ルーツ
二人に連れられ、たどり着いた先は城壁に囲まれた大きな都市。
その都市の薄暗い裏通りにある、宿屋らしき場所に案内され、その一室にて。
ここに来るまでも思っていたが、どう見ても現代日本ではない。
廃墟からこの都市に来るまでも馬での移動だったし、都市の門番も騎士のような人が立っていた。まるでゲームやアニメの世界に来てしまったような感覚だが。
「――あなたは他の世界から連れてこられたの」
青い狐のような仮面を付けたままの女性が口火を切った。
なんとなくそんな気もしつつ、いやいやまさかと考えていたが――
「――異世界」
あまり詳しくはないが、確かカエデが好んでよく見ていた世界観だったはず。
剣や魔法の世界。冒険活劇。そんな異世界モノをテーマにした、あくまでお話の中での世界。
それが現実になって自分に降りかかてくるなど夢にも思わない。
だがここに来るまで目にした光景が、嫌でも現実だと突きつけてきた。
「あなたをこの世界に召喚したのは、この国における召喚魔法の権威、ビーゾフ・イステド。王城につめる魔導士よ。さっき私が蹴っ飛ばした奴ね」
「そんな人が、なんで私を……」
「この国の王の命令で、『魔核』と呼ばれるものをあいつらは求めてる。その場所自体は分かったのだけど、今のままでは入れない。資格がある者でないと入れない場所にあるの。その資格を持つのがあなた」
「……?」
なんて説明されても、少しも理解できなかった。
そんなリッカの様子に、後ろで見守っていた赤毛の女性が苦笑していた。
「リア様。説明が雑です。もうちょっと順を追ってご説明しませんと」
「うるさいわね。じゃあ、あなたが話しなさいよ」
仮面で表情は分からないが、不機嫌な声色でスティーリアと呼ばれた女性は赤毛の女性に顔を向ける。
やり取りを見ていると、二人は主従関係のように見えるが、赤毛の女性は割と不遜な物言いをしている。
不思議な関係だな、とリッカは思う。
「では改めまして、私はプラーミャと申します。こちらのスティーリア様にお仕えする騎士、というところですね」
「あ、はい。四季織リッカです。よろしくお願いします」
赤毛の女性――プラーミャが丁寧に腰を折ると、それにつられてリッカも頭を下げる。
リッカよりも少し年上くらいだろうか。優しそうで綺麗なお姉さん、そんな印象をリッカは抱いた。
「まず、ここは藍の国レディオラにある貿易都市スニエーク。国内、国外における流通の中心地です。色々情報を集めるうえでは都合が良い町で、私達もここを拠点にしています」
「レディオラ……、スニエーク……」
聞き覚えのない地名のはずなのに、何故か聞いた事があるような。
そんな不思議な感覚が気になったが、ひとまずはプラーミャの話に耳を傾ける。
「元々この国の名はレディオラではなく、ジーヴルという国でした」
この国の元の名は、藍の国ジーヴル。数千年前、世界の黎明期と後に言われる時代。この世界を支配していた魔王と魔族を、他の始原魔導士と共に打ち払った後に、氷の始原魔導士ジーヴルが興し、統治した国である、とのこと。
藍の国ジーヴルは他国よりも冬の期間は長く、夏は短い。冬の時期の降雪量に目をつぶれば、平均気温も比較的低く、過ごしやすい国とも言われている。
他の国とも積極的に交流を持ち、夏場の避暑地として他国から観光客もやって来るほどでもあった。
恒久的な平和。何世代も続くジーヴル王家の王族達は、この国が今後もそれが続いていくだろうと確信をもって国を治めてきた。
だが、事が起きたのは十五年前。
氷の始原魔導士ジーヴルの傍系であるレディオラ家が、突然王家に反旗を翻したのである。
「現国王、ヴァラン・キュアノス・レディオラは、言うなれば革新派。エネルギー源である魔石は、他国に比べて採れる量が少なく大部分を輸入に頼っています。それを良しとしないレディオラ家は、度々他国の鉱山の買収や、輸入量の裁量権を与えるよう王家へ要求してきました」
しかしジーヴル王家は、歴代築き上げてきた他国との友好を、場合によっては崩しかねないレディオラ家の要求を飲むことはしなかった。
他国との交渉が上手くいかなかった場合、最悪武力行使もいとわない様な考えが垣間見えた為である。
保守派であるジーヴル王家は、あくまでも自国の問題は自国で解決するべきであるとしてきた。
「けれど、とうとう痺れを切らしたのでしょう。レディオラ家は他の貴族も抱き込み、十五年前王家に槍を向けました」
当時の王家は、レディオラ家に対して徹底抗戦したものの、多勢に無勢。結果的にレディオラ家によるクーデターは為され、以降王家はレディオラに代替わりされてしまったという。
遠い世界での国と革命の歴史。
元の世界でも歴史の授業の中で同じような出来事は聞いた事はあるが、それとリッカと何の関係があると言うのか、今の段階では全く分からない。
「……当然、ジーヴル王家に連なる者は処刑されます。異を唱える者もすべからく同様です。ですが当時の王妃、ルミリンナ様は幼い姫様達を救う為に、『送還魔法』というジーヴル王家に伝わる魔法を行使しました」
プラーミャ曰く、送還魔法というのはこの世界の者をどこか別の場所に送る魔法だという。
ただし、一度使えば二度と戻って来れず。一説によると、ここではない別の世界に送られるとも言われている魔法だという。
「ここまで言われれば、分かるんじゃない?」
スティーリアの言葉に、首を傾げるリッカ。。
まだ分からないのか、と若干の呆れているように肩をすくめ、スティーリアは再び口を開く。
「あなたは先代の国王の娘、サスーリッカ・キュアノス・ジーヴル王女よ」
「はっ!? ええっ‼?」
急にお前はこの国の王女だ、と言われてリッカはいやいや、と首を横に振るしかなかった。
確かに小さい頃の記憶はないが、だからと言って元々この国の人間で、それもお姫様だったなんて言われても信じられるわけがなかった。
「まぁ、すぐに理解できないだろうし、これを見てもらった方が早いわ」
スティーリアは、リッカに手を差し出すように、手の平を上に向けた。
するとその手から青い光が灯り、徐々に青い氷のようなものが現れ、徐々に何かに形成されていく。
それは手鏡のような、覗き込むと自分の顔が映し出されたが、鏡の中が急にグニャリと歪み始め、まるでテレビの画面を見ているかのように、違う景色が映し出された。
―――――――――――――――――――――
スティーリアが作り出した氷の手鏡に映し出されたのは、城の中の一室と思わしき部屋。
そこには壮年の男性と二十歳代と思わしき女性が、険しい面持ちで向かい合っている。男性と共にいる女性の後ろには双子と見られるそっくりな容姿の二、三歳の幼子が二人。
母親と思われる女性は、愛おしそうに、だが今にも涙を流しそうな程に悲痛な表情で二人の頭を撫でている。
『―――ジーヴル王家は、終わりだな』
男性が悔恨と申し訳なさが混ざり合ったような、苦し気な声を出した。
対する女性は、逡巡しながらもやがて口を開いた。
『陛下。逆賊レディオラ家に、このまま降伏なさるおつもりですか? 血筋さえ絶やさなければ、いずれ王家の再興も叶いましょう。せめてこの子らは逃がすべきです』
『……ルミリンナ。だが、どこに逃げよと言うのか。レディオラ家当主、ヴァラン・レディオラは冷酷無比な徹底主義者だ。どこに逃げようとも追い詰めてくるだろう。他国へ亡命しようものなら、戦争の火種となってしまう。そうなれば、また民が無用な血を流す事となる』
陛下と呼ばれた男性は首を横に振る。
このまま抗って戦おうとも、逃げようとも、いずれは捕まり命を奪われてしまうという。その間にどれ程の藍の国の民が傷付き倒れるだろうか。
ならばいっそ、ここで首を差し出した方が良い、という。
ならば、ルミリンナと呼ばれた女性は涙を流しながら、強い意思を宿した瞳で男性を見据えた。
『――ジーヴル家に伝わる『
『……それは、どこに飛ばされるか分からぬ魔法だ。送還された者は二度と戻っては来れぬ。それは死ぬ事と同義ではないか』
『いいえ……、いいえ! 希望があります! 送還された者は、ここではない世界で生き続けているとも言われています! このまま黙って運命を受け入れるよりも、私はこの子達に生きていける希望を与えたいのです!』
ルミリンナが言い終えると同時に、部屋の扉が激しく開かれ、藍色の鎧を身に纏った女性の騎士が飛び込んできた。
『陛下! 王妃様! レディオラの手の者が城に攻め入って来ております! お逃げください!』
『……行け、ルミリンナ。子供らを連れて逃げよ』
『陛下! 陛下もご一緒に!』
『私はここに残る。少しでもお前達が逃げる時間を稼ごう』
『そんな……いけません! ラヴィーニ様!』
ラヴィーニは穏やかに目元を緩ませ、ルミリンナと二人の幼子を抱きしめる。
そして両手で二人の頭を撫でるように手を乗せた。
『さらばだ、愛しき妻と、愛しき我が子らよ。壮健であれ』
ラヴィーニの左手の指輪が藍色の光を放ち、一本の長剣に形を変えた。
それを手に扉に向かう。
危機を知らせに来た女性の騎士も、王と共に戦う為にその背に追従するも、王は制止した。
『プラーミャ。お前はルミリンナと我が子らを守ってやってくれ』
『しかし陛下! 私も……最後までお供致します!』
『ならぬ。お前の死に場所はここではない。お前にしか頼めないのだ』
『ですが――』
『頼む』
有無を言わせぬ王の言葉に、女性の騎士――プラーミャは悔し気に口を結んで跪いた。
それを見て、満足げに頷いた王は、最後に妻と子の姿を目に焼き付け、踵を返す。
ルミリンナはそれでも二人の幼子を抱きしめたまま、ラヴィーニの背をただ見つめているのみ。
そんな視線を感じ取ってか、ラヴィーニは少しだけ立ち留まり、俯き背を向けたまま口を開く。
『……ルミリンナ。その子らと共に、新たな幸せを掴むのだ。こちらの事を思い出す必要はない。普通の、ただの日常を享受するような、そんな日々を送れ』
『そんな……、ラヴィーニ様……!』
『行けっ! 行くのだっ!』
ラヴィーニが叫んだと同時に、部屋の扉が激しく開け放たれ、甲冑を纏った騎士のような者達がなだれ込んできた。
襲撃を知らせた騎士と共に、ラヴィーニは敵の行く手を阻むべく、剣を振るう。
プラーミャはルミリンナと幼子二人を守るように連れ添い、部屋の脱出口から外へと走り出した。
―――――――――――――――――――――
雪が吹きすさぶ中、ルミリンナとプラーミャがたどり着いたのは、始原魔導士、氷のジーヴルの生まれ故郷である小さな村。
ジーヴルは魔族封印後、今の王都に居を構え、故郷の村の住人を移そうと考えたが、村人はこれを断り、細々と暮らしていくことに決めた。
以来必要な支援は王都から行いつつ、積極的な関りはそれほど持ってはいない小さな村のままだったが、ルミリンナは英雄の生まれ故郷を愛し、感謝の念を忘れず、たまに訪問したりもしていた。
そんな王妃を、村人ももろ手を振って歓迎するほどであった。
先んじて出来る限り避難を呼びかけたが、この雪の中。あまり進んでいない様子。
レディオラ家は恐らく、ジーヴルの血族や、それに連なる者全てを鏖殺するだろう。その前に逃げて欲しかったが―――
『―――王妃殿下。こちらへ』
当代の村長が手を差し伸べて、村長の家へと招き入れる。
もうすぐそこまで追手が迫ってきている状況ではあったが、どこか覚悟を決めているような様子。
こんな事態に陥る前に、ルミリンナは何度も村長へ避難するよう呼び掛けていたが、村長はそれに応えることはなかった。
『我らは生まれ育ったこの村を誇りに思っております。英雄ジーヴルが生まれ、そして世界を救った。その血族である王妃殿下や、姫様達をお守り出来る事、とても光栄に思っております』
そんな村長の言葉が嬉しくもあり、悲しくもあった。
村長は、時間を稼ぎます、とだけ言い残し家から出て行ってしまった。
プラーミャも王妃の方を振り返り、晴れやかな笑顔を見せる。
『私も出ます』
『プラーミャ! あなたも一緒に!』
『いいえ、敵はもうすぐそこまで迫ってきています。ルミリンナ様はすぐに送還魔法の準備を。それまでは、このプラーミャ。全身全霊をかけてお守り致します』
プラーミャは笑みを見せてから、胸に手を当て敬礼。
その表情は晴れやかで迷いはない。
『これまでお供でき、光栄でございました。どうか、お幸せに」
それだけ言って、プラーミャは返事も待たず、屋敷の外へと駆け出して行ってしまった。
そして間もなく、剣戟がぶつかり合うような甲高い音が響き渡ってきた。
残されたのは王妃と、旅路で疲れ果て眠っている幼子二人。
ルミリンナは送還魔法を行使すべく詠唱を開始しようとした時―――
『――見つけたぞ』
家の入口から、女性の声色ではあるものの、聞く者を凍り付かせるほど冷淡な声が聞こえてきた。
そこには藍色の髪を肩口で切りそろえ、その双眸は冷たく、正に氷のような女騎士が長剣を手にルミリンナを見据えていた。
入口の隙間からはプラーミャが必死の形相で戦斧を振るって、他の騎士と戦っている姿が見えた。
王妃達を守りたいのに、他の騎士に阻まれてこちらに来ることが出来ない。
ルミリンナは全てを察して顔を伏せた。
『さあ、覚悟するがいい』
それは最後通告。抵抗など到底許されない威圧。
だが、それでもルミリンナは子供に覆いかぶさるようにギュッと抱きしめる。
『ふん……』
騎士は長剣を手に、ルミリンナに近づいていく。
最早、躊躇も迷いもない。人を殺めることに何の感情も抱いていないことが窺い知れる。
しかし、子を守る為ならば恐怖など微塵もない。
『―――たまえ』
『ん?』
ルミリンナは、目の前の騎士に悟られないように、言葉を紡いでいく。
騎士は不審に思いながらも、命を刈り取る為に剣を構え、更に近づいた。
『送り給え、守り給え。異界の扉を越えし者――』
『貴様っ!?』
魔法の詠唱をしている事に気づいた騎士は慌ててルミリンナに手を伸ばす。
しかしその刹那、ルミリンナから眩いばかりの藍色の光がその場に広がっていく。
一瞬、騎士はたじろいだものの、更に手を伸ばした。
――光が消えた後、その場にいたのは、女騎士と、その騎士が掴んだ一人の幼子だけだった。
―――――――――――――――――――――
スティーリアが作り出した鏡に映された映像は、そこで途切れていた。
だが、それを見ていたリッカは何も言葉にできない。その表情は驚愕に染まり、困惑で視線が定まらない。
「そこからは、あなたの方が分かるんじゃない?」
「……」
スティーリアの言葉が入ってこない。
鏡に映された映像はまるで映画かと思うような内容であまり全容は理解できなかったが、確かなことが一つだけあった。
鏡に映し出されていたルミリンナという女性。歳は若いが、あれは紛れもなく――
「――お母さん」
リッカとカエデの母。
何故、という言葉が何度も頭を巡る。何から言葉にしていけばいいのか分からない。だがその映像は、スティーリア達からの説明を裏付けるものだった。
「これで分かったかしら。あなた自身の出自が」
「あ……う……」
母はどうして言ってくれなかったのか、何故自分は忘れているのか、いくつも疑問が浮かび上がってはくるが、まだ気になる事が一つ。
あの映像にはもう一人、王女がいた。
「お察しの通り王女は双子だったわ。ただ、送還魔法が発動する時、レディオラの追手の邪魔が入った。結果、双子の妹の方はこの世界に取り残されることになった」
スティーリアは付けている青い狐の面に手をかけ外す。
そこには深い青みがかった髪色と同じ藍色の瞳を持つ、リッカと同い年程度の少女。だがなによりも、リッカが驚いたのは――
「――私と……同じ顔……」
多少の髪色、目つきに違いはあるものの、その容姿はリッカと瓜二つ。
まるで鏡越しに自分と向き合っているような、そんな錯覚さえ感じるくらい、スティーリアは自分と同じ顔をしていた。
スティーリアは驚くリッカを見て、眉間に皺をよせ目を細めた。
その視線には少なくとも良い感情は孕んでいない。あるとすれば、同情か嫌悪か憎しみか。そのどれとも取れない様な感情が窺えた。
「私はスティーリア・キュアノス・ジーヴル」
――あなたの生き別れた双子の妹よ、と、目の前の少女は言った。
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