フォーアの町


 フォーアの町。

 別名を研究者の町。町を管理する貴族はいるものの、実質的には藍の国における召喚魔法の権威、ビーゾフ・イステドに支配されているといっても過言ではない。

 町の中心部にはビーゾフの城とでもいうべき研究所がそびえ立っている。


 普段ビーゾフはこの研究所で主に召喚魔法の研究を進めており、現在中心となっているテーマは精霊魔法によるライフラインの構築。

 生活用水や熱エネルギー等は主に魔法陣が刻まれた魔石を利用する事がスタンダードであり誰でも扱える利点はあるものの、魔石は消耗品。十年以上前からの異常気象により、藍の国は冬の気候のまま。

 熱を発する魔石の消費はこの十年で五倍以上に膨れ上がり、他国から輸入も限界。最早資源が枯渇するのもそう遠くない状況に陥ってしまっている。


 その点を解決すべく、魔石を介さずに精霊の力によるライフラインの構築が可能となるかの実験を町全体で行っている、いわば実験都市のような役割も担っている。

 その指揮を執っているのがフォーア魔法研究局局長ビーゾフ・イステドである。


 だが、そんなビーゾフはフォーア魔法研究局の専用研究室にて頭を抱えていた。



「くそ……くそっ……ヴナロードめ……このままではまずい……」



『藍の魔核』を獲る為の鍵である旧王家の姫、サスーリッカ・キュアノス・ジーヴルの召喚には成功したものの、何故か召喚場所の座標がずれ、そこをヴナロードに狙われ王女は誘拐されてしまった。


 自らの失態を藍の国の王、ヴァラン・キュアノス・レディオラへ報告した際の冷酷無比な視線が蘇る。

 どれだけ偉業を成し遂げようとも、どれだけ国に貢献しようとも関係ない。

 王にとって利する者でなければ存在価値もない。

 名誉挽回できなければ今の立場も失ってしまう。



「とにかく彼奴らの根城を調べねば……スニエーク近隣で目撃されるというが……」



 貿易都市スニエークを管理している領主は存外食わせ者だった。

 言動は奇天烈の一言に尽きるが、多種多様な物や人が行き交う貿易都市をつつがなく統治しており、旧王家派閥の家柄だったとしても国に利益をもたらしているからか王の覚えは良い。


 今回のヴナロードという犯罪組織は前々からスニエーク周辺で目撃されている為、早急に捕縛するようビーゾフから領主に言いなすも、「上手く尻尾を掴ませないのデース」などと抜かしており、何の手がかりも掴めていない状況。


 引き続き調査は継続するというものの、本当は何か知っているのではないか、旧王家派閥であったから協力するつもりがないのではないか、と懐疑的になってしまう。

 だがそれを突き付けられるだけの証拠はない。

 歯がゆくも任せるしかないのがまた、ビーゾフを苛立たせる。



「どいつもこいつも……っ!!!」



 完全なる八つ当たりで手元にあった魔石を思いっきり壁に投げつける。

 ガアン、と甲高い音が部屋に響き渡るが、ビーゾフの怒りは一向に晴れない。

 興奮で血圧が上がって眩暈を起こしそうになっていた時――



「――うわぁ、荒れてるねぇ」



 ビーゾフの他には誰もいなかったはずの研究室に、別の人間の声が響く。

 ハッとしてビーゾフが後ろを振り向くと、全身に黒いローブを纏った色素の薄い青髪の少年が立っていた。

 その傍らには狼のような魔獣『ラピッドウルフ』が従うように控えている。



「ネスト・リベレー! 貴様、なぜここにいる!?」


「いやー、ここの研究室を使わせてもらいたいなと思ってお邪魔したんだけど……何だか大変そうだねぇ」



 言葉ではそう言うものの、青髪の少年――ネストは薄ら笑いを浮かべている。

 そしてビーゾフを素通りして部屋に保管してある魔石を物色し始めた。

 それを見たビーゾフはまたもや激昂。



「勝手に触るなっ!」


「いいじゃん、いっぱい貯めこんでるんだからさぁ。ちょっと仲間から頼まれちゃって、最近実験してるんだよね――魔獣の」



 ネストは魔石を手に取ると、連れてきたラピッドウルフへ朗らかに視線を送る。

 ラピッドウルフは座った体勢のまま、グルルと低く唸り声を上げていた。


 それを聞いたビーゾフは気持ち悪いものを見るかのような目をネストへ向けた。



「……この周辺の魔獣もまるで何かに操られるように移動していると聞く。確か貴様の仲間に魔獣を操る異彩魔導士がいたな。それも貴様らの仕業だろう? これ以上実験動物を増やして何をするつもりだ?」


「なんだか人聞きが悪いなぁ。僕は魔獣を家族のように思ってる仲間の為に、ちょーっと手を加えて強くしてあげようという、善意百パーセントの人間だよ? 博士みたいに精霊をとしか見てない人とは違うんだよ」


「確かに貴様とワシは違う。ワシはこの国の、そして陛下の利益の為に動いておる。貴様とは見ている世界が違うのだ」


「ふーん。ま、どうでもいいけど。そんな事より、『藍の魔核』を手に入れる為の鍵を奪われちゃったんだって?」


「くっ……」



 にやにやと意地悪く笑うネストに、忌々しそうに唇を噛むビーゾフ。

 ネストは悪魔のような笑みのまま、そっと手を差し出した。



「ねぇ、手を貸してあげようか? 僕がちょちょいっと氷の王女を取り返して来てあげるよ」


「誰が『異彩の黎明』なんぞの手を借りるかっ! 貴様はを実験体にしたいだけじゃろうが!」


「あちゃー、バレちゃったかー。でもなんだから気にしないで良くない?」


「黙れ! 貴様の手は借りん! 」


「なんだよもう、人が親切で言ってあげてるのに。じゃあ、せいぜい頑張る事だね」



 ネストは飄々としながら他にもいくつか魔石を取り出し、ラピッドウルフを引き連れて研究室の個室に入って行ってしまった。

 それを忌々しそうに睨みつけるビーゾフ。そして苛立ちを全て吐き出すように、大きくため息をついた。



「……とにかく今はに集中せねば。サスーリッカは可能な斬り検問を敷くしかあるまい。全くどいつもこいつも……」



 ぶつぶつと独り言をつぶやきながらビーゾフは研究室を後にした。



―――――――――――――――――――――



 ゴトゴトと車輪が地面を転がる音と衝撃がリッカの体に響く。

 足元には木箱がいくつも積まれており、馬車が揺れる度に倒れてしまわないかとひやひやしてしまう。


 リッカの隣にはスティーリアが全く姿勢をぶれさせずに、目を閉じて座っている。

 二人の正面にはプラーミャが、スティーリアと同じように姿勢良く背筋を伸ばしており、真っ直ぐ馬車の走る先を見つめていた。



(ちょっと気持ち悪い……)



 慣れない馬車の車輪から伝わる振動でややグロッキーになっているリッカ。

 自動車などないこの世界の移動手段とすれば、馬車になるのかなとは何となく思っていたが、ここまで揺れの激しいものだとは予想していなかった。


 そんなリッカの様子を見て、プラーミャは心配そうな顔をしている。



「大丈夫ですか、リッカ様。 馬車を停めて少し休まれますか?」


「あ……いえ、大丈夫です……」


「休んでる暇はないわよ。グズグズしてたら検問がもっと広がってしまうわ」



 スティーリアが薄目を開けてチラリとリッカを横目で見た。


 霊峰フレイヤに向かう為には道中、リッカをこの世界に呼び寄せた召喚者であるビーゾフ・イステドが支配するフォーアの町を通らなければならない。

 ビーゾフはリッカを奪還する為に、各所に検問を敷き始めているという。完全に検問が敷かれてしまえば、かなり動きづらくなってしまう事が予想される。


 なのでその前にフォーアの町は通り過ぎてしまった方がいいだろう、との話となった。それからトレーシー伯爵の息がかかっている商人に協力してもらい、そして現在。フォーアの町へ馬車で移動している所であった。



「ひとまずフォーアの町に着いたら必要な補給をして、出来るだけすぐまた出発するわよ。先行してニンフィが町の協力者に連絡を取っているから、そう時間はかからないはずよ。長居すればするだけ敵に見つかる危険が増える。そうなれば戦闘は避けられないし、余計に消耗するのは避けたいわ」


「う、うん……あのね、リアちゃん……」


「だから、ちゃん付け……あぁ、もういいわ」


「その、ビーゾフさんっていう人に会って、ハル君とカエちゃんがこの世界に来てるか、聞けないかな……?」


「言ったでしょ。見つかったら戦闘になる。ビーゾフを狙うのは魔核を手に入れた後。今はまだ早いわ」


「それにビーゾフはあなたを奪われたから、それこそ死に物狂いで取り返しに来るわよ。腐っても召喚魔法のエキスパート。どんな精霊を召喚してくるか分からない」


「うん……でも……」



 まさかこんなに早くビーゾフと会える機会が訪れるとは思っていなかった。

 時期がまだ早いのは分かっている。だがもしハルやカエデが召喚に巻き込まれていたのだとしたら、すぐにでも助けに行きたい。

 スティーリアの言葉は理解できるが、リッカの中ではハルとカエデの事が何よりも優先される。せめてこの世界に来ているのかどうかだけでも知りたい。


 そんな控えめながらも譲らないリッカにスティーリアは深々とため息をついた。



「……はぁ、案外頑固ね」


「流石は双子ですね。こうと決めたら退かない所はそっくりです」


「プラーミャ、何を他人事のように言ってるのよ」



 プラーミャの言葉にギロリとスティーリアは睨みつけた。

 ビーゾフと接触すれば平和に話し合い、とは当然いかない。戦闘になるのは目に見えているが、どうやらプラーミャはどちらでも従う、というようなスタンスであるらしい。

 

 再びため息をつきつつ髪をかき上げながらスティーリアは思案する。



「ビーゾフがフォーアの町にいるか分からない。もしかしたら王都にいるかもしれないし、町中の警戒状況もまだ不明。とりあえず町に着いてから方針は決めるわ」


「あ、ありがとう、リアちゃん!」


「まだビーゾフの所に行くって決まったわけじゃないから」



 喜ぶのはまだ早い、とでも言うかの如くスティーリアはそっぽを向いた。 

 しかし、すぐにまたリッカの方に視線を戻してところで、と口を開く。



「あの上位精霊は? また召喚出来るの? いざという時、またポンコツ発揮されるとこっちが困るんだけど」


「ユキの事? えっと……うん、大丈夫だと思う」



 氷の上位精霊フロストティガー。

 先の実戦でリッカが召喚した精霊をユキと名付け、守護精霊として盟約を結んだ。

 通常時は姿を消しているが、リッカが意識を集中させてみると確かに存在を感じる。

 なんとなくだが、呼びかければすぐに来てくれると確信していた。


 そう言葉にしたリッカに、それならいいわ、と返すスティーリア。

 そういえば初めてユキを召喚した時、スティーリアは余りの可愛らしさにデレッとしそうに(本人は否定していたが)なっていた。

 ユキがいればもっとスティーリアと仲良くできるだろうか。



「呼んでみようか?」


「……無意味に魔力を消費するんじゃないわよ」



 今絶対一瞬考えたな、とリッカは思った。

 素直じゃないなぁ、と感想を抱きながらも段々とスティーリアの事が分かってきた気がして少し嬉しい。

 今度ユキと一緒にスティーリアと遊んでみようと、密かにリッカは決意していた。



―――――――――――――――――――――



 それから少し経って。

 馬の手綱を握る商人からそろそろ着きます、と声がかかると、段々と町の外壁らしきものが見えてきた。

 だが、町に入る前に人だかりができており、何やら言い争うような大きな声が聞こえてきた。



「貴様ら! 高貴なる始原魔導士の血筋の生き残りも全て殺すつもりか!? この国は間違っている! 現に冬が明けないという異常気象に見舞われているではないか! サスーリッカ姫も、スティーリア姫も保護すべき方々である!」



 藍色のローブを身に纏った集団が、町の入口の門番騎士に詰め寄っていた。 

 何やらリッカやスティーリアの名前が出つつ物騒な話が聞こえてくるが。

 

 プラーミャが窓から顔を出してその集団の方の様子を伺ってみると。



「あれは『原色教団』の魔導士達ですね。最近はあまり姿を見かけませんでしたが」


「『原色教団』……?」



 リッカは首を傾げつつ、そういえばと出発前にニンフィがその名前を言っていた事を思い出した。



『リッカちゃん、『原色教団』っていう団体には気を付けてくださいッスね。リッカちゃんやリア様の素性がそいつらにバレると面倒事に巻き込まれそうっスから』



『原色教団』。人々に魔力を授けた六色の女神を信仰している宗教団体。


 その歴史は古く、元々は宗教団体ではなく始原魔導士に仕えていた従者達が人々の生活を豊かに、それぞれの国を発展させる為に魔法を用い、多くの人の魔力に色を塗るという方法を広めてきた者達。


 だが数十年前から、本来の色の系統ではない属性を発現させる者――異彩魔導士が現れるようになってから、一部の者が異彩魔導士は原色から外れた誤った存在、忌むべき者として排斥しようという動きがあった。


 始原魔導士に仕えていた従者の血筋、つまり王家に仕えてきた者達の中からも異彩魔導士の存在を疑問視する者が現れ、異彩魔導士を擁護する各国の王家から離反。

 その者らを中心に立ち上げられたのが『原色教団』である。


 近年はその動きは落ち着いているが、十年ほど前までは直接的に危害を加えようとする者もいたという。

 藍の国では、始原魔導士の血筋であるジーヴル王家が滅ぼされた為、現王家は原色教団から目の敵にされており、王都や各都市では原色教団の団員による王家糾弾、行方をくらませているスティーリアの保護を呼びかける為の公開演説がよく行われているらしい。



「いずれリッカ様の事は知られてしまうとは思っていましたが、予想外に早かったですね。最近はリア様探しは下火だったみたいですが、リッカ様の事が知られてまた再燃してきた感じですね」


「厄介な奴らね、全く」



 プラーミャ曰く、原色教団に緑の国の王家が関わっているという噂があるらしく、現に藍の国は表立って原色教団を取り締まっていない。現状実害が出ていないので放置されているだけなのかもしれないが、とのこと。


 ニンフィからも出来る限り接触しないように言われていたが、どうやらリッカの手配書が出回り始めた事で原色教団も動き出したらしい。


 原色教団にも見つかる訳にはいかないが、その前に検問をどうにかしなければならない。



「ここまで検問が無かったから大丈夫かと思ったけど、やっぱり町に入る時は引っかかるわね。原色教団の連中もいるし、流石にこのまま素通りは出来なさそうね」


「ど、どど、どうするの? バレちゃうよ!?」


「大丈夫よ。あまり長時間はもたないけど」



 そういってスティーリアが手をかざすと、青色の魔力が生み出され、段々と顔を映す程度の大きさの鏡が形作られた。

 スティーリアはそれを手に取ると自分の顔を映すと、突然鏡が光り――



「――え!?」



 気づけばスティーリアは、赤茶色の黒髪を持つ全く別人の姿に変わっていた。

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