一章エピローグ・前編:夢


「処分は追って伝える」



 青の騎士団総団長、エア・ローゼンクロイツは、疲労困憊な様子のハル達にそう告げた。


 事情聴取という名の折檻を、(主にジュードが)青の騎士団総団長から受けていたが、ハル達の疲労具合を考え、処罰は一旦後回しにされ、ほどほどのところで終わった。


 魔獣侵攻の裏で起こっていた一連の経緯。

 鉱山の町アルパトとブロウ砦の襲撃、その前に起きていた、青の国における特異体のラピッドウルフの出没、第三王女誘拐未遂、そのどれもに異彩の黎明が関わっており、その目的は魔核なる物の捜索であることが、ハル達の口から説明された。


 ゲラルトは、既に目的は達せられたと言っていた。

 ということは、恐らくこの国の魔核を得た、ということになる。

 今頃黄の国テラガラー女王へも報告が上がり、心当たりを探っていることだろう。



「わたくし達は、これから黄の国の王室側と、今後の異彩の黎明への対策、被害状況の確認と、その上で今後どう動いていくかを話し合ってきますね」



 青の国第三王女、リーレイスはぐったりしている三人に、そう声をかけた。

 不敬ではあるが、最早ハルとアイリスは返事をする気力もなく、ジュードはエアの電撃を喰らいすぎて机に突っ伏し頭から煙を出している。


 そんな様子を見てリーレイスは柔らかく微笑みながら、ハルの元へ歩み寄った。



「ハル様、今回はお疲れ様でした」


「あ、ああ、ありがとう。魔獣の侵攻も、リルの機転がなかったらこの王都自体、危なかったんだろ?」



 聞くところによると、名目上はリーレイスが魔石の輸出入量の取り決めで、黄の国に訪れた際に魔獣の侵攻に遭い、護衛の青の騎士団が討伐に当たった、ということになっている。


 あくまで護衛という形となるので、大隊規模の騎士団を編成することは出来ず、それに時間もない中での強行軍。

 王族近衛隊『サファイア』を中心に騎士を集めて数十人。


 しかし、万の魔獣を相手にするには圧倒的に戦力が足りない、とエアは判断し、各種上位魔石を湯水のごとく投入。上位魔法を撃ち続けるという一方的な殲滅戦を行った、と説明された。


 淡々と語ったエアに戦慄するハルだったが、その話を聞いたアイリスの方が、上位魔石の補充の財源はどこから来るのか、というところに震えていたが。



「いいえ、わたくしにも出来ることをしたまでです。それに、理由を付けて城から出たかった、というものありますし」


「姫様……」



 ペロッと舌を出して茶目っ気を出すリーレイスに、お付きのメイドであるアンネは頭を抱える。確かに、まだ城の中で謹慎中の筈だが、これが公務なのであれば文句は言えまい。

 相変わらず、アンネは第三王女に振り回されている様子。


 リーレイスはふふ、と口元を綻ばせながらハルの耳元に口を寄せる。

 フワッとキンモクセイのような香りと共に、急に近づかれた為思わずドキッとしてしまった。



「わたくしだけでなく、黄の国の王子もお助けされたのです。エアはああ言ってましたが、ラピスラズリやハル様に大した罰は下されないかと思いますよ」


「そ、そうなのかな……?」



 既に罰といえば、ジュードがその身に受けているのでは、とハルは隣で煙を出しているジュードを見た。



「ええ。むしろ、その栄誉を称えて勲章の一つでも贈れば良いのです。……そうです、そうすればもっとハル様と会える機会が……」


「え、えーっと……、どういうことだ?」



 勲章を贈られれば、リーレイスと会う機会が増える、とはどういうことなのか。

 言われている意味が分からず聞き返すハルだったが、リーレイスには聞こえていない。

 アンネに視線を送ってみても、さあ、と肩をすくめられてしまった。



「ふふ、楽しみにしていてくださいね、ハル様」



 そう言ってリーレイスは可愛らしくウインクして見せた。

 どこか小悪魔的な言動で翻弄され、それ以上何も言えなくなってしまうハル。


 リーレイスはそれだけ言って、エアとアンネを伴い部屋を後にした。



(まぁ、いいか……、)



 疲れで頭が回らなくなってきたのもあるが、ハルは深く考えないことにした。



―――――――――――――――――――――



 今日のところは、三人とも満身創痍。

 少しして部屋へ訪れた城のメイドに、客人用の部屋へと案内された。


 最後にカエデの顔を見ておきたかったが、この広い城のどこにいるか分からない。

 しかし、ここにいることは、もう分かっているのだから焦る必要はないか、と思い直した。



「あー、もうダメだ……、」



 そう言いながら、ハルはベッドにダイブ。

 空腹でもあるし、汗も流したいが、眠気が限界突破していた。


 本当に激動の一日だった。

 何度も危ない目に遭い、実際死ぬところだった。

 自身のこともそうだが、強烈に記憶に残っているのは、カエデがメイリアに胸を貫かれた場面。

 あの時は絶望で自分の全てが塗りつぶされていくような感覚だった。



「あの、白い女の子は何だったんだろう……、」



 カエデを救ってくれた、白く幼い少女。

 記憶の中の白い少女はリッカやカエデに似ていた様な気もするし、そうでもない様な、不思議な感覚。


 そして、あの白い炎。

 もう一つの、白の染色魔力を思い浮かべるが、左手の腕輪は未だ無色のまま。

 あの力は、『白光』の魔法なのか、それとも――


 そんな思考がまとまらないまま、瞼が自然と閉じていき、ハルは泥のように眠りについた。



 ―――――――――――――――――――――



 その日、ハルは夢を見た。


 吹きすさぶ雪の中、田舎と呼べるような田園地帯。素朴な家々が点在しているような、小さな村。


 そして――赤々と燃える炎がそんな家々を、降る雪ごと溶かし燃やし尽くすように、轟々と燃え広がっていく。

 地面には、既に降り積もった雪を染めるように、炎と同じ朱に染まっていた。

 それはそこに住んでいた人間の鮮血によって。



『――うわああああああ!?』


『――逃げろ!子供たちだけでも!!』



 村人達は、皆一様に何かから逃げまどっている。

 そんな人達を襲っているのは、紺色のような深い青、藍色と呼ばれる色を基調とした鎧に身を纏った騎士が十数人。

 その騎士達はまるで狩りをするかの如く、女子供も容赦なく、切り伏せていき、白い雪を赤く染め上げていく。


 騎士達が行き着いたのは、村の最奥。

 他の家屋よりも一回り大きい。一目見てこの村の長の家だということが窺える。


 数十人の騎士達の中から、周りに比べて小柄ながらも厳粛な雰囲気を醸し出す、鎧と同じく藍色の髪を肩口で切りそろえた、一人の女性の騎士が前に出る。

 そして、目の前の家の扉を蹴りで開け放った。



『……見つけたぞ』



 その騎士は聞く者を凍り付かせるほど冷淡な声色で、奥にいる者にそう言い放つ。

 家の奥には、一人の妙齢の女性が幼い子供を二人、背に隠しながら騎士を睨んでいた。



『さあ、覚悟はいいか』


 

 騎士の冷酷な言葉に、女性は何も答えず、幼子をギュッと抱きしめる。



『ふん……』



 騎士は長剣を手に、女性に近づいていく。

 最早、躊躇も迷いもない。人を殺めることに何の感情も抱いていないことが窺い知れる。



『――たまえ』


『ん?』



 女性は俯いたまま何かをつぶやいている。

 騎士は不審に思いながらも、命を刈り取る為に剣を構える。



『送り給え、守り給え。異界の扉を越えし者――』


『貴様っ!?』



 それは魔法の詠唱。

 悪逆非道の限りを尽くす騎士に対して、一矢報いる為の魔法ではない。


 聞き覚えのない詠唱の言葉。

 騎士は攻撃に備えて一瞬身構えるが、これは危害を加えられる魔法ではないと理解し、すぐにその女性に向かって駆け出した。


 藍色に輝く光が徐々にその場に広がっていく。

 激高した騎士は即座にその腕を伸ばし、何かを掴んだと同時に光が全てを埋め尽くした。



 ―――――――――――――――――――――



 ――重い。


 ――体が金縛りにあっているかのように動かず、息苦しい。


 思考は靄にかかっていて、今まで見ていた夢も露と消えていくような。

 暗闇の中をゆっくり沈んでいく、そんな感覚。


 呼吸が出来ず、段々と苦しさが増していく。

 それに反比例するように急速に意識がはっきりしていき――



「――はっ!?」


「おはよ、ハルにい」



 目の前にメイドがいる。

 ハルに覆いかぶさるように乗っかっており、いたずらっぽく笑顔を見せる。


 枯れ葉色の髪のサイドポニー、白地に黄色の差し色が入ったメイド服に身を包む、幼馴染の一人――カエデがのぞき込んでいた。



「……重い、苦しい」


「むっ、可憐な乙女に向かって重いは失礼だね」


「可憐な乙女は、のしかかりで人を起こさない」



 ふひひ、と無邪気に笑いながらカエデはハルの上から飛び降りる。

 ハルも大きく伸びをしながらベッドから降り、もうすっかり朝日が昇った窓の外を見た。

 どれだけ長く眠っていたのか、ものすごくスッキリしている。

 あと何か夢を見ていた気がするが、今のやり取りのせいで、もう思い出せなくなっていた。



「あ! そうそう、ハルにい! 朗報! グランディーノ様が目を覚ましたの!」


「そうか! よかったな」



 ハルと直接的な面識はないが、カエデからは下の者がついて行きたくなるような、とても良くできた上司的な人、というような話を聞いていた。

 そのおかげで職場はホワイト企業、みたいに言っていたが、良くは解らなかった。



「それでね。グランディーノ様を救ってくれたお礼に、って女王様が青の国の人達へ非公式なんだけど、お食事会的なことを開くんだって。もちろんハルにいも一緒に」



 でもなんで非公式なんだろうね、とカエデは首をかしげている。

 

それは恐らく、大っぴらに黄の国の王室側が他国の重鎮をもてなすようなことをすれば、周りから余計な勘ぐりをされかねないからだろう。

 表向きは魔石の流通交渉で第三王女が滞在していることになっているが、あまり長期間黄の国にいるわけにもいかないだろう。

 恐らく今日、明日には青の国に戻ることになるだろうか。


 そんなことを考えていると、カエデは何かを聞こうか聞くまいか、言いづらそうにハルを見ている。



「あの……あのね、ハルにい。ハルにいは、どうする――」



 ぐー、とカエデの言葉を遮るように、ハルの腹の虫が盛大に鳴った。



「あはは、流石に昨日の夜から何も食べてないから、腹減ったな。すまん、何だ?」


「う、ううん! やっぱり、後でいいや!」



 ブンブンと激しくカエデは首を振り、言いかけた言葉を飲み込んだ。

 そして小走りで部屋の扉を開いて振り返り、またいつもの笑顔を見せる。



「じゃあ、案内するから付いてきて!」



 ハルは不思議そうにカエデを見るも、空腹には抗えずにカエデの後を追いかけていった。

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