魔装具


 そこからは順調に進められた。


 何度かスティングボアに襲われるも、動きに完全に慣れたため、ハルは危なげなくこれを対処できるようになっていた。


 次に現れたのは巨大なダンゴムシっぽい魔獣、ロールバグ。丸まって敵に体当たりしてくる魔獣であるが、スティングボアの角ほど脅威ではなく、当たっても痛いで済む程度であった。


 だが割と機動力に優れており、当たっては逃げ、当たっては逃げ、を繰り返され、追いかけっこをするハメになった。


 割と苦戦したのが、カマキリのような魔獣、スラッシュマンティス。

 両腕に鋭利な刃が付いており、細い木や枝を切り裂きながら現れた。

 左右から鋭い一撃を受け、弾き、躱す。


 まるで二刀流を相手にしているかのようで、受けきれずに何度か切り傷を負ったが、攻撃力に全振りしているのか、防御力は紙。


 攻撃を弾き、隙が出来たタイミングで腕の付け根を狙って一閃。

 スパッとあっけなく魔獣の腕は切り落とされ、うめき声をあげた隙をつき、返す刀で逆の腕も切り落とす。

 とどめの一撃を放ち、何とか倒すことが出来た。



「……なんか、割と魔獣多い気がするんだが、こんなものなのか?」



 水を飲みながら一息入れるハル。

 森に入ってから戦闘が続いているが、魔獣駆除とはこんなに多いものなのだろうか。それでも、まだ腕輪に変化はないが。



「いえ、普段はこんな入口に近いところで、ここまで魔獣は多くないはずなのですが、変ですね……」



 アイリスは顎に手を当てながら考え込む。

 特異体のラピッドウルフ同様、他の魔獣も森の外に出ようとしているのか。森の奥に何かしらの原因があるのか。



「ひとまず、ジュードと合流してみましょうか。もうそろそろ、戻ってくる頃合いだと思いますし」



 ある程度時間が経ったのち、情報共有で合流する手はずとなっていた。

 今ハル達がいる大木の側が待ち合わせ場所となっており、休憩をかねてジュードを待っていたところであった。


 ――ガサガサ、と近くの草むらから草木が揺れる音が聞こえ、見慣れた赤い髪が目に入ってきた。



「どうだった? 例の魔獣はいた?」


「遠目からだったが、恐らく例の特異体。それも二体確認した」



 ハルとアイリスに伝えながらジュードは指示を出す。



「そのラピッドウルフを従えているような怪しい奴がいた。ひとまず魔獣の討伐とその怪しい奴を捕縛する。二人とも、一緒に来い!」


「ええ!?」



 そう言うや否や、今来た道を引き返すジュード。

 アイリスはすぐに反応して走り出すが、ハルは突然のことに驚き、出遅れた。


 ガサガサガサガサ、と草木をかき分け、ジュードとアイリスの背を追うハル。

 五分ほど走ったところで、突然二人は足を止め、小さく身をかがめる。

 ハルはつんのめりそうになるが、何とか耐えて二人と同じ方を見る。



「あれだ」



 見ると黒いローブ姿の人物がこちらに背を向けて立っており、その周りを、ハルのトラウマになりつつある巨体のラピッドウルフが二体、闊歩していた。

 ジュードの言う通り、襲われている様子はなく、確かに従えているように見える。



「あいつが魔獣を使って人を襲わせているかもしれない。まず捕縛を試みるが、アイたん。あの二体任せられるか」


「……うん、大丈夫だと思う」



 アイリスは注意深く魔獣を観察した後、問題ないと判断した。



「ハルには、まだあの魔獣の相手は荷が重い。ここで身を隠しとけ」


「はあ? いや、俺も戦える。アイリスのフォローくらいはできる」


「ばっか、そういう時が一番危ねえんだつうの。ここは俺らに任せておけよ」



 トンッと、ジュードの拳がハルの胸を軽く打つ。

 確かにまだ魔装具化も果たせておらず、多少魔獣との戦闘経験を経たといっても足手まといにしかならないだろう。

 それが分かっているから、ハルは口をつぐむことしかできなかった。



「そういうことで。じゃ、行動開始」



 ジュードは草むらから飛び出し、黒ローブの人物と魔獣の前に飛び出した。


 黒ローブの人物は振り返るも、目深にフ―ドをかぶっておりその表情は分からず、男か女かも不明。

 ラピッドウルフ二体は、突然の敵の登場に、牙をむき出しに、威嚇し始める。



「は―い、お兄さん……お姉さん? 俺らクリアスの騎士団のモン何だけどー、ちょっとお話いいですかー?」



 ジュードはこの場に似つかわしくないテンションで話しかけた。

 だが黒ローブの人物は答えず、突然脱兎の如く駆け出した。



「あ!? コラ待て、逃げるな!」


『グルルルル・・・』



 咄嗟に黒ローブの人物を追おうと駆け出そうとするも、二体の魔獣がジュードの行く手を阻む。

 だが、瞬時に水の槍が魔獣を貫こうと飛来し、それを避けたことで、道が開ける。



「行って!」


「サンキュ!」



 水の槍を飛ばしたアイリスに礼を言いつつ、ジュードはそのまま黒ローブの人物を追った。

 ラピッドウルフ二体は標的をアイリスに変更したようで、ゆっくりと見定めながら距離を詰めていく。

 アイリスは浮遊する水玉をいくつも出現させ、魔獣の攻撃に備える。



「じゃあ、私も魔獣退治といこうか」



―――――――――――――――――――――



「すげえ……」



 ハルは思わず感嘆の声を上げる。


 いくつもの水玉を操り、迫りくるラピッドウルフの爪を受け止め、牙を防ぎ、一切の攻撃を寄せ付けない。

 防ぐだけではなく、水玉から水の刃や槍を飛ばし、ラピッドウルフの機動力、体力を削いでいく。まさに攻防一体。その戦いぶりはまるで舞うように、美しく、鮮やかであった。



『ポルカドランス』



 一体のラピッドウルフがよろめいた隙に水玉を近くに飛ばし、そこから水の槍を放ち、ラピッドウルフの前足を貫いた。



『グルオオオオオオオオ!!!』



 苦し気に雄叫びを上げ、傷を負った魔獣は跳び退る。



『グルルル……』



 一体が重傷を負ったことで、慎重になったか、唸り声を上げながら二体のラピッドウルフはアイリスとの距離を空ける。



(良かった、これなら何とかなりそうだ……ん?)



 アイリスが魔獣を圧倒し、討伐も時間の問題と思われたその時、アイリスの背後の茂みが揺れていることにハルは気づいた。

 注意深く見てみると、背を低く今にも飛びかかろうとしているもう一体のラピッドウルフが見えた。



(三体目!?)



 まずいことに、アイリスはまだ気づいていない様子。

 このままではまずい、とそれに気づいた瞬間、ハルは飛び出した。



「アイリス!」


「え? きゃあ!?」


『グルアアアアア!』



 ラピッドウルフがアイリスに飛びかかった、と同時にハルは鉄剣でその牙を受け止めた。

 先のスティングボアとは膂力が全く違う。

 油断すれば鉄剣ごとかみ砕かれそうになる。



「ぐっ‼ おおおおお‼」



 火事場の馬鹿力か、気合と共に押し返すことに成功した。

 予想外の敵の登場に、新たなキマイラは跳び退り、様子を見る。

 アイリスと背中合わせにそれぞれ、魔獣に対峙した。



「すみません、ハルさん、油断しました! まさかもう一体いるとは……」


「いや、間に合って良かった!」



 とはいえ、ハル一人でラピッドウルフを倒すのは難しい。

 アイリスの背中を守りつつ、早々に魔獣を倒してもらうのが現実的か。



「ごめんなさい、すぐに終わらせます」


「……早めに頼む」



 情けないがアイリスに頼らざるを得ない。

 ギュッと鉄剣を握り、正眼に構える。


 ハルの正面のラピッドウルフは、目の前の敵がアイリスよりも脅威ではないと感じたか、警戒するようなこともなく襲い掛かってきた。



「ハアッ!」



 振りかぶった爪の一撃をいなし、弾く。反撃で斬撃を放つも分厚い体毛に阻まれ、致命傷になり得ない。すかさず、逆の爪でハルを切り裂こうと前足を振るう。



「くっ……」



 必死に、横っ飛びで爪を躱す。

 アイリスから少し離れてしまうが、狙いはハルから変わらず。



「このままだとヤッバイな……」



 こちらの攻撃が通じず、向こうの攻撃は一撃でも食らえば致命傷という、かなりヒリヒリする状況。

 アイリスは二体のラピッドウルフを相手にしながら、徐々に操る水玉を増やしている。


 ラピッドウルフはスティングボアとは比べ物にならない勢いで、ハルに突進。

 いつかと同じ状況。だが同じ痛みは味わいたくない。



「うおおおおお!」



 転がるようにこれを回避。

 ラピッドウルフはハルの後ろにあった木にぶつかり、ドオオオンと爆発したような音があたりに響く。

 魔獣に衝突された木は、根元から傾き、メキメキと嫌な音を立てながら倒された。



(おいおいおい、どういう威力だよ。俺あんなのくらってたのかよ)



 我ながら良く生きていたな、と思う。

 あれほどの勢いでぶつかったにもかかわらず、ラピッドウルフはピンピンしている。最早狼というより、ライオンやゾウに立ち向かっている気分になってくる。


 そして再び、ハルに襲い掛かる。



『グゥオオオオオオ!!!』



 鋭い牙を携えた大口がハルに迫る。

 鉄剣を盾に受け止めるが、あまりの膂力に押し負けそうになる。

 そして、ピキッと鉄剣に亀裂が走る。



「ヤバッ! アイリス!」



 腕の力も体力も尽きかけている。腕がしびれ、地面に押し倒されてしまう。

 目の前にキマイラの獲物を食い殺そうと血走る目と鋭利な牙が迫る。


 ハルは初めて死を覚悟した。



「お待たせしました! 行きます!」



 周囲に展開していた十数の水玉がうねるように列をなし、一匹の竜のように空を舞う。

 水しぶきと轟音が辺りに舞い、響き、それは高所から流れ落ちる滝の様に、激流を伴って魔獣に襲い掛かる。



『トーレントフォール』



 その激流は二体のラピッドウルフを飲み込み、生き物のようにうねり、ハルに襲い掛かっている魔獣をも巻き込んだ。

 天高く昇り、そして地面に落下。ドドドド、とまるで滝が流れ落ちるように水が叩きつけられ、数秒後には重なり合うように動かなくなった三体の魔獣。

 大量の水があたりに流れ出し、魔獣を中心に極小規模の湖のようだった。



「ぶはあああ、死ぬかと思った……」



 ハルは大きく息を吐き、無事に生き残れたことに安堵した。

 バシャバシャと、水で泥状となった地面をかけながら、アイリスが心配そうに駆けてくる。



「すみません、ハルさん! 怪我はないですか!」


「いやいや、大丈夫、お互い無事でよかったよ」



 ホッとした顔を見せるアイリス。

 そして深々と頭を下げる。



「本当にごめんなさい。油断して、ハルさんを危険に晒してしまいました」


「いや、ホント大丈夫だよ。アイリスには助けられっぱなしなんだから、多少は恩を返せて嬉しいよ」



 気にするな、という意味を込めてなんでもないように言うも、アイリスは浮かない表情をしている。

 責任感が強いのか、いくらハルが言葉を重ねてもあまり響かなさそうだ。

 とりあえずハルは話題を変えることにした。



「しかし、あんな場面でも俺は魔装具化できてないんだよなぁ・・・」



 割と命の危機であったかと思うが、両腕の腕輪は無色のまま何の変化も起きていなかった。

 それに、と続ける。



「剣がこんなんじゃ、これ以上戦うのは厳しそうだ」



 鉄剣を軽く掲げると、中心に亀裂が入っており、やがてピキピキと音を立てて折れてしまった。ちょっと愛着がわいていただけに残念。


 アイリスはうーん、と思案顔。



「ハルさんの場合、白と黒の二色持ちなので、時間がかかるのかもしれないですね。一色であれば、もう流石に魔装具化を果たしても良さそうなのですが、何か条件があるのかも……」



 またぶつぶつと考察の海に潜っていってしまっているアイリス。

 さっきの話題を気にしなくなったのはいいが、戻ってくるまで時間がかかりそうだ。



「それにしても……」



 魔獣を従えていたように見えた、さっきの黒ローブの人物は何者なのだろうか。

 ここで何をしていたのか、何故魔獣を操れたのか。


 とにかく、ジュードの帰りを待つしかないか、と何となく絶命しているはずの魔獣にチラリと目をやると――



『――グゥオオオオオオオ』


「っ!? アイリス!」


「っ!!」



 三体重なった魔獣。その一番上のラピッドウルフがよろよろと立ち上がり、こちらを見て咆哮。

 咄嗟にアイリスはとどめを刺そうと杖の魔装具を構える。



「え?」



 アイリスの構えた魔装具は、魔獣の咆哮と共に放たれた風の刃により弾かれた。



「あ……魔獣が……魔法……?」



 突然の出来事に動けずにいるアイリス。

 そしてラピッドウルフは跳躍。その鋭利な爪を振りかざす。


 魔導士は魔装具がなければ、魔法の発動が出来ない。

 その瞬間、アイリスは全くの無防備であった。



「待て……」



 ドクン、と心臓が大きく脈打つ。

 直感的に、このままではアイリスが殺されてしまう、と理解した。

 思考は出来ているのに、世界がスローモーションになる。咄嗟に駆け出す足も、ゆっくりにしか動かない。


 アイリスは目を閉じ自分を守るように両手を前に突き出す。



(ダメだ、まだ全然恩返しも何もできてない! やめろ、やめろ、やめろ……)



 心の内で必死に祈る。

 手を伸ばし、アイリスとラピッドウルフの間に立とうと動くが到底間に合わない。



「やめろおおおおおお!!!」



 ハルの叫びに呼応するかのように、右腕の腕輪が徐々に黒く染まっていく。

 魔装具は持ち主が必要となった時、望む形に変化する。

 胸の奥から感じる何かが、ハルの記憶と思いを読み取り、心が求めている力を現実に投影する。

 腕輪は黒く輝き、その形を変えていく。それは、柄、鍔、刀身に至るまで全てが漆黒の刀。


 一瞬、魔獣の動きが遅くなり、魔獣の爪がアイリスに届こうかという刹那、ハルの刀がその鋭爪を受け止め、弾く。

 そして返す刀で袈裟切り一閃。

 まるで重力の影響を受けていないかのように、その巨体は大きく吹き飛び大木に衝突。

 そしてドスン、と地面に叩きつけられた。



『グ……ァ……』



 弱々しく最後の声を上げる魔獣。

 その双眸から光が消え、やがて動きを止めた。



「――っ……はぁ……はぁ……」



 刀を振りぬいた後の残心を解き、ハルの額に汗が噴き出る。

 右手には漆黒の刀。森の木漏れ日に反射し、オニキスのように美しい輝きを見せる。

 振り向くと、驚いたままの表情のアイリス。幸いにもけがは無さそうだ。



「良かった・……」



 ハルはアイリスを助けられた安堵感と、魔装具をようやく出せた満足感でどっと力が抜けて座り込んだ。

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