藍氷
藍の魔核を獲る為には、入念に準備を進めなくてはならない。
その為にまず取り掛からなくてはならない事。それは一般常識の勉強からだった。
元々はこの世界の出身といっても、その記憶はリッカにはなく、何も知らない子供に等しい。
スティーリアとニンフィは別件で用事があるとかで、事務所にはリッカとプラーミャのみ。
ひとまずプラーミャが一通りの一般知識を教えていくこととなったのだが――
「――流石リッカ様。理解と物覚えが早いですね」
「あ、ありがとうございます」
元々勉強の類は得意のリッカ。自分の置かれた状況を受け入れてしまえば、理解は早い。とりわけ魔法に関してはカエデが色々漫画やゲームを紹介してくれる為、基本的には想像通りだった。
ただ炎や水を操るという理解で問題なかったが、魔力に色を塗るという概念は初めて聞いた。全ての人間は魔力を保持しているが、色を塗ることによって初めて魔法を使うことが出来るという。
「リッカ様は、きっと『
「『
確か氷の魔法使いという認識でよかったはず。だが、まだ魔力に色を付けていないのに、何故分かるのだろうか。
「ジーヴルの――というより始原魔導士の血筋は、代々その染色魔力を受け継いでいることが多いのです。ジーヴルは『藍氷』の原色、なのでリッカ様もそうだと思いますね」
「そうなんですね。じゃあ、リアちゃんも、その藍氷の魔導士なんですね」
リッカは当然スティーリアも、そうなのだろうと思ったが、プラミアは顔を曇らせ、なんだか言いにくそうにしている。
「……いえ、スティーリア様は違います。スティーリア様は『
異彩魔導士。
本来の色の系統ではない属性の魔法を行使する者の総称。青く色づけられれば、本来であれば水の属性、『
異彩魔導士の数は少なく、そのメカニズムは解明されていない。両親の染色魔力が混ざり合った場合もあれば、両親の色とは違う色、属性の魔力が発現することもあるという。
(そういえば手から鏡を出してたよね……)
リッカにまつわる過去を映し出した鏡。あれがスティーリアの異彩魔法ということなのだろうか。青い光を伴う、青い氷の手鏡。それはとても綺麗で美しい物だったので印象に残っていた。
「スティーリア様の『青氷』の異彩魔法は、鏡の魔法とも呼ばれています。ですが、スティーリア様はご自身が『藍氷』の染色魔力で無かったことをとても気に病んでいました」
「え、どうしてですか? あんなに綺麗な魔法なのに……」
「……当時のスティーリア様の心境は、ご本人にしか分かりませんが、恐らく――」
プラミアは過去を思い出し、目を閉じる。
曰く、天涯孤独の身となった上に、代々受け継がれるはずの染色魔力も授かれず、全てに見捨てられたような気持になってしまったのでは、と。
正直、魔法や王族というものに関わりを持ってこなかったリッカにとって、それがどれほどの絶望であるのか分かるとは言えない。
(でも、もしかしたら……)
立場は逆だったかもしれない。送還魔法で世界を超える時、敵側の騎士に捕らえられたのが自分だったとしたら。
そう思うと、他人事のようには考えられなかった。
「ですがそれでも腐ることはなく、魔法に関しては真摯に取り組んできました。戦闘訓練も毎日欠かさず、お一人で魔獣の討伐も出来る程です」
「すごい! そうなんですね!」
プラミアは嬉しそうにほほ笑むと、それでは、と手をポンと叩いた。
「リッカ様も、ある程度は魔法を使えるようにならないといけません」
「え……そうなんですか?」
「ええ。『藍の魔核』があるとされているのは、霊峰フレイヤ。その道中には多数魔獣も出現します。私も護衛として同行いたしますが、自衛出来る程度には魔法を扱えるようにしないといけません」
「ええ!?」
貿易都市スニエークから北へ数週間移動した先に位置している氷山、霊峰フレイヤ。世界の黎明期以前からそびえ立っていると言われているその山は、藍の女神フレイヤの力の影響を受け、夏の間でも頂上付近には積雪が溶けず残っていたという。
しかし数年前、霊峰フレイヤへ足を踏み入れようとすると、猛吹雪に襲われ方向感覚を見失い、入山できないことが発覚。
何度足を運んでも同じような現象が起きた為、王都の学者を派遣し調べたところ、ジーヴルの血筋でなければ、山自体が入山を拒否している、という見解があった。
スティーリアが生き延びている事はレディオラ王家も認識しており、元々追われる身。ただそこまで危険視されていたわけではなかったのか、執拗に追手が放たれるような事はなかった。
しかし、霊峰フレイヤに入れない事実が認識されたのと同じ頃、王家は全王家の姫、つまりスティーリアの行方を追うのに注力するようになったという。
「ただ、リア様は入山自体は出来たものの、途中で同じように猛吹雪に襲われ気が付いたら入口まで戻されていた、という事態に陥ってしまったのです。最終的にはジーヴルの血筋、かつ『藍氷』の染色魔力でなければ霊峰フレイヤには入れない、という結論に達しました」
レディオラ王家も、その可能性は考えていたのだろう。スティーリアの行方を追うのと同時に、送還魔法により消えたリッカを呼び戻す術を長年研究していたらしい。
そして先日、送還魔法の解析を終えたビーゾフの手によって、リッカが再びこの世界に召喚された。
「うーん……」
リッカではなければ入ることが出来ない場所、と言われた理由は分かった。
だが魔獣などという存在が出てくるとは思わなかった。
争いごとは苦手なリッカ。ハルとカエデが修めている剣術や薙刀術だって、自分には向いていない、と見ているだけだったほど。
そんな自分が魔獣相手に魔法を使っての大立ち回り。自分にできることは頑張ろうと思っていはいるものの、始まる前からくじけそうになる。
「……恥ずかしながら、私運動は得意ではなくて、きっと……多分……いえ、絶対足引っ張ると思います!」
リッカは自信を持ってそう答えた。
後ろ向きな自信に一瞬プラーミャはキョトンとして、そして苦笑。
「そうですね……後方支援に徹して頂ければ、前は私がお守りするのですが……、その点はおいおい考えるとして、ひとまず魔装具を持つところから始めましょうか」
確か魔法を使う為の道具、いわゆる魔法使いの杖のようなものだったはず。
自分の魔力に色を付けるという儀式を経て、その色づいた魔力を魔法に変換する為の武器、とリッカは認識している。
しかし、魔力の色付けに関しては、神霊を信仰する教会や国の公的機関である魔法関連の研究所でしか出来ないと聞いているが、これからそういう場所に行くのだろうか。
そんな疑問を口に出そうとした時、事務所の入口が開く音が聞こえてきた。
「戻ったわ」
「ただいまッスー!」
外出していたスティーリアとニンフィが戻り、寒かったー、と言いながらもニンフィはすぐに着ていたコートを脱ぎさり、半そで短パンスタイルに変わっていた。
矛盾した言動だが、ニンフィ曰く、家では動きやすい服装でなければ落ち着かなくなってしまうのだという。
事務所を家扱いしているのには苦笑してしまうが。
「ああ、ちょうどいいところに。ニンフィ、コントラクト・カラーリングの準備をしてください。リッカ様の魔力に色付けします」
「お、やっちゃいますかー。ちょっと待っててくださいッス」
プラーミャにそう言われたニンフィは、物で溢れかえっている自分の棚をゴソゴソとあさり始めた。
服やら小物やら、なんだかよく分からない装置やらが床に放り出されていく。
そして、あったあった、と水晶のような物を見つけ出し、テーブルの上に置いた。
「えっと、これは……?」
「魔力に色を塗る為の水晶です。これに手を置いてしばらくすれば、魔力に色付けされます」
「研究所辞める時に、退職金代わりにもらってきたんッスよねー、……許可はもらってないッスけど」
それは大丈夫なんだろうか、と心配になってしまうが、そんな心情を読まれたのかニンフィは平気平気ッス、と笑顔で手を振った。
「……たまに魔力が暴走する人も出るけどね」
「えっ!?」
部屋の奥の方でリッカ達の様子を眺めながらボソッと呟くスティーリア。
既にリッカは水晶の上に手を置いてしまっている。
早く言ってよ、と驚く前に、水晶の中が藍色の光を放ち始めた。
氷の華の結晶のようなものが咲いては砕かれ、キラキラと綺麗に光を反射した。
そして徐々に藍色の光は、水晶に当てている手を通してリッカに吸収されていき、水晶の中の氷の華も消えていった。
ひとまず暴走なんて事は起きなかったようで、一安心。
「やはり『藍氷』の染色魔力でしたね」
プラーミャが眩しそうにしながらも、なんだか切なげな表情でリッカを見て言った。
プラーミャの予想した通りではあったが、スティーリアのことを考えているのか、その心持は複雑そうだった。
チラリとスティーリアの方を盗み見るが、頬杖をついてこちらを眺めているだけで、何を考えているかまでは分からない。
「あ、こんなのもあったので、どうぞッス」
「わっ……ネックレス?」
突然ニンフィがリッカの首元に何かをかけた。見下ろすと、無色の石が飾り付けられたネックレスのようだった。
「この魔石が魔装具に変化します。魔石に魔力が馴染めば中央の魔石が自分の魔力の色になり、使用者に適した形となります。武器や防具になる事が一般的ですが、アクセサリーの形を保ったままの場合もあります」
「そうなんですか……」
リッカとしては斬ったり防いだり、直接戦うような事はあまりしたくない為、武器の形状をとるよりはこのままの方が良い気がした。
「普通なら魔装具化まで時間がかかるものですが、始原魔導士の血筋は女神に祝福されていると言われてまして、即座に魔力が馴染みます。試しにやってみてください」
「え、あ、はい」
プラーミャの説明に、リッカはとりあえず言われたとおりに、ネックレスに意識を集中させる。すると水晶の時と同じように、段々と藍色の光を放ち始める。
――そして数秒後、光は魔石に収束していき、ネックレスの形のままその色のみを変えていた。
「わぁ……色が変わった」
ネックレスのままでいいな、とそう考えたからだろうか。 リッカの首元には藍色の魔石のネックレスが輝いていた。
目の前で石の色が綺麗に変わっていく現象は、正に魔法のようだと感動を覚えたリッカ。
これまで自分の身に降りかかった理不尽を何とか消化しようと必死だったが、魔法を覚えることに関しては少し楽しそうだな、とも思う。
「さて、次は魔法の実践ですね」
「それならちょうどいい依頼があるわ」
部屋の奥でリッカ達の様子を見ていたスティーリアが口を開いた。
「さっきトレーシー伯爵から、この町の近くで魔獣被害が相次いでいるらしく、調査、討伐依頼があったわ」
「トレーシー伯爵?」
リッカの疑問にはプラーミャが答えた。
曰く、この都市の管理者であり、国の西方の一部を統べる土地の領主――ザハール・トレーシー伯爵。
元々ジーヴル王家派の貴族であり、懇意にしていた関係から、レディオラ家の反乱の際には最後まで抗議を続けたそうだが、最終的には反乱を防ぐ事は出来ず、かといって鎮圧する力も持ち合わせない為、中立を貫くしかなかった。
しかし、スティーリアが存命である事を知った伯爵は、陰ながらヴナロードを支援してくれるようになり、この事務所も貸し与えてくれている、とのこと。
「と言っても何でもかんでも伯爵に頼る訳にもいかないので、この都市近隣で起こる問題事を解決する為の何でも屋というのが、ヴナロードの表の顔です」
「なるほど……」
「今日も頼みたい事があるっていうので、リア様と伯爵様の屋敷に行ってきたッス。なんか、でっかい魔獣が都市に出入りする業者に襲い掛かってくるみたいッスね」
それでスティーリアとニンフィが朝から不在だったのだという。
魔獣、というモンスターのような存在がいる事はプラーミャから聞いてはいたが、実際目にした事はないので、なんとも想像しづらいが。
そこでふと気づく。
「えっと、ちょうどいいって……」
「魔獣退治。あなたの魔法の実践も兼ねて、一緒に行くわよ」
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