レジスタンス


「……はぁ」



 翌日。リッカは自分に与えられた部屋のベッドに体を預けて、もう何度目になるか分からないほど、ため息をついた。


 あの後、全てを飲み込むまでは時間がかかるだろうというプラーミャの配慮で時間も遅かったこともあり、ひとまず続きは翌日にということとなったが。


 正直、未だに信じられないし、いまいち現実味がない。

 自分と母が異世界人で、この世界から逃げる為に他の世界に移ったなどと。

 しかも生き別れた双子の妹がいたなんて夢にも思わない。自分にもう一人妹がいたなんて。



「でもこれって誘拐だよね……?」


 

 リッカはそっと自分の境遇をつぶやいてみるも、然程気にはならなかった。特に危害を加えられているわけでも、拘束されているわけでもないからかもしれない。

 そんな事よりも心配なのは、あの場に一緒に居たハルとカエデの安否。もしかしたら二人も巻き込まれているかもしれない。



「……どうしよう」



 一人は寂しい。本当ならすぐにでも二人を探しに行きたい。

 だが見知らぬ土地で彷徨うものならすぐに路頭に迷ってしまう。

 右も左も分からない土地で当てもなく、来ているかどうかも分からないハル達を探すのは、限りなく不可能に近いだろう。 



「ハル君……カエちゃん……」



 孤独が心を満たしていく。二人に会いたくてたまらない。

 リッカは俯くと涙がこぼれそうになってしまい、両手で顔を覆った。



「しみったれた顔しないでくれる?」


「え?」



 目を腫らしながら顔を上げると、いつの間に入ってきたのかスティーリアが無関心そうにリッカを見ていた。今は昨日の青い狐の面はかぶっていなかった。

 やはり見れば見るほど自分に瓜二つ。だが性格、言動はまるで似ていない。それだけお互いに生きてきた環境が違うということだろうか。


 そう思いつつも、リッカは慌てて袖で目元を拭い、困ったようにスティーリアを見る。



「ごめんね……、えっとスティーリアさん」


「リアでいいわ。長いし」


「う、うん。じゃあ……リアちゃん」



 一応妹ということらしいので、そう言ってみると、スティーリアは明らかに嫌そうに顔をしかめた。



「ちゃん付けやめて。今更、姉面しないでくれる?」


「またリア様はツンツンして。十年以上ぶりに会ったお姉様なのですから。もっと仲良くされても良いのではないですか」



 スティーリアの後ろからプラーミャが顔を出した。朝食だろうか、パンやスープなどが乗ったトレーを持ってきていた。

 そんなプラーミャにスティーリアはジト目。



「必要ないわ。それにほとんど覚えてないし」



 無遠慮に部屋の椅子に座り、腕を組むスティーリア。

 そんな様子にプラーミャは苦笑すると、テーブルの上に食事を置いた。


 そういえば昨日から何も食べていなかった。

 そんな事を考えたらリッカのお腹がぐぅ、と鳴ってしまい、プラーミャはニコリとほほ笑む。



「では、食べながらでよいので昨日の続きをお話ししましょうか」


「あ、はい。ありがとうございます」



 プラーミャが差し出したパンを遠慮がちに受け取り、頷くリッカ。

 スティーリアは何も言わずに既に食事に手を付けていた。



「送還魔法で姿を消したのは、王妃であるルミリンナ様とサスーリッカ様だけでした。リア様は追っての騎士に直前で捕らえられ、取り残されてしまい……敵の隙を突いて近衛騎士だった私がリア様を取り戻し、以降隠れ住みながらなんとか過ごしてきたのです」



 スティーリアが見せた鏡の映像の最後には、確かに幼子の一人が敵の騎士に捕らえられている場面が映っていた。あれが幼いスティーリアだったのだろう。



「昨日、サスーリッカ様がこちらの世界に召喚されたのは、この国の現国王が『魔核』というものを手に入れる為、という話をしたかと思いますが」



 リッカはスティーリアの言った言葉を思い出し、首肯。

 確か場所は分かってはいるが、入ることが出来ないということだったはず。



「この国は今、衰退の一途を辿っています。年々人口は減り、資源もそう遠くない内に枯渇してしまう、そんな危機に瀕しています」


「えっ?」


「外、随分寒いと思いませんでした?」



 驚くリッカにプラーミャは窓の外に視線を投げる。

 つられてリッカも外を見て、確かに雪が降ってきそうな程寒いな、とは思っていたが。元の世界では、季節は春で暖かだった為、余計にそう感じる。



「この国では、もう十年以上もの間、春が来ていません」


「ええっ!?」


「この国の王は、その原因がその魔核、『藍の魔核』という魔石にあると考えているのです」



 プラーミャ曰く、この国を興した氷の始原魔導士ジーヴルから代々王家に受け継がれてきた至宝である、とのこと。

 魔力を無尽蔵に供給することが出来る貯蔵タンクのような物らしい。

 だが、ジーヴル王家が滅ぼされた際の騒動で、『藍の魔核』は失われてしまったという。



「レディオラ王家は、その魔核が何らかの理由で魔力暴走を起こした結果、この異常気象を引き起こしたのだと考えています」



 それにより、この国では冬が明けず十年以上もの間春が来ない環境になってしまっているという。

 寒さをしのぐ為には、暖を取る為の魔石が必要。だが資源は豊富にあるわけではなく、地方には行き届かないこともある。

 その為凍死者や食糧難に陥る者が増え、年々亡くなる人が増えているらしい。



「王家は長年の捜索で魔核がある場所は特定したものの、そこは資格がある者でなければ足を踏み入れる事が出来ない場所。そこに入る為に、サスーリッカ様が召喚されたのです」


「それだけじゃないわ。無限に魔力を供給出来る『藍の魔核』なんてものをこの国が手に入れてしまえば、軍事利用されて最悪他国と戦争が起きる」



 プラーミャの説明にスティーリアが付け足す。

 それは予想というより、確信しているような様子だった。

 ジーヴル王家を滅ぼし、異常気象も収まれば次は他国への侵略。実際魔石を巡って、隣国の黄の国との関係性は最悪であり、戦争が起きてしまっても不思議ではない状況だという。



「私達はそれを防ぐ為に、レジスタンスとして活動しているのです。先代のジーヴル王家派だった貴族に影ながら支援してもらい、諜報活動や場合によっては今回の様に妨害工作をしたりですね」



 今回も王家への諜報活動の中で、『藍の魔核』を手に入れる為にリッカをこの世界に呼び戻そうという計画を知ったのだという。

 そしてリッカを召喚した魔導士であるビーゾフの研究所に忍び込み、召喚場所の座標が変わるよう妨害工作を行った、とのこと。



「魔核を手に入れる為に王家はまたあなたを狙ってくるでしょうね。言っておくけど、魔核が手に入ればあなたは処理されるわよ。当然ね、旧王家の血筋を生かしておく理由は無いもの。私だって捕まれば殺されるでしょうね」


「そんな……」


「もうリア様。そんな冷たい言い方しなくてもいいではありませんか」



 プラーミャの苦言に、事実じゃない、とスティーリアはそっぽを向く。


 そんな事を言われたリッカは、もうどうすればいいのか分からなくなっていた。

 誘拐の如くこの世界に連れてこられ、家族とも引き離され、利用された後は殺されてしまうという。

 そんな圧倒的理不尽に、また涙が込みあがってきてしまう。



「――そこで、サスーリッカ様に協力してもらいたいことがあるのです」


「協力ですか……?」



 プラーミャが、微笑みを浮かべながらリッカに告げる。



「『藍の魔核』を得る為に私達の仲間になりませんか? 魔核の力を手に入れて戦争も起こさせず、異常気象も収まれば一石二鳥です。協力して頂けたら……そうですね。もしかしたら召喚に巻き込まれているかもしれない人がいるのですよね? その人達や元の世界に帰る方法を探すのに協力します」


「本当ですか!?」


「ちょっとプラーミャ! 私はまだ認めてないわよ!」



 それは願ってもない提案だったが、スティーリアとしては納得がいっていないことらしい。それでもプラーミャは微笑を崩さない。



「このまま放りだす訳にもいきませんし、それこそ今の王家に捕らわれない為には引き入れた方がいいと、昨日お伝えしたではありませんか」


「それはそうだけど……」


「それに、これがだと思いますよ」



 未だに苦い顔をしているスティーリアだったが、やがてため息をついて、分かったわよ、と首を縦に振った。

 決まり、というようにプラーミャは両手を叩いた。



「では、サスーリッカ様。改めまして、ようこそレジスタンス『ヴナロード』へ。と言っても実働は私とリア様のみですが」


「あ、はい、よろしくお願いします。あの……ところで、そのサスーリッカって呼び方、できれば止めて欲しいな、と……なんだか私じゃないみたいなので……」


「あら、これは失礼しました。ではリッカ様、とお呼びしますね」



 朗らかに笑うプラーミャと、腕を組んだまま不機嫌そうに顔を背けているスティーリア。

 これからどうなるんだろう、と先行きが不安しかないリッカは、もうすっかり冷めてしまった朝食のスープを口にした。


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