青の国クリアス第三王女
青の国クリアス第三王女、リーレイス・ブラウ・クリアス。
銀に青を溶かし入れたような美しい髪を持つ彼女を、国内外からは青銀の美姫と評されるほど。
その容姿だけでなく、内面としても人当たりよく、城内の執事、メイドへの接し方も柔らかく、王都の一般市民に対しても礼節をわきまえ、気安く接することも多い。
他国との折衝含め、積極的に交流することも多く、他国からの評価も高い。
そんな文質彬彬なプリンセスだからこそ、民に慕われ最も支持されている。
だが、そんな第三王女に欠点があるとすれば、それはかなり好奇心が旺盛、という点である。
昔から専属メイドのアンネを連れ添って、王都で新しくできたカフェにお忍びでお茶をしに行くこともあれば、魔導研究所で新しい技術が発見されたと聞けば、それを見聞きしに行く。
ここ最近では、誰も連れていくことなく、視察の名目で度々王都を散策することが多くなり、その度にアンネや王都防衛隊タンザナイトの騎士達が王都中を駆けずり回る羽目になっている。
クリアス王都における、犯罪発生件数は、他国、や他の町と比べてかなり低く、だからこそ第三王女としても一人で行動しても問題ない、と軽視していた部分がある。
今回もそんな理由で一応顔は隠しながらも王都を散策していたのだが、そこを悪漢に狙われてしまい、第三王女誘拐未遂事件が発生してしまった。
偶然にもハルが介入したおかげで事なきを得たわけだが、今回の顛末を知ったリザリス国王より叱責され、今後許可なく外出することを一切禁止にされてしまった、というのが数日前の話。
そんな背景がありつつ、一応事情聴取という名目でハルに王族近衛隊サファイアが聞き取りをする為、王城へ登城するよう命令が下った。
ついでに先日の森での出来事も直接報告するよう特務隊ラピスラズリにも命じられた。
「あ~行きたくねぇ~、俺帰ってもいい?」
「いいわけないでしょ」
ゾンビの様に足取り重く、肩を落としているジュードに、アイリスが嗜める。
ハルとジュード、アイリスは王族近衛隊サファイアへの報告の為、王城へと向かっていくところだった。
「何をそんなに嫌がってるんだ?」
「今回の聞き取りは、サファイアの隊長が直々に行う、とのことです」
王族近衛隊サファイアの隊長、つまり青の騎士団総団長であるジュードの母親が執り行うという。
以前、ジュードは自分の母親を苦手にしているらしいという話は聞いていたので、それでか、とハルは呆れる。
幼いころに両親を亡くしているハルにとって、母親というものがどういう存在か、いまいち理解はできない。
リッカとカエデの母親が、ハルにとても良くしてくれていたので、あんな感じかと思うと、会えるのが嬉しいと感じることはあっても、苦手とするのは良く分からなかった。
「何がそんなに嫌なんだよ」
「お前は! オカンが! どれだけ恐ろしいか! 知らんのだ!」
グワッと目を見開きながら力説するジュード。
アイリスに、そんなに怖いのか聞いてみる。
「うーん、厳しくはありますけど、優しい方だと思いますよ。曲がったことは嫌いというか、礼節を欠く人に対しては容赦がないというか」
つまりはジュードの普段の言動が原因だと。
身内だからなおさら厳しくされている、ということもあるだろうか。
「自業自得だな」
「自業自得ですね」
「あぁ! 段々とハルもアイたんのように反応が冷たくなっていく!」
ジュードはわざとらしく嘆きながら天を仰いでいる。
そういうところが厳しくされる要因なのではないだろうか。
「それにしても、姫殿下をお助けするなんて、お手柄ですね、ハルさん」
先日の顛末について、ハルは帰ってすぐにジュードとアイリスに伝えていた。
アンネからは、恐らくすぐに特務隊にも伝令は行くだろうと話はあり、ハルから説明した数時間後に伝令役の騎士が訪ねてこられ、同じような説明をされ、翌日に当事者への事情聴取の為の登城を命じられた、という経緯だった。
「まぁ、成り行きだったんだけどな」
元はといえば、ローブ姿の怪しい奴がいたから、ジュードが取り逃した奴かもしれないと思って追いかけただけであったのだが。
森での一件以降、魔獣の森付近の警邏を強化したものの、結局例のローブ姿の怪しい人物は現れておらず、特異体のラピッドウルフも発見することはなかった。
未だに森にいた理由も、何故魔獣を操れたのかも、何故魔獣が魔法を行使できたのかも不明のままである。
「魔獣の件に関しては、そろそろ何か動きがあっても良さそうなのですが」
「まあ、だとしても俺らに仕事が回ってくるかは分からんけどなー」
ジュードはそう言って口を尖らせる。
ラピスラズリへの指示はあくまで調査、報告まで。その上で分かった事の情報共有をされるかは、上の判断となる。
必要な情報共有はされるが、不必要な情報までは下ろされない。
トップダウンの指示系統としては正しいのだろうが、ジュードとしてはそれが不満である様子。
「結局何だったんだろうな……」
「恐らく魔獣を操ったのは、未確認の異彩魔法だとは思うんですけどね。少なくともクリアスでは確認されていないので、他国の異彩魔導士であるかとは思うのですが……」
他国の魔導士が、魔獣を操って人に危害を加える。
本当にそんなことが行われていたのだとしたら、藍の国と黄の国で起こっているようなことが、ここでも起きるのでは。
ともすれば、リッカやカエデを探すどころの話ではなくなってしまうかもしれない。
何となく一抹の不安を覚えながら歩いていたら、いつの間にかクリアス城に続く橋に差し掛かっていた。
まるで湖の上に浮かぶように、そびえ立つクリアス城。
湖に浮かぶ美しき城と呼ぶにふさわしく、水面が日の光でキラキラと輝き、まるで絵画のような美しさ。
そんなクリアス城に続く、橋のふもとに給仕服に身を包んだ女性が一人たたずんでいる。
「お待ちしておりました」
「アンネさん!?」
ハルは若干顔を引きつらせながら第三王女専属メイドの名を呼ぶ。
仕方ないとはいえ、昨日の今日襲い掛かられ、刺される寸前までいったので、ハルの中では少々トラウマになっていた。
そんなハルの心情を知ってか知らずか、特に表情を崩すことのないまま、アンネは丁寧に腰を折る。
「本日は私がご案内を務めさせていただきます」
「アンネ、おひさ~」
「お久しぶりです、アンネさん」
「はい、ジュード様、アイリス様、ご無沙汰しております」
淡々とアンネは二人とあいさつを交わす。
どうやらジュード、アイリスともにアンネとは面識があるようだった。
「二人とも、知り合いだったんだな」
「ラピスラズリの任務として、第三王女の学院での護衛に就いている、ということは話しましたよね。その関係でアンネさんとも面識があるのです」
「学院では生まれ、立場関係なく、学生は対等である、という信条を掲げてるから、学生以外は基本入れねえのよ。だから、学院内での護衛は俺ら、学外ではアンネや、近衛隊サファイアの管轄ってなわけよ」
へえ、とハルは頷く。
聞くところによると、第三王女は一人でふらっと王都に外出することがよくあったという。
その度にアンネが必死に捜索している様が目に浮かぶ。
そう思うと、目の前のメイドが一気に苦労人のように見えてくる。
「では、こちらにどうぞ」
同情の目を向けるハルを不思議そうに見るも、気にせず案内の為に背を向ける。
アンネに促され、三人はクリアス城内へと足を運んで行った。
―――――――――――――――――――――
青の騎士団、王族近衛隊サファイアは、近衛という性質上、王城内が主な勤務地である。
必然、詰め所も王城内に設置されており、近衛隊はそこで食事や待機、仮眠場所として活用されている。
そんな詰め所の奥、にサファイアの隊長兼青の騎士団総団長執務室はあった。
アンネに案内され、詰め所で待機しているサファイアの騎士達に訝しがられながら、執務室の扉を叩いた。
「入れ」
低めの女性の声が聞こえ、四人は入室。
そこには黒紫の髪をショートにし、整った顔立ちには力強さと、その双眸は視線で敵を射殺せるほどに鋭い。
なるほど、ジュードが苦手とするのも分かるような、厳しい雰囲気がある。
青の騎士団総団長にして、王族近衛隊サファイア隊長。
エア・ローゼンクロイツ。
それがジュードの母親の名であった。
「失礼いたします。特務隊ラピスラズリ隊長ジュード様、副隊長アイリス様、先日の第三王女殿下誘拐未遂事件において、ご助力いただきましたハル様をお連れいたしました」
「ああ、ご苦労」
エアは片手を挙げ、アンネは一礼して後ろに下がる。
さて、と一言おいて、エアはハルに目を向ける。
ハルの心のうちまで見透かすような、力強い視線に少々たじろいでしまう。
「私はエア・ローゼンクロイツ。青の騎士団総団長をしている」
そこの愚息の母でもある。とエアは付け足し、ジュードは明後日の方向を向いて口笛を吹いている。
「あっ、はい! 俺は先導ハルと言います!」
エアは頷き、ふっと少しだけ表情を崩した。
「そう緊張しなくていい。事情聴取とは言ったが、簡単な聞き取り調査だ。先日の王女殿下誘拐未遂に関わった者は全て調査しなくてはならんのでな」
「そ、そうですか……」
ジュードがやたらビビるのでハルにもその緊張が移ってしまっていたが、アイリスの言う通り厳格ではあるようだが、理不尽に怖い人、というわけではない様子。
「まずは感謝を。第三王女殿下の身を救ってもらったこと、礼を言う。本来なら我が騎士団が対応に当たらなければならなかった。申し訳ない」
そう言ってエアは恭しく頭を下げる。
「言い訳になってしまうが、あのお転婆姫には毎度手を焼かされていてな。巧妙に騎士やアンネの目を盗んでは王都に出てしまう。タンザナイトの見回り強化はしていたのだが、結果今回の事態を招いてしまったのは私の落ち度でもある」
エアはため息一つ挟み。
「リーレイス姫殿下にとっては良い教訓になっただろう。そういう意味では怪我の功名というべきか。さて、今回君の手助けには感謝しているが、一応経緯を確認させてもらおうか」
「はい、元々は――」
ハルは今回の件に関わる経緯を説明した。
魔獣の森での出来事にも関係しているので、途中途中でアイリスが報告を交える。
一通り聞き終えたエアはなるほど、とつぶやく。
「つまり、奇しくも愚息が賊を取り逃したことで、姫殿下に関わるきっかけとなったというわけか」
「ほう、巡り巡って俺のおかげというわけだな!」
それまで黙っていたジュードが誇らしげに口を開いた途端、エアのこめかみに青筋が立つ。
突然、ハルの髪にバチッと静電気のような衝撃が走った。
「そういう話ではないわ馬鹿者が‼ 報告書には目を通したが、魔獣を倒すことを優先して目標を見失うとは何事だ! ブロウ砦の国防隊『アクアマリン』にもろくに説明をしてこなかったそうではないか! 苦情がきてるぞ、バカ息子!」
「せやかてオカン!」
「オカン言うなと、言っておろうが!!!」
エアの怒号とともに紫電が迸る。
目の前に座っていたはずのエアが突如として消え去り、気づいた時にはジュードの頭を掴んでいた。
「だだだだだだ!!? 割れる割れる割れる割れる!!!」
「騎士団の所属となれば何か変わるかと思ったが、まだまだ二流だな貴様は!」
「ぎゃああああああああ!!!」
バチバチバチバチ、とエアの掴んでいる手から紫色に輝く光と共に、紫雷が迸る。
黒こげ、煙を出しながら地面に投げ出されたジュード。
ピクピク痙攣しながらうめき声をあげているので、死んではいないだろうが、あまりに突然の出来事にドン引き。
何事もなかったかのようにエアは席に戻り、一つ咳払いで話をもどす。
「愚息の折檻も終わったところで、今回の王女誘拐未遂事件と、魔獣の森での一件で気になる点がある」
「気になる点ですか?」
ジュードが地面にひれ伏しているので代わりにアイリスが前に出る。
アイリスは今の一連のやり取りを気にした様子はない。割とよくあることなのだろうか。
よくあることなんだろうな、とハルは思った。
「ハル、王女を襲った奴ら、何かおかしい点は感じられなかったか?」
「おかしい点ですか……? そういえば、時間がない、だの、やけに焦っているような感じはありました」
「そうか……。実はその賊どもだが――拘留中に死んだ、いや殺された、と言うべきか」
「えっ!?」
驚くハルに、エアは淡々と続ける。
「賊の三人とも、捕縛された時から怯えて話ができる状態ではなく、幽閉して落ち着いた頃に尋問を始める算段であったのだが、牢番の者が言うには、突然腹の痛みを訴え、数刻もしないうちに腹から魔獣が食い破って出てきた、と。それも三人同時に」
ハルはその状況を思い浮かべてしまい、眉をひそめた。
エア曰く、男達から出てきた魔獣はオーガンイーターと呼ばれる、巨大なミミズのような魔獣だという。
オーガンイーターは通常魔獣の肉を好む。その中でも魔獣の死骸を好んで食す習性があり、主には魔獣の生息地である森などに生息している。
だがひ弱で短命。人間を前にしても襲い掛かってくることはまずないとされる、比較的害の少ない魔獣であるのだが、どういうわけか、今回は王女を襲った男達の腹を食い破り、その後牢番にも襲い掛かってきた、とのことだった。
「幸いにもオーガンイーターそのものは低級の魔獣であるから、対処は容易かったが、賊どもは既に息絶えていたらしい」
「えぐい……」
思わずハルはつぶやいてしまった。
気持ちは分かる、とエアはため息をつく。
「問題は何故オーガンイーターが賊どもの体内から出てきた、という点なのだが、特務隊の報告書を読んで得心した。恐らくだが、魔獣を操るというジュードが逃した異彩魔導士。そいつがあらかじめオーガンイーターの卵を体内に仕込み、賊どもに王女を拐すよう指示していた」
失敗すれば、腹から食い破り殺すぞ、とでも言ったのだろう、とエアは推測した。
そして、失敗したから殺された、と。
これまでの魔獣被害もその異彩魔導士の仕業の可能性がある。
「まだ見ぬ敵が、我らが主君に害を為そうとしている。青の騎士団を預かる私としては、何としても賊を捕らえねばならん」
「はい!」
アイリスは姿勢を正し、ジュードは未だに地面に転がっている。
絵面的にはシュールである。
「ラピスラズリは当面、魔獣を操る異彩魔導士の捜索、およびそれに関係すると思われる事象の調査を命じる。ハル、君の経緯は聞いている。君の身柄は特務隊預かりの為、今回の様なことに関わることも多くなるだろう」
はい、とハルは頷く。
「君の存在は、この国において宝となるが、他国にとっても同様だ。王都内であれば自由にしてもらって良いが、緊急時以外の魔法の使用と単独で王都外への移動は禁じる」
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