異彩の黎明


 青の国クリアスと黄の国テラガラーの堺にある鉱山内部にて。


 アリの巣の様に入り組んだ迷宮。地図も持たずに入れば一生出てこれず、その生涯を終えるとまで言われている、その奥の奥の奥。


 外の光が一切届かないような場所に、その空間はあった。


 十人程度は座れようかという円卓。そこに黒いローブを着込んだ人物が二人。

 一人は酒を片手に陽気に笑っている、赤紫の髪をショートにまとめた、20代半ば程度の歳の女。足元にはまるで仕えるかのように伏せる狼型の魔獣。


 もう一人は四十代といったところの男。白髪で顔の彫が深く、その双眸には何の感情も見いだせない。


 その男は何もせず、ただじっと虚空を見つめている。

 女は酒をグイッと煽り、ぷはぁ、と息を吐く。そこら中に酒の匂いが充満し、男が軽く眉をひそめる。



「いんやー、マジしつこかったわぁ! はっはっは! あたしの可愛い可愛い家族がゴミクズのように斬られぶっ壊されバーベキューにされてさぁー……、あぁーあの野郎次会ったらマジ殺す」


「メイリア、本来の目的を忘れるな」



 メイリアと呼ばれた女はヘラヘラしながら分かってる分かってる、と言いながらまた酒をあおる。

 足元の狼型の魔獣を乱暴にワシャワシャと撫でまわすが、魔獣は大人しく身じろぎ一つしない。



「しっかし、ゲラルトぉ。こんな調子で大丈夫なのかい。まだ『魔核』の情報掴めてないわけでしょー」



 ゲラルト、と呼ばれた男は表情一つ変えず、メイリアに視線のみ送る。



「既に『魔核』の一つは情報を掴んでいる。」


「マジで!? あたし聞いてないんだけど!」


「情報共有はされている。大方酒に酔って聞いていなかったのだろう」



 えーそうだったかなー、とまた酒を飲み続ける。

 その様子を見て、ゲラルトは小さくため息をこぼす。



「貴様の方はどうなのだ。『青の魔核』は見つかったのか」



 聞いた途端、メイリアは酒瓶をドンッとテーブルに叩きつける。

 その拍子に中身が少量宙を舞う。



「それがさー、聞いてよー。青の国の魔獣の森にー、青の湖ってのがあるって聞いてさー、そこが怪しいと思って調べに行こうとしたらさー、赤い頭の変な奴に見つかっちゃってさー」



 間に酒あおって続ける。



「ぶはあ。それで、やっちゃっても良かったんだけどさー、一応人前には極力出るな、って言われてるじゃん? めんどくさいし、逃げたんだけど、追っかけてきたのよー。これがしつこくてさー。その場にいた家族達が庇ってくれて撒けたんだけどー、もう全員斬殺、丸焦げの全滅よー」



 家族という割に悲壮感はなく、ひゃっひゃっひゃ、と笑いながら語る。



「まー、保険でもう一つ動いてるんだけどさー。……ところで、あんたはどうやって『魔核』の情報掴んだのさ」


「仲間内とはいえ、そう易々と情報を開示すると思うのか?」


「わないけどさー、あんたとあたしの仲じゃん。ちょっとだけ、ほんの先っちょだけでいいから!」



 気持ち悪い言い方をするな、とゲラルトは嗜める。



「……『黄の魔核』は王族が管理しているという。今は王族に接触するためのアプローチをかけている、とだけ言っておこう」


「にゃるほどにゃるほど……ということは保険の方が当たりかもしれないなー」


「何だ?」


「いやいや、相変わらず回りくどいやり方してるなー、って思っただけよ」



 あっひゃっひゃ、と笑いながらまた酒を飲むメイリア。



「じゃあさー、ゲラルトちゃーん。そっちを手伝うからさー、あたしの方もちょーっと手を貸してくれないかなー」



 メイリアが猫なで声出しながら、酔って上気した顔でゲラルトを見上げる。

 妖艶な微笑を浮かべるも、ゲラルトは微動だにしない。



「断る」


「たはー、言われると思った! いいじゃーん、最終的には全ての『魔核』を集めなきゃいけないんでしょー。協力した方が早いじゃーん」


「俺に利点がない」


「あるでしょ! 『百獣』のあたしが! 協力してやるっつってんだよ! これ以上の利点はないでしょーが!」



 メイリアの赤紫の髪が怒りで逆立ち、それに反応して足元の魔獣も歯をむき出し低く唸り声をあげ威嚇する。

 ヘラヘラしていたと思えば、急に烈火のごとく怒り出す、そんな情緒不安定な女をゲラルトは相変わらず無感情、だがその身からかすかに漏れ出す殺気。

 お互いに少しでも動けば殺し合いが始まる。そんな雰囲気がその場に漂う。


 向かい合うこと数分。

 唐突にゲラルトはメイリアから視線を外し、その漏れ出す殺気も消え去った。



「なら、証明してもらおう。俺が貴様に助力するかは、それで決める」


「やだもう、ゲラルトちゃんったら、素直じゃないんだからー。じゃあ後で作戦会議だにゃー、うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」



 一通り笑った後に、急に真顔になり、机に突っ伏す。



「というかそもそもー、『魔核』がどういうものか全然分からないわけじゃん? それをどうやって探せっていうのよー」


「貴様……!あの方の意向に異を唱えるつもりか……!」



 これまで無感情、無表情の様子だったゲラルトが初めて怒りの形相でメイリアを睨む。辺りに殺気立った空気が漂うも、メイリアはどこ吹く風。



「冗談、冗談よー。命令に背くつもりはないから、その駄々洩れな殺気はしまってしまって。というか、なんでその二つを探すんだっけー?」



 相も変わらないメイリアに毒気を抜かれたか、ゲラルトの殺気は霧散していった。

 そして先ほど変わらない無表情で答える。



「『魔核』があれば神霊の力が蘇る」


「あーそうだったわねー。で、具体的には?」


「……知らん」



 メイリアが酒瓶を勢いよくゲラルトに向ける。



「ほらー! あんただって何でこんなことやってるのか分かってないじゃない!」


「良いのだ。我らはあの方の手であり足であり、剣であり盾なのだ。考える頭は必要ない」



 そう言って、ゲラルトは立ち上がり、部屋から出ようと歩みを進める。



「ちょっとー、まだ他のメンツが来てないけどー? 定期連絡の集まりなんじゃなかったのー?」


「定刻になっても来たのは酔っ払い一人のみ。ならばもう待つ必要はない。私は私の務めを果たす」


「あ、ちょっと、手伝う件はどうすんのー?」


「……後で連絡する」



 ちゃんと連絡しなさいよねー、という苦言を背に受けるも、歩みは止めず。

 扉に手をかけたところで、そのまま動きを止める。



「……我ら『異彩の黎明』。その使命を忘れるな」


「あいあいー」



 それだけ言葉を発し、ゲラルトは部屋から出ていった。

 残されたメイリアは残った酒を飲みほし、また新たな酒瓶を手に取る。


 足元の魔獣は退屈そうにあくびをしていた。

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