ひとまずの目標


 藍の国レディオラ――王都インディクルス。

 王都中央部に位置するのは王城。

 氷の城とも呼ばれる白と藍色が彩り、雪が降る景色と相まって幻想的。王城の美しさでは青の国のクリアス城と比肩するほど。


 そんな王城、謁見の間にて。

 豪奢な玉座に座る一人の男。無感情な瞳で目の前に跪いている白髭丸眼鏡の初老の男を眺めている。


 男の隣には藍色の鎧を纏う騎士然とした女性が控えていた。

 冷たい氷を思わせる寒々しく、冷酷な雰囲気を漂わせる、鎧と同じく藍色の髪を持つ女性騎士。


 白髭丸眼鏡の初老の男はそんな二人の視線に晒され、焦りか恐怖か、体を小刻みに震わせていた。



「――して、ビーゾフ。もう一度申してみよ」


「は……はっ! 恐れながら、陛下のご命令通りジーヴル王家の血を引くサスーリッカ・キュアノス・ジーヴルの召喚には成功しましたが、突然何者かの邪魔が入り、その身を奪われてしまいました!」



 その言葉を聞いた女性騎士は、蔑む様に鼻で笑った。



「失態だな、ビーゾフ・イステド。『藍の魔核』を陛下に献上すると息巻いていたではないか。開発局の功績に焦ったか?」


「くっ!」



 顔を伏せたまま悔し気に床を睨むビーゾフ。

 焦っていたのは否定できない。

 ビーゾフが所属する魔法研究局は、より強力な魔法の研究、安定した上位精霊の召喚などの研究を進めている部門。

 だがここ数年、大した功績は挙げられておらず、他部門である魔導技術開発局の方が成果を上げている状況。


 送還魔法の解析に成功したことで舞い上がっていた。

 確かに今思えば、召喚魔法を行使する際に準備していた魔法陣に違和感があった。

 本来なら研究所に召喚されるはずが、座標がずれて召喚された。恐らくその時点で既に何者かの妨害工作を受けていたのだろう。



「陛下! 必ずやサスーリッカは奪い返して御覧に入れます。今しばらくの猶予を頂きたく!」


「ラヴィーナ」


「はっ!」



 ラヴィーナと呼ばれた女性騎士は恭しく敬礼。そして冷たい視線のままビーゾフを見下ろし口を開く。



「貴様を襲ったのは、ヴナロードという組織。数年前からスニエーク周辺で目撃されているコソ泥連中だ。王都に運び込まれる魔石の窃盗や、王家を支援する貴族を襲うなどしている」



 実際は手に入れた魔石は行き届かない地方に運び込まれ、襲撃された貴族は魔石を私的に流用していた為、ヴナロードに襲撃されたという事実はあるのだが。

 王家にとって無視できない実害という程ではない為、これまで半ば放置されてきた。

 だが、今回の一件については明確な王家への敵対行為である。



「であれば亡国の王女もそ奴らと共にいるでしょうし、ワシが全て殲滅してみせましょう」


「ビーゾフ」



 玉座の男に名を呼ばれ、ビーゾフはビクッと体を震わせる。

 恐る恐る顔を上げると、未だ無感情ながらも、その双眸の奥に微かな苛立ちをにじませている。



「次は無い」


「は、ははぁ!」



 ビーゾフは地に頭をこすりつけるかの如く、平身低頭して答えた。

 それを見て玉座の男はもう用はないというように、軽く振り払うように手を振る。


 ラヴィーナは即座に下がれ、とビーゾフに一言。そそくさとビーゾフは立ち上がり、玉座の間から出ていった。


 玉座の男――藍の国レディオラ国王、ヴァラン・キュアノス・レディオラは、何の感情も宿さない目をしながら頬杖をつき虚空を見つめた。



―――――――――――――――――――――



 ヴナロードに正式に加入することになったリッカは、他のメンバーを紹介すると言われ、今いる宿の他の部屋へと案内されていた。


 表向きは宿屋になるが、実際はこの都市を管轄する領主からヴナロードに提供された拠点である、とのこと。

 この地の領主は元々はジーヴル王家派の貴族であり、スティーリア達を陰ながら支援してくれている、数少ない味方であるという。その内リッカにも紹介する、とプラーミャから説明を受けた。



「――そしてこちらが、ヴナロードの事務所兼会議室です」



 プラーミャに案内されたのは、他の個室よりも広い大部屋。

 ただお世辞に綺麗とは言えない場所だった。

 中央に大きなテーブルがあり、書類やら食べ物やらが散乱し、壁際に作業机がいくつか並んではいるが、その内の一つはテーブルと同じように物で溢れかえっている。


 スティーリアとプラーミャは、その惨状を見て同時にため息をついた。



「ニンフィ! いるんでしょ! 出てきなさい!」


「ふぁっ!?」



 備え付けられてあるソファの上に、積み上げられた服がバッと宙を舞った。

 女ものの服や下着類なんかも一緒に、バサバサ地面に広がっていく。


 服の山から出てきたのは下着姿の女性。だが寝起きなのか髪はぼさぼさ、口からよだれを垂らし、寝ぼけ眼でリッカ達を見つめていた。



「あれー? リア様が二人いる。なんだ、まだ夢か……」


「夢じゃないから! 起きなさい!」



 再び服の山の中に潜り込もうとする女性の肩を掴んで止めるスティーリア。

 二度寝を止められた女性は、億劫そうに体を起こすと、大きく伸びをしてからリッカに視線を向けた。

 緑がかったくせ毛、翡翠色の瞳、プラーミャとそう歳は変わらなそうだが、あられもない姿と第一印象で、綺麗だけどなんかだらしなさそうな人、というイメージがリッカの中では付いた。


 そんなリッカの様子に苦笑しながらプラーミャが口を開く。



「リッカ様。この者はヴナロードに所属する仲間で、ニンフィ・ヴィエーチル。主に情報収集や依頼の受注、後方支援を担当している者です」


「よろしくお願いしまッス。……あれ? リア様とそっくり、ということは……」


「……送還魔法が解析されて、私の片割れが呼び戻されたわ」



 額に皺を寄せて言うスティーリアに、ニンフィは何やらショックを受けたようにぼさぼさの頭を抱え、天を仰ぎ見た。



「うぁああぁあ! あのジジイ、とうとうやりやがった! 私の研究成果をパクった挙句、実証実験にまで成功したっていうんスかぁ!?」


「え、ええ……?」



 突然頭を抱えて苦悩に喘ぐ半裸の女性。

 外ほどではないとはいえ、寒くないのかな、と若干ずれた感想を抱くが、誰もニンフィの恰好にツッコむ者はいなかった。

 面食らっているリッカに、プラーミャが再び説明する。



「ニンフィは元々、この国の魔法研究所に勤めておりまして、主に召喚魔法の研究部門に所属していたのです」


「はぁ……」


「その研究所の所長が、昨日リッカ様を召喚したビーゾフという者です」



 そう言われて、昨日スティーリアに蹴っ飛ばされていた初老の男を思い出した。

 話を聞く限りだと、そのビーゾフという人物が、部下だったニンフィの何かしらの成果をかすめ取った、ということなのだろうか。


 プラーミャ曰く、数年前にビーゾフの度重なるハラスメントにキレたニンフィが研究所でひと暴れして逃げるように辞めていった時に、たまたま町で出会ったという。

 そして行く宛てもなく愛国心もあるわけではなかったので、ヴナロードに誘われた以降、裏方としてスティーリア達を支えている、とのこと。


 そんな説明を受けた後、ブオン、と風を巻き起こすかの如く勢いをつけて、リッカの肩を掴んだ。



「ひっ!?」


「あのジジイに変な事されませんでしたッスか!? セクハラ、パワハラの権化みたいな奴なんス! あいつのせいで、どれだけ局員が辞めていったか! あぁー! 思い出しただけで、はらわたが煮えくり返るッス!!」


「あ、えーっと、大丈夫です……」



 半裸の女性が物凄い形相で迫る光景は恐怖であり、リッカはそう答えるのが精一杯だった。

 そんな様子を見ながらスティーリアはため息をつき、ニンフィをリッカから引きはがした。



「そのジジイなら私が蹴り飛ばしたわよ」


「リア様っ! ナイスッス。――わぷっ!?」



 ニヤリ、とサムズアップしながらニンフィは悪い笑みを浮かべている。

 そのしたり顔に、突然服が投げかけられた。



「あなたはとにかく、服を着なさい。リッカ様が困惑されているでしょう」



 呆れ笑いを浮かべているプラーミャ。

 はーい、と間延びした返事を返しつつ、ニンフィはごそごそとようやく着替えを始めた。



(なんだか、凄い所に来ちゃったな)



 リッカは呆気にとられながら、目の前の光景を眺めつつ、そんな事を思っていた。



―――――――――――――――――――――



「なるほど、それでクソジジイから、リッカ様を奪い取って来たわけッスね」



 いつの間にかジジイからクソジジイに昇格されていた。

 スティーリアとプラーミャから経緯を聞いたニンフィは、ソファに座りながら足を組む。

 その恰好は薄手のシャツに短パン。スラッとした長い手足は白磁の様に染み一つない。自堕落な生活をしていそうなのに、無駄な脂肪はついていないよう。


 テーブルの上はすっかり綺麗になっている。大部分はニンフィの私物とゴミだったので、自分で片付けさせられていたが。



「あの、プラーミャさんもですが、様付けはちょっと……」



 王族といっても、リッカにそんな自覚はない。

 年上に様付けされるのは、なんとも違和感というか、居心地が悪くなってしまう。


 しかし、プラーミャは笑顔で首を横に振った。



「いいえ、私は今でもジーヴル王家に仕えているつもりです。国が無くなっても、リア様とリッカ様を守る騎士です。私にとっては生涯仕えさせていただく方であるので、リッカ様はリッカ様です」


「諦めなさい。普段の言動は軽いくせに妙なところで律儀なんだから」



 肩をすくめるスティーリア。

 そう言われてしまったらもう受け入れるしかないが、横からニンフィはじゃあ、と口をはさんだ。



「私はリッカちゃんって呼ぶッスね!」


「あ、はい!」



 ニンフィは見た目通り朗らかで元気なお姉さん、という感じだった。

 スティーリアに対してもフレンドリーな態度なので、基本的にそういう性格なのかもしれない。

 そんな様子を微笑ましく見ていたプラーミャは、お茶でも淹れますね、と席を立った。



「レディオラは、あなたを呼び戻したことで、本格的に魔核を取りに動いたと見ていいでしょうね」



 スティーリアはソファに深く座りなおしながらリッカを見据えた。

『藍の魔核』というものは、スティーリア曰く、リッカでなければ入れない場所にあるという。それなら、今後もリッカを狙ってくるという事だろうか。


 ところで、とスティーリアはニンフィに向け口を開く。



「ニンフィ、送還魔法はあなたの研究テーマだったわよね。通常、召喚者は被召喚者にパスを通して魔力の供給を行うけど、この子の場合もそうだと見ていいの?」


「いいえー、見た感じリッカちゃんの場合パスは繋がってませんねー。理論上、送還魔法を受けた者を呼び戻す場合、本当に呼び出すだけッス。魔力のパスも繋がらなければ、召喚された側が召喚主に協力する義務も生じないッスねー」


「そう、じゃあ、今この瞬間にも居場所がばれる心配はないって事ね」


「そうッスね。召喚時に、どこに召喚されるか分かる程度ってとこッスかねー」



 ニンフィは手を顎に添え、考える素振りを見せつつ答えた。

 どうやら普通の召喚魔法というものは、常に居場所が分かり、召喚者に従わなければならないらしい。

 そこでふと、一つ気になるところがあった。



「あの、ニンフィさん。私、この世界に来る前に幼馴染の男の子と……妹と一緒だったんです。もしかしたら巻き込まれているかもしれなくて……。そのビーゾフという人なら、二人がこの世界に来ているか、分かるかもしれないって事ですか?」


「その可能性はあるッスね。あのクソジジイが素直に教えてくれるか分かりませんが。というかリッカちゃん、妹がいたんスね。良かったッスねー、リア様。姉妹が一気に二人も増えたッスねー!」


「……知らないわよ」



 スティーリアは腕を組みなおして眉間に皺を寄せた。

 最初からなんとなく察していたが、スティーリアはリッカの事を血を分けた家族とは思っていないよう。

 リッカとしても素直に受け入れられている、というわけではないので、当然といえば当然なのだが。



(カエちゃんなら素直に喜びそうだなぁ)



 自分とは違って明るく社交的な妹を思い出す。

 カエデならきっとスティーリアとも仲良く出来るのではないかと思う。ここにいてくれたらどんなに心強いか、とリッカは内心寂しくなってしまうが。



(ううん、とにかくその人に会えれば、ハル君とカエちゃんがこっちの世界に来てるか分かるかもしれない)


「リアちゃん、そのビーゾフって人に会えないかな?」


「ちゃん付けするなって言ってんでしょうが……考えてる事は分かるけどね。普通に行ったところで、捕らえられるのがオチよ」



 最初にビーゾフに会った印象と、ニンフィから聞いた人物像を聞く限り、素直に教えてくれるとも思えず。

 半ば予想はしていたが、そう簡単にはいかなそう、とリッカは肩を落とす。


 そんな様子を見ていたスティーリアは、ふぅ、とため息をついた。



「今回あなたを奪われた事でビーゾフは責任を問われるでしょうね。それに『藍の魔核』までこちらに奪われれば今の立場から失脚は免れない。そんな弱った時を狙って情報を吐かせてしまえばいいわ」


「え……?」


「イイッスね! 私も積年の恨みを晴らせるいい機会ッスから、その案には賛成ッス!」



 スティーリアの言葉に、悪い笑みを浮かべながらニンフィも頷いた。

 しかし、その提案はリッカにとっては予想外だった。リッカをレディオラ王家に利用されない為に仕方なく、ヴナロード入りを承諾しただけで、リッカの事情など考慮してもらえないと思っていたからである。



「あ、ありがとう!」


「勘違いしないでよね。あんなんでもレディオラ王室に近しい人物なのだから、有用な情報を握っているはずよ。その情報を吐かせるついでよ、ついで」



 プイッとそっぽを向きながら、明らかに照れ隠しとしか思えないセリフを吐くスティーリア。

 そんな様子を見て、リッカとニンフィは顔を見合わせ笑っていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る