失態の二人
ジュードは森の中を疾走していく。
草木をかき分け、木々を避け、道中遭遇する魔獣は一撃のもとに退ける。
追っているのは魔獣を操っていたと見られる、黒ローブの謎の人物。
森の中で動きづらいはずなのに、まるで飛ぶように駆けていく。
「にゃろう、俺のしつこさ、なめんじゃねえぞ」
とは言いつつも、一向に追い付ける気配はない。
やがて地面の草木が減り、ボコボコと硬い土の道に変わりつつあった。
(まずいな、鉱山地帯に入りかけてる)
魔獣の森に隣接するように、隣国のテラガラーまで続く鉱山群がそびえたっている。
鉱山地帯の坑道は迷宮の様に入り組んでいる所が多く、慣れた鉱山夫が地図をもって入念に準備をした上で採掘を行っている。
だがその前に、黄の国との国境には両者を隔てる砦が建っており、あわよくばそこで捕らえられるか。
「いや、でもダメか……?」
砦はほぼ形だけ。同盟国との友好ぶりを内外にアピールする為、砦の門は非常時でもなければ常に開け放たれている。
基本的に砦としての役割は機能しておらず、青の国と黄の国に壁はないことを示すというだけの名所のような場所になっていた。
そんなことを考えながら走り抜けると、やがて見えてきたのは――ブロウ砦。
青の国と黄の国が同盟を結んだ際に、互いの国との行き来を自由にする為、砦の門は常に開け放たれることとなった。
だが、青の国側は魔獣の森、黄の国側は鉱山地帯、それぞれ魔獣の行き来も自由になってしまう為、砦には青の国、黄の国それぞれから発生した魔獣の討伐を目的に、数名の騎士が配置されているのみ。
ジュードは出来るだけ大きな声で、その騎士達に呼びかけた。
「そこの怪しい奴を捕まえろおおおおお!!!」
自分の所属も理由も説明している暇はない。
とにかく用件だけ伝われば、と叫んでみるが、騎士達はこちらに気づきはしたものの、突然の出来事に事態を把握できていない。
だが、その混乱に拍車をかける出来事が起きる。
「はあ!?」
突然、どこから現れたのかスティングボアや鷲のような魔獣――ストームイーグルが砦の騎士達に襲い掛かった。
それはまるで、黒ローブの人物の逃げ道を確保するかのように。
その混乱に乗じて、あっさりと砦の通過を許してしまった。
何故タイミング良く魔獣が砦を襲撃したのか。ただの偶然か――
(――今は考えても仕方ない)
砦内の各所から混乱に喘ぐ声と戦闘音が聞こえてくるが、ジュードも速度を落とさず砦の門をくぐった。
「あ、おい!ちょっと待て!」
「後で説明する!」
青い鎧を纏った騎士の一人から制止がかかるが、それで止まるわけにはいかない。
見た感じ、低級の魔獣ばかりであったようだから、騎士達が遅れを取ることはないだろう。
そして鉱山地帯に突入してしまったか、徐々に景色が山々に囲まれ始める。
流石に坑道に入られてしまえば逃げ切られてしまうことは必至。
その前に捕まえる必要がある。
「逃げるってことは、やましいことがあるってことだよな。ちょっとの火傷くらいは我慢してもらうぞ」
ジュードの腕輪が青く輝き、大剣の魔装具を担ぎ、魔法を行使する為の詠唱を始める。
『揺らめく炎の光で貫き焦がせ。フレイム・レイ』
ジュードが大剣を振るうと、一筋の青い炎の閃光が黒ローブの人物に放たれる。
しかし、どこから現れたのか、草むらから飛び出してきたスティングボアが庇うように跳躍し、ジュードの魔法をその身に受ける。
ブヒィ、と叫び声を上げながら燃やし焦がされるスティングボア。
「おいおい、魔獣が人を庇うなんて聞いたことねえぞ!」
確かめるように、何度か同じ魔法を放つも、結果は同じ。
魔獣が逃げ去る黒ローブの人物を守り、庇い、ジュードの行く手を阻む。
スティングボアに続き、ハルが苦戦したカマキリのような魔獣スラッシュマンティス、他にも二足歩行のトカゲ、火を吐いてくる鳥、etc。
「だああああ! うざってえ!」
魔獣自体は大した脅威ではないが、次から次へと襲ってこられるため、一向に目標に近づけない。
そうこうしているうちに、森を抜け鉱山地帯に突入。
鉱山内に入るための、いくつかの坑道が見えてくる。
「待てや、コラア!」
ジュードは大剣を大きく振りかぶり跳躍。
『降り注げ爆炎の星屑。眼前一切焦土と化せ。スターダスト・バーン』
放たれるは数十発の青い炎の玉。
燃え盛る爆炎が隕石の様に黒ローブの人物に向け殺到する。
明らかに倒していっており、ジュードは捕縛する目的をすっかり忘れていた。
だが、突然地面から隆起した巨人によってそれは阻まれた。
『オオオオオオオ!!!』
現れたのは岩と岩をつなぎ合わせたかのような魔獣――」ロックゴーレム。
中途半端な火の攻撃は岩の外皮で無効化される。
他の魔獣と同じように、逃走者を守るようにジュードに立ちふさがり、叫び声を上げながら、巨大な岩の腕を振り上げると、そのままジュード振り下ろした。
ドゴオオン、と地響きのような揺れと轟音が響く。
見た目通り速さはなく、ジュードは後ろに飛び退ることで、ロックゴーレムの一撃を避けていた。
「俺の炎は怖くねえってか?」
まるでジュードの青い炎は何の脅威でもないと言うように、臆さず再び向かってくるロックゴーレム。
ジュードは青い炎を体に纏わせ、炎の鎧を形成。
ロックゴーレムは再び腕を振り上げ、岩が飛んでくるような苛烈な一撃を放つ。
「力比べと、いこうじゃねえの!」
ゴーレムの一撃に合わせて、ジュードも振りかぶり魔装具を一閃。
ジュードの青炎は、感情が高ぶれば高ぶるほど熱く燃え盛り、その威力は纏う炎の温度が高いほど上がっていく。
先ほど自身の魔法を防がれ、更には構わず向かってくる魔獣にイラつきとともに熱くなっていた結果――
『グオオオオオオオ!!!』
ぶつかりあった大剣の一撃と岩の拳の一撃。
炎をまき散らしながら、ロックゴーレムの腕は粉々に砕け散った。
ロックゴーレムはひるんで態勢を崩す。
「まだまだぁ!」
返す刀で左足、更に右足を砕く。
そして大きく振りかぶって、ロックゴーレムの脳天に青い炎を纏った一撃を見舞い、炎と共に粉砕した。
「どおだぁ! 俺の炎は熱いだろお!」
満足そうに笑うジュード。
気づけば一人。辺りには魔獣すらおらず、追いかけていた黒ローブの人物も、既にどこにも見当たらなかった。
「あ」
戦闘に熱くなって目標をみすみす逃してしまう結果になったジュード。
アイリスの冷たい視線と、そのあとに控えている青の騎士団総団長の顔を思い浮かべて頭を抱えた。
「やっちまったああああ!」
―――――――――――――――――――――
ズーン、という効果音が相応しいほどに、アイリスは落ち込んでいた。
「……また、私は……一度ならず二度までも……ハルさんに助けてもらうとは……私がお助けする役目なのに……」
場所は先ほどジュードと落ち合った大木の側。
アイリスは木を背に体育座りで膝に顔をうずめている。
完璧優等生的イメージがあったアイリスが、ここまで打たれ弱いとは予想外だった。
意外な姿にハルはうろたえてしまうが、落ち込んでた時はどうしてたっけ、とリッカやカエデを相手していた時のことを思い出し、とりあえずアイリスの頭をなでる。
「さっきも言ったが、俺はアイリスに助けられっぱなしだし、こんなんでお返しできるなら安いもんだよ。それに、ホラ!」
少し離れて、右の腕輪を見せる。
無色からオニキスのような艶がある黒い腕輪に変化している。
「おかげでようやく魔装具化が出来た。これで俺も魔導士の仲間入りだ!」
多少大袈裟だが、ジュードを真似て両手を天に掲げる。
アイリスの気を紛らわせる為にやったことだが、なんだか少し恥ずかしい。
そのかいあったか、アイリスはふっと笑った。
「ふふっ。もう、ジュードの真似なんてしなくていいんですよ。……でもありがとうございます」
アイリスは立ち上がって、大きく伸びをする。
そして、パンパン、と軽く自分のほほを叩く。
「ハルさん、なんだかお兄ちゃんみたいですね」
「まあ、妹みたいな奴はいるからな。でも年上ならジュードもいるだろ?」
「……どちらかというと、ジュードは兄というより手がかかる弟ですね」
確かに、とハルは思った。
頼りにはなるだろうが、兄と呼ぶにはいささか奔放すぎる。二人の構図を見る限りは、アイリスの方が姉だろう。
などど思っていると背後からガサガサと草木が揺れる音が聞こえてきた。
また魔獣か、と身構えたが、見慣れた赤髪の青年がのっそりと現れた。
「なんだ、ジュードか……どうした?」
いつもなら音もなく背後に現れるのに、今はどうしたことか。
珍しくバツが悪そうな顔をしながら、力なく歩いてきた。
そして、膝を折り、両手と頭を地面についた。いわゆる土下座スタイルだった。
「申し訳ない! 取り逃がしましたぁ!」
今日は珍しい場面に良く出くわすなぁ、とハルは一つため息をついた。
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