鉱山の町アルパト



 馬車に揺られること数日。


 第一王子がいるので当然だが、野宿にはならず、鉱山の町にたどり着くまでの各所、町や宿場に滞在しながらの旅路はちょっとした旅行のようで、見るもの、体験するもの全てが新鮮で楽しかった。


 馬車内では第一王子とベルブランカは、基本的にはずっと押し黙ったままだったが、アレンが気を利かせてベルブランカの昔の話や、地霊祭という祭りのことについても、話をしてくれていた。


 ベルブランカが昔はお兄ちゃん子で、どこに行くにもアレンに引っ付いていたという話は可愛すぎて鼻血が出そうになったが、途中で「捏造しないでください!」とベルブランカの激しい抗議があり、真実は闇の中だが。


 毎年開催されている地霊祭は、農作物の豊穣を願うという名目で、王都で開かれる祭りだという。同盟国である青の国から王族も参加する為、規模が大きいらしい。



「大体青の国の第三王女殿下が参加していただくのだけどね、その護衛の人達が僕らと年が近いのもあって、毎年仲良く交流してるんだ」


「へぇー、そうなんですね!」



 青の国クリアス。

 魔導大国として世界で最も魔法研究の分野が多岐にわたっており、同盟国である黄の国にも研究員が多数派遣されている。

 そこに行けば、ハルやリッカがどこにいるか分かるかもしれないし、元の世界に帰る方法も分かるかもしれない、と期待してしまう。



「あれは仲良くしている、と言ってよいのでしょうか・・・?」



 ベルブランカは首をかしげる。



「ん?どういうこと?」


「アイリスさんとはもっと仲良くなりたいと思っているよ。あの赤いゴリラが邪魔だけどね 」


「あ、赤いゴリラ?」



 青の国にはゴリラの魔獣でもいるのだろうか。

 急に青の国に行くことをためらってしまうカエデ。


 だが、ベルブランカはため息をつきつつ、カエデに説明。



「青の国、第三王女の護衛として、ジュードさんとアイリスさんという方がいるのですが、その二人は幼馴染同士であるようで、初対面の時に兄さんがその方に・・・」


「ああ、ナンパしたんだね」



 皆まで言わずとも理解した。

 きっと自分と同じように、初対面で口説いたのだろう。赤いゴリラというのは、そのジュードという人のことで、それもあって諍いがあった、ということか。


 そういえば、ハルも昔リッカや自分がナンパされそうになった時に、目くじら立てて怒っていたな、とカエデは思い出していた。それと同じような感じか。


 最早アレンが関係するトラブルの九割は女性関係のような気がする。



「もう本当に、他国の客人にまで迷惑をかけるのをやめて欲しいです」


「迷惑だなんて。前々から言っているじゃないか。美しい花は愛でなければすぐ枯れてしまうんだよ」


「あ、あはは・・・」



 もうこの男は、そのうち女性関係で取り返しのつかない目に遭うのではないか。

 そう思うと苦笑しか出てこないが、ベルブランカが不憫でしょうがない。



「でもちゃんと仲が良い人いたんだね、ベル。私が初めての友達なんて言われたから。ちょっと安心したよ」



 これまで友達がいない寂しい思春期を送ってきたのかと思っていたが、ちゃんと友達いたんだな、とうんうん頷くカエデ。


 カエデの言葉に異を唱えるように、ベルブランカは眉をひそめる。



「アイリスさんとは地霊祭の時や王族同士の交流の時にしかやり取りしませんので、友人、と言っても良いのかはなんとも。とても優秀な方なので尊敬はしていますが」


「いやいや、向こうは友達だと思ってくれてると思うよ。優しくて気遣いできて、とても良い子だったね。僕もお近づきになりたかったのだけど、ジュードが目くじら立てるからなぁ」


「いやもうアレンさん(兄さん)は自重してください」



 カエデとベルブランカが口をそろえてアレンに苦言。

 アレンは笑うばかりで何も響いていない様子に、再びカエデとベルブランカはため息。



「お前達。お喋りは終わりだ。もう目的地に着く頃だろう」



 それまでずっと目を閉じたままだった、グランディーノが三人に声をかけた。

 それを聞いたベルブランカが珍しく慌て出す。



「も、申し訳ございません殿下!本来であれば私どもが気づいてお声をかけなければならないところを・・・」


「良い。普段は静まり返っているからな。お前たちのそういった掛け合いを聞いているのも新鮮で面白い」



(おお、なんて懐の広い王子様・・・これはホワイト企業)



 カエデの中で第一王子が上司にしたい人ランキング一位になった。

 確かに仕えたくなるのも分かる気がする。


 最初は噂に聞いていた限りだと冷酷無比な仕事人間的な印象だったが、ここ数日側で仕えていた限り、理不尽なパワハラをされることもなく、雑に扱われるようなこともなく、とっつきにくいが優しい王子様、そんな印象に変わっていた。



(やっぱり女王様の血筋かな)



 女王とは雰囲気は違うが、根っこの部分は優しい。

 そんなことを考えていた時、少し揺れながら馬車が止まった。


 アレンが先に降り、続いてベルブランカ、それにカエデも続く。

 つんと鼻を突くのは、火薬と硫黄のような匂い。鉱山地帯の名前の通り、町は山々に囲まれ、そこかしこから煙が上がっている。

 鉱山の町アルパト。王都から数日かけてようやくたどり着いた。



「これはこれは殿下。ようこそおいでくださいました!」



 馬車から降りたグランディーノを歓迎するように、町の入口から初老の筋肉質な男性が近づいてきた。



「私はこのアルパトの町の町長をしております、オーア・マウントと申します。こんな火薬と埃臭いところにわざわざお越しくださいますとは、恐悦至極にございます」


「この国は魔石の採掘業に支えられているといっても過言ではない。そしてその役割を担っているのは貴殿らだ。その者達が盗掘者や魔獣の被害に遭ったのだ。王族として被害者の救済や解決に走る為に、部屋に籠ったままでいいはずがない」



 おおお、と町長やいつの間にか出てきていた町民達から感激の声が上がる。

 その心意気に胸を打たれた町長は深々と頭を下げる。



「誠にありがとうございます。本日のところはお疲れでしょう。ささやかながら宿に宴の準備をしております。どうぞこちらへ。従者の方々もどうぞ」



 町長に案内され、歩き出す第一王子。

 その後ろを歩きながらカエデは思う。



(すごいなあ、女王様もグランディーノ様も。やっぱり、この人について行きたい、って思っちゃうなあ)



 これが王族としてのカリスマがなせるわざか、と第一王子の背中を見ながらしみじみ考えつつ、それはそれとして。



(宴って、どんなご飯が出るんだろう)



 割といい時間でお腹が空いてきていたことを思い出し、今はもう食べ物のことで頭がいっぱいになってしまっていた。



―――――――――――――――――――――


「うーん、さわやかな朝、とは言いづらいお天気」



 アルパトの町に到着した次の日。カエデは起き抜けに宿の窓を開いて空を見た。

 あいにくと空はどんより曇り空。鉱山特有の匂いが鼻につき、いまだ慣れない。



「昨日は楽しかったなぁ」



 町を挙げての歓迎パーティー。屈強な炭鉱夫達が宿に集まり飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。

 王子様に対してのもてなしは、そんなでも良いのか疑問だったが、割と騒がしいのは嫌いではないらしく、グランディーノの不敬を買うことはなかった。


 宴の途中でアレンの姿が消えていたが、ベルブランカ曰く、また女性を引っかけているのだろう、とのことだった。

 護衛の執事として、それで良いのか疑問だが、ベルブランカとカエデもいるから、とその場を任せて夜の街に消えていったらしい。

 その話をしている間、またベルブランカの背後に般若が見えたので、それ以上は聞かないことにした。



「ああ、起きてますね」


「あ、ベル。おはよー」


「はい、おはようございます」



 両手に朝食らしきパンやスープ等をもったベルブランカが顔を出した。

 いつも通りの無表情だが、仲良くなってからはこうして食事を用意してくれたり、差し入れを持ってきてくれたり、大分デレてきている。


 指摘すると怒ってそっぽを向いてしまうので、言わないが。

 ただそれも可愛いので、たまにやりたくなる。



「ふっふっふ、お主も愛い奴よのう」


「・・・何を変なこと言ってるのですか。朝食を済ませましたら、殿下の支度が整い次第、町長の屋敷に向かいます。準備しておいてください」


「はーい、りょーかい」



 ピッと敬礼するカエデに、呆れながらもベルブランカは部屋を出ていく。



「それじゃあ、さっさと食べて、れっつらお仕事行きますか!」



 いただきます、とカエデは合掌したのち、朝食に手を付け始めた。



―――――――――――――――――――――


「ふむ、こんなところか」



 グランディーノが椅子に深く腰掛け、足を組む。


 アルパト町長との話し合いはつつがなく進んでいるように見えた。

 やれ鉱山の被害状況はどうだの、怪我をした炭鉱夫への補償はどうするかだの、小難しい話を第一王子を中心に進めていき、特に町長側から意見がないので、まあ問題ないのだろう、とカエデは思いながら眺めているのみだった。


 たまにアレンが横から保証の金額や必要な支援策などの話を盛り込んでいくところを見て、この人本当に仕事できるんだ、と内心驚いていた。



(んー?)



 ふと、少し屋敷が揺れたような気がして、周りを見てみるが、特に変わった様子はない。隣のベルブランカも特に気づいた様子はなく、はて勘違いだったか、と首をかしげる。



「どうかしましたか?」



 そんなカエデの様子に気づいたか、小声でベルブランカが話しかけてきた。



「や、なんかちょっと揺れなかったかな、と思って」


「そうですか?気づきませんでしたが・・・」


「いやごめん。勘違いかもしれない」



 だが、それは唐突に。


 ―――ドドドド、と突然地震のような、地響きが屋敷を揺らす。

 やっぱり気のせいじゃなかった、とどうすれば良いかわからず、咄嗟にベルブランカの腕を掴むカエデ。


 そしてそのすぐ後、ドンドン、とかなり強めに応接室のドアが叩かれた。

 返事も待たずに屈強な炭鉱夫の男がなだれ込む様に部屋に入ってきた。



「どうした!何事だ!?」


「―――はぁはぁ!町長、大変です!魔獣が、大量に・・・鉱山から現れました!」


「なにぃ!?」



 驚き立ち上がる拍子に、町長の座っていた椅子が勢いよく倒れる。



「どの程度の規模だ!被害状況は!?」


「見た限りだと四、五十体!常駐の騎士様達が食い止めていますが、長くはもちません!」



 ぐしゃっと町長は頭を掻きむしり、絶望に顔を染めている。

 対応策として、何をどうすればよいか判断が付かないでいる様子。



(な、なになに!?何が起きてるの!?)



 突然の出来事に理解が追い付かないカエデ。

 しかし、グランディーノは焦った様子は見せず、冷静にまずは落ち着くよう町長に声をかけ、そして家臣に指示を出す。



「アレン、ベルブランカ。状況を確認しつつ、町民の救助を最優先に、魔獣の撃退を。町長は王都へ救援要請をするように」


「しかし、それでは殿下の護衛が・・・」



 アレンはさすがにこの場を離れることに忌避感を覚えたが、グランディーノは首を振った。



「屋内での自衛程度なら私一人でも問題ない。それよりも優先すべきは民の命だ。お前たちの為すべきことを為せ」


「・・・承知いたしました」



 アレンは目を伏せて首を垂れる。

 そしてグランディーノは、今度はカエデへ。



「カエデ。新米とはいえ、お前もテラガラー王家に仕える者。戦えるか?」


「っ・・・・」



 カエデは息をのんだ。

 魔法が使えるようになったとはいえ、急に実戦に赴く覚悟はまだできていない、というのが本音。

 だが―――



「―――はい!行けます!」



 もう前みたいに震えたままではいたくない。

 グランディーノやアレン、ベルのことも、良くしてくれた町の人達も、守りたい、助けたい。その為に自分にできることは全力で。



「よし、では行け」



 グランディーノの一声を背に、アレンを筆頭に、ベルブランカ、カエデと続く。


 屋敷から出て見た景色は昨日とは一変した地獄絵図だった。

 逃げまどう町民に襲い掛かるラピッドウルフやストームイーグル、家屋を破壊するロックゴーレム、その他スティングボアやスラッシュマンティス等多種多様な魔獣が町に蔓延っていた。



「ひどい・・・」



 思わず目を背けたくなるような光景。

 先程までは平和だった鉱山の町がどうしてこんなことに、と目を背けたくなってしまう。



「しっかりしなさい!魔装具を!戦闘準備!」



 凄惨な光景にたじろいでしまいそうになるが、ベルブランカの一喝でカエデは我に返り、耳に着けたイヤリングが紫の光を放ち、薙刀型の魔装具に変化させ、中段に構える。


 ベルブランカも両腕に手甲の魔装具を、アレンは弓型の魔装具を手にしている。

 通常時であればアレンの魔法がどんなものか、どんな魔法を使うのか聞いてみたいが、今はそれどころではない。



「ベル、カエデさんのフォローをしながら周辺の魔獣の討伐を。僕は上から状況確認と遠距離の魔獣を仕留めてくる」


「分かりました。カエデ、とにかく無理はせず、できる限り私の近くにいてください!」



 言い終わると同時にアレンとベルブランカは動き出す。

 アレンは一足で屋敷の屋根に跳躍、ベルブランカは今まさに町民に襲い掛からんとしているラピッドウルフに高速で接近。一撃のもとに魔獣を沈める。



「っ、私も行かなきゃ!」



 カエデもベルブランカの後を追う。

 その最中、町民に避難を促しているベルブランカを標的に、スティングボアが駆けだしていた。


 鋭利な槍を思わせる角を持つ魔獣の突進。直撃すれば体に穴が空くことだろう。



「でえええい!」



 カエデは突進するスティングボアの横っ面に、思い切り魔装具をフルスイング。

 直撃と同時に魔力を流し爆破。『紫炎』の特性により爆発の一撃を見舞う。


 ブヒィ、とスティングボアは鳴き声を上げながら吹き飛ばされ、そのまま動かなくなった。

 町民を逃がしたベルブランカはカエデの背中をポンとほめるように優しく叩く。



「その調子です。この周辺の目に付く魔獣を駆逐していくので、あぶれた魔獣の処理をお願いします」


「わ、分かった!」



 初めての実戦に、緊張と興奮で落ち着かない。

 キョロキョロと忙しなく辺りを見回し、誰が見ても分かるくらい力んでいる。

 そんな様子を見て、ベルブランカはカエデの目の前に回り、肩を掴んで自分と目を合わさせる。



「落ち着いてください。はい、まずは深呼吸」


「すうぅぅ、はあぁぁ・・・」


「はい、私を見てください・・・、大丈夫ですか?」



 優しく落ち着かせるような声色で、少しだけ微笑んだように、マジマジとカエデを見つめるベルブランカ。

 いつも見惚れているくらいのベルブランカの顔を見ていると、少しずつ、少しずつ、緊張がほぐれてきたように思える。



「うん、ごめん、大丈夫。ベルはいつも可愛い」


「はいもう大丈夫ですね。行きますよ」



 カエデの軽口をスルーし、もう問題ないという判断のベルブランカ。

 そしてすぐに魔獣に向かって駆け出し、その背を追うようにカエデも走り出した。

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