友人
「あぁー・・・疲れたぁ・・・」
その日の夜。
カエデは自室のベッドにダイブ。今日は色々なことがあったので、いつにも増して疲れが体を包んでいた。
あの後、すぐに残っていた仕事を終わらせ、バタバタしながらもようやく一日が終わろうとしていた。
今日は本当に色々なことがあった。
女王の慰問に同行したら魔獣に襲われ、初めてベルブランカの魔法を見て、商業ギルドでハルとリッカの行方を聞いたり、騎士と模擬戦してみたり。
それに段々とベルブランカとの仲が深まっていっているような気がする。
模擬戦の後の反応はよくわからなかったが。
「ふふふー、ベルブランカさんがデレる日も近い」
しかし、ベルブランカの前でアレンの話題は地雷が多いな、と思う。
あのせいで、上昇傾向にあったベルブランカの好感度がまた下がった気がする。
「お兄ちゃん、か・・・」
ベルブランカはアレンに対して当たりが強いが、言葉の端々に信頼しているような感じを受ける。心底嫌っている、というわけではないのだろう。
ハルとは本当の兄妹ではないが、幼い頃から兄と慕ってきた。
リッカはいつでも優しく、大好きなお姉ちゃんだった。
ずっと三人で一緒に、毎日のように笑って、ちょっと喧嘩して、それでいてとても楽しかった。
ほんの一か月とちょっと前の、そんな当たり前だった日々だった。
それが、今は二人とも側にはいなく、あぁ一人ぼっちなんだな、と考えてしまった。
「あ、やば・・・」
今日は兄弟の話題に触れることが多かったからだろうか。
それとも、久々に体を動かして、毎日のようにハルと稽古していた日々を思い出したからだろうか。
心の底から、寂しい、という気持ちが、こんこんと湧き出す水の様にカエデの心を満たしていく。
「・・・うぅ・・・、ハルにい、リカねえ・・・」
カエデは声を震わせ、ガバッと布団を頭から被ってベッドに突っ伏した。
―――――――――――――――――――――
同刻。
以前と同じく、テラガラー第一王子執務室にて。
テラガラー第一王子、グランディーノ・アスファル・テラガラー。
その前には、テラガラー王室筆頭執事、アレンと、アレンの妹であり、城に数十人所属しているメイドの長である、ベルブランカが控えていた。
アレンとベルブランカは城内の執事とメイド達を束ねる立場にある為、定期的に城内の連絡事項や報告、今後の予定等で会議を開いている。
主な議題は城内における風紀や秩序の乱れはないか、異変はないかについて、話し合うことが多い。
今回も、今日の治療院における魔獣襲撃事件と、商業ギルドで得た情報についても報告するため、ここに集まっていた。
「治療院でのことは聞いている。お前がいたお陰で大事に至らなかった、と。ご苦労だったな」
「ありがとうございます、殿下」
ベルブランカは今日の出来事の詳細を二人に説明していた。
特異体のラピッドウルフが突如として召喚され、女王の慰問中に襲撃されたが、ベルブランカが討伐したお陰で死者は出なかったこと。
召喚者が警備網をかい潜れたのは、『藍風』の異彩魔導士によるものではないか、ということ。
その『藍風』の魔導士は、かつて黄の国騎士団所属していた、ゲラルト・ヒュノシスではないか、ということも、報告として挙げていた。
「なるほどな。可能性の一つとしてはあるだろう」
「殿下、ゲラルトという男、どういった人物だったのでしょう」
ゲラルトが騎士団に所属していた頃は、アレンとベルブランカはまだ子供だったため、騎士団の一員までは記憶にはなかった。
「私もまだ子供だったからな、直接話をしたことはない。だが、聞いた話だと任務には忠実、冷静かつ冷酷な男であったと聞いている。任務のためには手段を選ばず、尋問の際には拷問まがいのことも平気で行っていた、というようなことも話には聞いたことがある」
「もしゲラルト・ヒュノシスが今回の首謀者だとしたら、自分を投獄した黄の国への復讐ということでしょうか」
「いや、どうだろうな・・・、どちらにせよ手配犯には変わらん。今回の件の容疑者の一人としても、追わねばなるまい」
ここで考えていても仕方ない、というようにグランディーノは手を振る。
ところで、とグランディーノは続けた。
「例の娘の様子はどうだ、ベルブランカ」
「はい」
部屋も同室で、ベルブランカの下で働かせることとなっているので、必然と関わる機会が多くなる。
当初は藍の国からの密偵なのでは、と疑いを持ち、不穏な動きがあれば始末を、と指示は出ていたが、現状そんな様子も報告もなし。
ベルブランカから見て、カエデはどう映ったのか、グランディーノは意見を求めた。
「可能な限り目を離さず、行動を共にしておりましたが、特に不審な点はありませんでした。あの常識のなさや、立ち居振る舞い、言動を見る限り、少なくとも藍の国の密偵ということもないと思われ、敵対するようなことはない、と考えます」
「いい子だよね、カエデさん。仕事ぶりを見たことあるけど、明るくて真面目で、城内の評判もいい」
僕の目から見ても問題はないかと、とアレンは付け足す。
「最近、他のメイド達の雰囲気も良いよ。最近ベルが優しくなったという話もよく聞く」
「私が、ですか?」
ベルブランカ自身、特に変わったという自覚はない。
いつものように仕事をこなし、カエデによく注意をしているだけだったが。
確かに、今日も帰城の際、すれ違ったメイドが挨拶を交わしてきた。
普通のことではあるが、他のメイドからベルブランカに対して挨拶で声をかける、ということは滅多にないことだった。
「よくお昼にメイドの子達がカエデさんを中心にキャッキャウフフしてるよね。それがいいガス抜きになっているんじゃないかな」
「そうでしょうか・・・」
アレン曰く、カエデはベルブランカのことをよく話しているらしい。
厳しいけれど、ちゃんと見てくれて指導してくれている、質問すれば(仕事のことであれば)嫌な顔せず答えてくれる、それに何より可愛い。
あの顔で言われるお小言はむしろご褒美だ、と。
「それは・・・」
最後のは完全にカエデの趣味だが、自分をそこまで肯定的に見てくれた人は初めてだった。
ベルブランカは何だか気恥ずかしいような、むず痒いような、居心地が悪そうにそっぽを向いた。
その様子を見ていた、グランディーノはふむ、とつぶやく。
「そうか。二人がそう言うのであれば、問題はないだろう。引き続き、ベルブランカの元でこき使ってやるといい」
グランディーノは一つ心配の種が減ったというように、安堵の一息。
しかし、まだ話の続きがあるというように、ベルブランカは軽く手を挙げる。
「殿下。一つ提案があるのですが・・・」
「珍しいな。どうした?」
「カエデに、コントラクト・カラーリングを受けさせたく思います」
「ほう、何故だ?」
ベルブランカは、今日の騎士との訓練の様子について説明。
「ただの使用人として置いておくのは惜しい人材だと考えます。魔法の訓練を受けさせ、その後の成長次第ですが、私と同じくロイヤルガードの任に就くことが出来る人材だと考えます」
「っ!?」
グランディーノとアレンは二重の意味で驚愕した。
ロイヤルガードとは、王家専属の使用人、いわゆる近衛のような役割を担う立場である。
女王や王子の専属として常に側に控え、主の為に行動し、守る者。
外出する際も付き従い、時には敵対する者に襲われることもある為、主を守護する力を持たなければならない。
テラガラー王家において、ロイヤルガードはアレン、ベルブランカ含めて数人おり、第一王子の専属はアレンとベルブランカが勤めている。
そんなロイヤルガードに新参のカエデを推す、ということも驚愕の理由の一つではあるが、それをベルブランカが言い出す、ということの驚きの方が強かった。
「・・・お前がそこまで他人を評価したのは初めて見たな」
「いやぁ、兄としてはうれしい限りだよ、ベル。以前はあんなに仲良くする気はない、なんて言いながらも、ちゃんと友達になれたんだね。ベルに初めて友達ができたなんて、感動で涙がちょちょ切れるね」
グランディーノは目を見開き、アレンは涙を流しそうなほど温かい目でベルブランカを見ている。
まさかそこまで驚かれるとは思っていなかったベルブランカは、頬を赤らめながら腕を組む。
「・・・別に友人になったつもりはありません。まともに魔法が扱えるようになれば、王室の守護が盤石になると思っただけです」
口をへの字に曲げてそっぽを向くベルブランカ。
年相応の反応をあまり見せないベルブランカをここまで変えさせてしまうとは、とグランディーノとアレンは顔を見合わせる。
嬉しいような、でもちょっと寂しいような、そんな空気が男二人の間に通り抜ける。
「お前がそう言うのであれば任せる。どうせ母上も即決で許可することだろう。何故かベルブランカや、あの娘には甘いようだからな」
「・・・恐れ入ります」
それにはベルブランカも同意見だった。
「では、カエデさんの件が落ち着いたところで、次は鉱山地帯の問題について考えねばなりません、地霊祭も控えていることですし」
「言うな・・・わかっている・・・また大臣どもの相手をしなければと思うと気が滅入る」
グランディーノは頭を抱えた。
ここ最近で第一王子の頭痛の種になっている、黄の国テラガラー南部に位置する鉱山地帯における、盗掘事件や魔獣による炭鉱夫の怪我、その保障問題、それらによる魔石の採掘量の低下。それに加えて藍の国との軋轢。
そして、年に一度の国を挙げての祭り、地霊祭が迫ってきていることもあった。
藍の国と戦争にまで発展するのでは、と危ぶまれている状況下でのんきに祭りなどやっている場合ではない、と今年の開催は見送る意見がちらほら。
もはや何から手を付ければよいのかわからないような状況が、第一王子を苦しめていた。
「鉱山地帯でゲラルト・ヒュノシスが目撃されたことも気になります」
「そうだね、何か関係があるかもしれないね」
「・・・」
さらに問題が追加されたことで、グランディーノは押し黙ってしまった。
それを見かねたアレンは苦笑しながら、第一王子に提言する。
「まずは盗掘や魔獣被害の状況確認から始めてみるのはいかがでしょう。被害にあった鉱山の村に慰問も兼ねて尋ねてみるのが良いのではないでしょうか」
「そうだな。窮屈な会議室で答えの出ない議論をするより、よっぽど建設的か。ではスケジュール調整を頼む」
「承知しました」
アレンは恭しく一礼した。
次にグランディーノはベルブランカへ視線を向ける。
「そしてベルブランカ。場合によっては盗掘者や魔獣、可能性は低いだろうが、件のゲラルト・ヒュノシスと会敵するかもしれん。お前も同行するように」
「御意に」
「・・・もし出発までに、例の娘―――カエデも使えそうなら連れてくるといい」
「よろしいのですか?」
「まあ、戦闘になることもないだろう。母上が気に入り、お前にそこまで言わせる者をこの目で見てみたいからな」
少しだけ悪戯っぽい言い方をしてみるグランディーノ。
ベルブランカは口を再度への字に曲げボソッと、承知しました、とだけ口にした。
―――――――――――――――――――――
(殿下も、兄さんも、人のことを何だと思っているのでしょう)
第一王子の執務室にて一通りの報告が終わり、ベルブランカは自室へと向かっていた。
二人とも、すっかり自分とカエデを友人関係だと思い込んでいる。別に友人でもなんでもなく、ただの部屋が同室なだけの、部下というだけ。
兄は初めて妹に友人ができた、と喜んでいたが、そんな友人の一人や二人くらい―――
(いませんね)
青の国には同年代で尊敬できる魔導士がいるが、年に数回程度、国同士の交流の機会にしか会わず、友人という程ではないように思う。
子供のころからテラガラー王家に尽くすことだけ考え、勉強し、魔法の訓練も行い、今では自他共に認める王室の守護者である。
それが自分の誇りであり、全てだと考えてきた。
だからこそ、ちゃらんぽらんな態度を取り、女性関係のトラブルが尽きない兄に対して苛立つことも多い。
優秀で能力も高く、容姿端麗。妹の目から見ても、完全無欠の人物であるにも関わらず、部類の女好きという致命的な欠点がある。
ギルドマスターの一人娘と交際を始めた時は、ようやく落ち着くかと思っていたのに―――
(今でも殿下に頭を下げさせたのは、許せませんが)
王家に仕える者が懇意のあるギルドの、それもギルドマスターの娘を傷つけたとして、第一王子がギルドに謝罪した件について。
あの日ほど、兄を軽蔑したことはない。
今でこそイリーナとは普通にやり取りできているが、当初は顔には出さずとも気まずくてしょうがなかった。
別に心底憎んでいる、嫌っている、というわけではないが、あの生き方だけはどうにかならないものか、と妹の立場としては悩みが尽きない。
だからこそ、自分だけは王家に尽くし、陛下や殿下の顔に泥を塗ることだけはすまいと、固く誓って生きてきた。
兄を半面教師として、他人に対しての友愛は不必要と考えてきた節もある。
その結果、友人と呼べるものは特にいない。
(ですが・・・)
突如として現れた同年代の少女。
当初は藍の国の密偵等、黄の国に仇為す存在として警戒していた。
今まではメイドを指導する立場として、年上だろうが年下だろうが、厳しく指導しているうちに、一人でいることが多くなった。
カエデにもそのように接していればどこかでボロを出すのだろうと思っていた。
それなのに、何度厳しいことを言っても挫けず離れず、むしろ積極的に関わってこようとしていた。
仕事以外のことで話しかけられて、黙ったままでいても、少ししたらまた同じように話しかけてくる。
いつしか藍の国の密偵、というようなことは考えなくなり、手のかかる妹のような、そんな目で見るようになっていた。
(自分でもこんな考え方になるなんて、思ってもみませんでした)
これでは第一王子や兄に親しい間柄だと思われても仕方がない。
(友人、ですか・・・)
これまでそんな存在がいたことはないが、不思議と嫌な感じはしない。
もっとこれからの時間一緒にいるようなことが多くなれば、自然と友と呼べる日が来るのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていたらいつの間にか自室の前にたどり着いていた。
扉を開けると既に部屋の中は暗い。
まだ寝るには少し早い時間だが、今日は色々なことが起きたからか、疲れて早めに休んでいるのだろうか。
(起きていたらいたで、やたら話しかけてくるので、まあ良いのですけど)
だが、なんだか残念なようなホッとしたような気持になってくる。
(いけませんね、殿下や兄さんが変なことを言うものですから、妙に意識してしまいます)
こんな時は早く寝てしまおうと、着替えようとした時、隣のベッドの上で布団をかぶったカエデと思われる物体が小刻みに揺れている。
不思議に思い、近づいて様子を見ると、声を押し殺してすすり泣く声が聞こえてきた。
「・・・うっ、ぐす・・・ハルにい、リカねえ・・・寂しいよ・・・」
その声を聞いた瞬間、心臓を鷲掴みにされたような悲しみが、襲い掛かってきた。
悲しい、寂しい、そんな気持ちが声に乗って、痛いほどベルブランカに伝わってくる。
何故そんな行動に出たか、自分自身にも分からない。
普段なら放っておく、気にしない。
だがその涙を止めたい、慰めたい、という気持ちに押され、気づけば自然とカエデのベッドに腰かけ、布団越しに手を当てていた。
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