらこちらを見下ろしていた。



「誰だ、テメェ。いきなり攻撃してくるたぁ、どういうつもりだ!?」


「はぁ?うっひゃひゃ、覚えてないかー、そうかそうかー。・・・あたしの家族をぶっ殺したくせによお!」



 甲高い声で笑ったかと思えば、次の瞬間には獰猛な獣のような形相で怒りを表す。

 刹那、ズシン、と体を押さえつけられるような、心臓を鷲掴みにされたような、感覚に陥った。

 魔獣と相対した時のような、だがそれ以上の敵意がハル達に向けられていた。



「ジュード!前に森で取り逃がした、例の異彩魔導士だ!」


「ほう!わざわざ向こうから会いに来てくれるとは、ご親切だなぁ!テメェには聞きたい事がたっぷりあんだよ!」



 ハルは刀の魔装具を、ジュードは大剣の魔装具を正眼に構え、アイリスはいつでも魔法を行使できるよう杖の魔装具を構える。


 だが、そんな状況を前にしても、敵は全く怯んでいない。

 怒りの形相からまた、スッとまた怪しげに笑う。



「あぁ、そうそう、まだ名乗りも挙げてなかったっけなぁ。あたしは『異彩の黎明』メイリア・ビースター。以降、よろしく」


「異彩の黎明!?」



 アイリスの驚きの声に、ハルは振り向いた。



「知ってるのか、アイリス?」


「・・・噂程度ですが、各国で要人の暗殺、誘拐、破壊工作など、あらゆる犯罪行為に手を染めるテロリスト集団だ、と」


「テロリスト!?」



 エアは今回のブロウ砦襲撃は、組織だった犯行だと言っていた。

 それが、異例の黎明というテロリスト集団によるものだったという事になる。

 ならば恐らく、先日の第三王女誘拐未遂事件も、異彩の黎明が裏で手を引いていたという事だろう。


 ハルが再び見上げると、メイリアは周りを見回してふぅん、と呟いていた。



「確かあんた、クリアスの騎士団所属だったなぁ。やっぱり奴の予想通り、青の国からは調査隊の派遣程度ってところか」


「・・・?」



 メイリアはジュードを一瞥し、一人納得しているが、ハルは何を意味しているのか理解できない。

 ジュードは気にせず、魔装具をメイリアに向ける。



「何が目的か知らねえが、こんな事仕出かした落とし前を付けてもらうぜ!」


「あーはいはい。お望み通り八つ裂きに・・・、いや、待てよ。あんた等利用できるかもね・・・」



 メイリアはそう言うと、下卑た笑みを浮かべる。



「じゃ、色男。あいつら、動けない程度に痛めつけて、連れてきな」



 メイリアは背後にいる誰かに、そう声をかけた後、クルっと背を向けて屋根から飛び降りると、ハル達とは反対方向に逃げ出した。



「あ、コラ待て―――とわっ!?」



 ジュードが即座に追いかけようとするも、再び緑色の風を纏った矢がこちらへ放たれ、ジュードは咄嗟にはじき返した。


 今しがた、メイリアが立っていた建物の屋根の上に、誰かが弓を携えこちらを見下ろしている。


 ジュードと同年代程度で、何故か執事服を纏った青年。

 ダ―クブロンドの髪を後ろに流し、どこかの国の王子様と言われても違和感がなさそうな程の美青年だったが、その面様は無であり、双眸には光が宿っていなかった。



「そんな・・・やっぱり!」



 その青年を見てアイリスが驚きの声を上げる。

 アイリスはあれが誰なのか知っている。

 それを聞く前に、ジュードの怒号が響き渡った。



「何でテメェがここにいる!?アレン!!」


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