魔力暴走
目の前の光景に、理解が追い付かない。
紅に染まるメイリアの腕、地面に飛び散る鮮血。カエデが手にしていた薙刀の魔装具も紫色のイヤリングへと形が戻る。
「カエ、デ……」
メイリアの腕がカエデの胸から引き抜かれ、まるでゴミのように放り投げられた。
カエデはハルの目の前にドサッと倒れ、慌てて抱き起こすと黄色と白のメイド服が真っ赤に染まっていく。
「あ……ああ……っ」
カエデの息遣いも、心臓の鼓動も感じない。徐々に熱も、命そのものが失われていくのが、否が応でもわかってしまう。
「……どうして……カエデが……」
「安心しな。すぐにお前も同じところに送ってやる」
メイリアがカエデの血で染まった腕を振り上げながら、ハルを見下ろすが、ハルの耳にその言葉は入って来ない。
それどころか、次第に視界が黒く染まっていく。
(まただ……)
また、家族がいなくなってしまう。
幼い頃にハルだけ残して、両親が死んでしまったように。目の前で失われていく。
余りに救いのない光景に、ハルの目が暗く、黒く、押しつぶされていく。
(どうして、俺は……)
大切な人が周りから消えていってしまう。理不尽に奪われてしまう。
そんな運命だと、受け入れるしかないのか、あきらめるしかないのか。
ハルの双眸から黒い涙が溢れ、流れていく。
(……ふざけんなよ)
圧倒的理不尽の前では諦めて、地を這いつくばり、首を垂れるしかないのか。
そんなこと到底納得できない、受け入れられるわけがない。自分の運命を憎んで、呪って、恨んで、嫌悪して。
まるで眠っているように横たわるカエデの体を強く抱き寄せた。
心の奥底から、どす黒い何かが湧き上がってくる。
「じゃ、お疲れ」
それは簡単に、まるで足元の小虫を叩き潰すかの如く。メイリアはカエデを抱えているハルへと鋼鉄の腕を振り下ろした。
「――ふざけんなあああああああああ!!!」
ハルの叫びと共に魔力が、自身を黒く塗りつぶしていく。
頭も心も、そして存在自体は感じていた白の染色魔力をも黒く塗りつぶされていくような。
――やがて思考すらままならなくなり、その身から漆黒の魔力が溢れ迸った。
―――――――――――――――――――――
メイリアのハル達を押しつぶす鋼鉄の一撃は、振り下ろす途中で止まった。
止められた、というべきか、その拳が届く前に突如として、メイリアの体全てに異常な程の重圧がのしかかった。
「ぐあっ!? なんだコレ……!」
頭から足の先に至るまで、まるで見えない何かに地面に押し潰されてしまうかのように、体が立つことを拒絶している。
徐々に体に受ける圧力が増していき、膝をつき、手をつき、まるで許しを請うかのように首を垂れる。
「――こ、のっ!?」
何とか頭だけを動かし、今正に止めを刺そうとした対象に視線だけを投げる。
そこにはカエデを抱いたままのハルが、漆黒に染まった目で、黒い涙を流し、その体から黒い靄のような魔力を纏わせながら、ただメイリアを凝視していた。
ハルはそっとカエデを地面に寝かせ立ち上がると、刀の魔装具を手にゆっくりと近づいていく。
「舐め――るなっ!!!」
押し潰される程に圧倒的な重力をその身に受けながらも、気合で蹴りを放つメイリア。既にハルの姿はそこにはなかったものの、メイリアにかかっていた重力場は消え去っていた。
ハルは自身にかかる重力を操作し、天井に立っていた。
そしてメイリアの脳天に向け、落下しながら魔装具による一撃。
それに合わせてメイリアも鋼鉄の腕を振るった。
加重による重力加速度を増した斬撃と、鋼鉄の拳が衝突。
先程までは傷一つ付けられることがなかった、メイリアの鋼鉄の腕が押し負け、ひび割れていく。
――そして砕け散り、メイリアの左腕が露わになった。
「ぐぁっ!? くそが!」
メイリアは悪態をつきながら、今度は右腕を振るう。
しかし、それが届くことはなく。
ハルは懐に潜り込み黒い魔力を纏った魔装具を一閃。圧倒的な防御力を誇っていた鋼鉄の体が、いともたやすく切り裂かれ、衝撃と共に吹き飛ばされた。
「ああああああああああああああ!!!!!」
ハルは叫ぶ。
黒い涙を流しながら。それと同時に黒い魔力がさらに噴出していく。
「あぁ……これが『黒』かよ……」
左腕と腹部の鋼鉄は砕かれ、メイリアは吐き捨てるように言いながらも、未だにその敵意はむき出しに、ハルを見据える。
そして、砕かれていない右腕をハルに向ける。
『荒れよ、狂えよ、天の号砲。肉を骨をも塵と化し、眼前一帯焦土と成せ。シシュフォスフォールン』
メイリアの伸ばした右腕から、赤い雷を迸らせる玉が生み出され、徐々に激しく大きくなっていく。
そして、雷の玉が弾けると同時に、レーザーのような深紅の雷が轟音と共にハルに向け放たれた。
音速を超える深紅の雷がハルへ襲い掛かる。対してハルは逃げもせず、魔装具の切先を向け迎え撃つ。
――ハルの魔装具の切先から極々小さな黒い球体が生み出された。
それは迫りくる深紅の雷を、まるで消し去るがごとく飲み込んだ。
黒い球体は、メイリアの放った魔法を全て吸収すると、そのエネルギーまでも取り込み、その全てを黒く塗りつぶしていく。
そうして漆黒の闇を纏う雷として、更なる激しさを以て撃ち返した。
「なっ――があああああああああ!!?」
漆黒の雷を浴びたメイリアの鋼鉄の体は砕け、全身の血が沸騰するほどの熱に苛まれ、倒れひれ伏すまで、それは終わらない。
やがて膝をつき、前のめりにその体を投げ出した。
「あ……ああ……あああああああああああああ!!!」
しかし、敵を討った後も、ハルの苦しみ、悲しみは止まらない。
溢れ出す黒い魔力に飲み込まれ、重力のコントロールが効かず、自分自身すらも押し潰されるように膝をついた。
―――――――――――――――――――――
「あ……ぁあ……?」
ハルの魔力の奔流に当たられてか、ふらつく頭を抱えながら目を覚ましたのはジュード。
目に飛び込んできたのは、異様な光景。黒い魔力があふれ出し、苦しんでいる様子のハル。
纏っていた鋼鉄も砕け、ズタボロに煙を上げながら、倒れているメイリア。
――そしてハルの後ろに、血だまりの中に横たわっているカエデの姿。
「っ!? おい、アイたん起きろ!」
「う……、んん……?」
ジュードは隣で同じように倒れていたアイリスの肩を揺らす。
ゆっくりとアイリスも起き上がり、目の前の状況を見てハッと目を見開いた。
「え!? なに、この状況!?」
「分かんねえ! ハルが魔力暴走起こしてる! とにかくアイたんはハルの妹分の治療! 俺はアレンとベルブランカを起こしてくる!」
「わ、分かった!」
ジュードは完全に状況把握は出来ないまでも、即座に優先順位を定める。
最優先すべきは、明らかに致命傷のカエデの治療。
アイリスはすぐに杖の魔装具を出し、カエデの元に駆け付け、ジュードはベルブランカを揺すって起こし、アレンを蹴っ飛ばした。
「うっ……これは……」
アイリスはカエデの状態を見て声を詰まらせた。
黄色と白のメイド服は、胸の大部分が朱に染まり、カエデの顔には既に血の気がなく、地面には血だまりが出来ていた。
誰がどう見ても、致命傷。手の施しようが――
「――ううん! やらなきゃ!」
とにかく手は尽くさなければならない。
これ以上の出血を防ぐ為、水の玉をカエデの胸に添え、回復の魔法を行使する。
『ポルカドリカバリー』
それは水の玉の中で失った細胞組織の修復と再生を促進させる水の魔導士が扱える魔法。先ほどアレンに対しても応急処置として行使した魔法である。
だが、あくまでも人の治癒力を高める魔法である為、失った血液や臓器を再生させるような効果はない。
見る限り心臓を一突きされており、どれほど内臓が損傷しているか。
カエデの容態は絶望的と言わざるを得ない状況だった。
「カエデ‼」
鬼気迫る表情でベルブランカがカエデの元へ走りこんできた。
普段の無表情はなく、ただ友を心配し、今にも泣きだしそうな少女の姿がそこにはあった。
「カエデ! カエデ! ああっ……どうして……」
「ベルブランカさん……」
アイリスは治療に集中しながらも、隣でカエデの顔を覗き込んでいるベルブランカに悲痛な表情を向ける。
冷静沈着なベルブランカがこれほど取り乱すところを、アイリスは初めて見た。
それだけベルブランカにとって大切な存在だったということは想像に難くない。
「アレン! 俺達はハルの暴走を止めるぞ! ボケッとすんな!」
「あ、ああ……」
未だ頭がはっきりしないのか、そんな光景を放心としながら眺めているアレンに、ジュードは叱咤を飛ばす。
その光景の先には、未だ黒い魔力の奔流が止まらないハル。
最早ハルの耳には、誰の言葉も届いていないよう。
アレンは信じられないものを見るかのようにハルを見る。
「敵は……、そこの彼がやったのか……?」
「ああ!? 状況的にそうとしか考えられないだろうが! ハルは黒の染色魔力の保持者。多分妹分があんな目に遭わされて暴走して、それに巻き込まれたんだろうよ」
「黒の染色魔力……」
本来であればハルの染色魔力については秘匿すべき事柄。
しかし今のハルの状態を見れば隠しきることは出来ない為、無理に隠す必要はない、とジュードは判断。
とにかくハルを止める為、いちいち隠し事に気を使っている場合ではなかった。
「ああああああああああああああ!!!」
「ハル! ハル!! 落ち着け! 魔力の蓋を閉じろ! ――くそっ、聞こえちゃいねえ」
ジュードは必死に呼びかけるも、全く反応がない。
魔力暴走は、魔力のコントロールが出来なくなった時とは違い、魔力が切れるのを待てばいい、というわけではない。
魔力とは、すなわち心の力。その者の心のありようで、魔法は強くも弱くもなる。
心が壊れるほどの強い
その溢れた魔力は自身だけでなく、周りにも被害をもたらす。
それはその者の持つ属性により引き起こされる現象は様々。
ハルの場合は――
「――がっ!?」
「――ぐっ!?」
這いつくばることしか許されない、圧倒的な重力の力による重圧。
ジュードとアレンは押し潰されるように地面に倒れこんだ。見えない何かに上から押さえつけられ、骨が軋むような痛みが襲い掛かる。
「ぐ……ああっ……! こんなことできんのかよ……!」
「……こ、これが……原初の魔力……!」
魔力が体外に漏れ出し、影響を及ぼし始めた場合、もう限界以上に魔力が引き出されているということになる。
このままではハルの自滅と共に、仲間達もろとも、暴走の餌食となってしまう。
そして、その範囲は徐々に拡大していく。
「――ぅあっ!?」
「――っ!?」
ハルの魔力暴走はアイリスとベルブランカにも及んだ。
まだジュードとアレンよりも距離があるからか、地に這いつくばるほどではないが、立つことは到底できない。
それでもアイリスは治療の手を止めることはしない。
ハルが戻って来るまで、ここで諦めることはしたくなかった。
「ハル、さん……!」
「戻って来い……、ハル!」
アイリスとジュードは重圧に抗いながらハルの帰還を願い、
「くっ……カエデ……」
「ぅ……ぐあ……」
ベルブランカとアレンは、カエデを想い苦しむ。
「ああああああああああああああ!!!」
ハルはとめどなく溢れる黒い魔力と黒い涙に、苦しみもがいていた。
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