鏡の魔法


 深い青みがかった髪色は赤茶色の黒髪に、藍色の瞳は赤く目鼻の形も変わり、スティーリアは全くの別人へと姿を変えていた。


 スティーリアは鏡を今度はプラーミャへ向けると、同じようにプラーミャの姿も変化していく。

 赤茶色の髪はワインレッドのような赤紫のショートに、いつもの優し気な目元は鋭く射抜くような目つきに変わっていた。



「これが私の『青氷』の異彩魔法。この鏡に映る事で自分が思う別人の姿へと変われる。これで検問も問題なくやり過ごせるでしょ」



 声は元のまま、だが姿形は別人となったスティーリアが青い鏡を手に説明。

 今のスティーリアの姿は髪色も相まってどことなくプラーミャに似ている気がする。十代半ばくらいのプラーミャという感じだった。



「……仕方ないのよ。身近にいる人の方が上手くイメージしやすいの」



 そんなリッカの視線で気づいたのか、ほんの少しだけ恥ずかしそうに口を尖らせるスティーリア。特に恥ずかしがるような事ではない気がするが、スティーリアにしか分からない感覚なのだろうか。


 そんな様子を見たプラーミャも、照れたように頬に手を当てる。



「何だか若い頃の自分を見ているようで、少々気恥ずかしいのですけどね」



 若い頃という程そんなに何年も経っているような気はしないが、そもそもプラーミャは年齢不詳。

 リッカとスティーリアの両親、前王の騎士だったというが一体いくつなのか。

 スティーリアの魔法で出した鏡で過去を見た時もプラーミャの姿はあったが、今と全く変わっていない。



(あれって……十五年前の時の事って言ってたよね……?)



 プラーミャの実年齢は気になるところだが、女性に年齢を訪ねるのは同性であっても失礼だろう、という気持ちも相まってジッとプラーミャを見てしまうリッカ。


 そんなリッカを気にせずスティーリアは、はい、と青い鏡を向けてきた。



「さあ、グズグズできないわ。あなたも変わりたい人の姿を思い浮かべてみなさい」


「え!? えーっと……」



 急に言われても思いつかないリッカは焦ってワタワタしてしまう。

 馬車の外では未だに原色教団が門番と言い争う声が聞こえてくるので、リッカ達の順番が来ているわけではなさそうだが急いだ方が良いのだろう。


 リッカにとって参考にできる身近な人は数えるくらいしかいない。

 その中でも咄嗟に思い浮かぶのは――



―――――――――――――――――――――



「もうよい! サスーリッカ姫の情報があると聞いて来てみれば、捕まえる為の検問だと!? 藍の国にはさらなる天罰が下るぞ!」



 門番の騎士相手に原色教団のリーダー格らしき男が唾をまき散らしながら詰め寄るも、上が決めた事だと騎士はにべもなく言い放ち取り合わない。

 何を言っても無駄だと察した原色教団の男は大きく舌打ちをして踵を返した。



「原色教団は偉大なる始原魔導士の血統を保護する為に動くのみ! この場にいる者に告げる! 氷の始原魔導士の血を引くサスーリッカ姫、並びにスティーリア姫の行方を知る者がいれば、我らに一報を! さすれば女神の祝福があるだろう!」



 原色教団の男は捨て台詞だけ残して他の教団員も連れ、その場から立ち去ってしまった。その探している二人がすぐ近くにいるというのに全く気付かれないまま。


 リッカは馬車の窓から少しだけ覗いてみると、ローブの下に血走った目と怒りに顔を紅潮させた男の顔が見えた。



「次の者、こちらへ」



 そう呼びかけられ、いよいよリッカ達の番。

 スティーリアの魔法で姿は変わったとはいえ、リッカは緊張で顔をこわばらせているが、スティーリアとプラーミャはとても落ち着いている。


 馬車の御者が騎士と二、三言葉を交わし、騎士が荷馬車の中を確認する為に覗き込んでくる。

 騎士の手元にはリッカの手配書。騎士は手配書とリッカ達を交互に注意深く見比べている。

 リッカは心臓の音が騎士にまで届くのではと思うくらい、心拍数が上がっているのを感じた。



「騎士様も大変ですね。あのような者達も相手にしなければならないのは」


(えええっ!? プラーミャさん、何で話しかけてるんですか!?)



 プラーミャは赤紫の髪をかき上げながら、自然に騎士にそう声をかける。

 黙ったまま大人しくやり過ごすのかと思っていたのに、逆にこちらから声をかけた事にリッカは内心驚愕の声を上げるも何とか無表情を貫いた。


 だが騎士は特に不審にも思っていなさそうで、軽くため息をついた。



「全くだ」


「先程の方々も、騎士様方もこの国の前王家の姫をお探しなのですか?」


「ああ。スティーリアの方は十年以上前から指名手配されているが、最近になってその双子のサスーリッカも見つかったらしい。だがヴナロードという犯罪者組織に連れ去られたようでな。それを見つけ出す為の検問だ」


「さようでございますか」



 正に今目の前にいるのが、そのヴナロードなのだがスティーリアの異彩魔法のお陰で今のところ不審がられている様子はない。

 騎士はプラーミャから視線を外して馬車の奥のリッカとスティーリアへ視線を向ける。



「お前達は商売か? 中を確認させてもらうぞ」



 そう言ってプラーミャの時と同じように騎士は手配書とスティーリアを見比べる。

 スティーリアは腕と足を組み、目を閉じてジッとしている。

 元の姿はリッカと瓜二つ、なので手配書と同じ顔なのだが今は赤茶色の黒髪と顔も変化させている。

 問題なしと判断したか、次はいよいよ張本人。

 リッカは緊張で目の前の一点を凝視したままガチガチに固まっていた。



「……っ」


「……ふむ。そちらの娘」


「ふぇっ!! はいっ!?」



 騎士は訝し気にリッカに声をかけられ、リッカのの髪が揺れる。


 まさかバレたか、それとも不審な点でもあったのか、馬車の中に緊張が走る。

 リッカは目を右往左往させ背中に冷や汗が流れていくのを感じた。



「体調でも悪いのか。様子がおかしいが……」


「申し訳ありません。娘は今回が初めての旅路と商売なので、とても緊張してしまっているのです」


「……娘?」



 咄嗟にプラーミャがフォローに走ったが、更に訝し気な視線を向けられた。

 これはまずいか、どうしよう、とリッカの内心パニックが頂点に達しかけた頃、騎士が咳ばらいをした。



「ああ、失礼。とても子供がいるような年齢に見えなかったのでな」


「まあ、お上手ですわ」



 どうやらリッカが怪しまれたわけではなく、プラーミャの娘発言に訝しがられたようだった。

 今は姿を変えているとはいえ、元の姿でも娘がいる歳には見えない。実年齢が分からないが、十五年前の映像でも姿が変わっていなかったので子供がいてもおかしくはない歳なのかもしれないが、なんだか怖くて聞けない。



「よし、行っていいぞ」



 うまい具合にリッカから意識を逸らす事ができたのか、騎士はそう言って町へ入る事を許可した。

 そして再び馬車が走り出して少しした後、三人は同時に安堵のため息をついた。


 ジロリとスティーリアがリッカを横目でにらむ。



「無事通り抜けられたのはいいけど、あなた顔に出過ぎ」


「う、ごめんね……」



 馬車の中でスティーリアが今通ってきたフォーアの町入口を振り返り溜息をつきつつの言葉にリッカは申し訳なさそうに眉を落とす。

 スティーリアの魔法で別人の姿に変えられていると言っても、流石に手配書と見比べられながらだったので、内心かなりドキドキしていたし、声をかけられた時はどうしようかと思った。


 それにしても、とプラーミャが改めてリッカの姿を眺める。



「リッカ様のお姿は、また雰囲気が変わって可愛らしいですね」


「あ、ありがとうございます。私の……妹です」



 枯葉色の髪をサイドポニーに、活発そうな瞳をした少女の姿――リッカの妹カエデを思い出してカエデそっくりにリッカは姿を変えていた。

 スティーリアを前にしてカエデを妹だと説明するのは、なんとなく悪いような気がしてしまうが、スティーリアはリッカの姿を一瞥するだけで特に何も言ってこない。



「初めてお会いした時も言っていた方ですね。もしかしたらこちらの世界に来ているかもしれない、と」


「そうなんです。カエちゃん――カエデって言うんですけど、強くて明るい子なのでどんな所でも元気に過ごしているとは思うんですが……やっぱり心配で」


「そうですか……無事だと良いですね」


「そう、ですね」



 カエデは何事も楽しむ性格なので、こちらの世界に来ていたとしてもたくましく過ごせている気はするが、それでも心配はしてしまう。

 ビーゾフと接触する事が出来ればカエデも、ハルもこちらの世界に来ているかどうか分かるだろうか。


 ふと、突然三人の体から淡い光が灯りだした。



「あ、戻った」


「言ったでしょ。そんなに長時間はもたないの」



 光が落ち着いた次の瞬間には三人の姿は元に戻っていた。

 スティーリアの言う通り姿を変えていられる時間はあまり長くはないらしい。

 カエデと同じ顔、髪型になるのは貴重な体験だったが、やはり自分の姿の方が落ち着く。


 それからしばらく馬車の中から町の景観を眺めていると、建物の屋根に人が入れそうな程大きな黒い箱のような物が目に入った。



「ねえ、リアちゃん……あの箱みたいなのなにかな……?」


 

 そういえばここに来るまでの間、同じような黒い箱が建物に備え付けられていた。屋根の一部というわけでもなさそうで、後々付けられた人工物のよう。


 リッカの言葉に怪訝な顔をしながら同じ方向に顔を向け、目を細めてスティーリアはその箱をしばらく観察していた。



「……あそこから大量の魔力を感じるけど、魔石でも貯蔵しているのかしら」


「この町は国の環境改善の為、最新の技術を広める前に試す実験都市的役割もあるそうです。近年魔石不足が危ぶまれているので、恐らく魔石に代わる何かしらの魔力原が入れられているのかもしれませんね」


「そうなんですね……」



 そうだとすると、町の人にとっては革新的な技術なのだろう。

 だがリッカは、何となくだがとても嫌なものを見ているかのような気分になった。何故そう思うのか自分でも分からないが、見ていてあまり気分がいいものではない。

 何故だろうと考えるものの、その理由はさっぱり分からず。



「この先の宿で協力者と落ち合う予定です。ひとまずはその者に会いましょう」



 プラーミャのその言葉でリッカは一旦考えるのを止め、フードを目深に被りなおした。



―――――――――――――――――――――



 リッカ達がたどり着いたのは一階が酒場、二階が宿となっている、プラーミャが言うにはいわゆる一般的な宿屋らしい。

 スティーリアとプラーミャは何度かこの宿を利用した事があるらしく、ここの酒場で提供される酒は結構美味しい、とはプラーミャ談。

 スティーリアは嗜んだ事があるようだが、何が美味しいのか分からないわ、とのこと。


 そんなやり取りを挟みつつ、ニンフィが連絡を取り付けてあるという、ヴナロードの協力者は既に宿の一室に案内されているらしいが、その前にリッカはスティーリアに呼び止められた。



「これからヴナロードとして活動する時はこれを着けておきなさい」


「あ、これ、リアちゃん達と同じお面?」



 渡されたのはスティーリアが着けていた青い狐の仮面よりも色が濃い藍色の狐の仮面。これまでは気づかなかったが狐の目の所に緑色の小さな石がはめ込まれている。


 見るとスティーリアは既に頭にいつもの青い狐の仮面を着けており、プラーミャも赤い狐の仮面を既に着けている。

 二人とお揃いなのもそうだが、自分もちゃんと認められたようで何だか嬉しくなってくる。



「これには認識疎外の風魔法が込められた魔石がはめ込まれているから、私たち以外に会う時、外出する時はこれを着けていなさい」


「うん、ありがとう!」



 狐の仮面の目の所に魔石がはめ込まれているが、着けてみると不思議な事に視界は塞がれず、クリアに視界は確保されていた。


 スティーリアも青い狐の仮面を着け直し、プラーミャの方を見る。

 プラーミャは首肯し、部屋の扉をノックした。



「どうぞ」


「失礼します」



 中から女性の声。

 入ってみると金髪の理知的そうな女性が、リッカ達の姿を見てギョッとしていた。いきなり謎の仮面集団が現れれば無理もないか。



「あなた達がニンフィの言っていた……」


「ええ、私はプラーミャと申します。不用意に顔は晒せない身の上の為、仮面は着けたままで失礼します」



 女性は了承し、気を取り直して姿勢を正す。そして軽く一礼。



「私はリーサ・エンティスと言います。フォーア魔法研究局に所属している研究員です」


「あ、もしかしてニンフィさんの……」


「はい、ニンフィが研究局に勤めていた時の同期で、同じ召喚魔法研究の部署に在籍していました」



 という事は、立場的にリッカ達の敵となるはずだが、それがヴナロードの協力者とはどういう事か。

 そんな雰囲気を察してか、リーサは少し慌てた様子で手を振る。



「あ、研究局の所属と言ってもあなた方と敵対するつもりはないんです。私も、近々研究局を辞めようと思っていますし」


「そうなんですね……」


「ニンフィは、ビーゾフはパワハラ、セクハラの権化とか言っていたけど、それが原因かしら?」


「そうですね。所長のスタッフへの圧力はかなりあると思います。それがより激しくなったのは数年前、王都に新たな研究局が設立された頃でしょうか」



 王都にはフォーアの町にある研究局とは別の研究局があるという。

 名称は魔導技術開発局。主には原色魔法や異彩魔法を利用した魔道具の開発を行っている王都の研究部門。


 明けない冬を耐える為に長時間暖を取る為の熱を発する魔石を一人の技術者が開発し、その功績が認められ魔導技術開発局が設立。

 以降も魔石を利用した様々な魔道具を開発しており、その中でも魔法そのものを発動させる術式を組み込んだ魔石や武器等兵器開発を推し進めており、国王の覚えもよいという。


 ビーゾフが所属する魔法研究局は魔導技術開発局と比較される事が多くなり、ここ数年は大した成果も挙げられていない状況。

 当然、その責任者への重圧は計り知れず、ストレスのはけ口は部下である研究員に向けられる。

 その結果ニンフィを始め、研究局を去る者が多くなっているという。



「ふぅん、想像以上のハラスメント野郎というわけね」


「リアちゃん……」



 スティーリアの歯に衣着せぬ物言いに思わず苦笑するリッカ。

 確かにそんな上司だとしたら辞めたくなるのは当然か。社会人経験はまだないリッカだが、働くって大変なんだなぁ、と何となく思ってしまう。



「早速ですがこれから霊峰フレイヤに向かう為の物資や装備の手配を、ニンフィからお願いしていたと思うのですが」



 この町に来た当初の本題はこれである。

 霊峰フレイヤに向かう為に食料や防寒具の準備が必要。フォーアの町を出ればフレイヤのふもとにある村が最後に滞在できる場所。

 準備を整えるとしたらこの町となるので、ニンフィの知己であるリーサに協力を頼んだという。 



「はい、聞いています。明日には宿に届くよう私の方で手配しておりますが……」



 そこで言葉を途切れさせ、何やら言いづらそうなリーサ。

 やがて意を決したように顔を上げる。



「私から、皆さんにお願いがあるのです」


「お願い?」



 リッカが小首をかしげながら問い返すと、厳しい表情でリーサがうなずく。



「今、この町で行われている実験を止めて欲しいのです!」



 リッカ達三人は仮面越しに顔を見合わせ、プラーミャが改めて尋ねる。



「実験とは?」


「町中でご覧になっているかと思うのですが、黒い箱のような物がいくつもの建物に設置されているのですが――」

 

 

 ――あの中にはのです。

 

 悲痛な表情を見せながらリーサは言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る