青銀の髪の少女とメイド
ハルが黒の染色魔力に目覚め、『黒闇』の魔法を発現させてから数日。
ジュード、アイリスとの魔法を使った戦闘訓練と、魔導研究所での『黒闇』の魔法の特性、効果範囲等の実験の為、日々過ごしていた。
魔導研究所での実験は、血を抜かれたり、体を切り裂かれたり、監禁して薬づけにされたり、というようなこともなく、ハルの体調を考慮しながら進めていく、とても人道的なものだった。
だが、未だにリッカやカエデの情報は得られておらず。
だんだんと、この世界に来たのは自分だけだったのではないか、と考えることもあるが、それを確認する方法は現状では無い。
しかしながら、悪い話ばかりでもない。
ハルが魔力に目覚めたことによって、もしかしたら二人の手がかりを得られるかもしれないという。
色々詳しく説明をされたが、いまいちチンプンカンプンだった。
なんでも、召喚魔法を使用される際に特殊な魔力の波長が現れるらしい。
そして魔導士の魔力はそれぞれ型のようなものがあり、ハルの場合黒と白の魔力の保持者であるからかもしれないが、常人よりも特殊らしい。
ハルが当時召喚された時期と場所を指定し、召喚魔法の波長を調べ、その波長とハルの魔力の型を照らし合わせ、同じような痕跡がないかしらみつぶしに調べていく、とのこと。
魔導研究所ではそういった魔法の波長を調べることが出来る魔導士が所属しており、レーダーのように世界中調べることが出来るが、えらく時間がかかるらしく、そもそもこの世界に召喚されていない可能性もあるので、見つからないかもしれない、とのことだった。
「はあ……」
そんな説明を受けた魔導研究所からの帰り道。
ハルは町を歩きながらため息一つ。
時刻は昼過ぎ、今日の研究所での実験協力を終え、王都をぶらついてから居候先に帰ろうか、というところだった。
魔装具化する前と、した後の実験協力で、何かと忙しない毎日を送っていたが、ここのところようやく心に少し余裕が出てきたように思える。
そうして考えてしまうのは、やはりリッカとカエデの安否。
召喚に巻き込まれておらず、元の世界で暮らせているならまだ良いが、二人ともこちらの世界に来てしまっていたとしたら、大変な目にあっていないだろうか、とどうしても不安、心配に心を曇らせる。
だからといって、闇雲にこの世界を探し回っても、二人を見つけることは至難の業である。
この世界の常識もなければ、コネもなし。あるとすれば、自分の力が唯一無二であるということだが、この国では人道的に対応してもらっているが、他国だとどう扱われるか分からない。それこそ体を切り刻まれるかもしれない、とソフィアからは十分注意するように、と言われている。
「このまま研究所からの連絡を待つしかないのか……、ん?」
ふと目の前を横切る影。それと共に、フワッとハルの鼻孔をくすぐるキンモクセイのような花の香り。
見ると、灰色のローブに身を纏った人物が店と店の間をすり抜け、裏通りに駆け抜けていった。
「そういえば、ジュードが取り逃がしたのも、ローブ姿の怪しい奴だったという話だが……」
と思っていたその後、今度は如何にもガラの悪そうな、チンピラ風の男が三人、同じ通りを駆けていった。かなり焦っているように見えたが、どうやらローブの人物の後を追いかけているよう。
「んん?」
怪しい奴を怪しい奴らが追いかけていた。
ローブの方はジュードが取り逃がした奴なのだろうか。
だが、果たして真っ昼間でこんな町中に、堂々と現れるだろうか。それに何故チンピラ風の男達に追われているのか。
そう思っていたところに、ガチャガチャと鎧がこすれる音を響かせながら、今度は数人の青の騎士団らしき青い鎧に身を纏った、王都の治安維持部隊『タンザナイト』の騎士が走っているのが見えた。
「――見つけたか?」
「――まだだ!」
「――早くしなければ!」
そんな話声が聞こえ、またガチャガチャと裏通りに消えていく騎士達。
「んんん?」
怪しい奴を怪しい奴らが追いかけて、騎士達も何かを探している様子。
本来ならジュードやアイリスに報告した方が良いのだろうが、もしジュードが取り逃がした人物なら、その間にまた逃がしてしまうかもしれない。
そう考えた瞬間、既にハルの足はローブ姿の人物が消えていった裏通りに向いていた。
―――――――――――――――――――――
王都アクアリアの中心には、湖の上に建つようにクリアス城がある。
クリアス城から王都の大通りには運河が流れており、一種の観光名所にもなっている。その大通りには出店や商店等様々な店が軒を連ねており、活気に満ちていた。
大通りから一つ裏に回ると、大通り程の活気はなく、少々薄暗いが、決して治安が悪いというわけではなく、落ち着いた静かな雰囲気で、隠れ家的な飲食店や服飾店など、また趣が違った空気が味わえる。
そんな裏通りをハルは小走りで駆けていた。
先ほど見かけたローブ姿の怪しい人物や、それを追いかけていたチンピラ風の男達を探し回ってはいるが、それらしい人影は見つからず、見失ってしまったようだった。
とりあえず店と店の間を通ってさらに奥へと走っていき、まるで迷路な裏通りを進んでいく。
大通りよりも静かで周りの音がよく聞こえてくる。
耳を澄ますとガチャガチャと金属がこすれる音が聞こえてくる。どうやら先ほどの騎士達が近くを走っている様子。
「――いたか!?」
「――まだ見つかってません!」
どうやらタンザナイトの騎士達もまだ捜索中のよう。
これはもう見失ったか、と思ったとき、視界の端を通り過ぎる影。
視線をやると先ほど見た灰色のローブを着た人物の後ろ姿が目に移り、すぐに路地裏に消えていった。
ハルは急いでその後を追うと、どうやら行き止まり。ローブの人物は立ち止まっていた。
そこにいるのは一人だけで、チンピラ風の男達の姿はない。
「あら、わたくしを追ってきた方ではないようですね」
ローブの人物は振り返り、ハルにそう声をかける。
鈴を転がしたような心地よい声。声質からハルと同い年くらいの若い女性である様子。
こいつがジュードの取り逃した怪しい奴なのか、とハルは訝しがる。
(いかん、追いかけてきたはいいものの、何て言えばいいか考えてなかった)
森で魔獣を操った奴か、と馬鹿正直に聞いたところで、そうだと言うはずがない。
何と声をかけたものか、迷っている間、ローブの女はじっとハルを見つめていた。
「あら……もしや……?」
「えーっと、ここで何をしているんだ?」
ローブの女の声は届かず、ハルの問いにかき消された。
「わたくしですか? 町を散策していたら、急に悪漢に襲われてしまいまして、それで逃げ回っていたのですが、気づいたらここに」
先ほどの状況を見れば、誘拐される一歩手前の状況だった様子。
もしかしたらジュードが取り逃がした奴かも、と思いながら警戒していたが、どうやら全く違うようだった。
ハルは緊張を解くように、一つ息をつく。
「じゃあ、近くに騎士の人もいたみたいだから、そこまで連れていくよ」
「あら、あなたは先ほどの悪漢とは関係ないということなのでしょうか?」
ローブを目深にかぶっているので表情は読み取れないが、その言葉とは裏腹に声色に緊張感はなく、どちらかというと楽し気な様子。
確かにあちらにしてみれば、ハルも悪漢の仲間だと思われても仕方ない。
「うーん、言われてみれば、まぁ確かに……」
「ふふ、そこは怪しい者ではない、と否定するところではありませんか?」
否定するわけでもなく、困ってしまったハルが可笑しかったのか、楽し気に声を弾ませている。
敵意を持たれているわけではないようだが、ここから連れ出すのも難しそう。
かといって、ここで見捨てるのも目覚めが悪い。
さてどうしたものか、と考えていると、後ろからドタドタと数人の走る音が聞こえてきた。
「っ! 見つけたぞ!」
振り返ると先ほどのガラの悪いチンピラ風の男達が、目を充血させながら鬼気迫る表情で迫ってきていた。
咄嗟にハルはローブの人物を守るように背に隠す。
「おい、てめえ! 後ろの女を渡せ!」
「さっさとしねえと、痛い目見せてやんぞゴラア!」
目つきも態度も悪く、いかにも悪党といった風貌。
ただ終始急いでいるような、焦っているような、落ち着きのなさだった。
「おい、なんでこの人を狙う?」
「うるせえ! 時間がねえんだ!」
問答する余裕もないのか、男の腕輪が赤く光り、直剣型の魔装具を振りかぶっていた。
「っ!」
後ろで息をのむ声が聞こえてくる。
人に殺意を向けられたことは初めてであったが、不思議と恐怖はなかった。
魔獣の森でラピッドウルフを相手にした方がよっぽど脅威。
ハルの腕輪が黒く輝いた次の瞬間、刀の魔装具が男の剣を受け止めた。
「っ! くそがっ!」
「問答無用かよ!」
剣を受け止められた男は悪態をつきながらも、二撃、三撃目を繰り出すも、ハルは難なくこれを受け、弾く。
男は舌打ちし、残る二人に呼びかける。
「おいお前ら! ぼさっとしてんな! 早くその女を連れていけ!」
男に言われ、他二人が後ろのローブの人物を捉えようとにじり寄って来る。
(流石に三対一じゃ捌ききれないな・・・)
ハルとロ―ブの人物は徐々に壁に追い詰められていく。
一瞬。その隙さえあれば逃げおおせることができるが。
「いたぞ! こっちだ!」
一か八か、一撃離脱をしてみようかと考えた瞬間、男たちのさらに後方。
青い鎧に身を包んだ、タンザナイトの騎士達が現れた。
「ちっ!」
一瞬、男たちが背後を振り返った瞬間、ハルはローブの人物に接近、魔装具を逆手にその体を抱きかかえた。
「きゃっ!?」
「ちょっと失礼」
黒闇の魔法で重力を操作し跳躍。
ハルとローブの人物は空高く昇っていき、悪漢達を置き去りにした。
空へ跳んだ瞬間、フードが脱げ、ローブの人物の素顔が明らかになる。
まず目に入ったのは煌めく銀。それに青を溶かし入れたような、美しい青銀色の髪を一つに結んでいる。
染み一つない白磁のような肌と青い瞳。
可憐さと美しさを同居させたような、リッカやカエデとはまた違う、美しい少女であった。
「わ、わわ! 凄い! 凄いです! わたくし達、空を飛んでます!」
「まあ、正確には飛んでるとは言わないと思うけど」
体にかかる重力を減らしてゆっくり上に飛びあがっているだけ。
流石に以前みたいに落ちるわけにはいかないので、少しずつ落下していき、建物の上に降り立った。
その瞬間ふわりとキンモクセイのような花の香りが鼻孔をくすぐる。
よくよく考えたら美少女をお姫様抱っこしている状況に、今更ながらドギマギし始めてしまう。
「と、とりあえず一安心かな」
若干どもりながら、ゆっくり銀髪の少女を下ろす。
降り立つ動作も、ハルに向き直った時も、一つ一つの所作に優雅さを感じられる。
「危ないところをお助けいただき、ありがとうございました」
腰を折って礼を言うその姿も美麗である。
真っ直ぐ見つめてくる青い瞳は吸い込まれそうなほどに美しい。
一瞬見とれてしまったが、一つ咳払いし意識を戻す。
我ながらフードの中が美少女だったといって、緊張してしまうのはどうなのか。
『女の子の窮地を救ってこその漢というものよな!』
いつかのジュードのセリフが蘇る。
これが悲しき男の性か。というような馬鹿な思考を、頭を振って拭い去る。そして改めて少女に向き直る。
「首突っ込んじゃったけど、役に立ったなら良かったよ」
元々はローブ姿を怪しんで追いかけていただけなので、善意で動いたわけではない。何となく流された結果であるので、若干の後ろめたさがある。
「あの、よろしければ貴方様のお名前をうかがってもよろしいでしょうか」
「ああ、俺はハル」
銀髪の少女は、ハルの名前を聞き、噛みしめるように目を閉じる。
「ハル様……優しくて素敵な響きです」
「はは、ありがとう」
ふと下を見ると、先ほどの悪漢達が騎士に縛り上げられていた。
悪漢達は何もかも諦めたような顔つきで、力なく座り込んでいる。
「下のゴタゴタも落ち着いたようだし、今度こそあの人たちの所に送っていくよ」
ハルはそう言って下の騎士達を指さす。
しかし、銀髪の少女は人差し指を唇に当て、んー、と何か考えている様子。
「それには及ばないかと。恐らくそろそろ迎えが来る――」
「――!!!」
どこからか遠くの方から声が聞こえてくる。
見ると、建物の上から上へと走り抜け、こちらに向かってくる一人のメイド。
「メイド!?」
ジュードよりも少し年上の程か、青色を基調としたメイド服を纏った妙齢の女性がハル達のもとに向かっていた。
魔法を使っている様子はない。単純な身体能力のみで、建物の上を駆け抜ける。
そんなメイドが鬼の形相で迫りくる姿は恐怖でしかない。
「貴様!!」
メイドの怒号。その矛先はハルに向けられているようだった。
何となく嫌な予感がした。
「姫様から――」
その両手には一対の短剣が握られており、跳躍。
ハルは顔を引きつらせ後ずさり。
「――離れろぉ!!!」
「うおっ!?」
着地と同時に斬撃。
すんでのところで魔装具を出し受け止めたものの、その衝撃はすさまじく弾き飛ばされた。
「ちょっ‼ ちょっと待て!!!」
「姫様を狙う悪鬼外道が‼」
制止の声にも耳を貸さず、高速の連撃を放つメイド。
一つ一つの斬撃が重く、速い。不意を突かれたこともあり受けるのがやっと。
一旦距離を取る為、重力操作で後方に大きく跳び、隣の建物に飛び移る。
「っ!? 妙な技を!」
メイドは臆することなく、ハルと同じように跳躍。
距離を離すことなく、致命の一撃をくらわせるべく再び接近。
ハルは受ける、躱すを繰り返す。
(というか、なんでメイドに襲われてんだ!?)
状況から考えれば、銀髪の少女を襲った男の一人だと思われているのだろう。
隣の建物から銀髪の少女が何かを叫んでいるが、メイドの耳には届いていない。
「貴様‼ まだ姫様を狙うか‼」
「違うし!」
チラリと少女を見たためか、メイドはさらに激高。
攻撃がさらに激しくなっていく。
「とにかく落ち着け!違うんだって!」
「問答無用!」
メイドの攻撃に合わせて弾き返すように一閃。
体勢が崩れた一瞬の隙を突き、再びリルがいる隣の建物に跳躍。
「行かせない!」
先ほどよりも高く跳んだというのに、同程度の高さにメイドは跳躍。
「はあ!? どんな身体能力――どわっ!!」
ハルの服を掴まれ、そのままぶん投げられた。
背中から叩きつけられ一瞬視界が白く染まる。その勢いのまま馬乗りになり、とどめを刺そうと短剣を振り下ろす――
「やめなさい! アンネ‼」
――前に、その動きを止めた。
「この方はわたくしを助けて下さったのです。今すぐその剣を収めなさい!」
「……承知いたしました」
銀髪の少女に強く命令され、馬乗りにしていたハルから離れる、アンネと呼ばれたメイド。少女はすぐさまハルに駆け寄り、その体を起こす。
「申し訳ございません、ハル様。わたくしの臣下が大変ご迷惑を……」
「いや……大丈夫。あの状況じゃ、勘違いされても仕方ない」
安堵のため息をつきながらハルは立ち上がり、改めてアンネを見る。
青色を基調としたメイド服を身にまとい、長い黒髪を結った切れ長の目が印象的な美女が姿勢よく少女の後ろに控えていた。
そんなアンネが前に立ち、恭しく腰を折る。
「大変申し訳ありませんでした。姫様を追っていた騎士から、不審な人物が姫様を連れ去った、と報告があり、てっきり貴方がそうだと……」
状況的に間違ってはいない。
騎士達が来る前までのことは知らないのだから、を連れ去ったと思われて当然。
ハルは苦笑しながらそのように答えた。
「失礼ながら、もしやハル様は、ローゼンクロイツ家に身を寄せているお客人の方でしょうか?」
「ええ、そうです。知ってるんですか?」
アンネの問いに、ハルは驚きながら答えた途端、少女がやはり!と、花が咲き誇るかのように満面の笑みを見せた。
「わたくしも、もしやと思っていましたが、先ほどの不思議な現象が『黒闇』の魔法なのですね!」
リルはハルの手を両手で包み込み、恍惚とした表情を見せる。
「あぁ……よもや我が国から原初の色を持つ魔導士が誕生するなんて……。それに、そのお方に危ないところを救っていただく……なんて運命的なのでしょう」
「お、おおぅ……」
なんだかソフィアと同じような匂いを感じる。
それにしても、『黒闇』の魔法についてはまだ一部しか知らないはずだが、この少女はどのような立場にいるのだろうか。そういえば姫様と呼ばれていたが。
「ハル様には是非、助けていただいたお礼をさせていただきたいのと、先ほどの『黒闇』の魔法をもっと見せていただきたいのです」
グイグイっと手を握られたまま接近され、顔が近い。
唐突な急接近にハルは、あーとか、えーとか言いつつ。
そういえば、ジュードから王族の一部が黒闇の魔法を見たいとか言っていたような。
「……姫様ってことは、まさか」
「いけません、申し遅れました!」
銀髪の少女はハルの手を離し、華麗にカーテシー。
ローブ姿のままだというのに、優雅で気品に溢れている。
「わたくしは、リーレイス・ブラウ・クリアスと申します。この国のしがない第三王女にございます。どうぞ、気軽にリル、とお呼びください」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます