黄の魔核
ジュードに雷が落っこちた頃。
カエデ達は遠征に出発してからのことを報告する為、テラガラー女王の元へと訪れていた。
「よく……、よく無事で帰ってきてくれました……!」
テラガラー城、女王の私室にて。
黄の国テラガラー女王、テレージア・アスファル・テラガラーは、カエデ、ベルブランカを抱きしめ、アレンにも親愛の目を向ける。
その姿は正に慈愛の聖母と呼ぶにふさわしく、目に涙を浮かべ、心から喜んでいるのが分かる。
ここに四人以外はおらず。今だけは女王としてではなく、家族の無事を安堵する、一人の母親のような姿だった。
しかし、アレンとベルブランカは女王の愛をそのまま享受するわけにはいかず、複雑そうな表情をしていた。
そして、アレンが最初に膝を折り、頭を垂れる。
「陛下、この度の全責任は僕にあります。敵の罠にまんまと嵌り、挙句殿下に手をかけました。本来なら極刑もの、命を以て贖います。なのでどうか、二人には寛大なる処置をお願いしたく……!」
その言葉には悔恨も苦悩も全て織り交ぜたような懇願。
カエデとベルブランカに責任はない。自分一人が責を負う、と。
そんな話は全く聞いていなかったカエデとベルブランカは弾かれた様にアレンの元に駆け寄る。
「兄さん! 今回のことは殿下をお守りできなかった私達全員に責任があります! 兄さん一人に擦り付けることは出来ません!」
「そうです。アレンさんだけのせいじゃありませんよ!」
カエデとベルブランカの言葉が部屋に響く。
アレンが敵の罠にかからなかったとしても、メイリアと、力は未知数だがゲラルトがいた状況では、どちらにせよ同じ結果を辿ったであろう。
だが、二人がどのように言葉を重ねても、アレンが了承することはなかった。
「そうだとしても、許されることじゃないよ。そもそも、あの現場での責任者は僕だ。事が起きた場合の責任は、当然僕が取らなければ――」
「――アレン」
アレンが頑なに責任を取ろうとする姿勢を崩さず、二人を諭すように話をしようとしたところで、静かに、だが優しくテレージアは微笑む。
「そう、自分を責めるものではありません。こうして全員、無事に帰ってきてくれたのです。私はそれで充分です」
「しかし! それでは内部に示しがつきません。城内に余計な軋轢を生む可能性もあります」
特別に責任も取らせず、不問にする、という女王の慈悲を、それでも享受することはできないアレン。
テレージアは困ったように頬に手を当て、ひとまず、と両手を合わせる。
「グランが目を覚ましてから、その話は考えましょう。今は責任を追及するよりも、今後の事を考えねばなりません」
城の治療魔導士曰く、グランディーノの命に別状はないらしい。
ただ、かなり強く催眠魔法をかけられていた様で、目を覚ますまでに時間がかかり、起きたとしてもしばらく休養が必要となる可能性がある、とのこと。
王都に着くまでに数日かかり、その間アイリスが回復魔法をかけ続けてくれた為、恐らく早々に目を覚ますだろう、との見解だった。
結果的には、アレン達の処分は先送り。
アレンは納得しかねている様子を見せつつも、承知しました、と一礼。
「では、聞かせてもらえますか? 一連の騒動の裏で何が起きていたのか」
優しくも凛々しい、テレージアの声に促され、説明役としてベルブランカが口を開いた。
―――――――――――――――――――――
「『魔核』……」
ベルブランカから一通り話を聞いたテレージアは、思案しながら呟く。
それは、ハルとカエデがメイリアから手に入れた、異彩の黎明の目的であるという情報。魔獣の侵攻も、青の国で起きた第三王女誘拐未遂も、その魔核を手に入れる為だったという。
アレンとベルブランカも、カエデから魔核について聞かれた際には、特に思い当たる節はなく、首を振るだけだった。
「女王様。何か知ってるんですか?」
カエデの問いに、いいえ、と首を振るテレージア。
「知っている、というわけではないのだけど、城の宝物庫に黄の賢者テラガラーから代々受け継いだとされる国宝、黄の最上位魔石が保管されていますが……、もしかしてそれのことでしょうか?」
「すぐに確認してきます」
その言葉を聞くや否や、アレンは部屋を飛び出していった。
普段は大人の余裕を見せる態度だが、今はまるで新人執事のように落ち着きがない。悔恨の念に駆られて、体を動かしていないと気がまぎれないのか、そんな様子に見えた。
クイッと、カエデはベルブランカの袖を引く。
「ねえねえ、黄の最上位魔石って?」
「私も詳細は存じませんが、上位魔石よりも更に希少。その何百倍もの魔力を貯蔵できる魔石だと聞いた覚えがあります」
「黄の染色魔力を持つ魔導士にとっては、喉から手が出るほど欲しいと思えるものです。少なくとも一生は、魔力切れで魔法が使えなくなるという事態にはならないでしょう」
「い、一生ですか!?」
ベルブランカの説明に、テレージアが補足。その内容にカエデは仰天。
黄の染色魔力ということは、ベルブランカと同じ。カエデは岩の弾丸が止まることなく、ずっと撃たれ続けるところを想像し、ゾッとしてしまった。
ベルブランカは隣で、勝手な想像をしているカエデにジト目を送り、気を取り直してテレージアに問う。
「では、異彩の黎明は莫大な魔力の貯蔵庫として、それを狙ったということでしょうか?」
「分かりませんね。そもそも魔核というのが、その最上位魔石の事を指しているのか、別の物を指しているのか――」
「――戻りました」
「早っ!?」
まだ五分と経っていない状況で、アレンが部屋に戻ってきた。
あまりの早さにカエデは目を見開いた。
「陛下の仰る通りでした。宝物庫に保管されているはずの黄の最上位魔石は、どこにも見当たりませんでした」
黄の最上位魔石は、手の平大の丸い水晶のような形をしており、誰が見ても分かるくらい濃密な黄の魔力が内包されているらしい。
宝物庫は城内地下に配置されている。
各種魔石、上位魔石や遺物、召喚魔法の媒介等、貴重品の数々が保管されていた。
普段は城内の守護騎士が持ち回りで警備に当たっているが。
アレンが調べた限り、宝物庫のどこにも黄の最上位魔石は見つからなかった、と。
警備の騎士に確認を取るも、魔獣の侵攻の折、城内騎士の騎士も可能な限り参加を指示されていた為、その間の警備は全くない状況にあった、という。
「そうですか……、魔獣侵攻で警備が手薄になったところを狙われたのでしょう。やはり本来の目的は最上位魔石――黄の魔核の奪取、ということだったのですね」
王都までの道中に転がっていた、おびただしい数の魔獣の死体。
あれほどの魔獣の大群が、そもそも囮だったと。そうまでして得る価値が、魔核にはあるということなのだろうか。
「ハルにいが、あのメイリアって人に魔核を使って何をするつもりなのか、聞いてましたけど……、結局はぐらかされちゃって……」
肝心な部分は何も語られなかった。
単なる魔力の貯蔵庫として以外の使い道があるということなのだろうか。
「そうですか……。しかし、敵の狙いが明確になった以上、対策も取れることでしょう。差し当たっては、青の国側と協調しなければなりません。今回の一件で、青の国には大恩が出来ました。可能な限りの支援はしなければなりませんね」
「そう、ですね。カエデも、探し求めていた幼馴染の方と再会できたのですし……」
ベルブランカは珍しく歯切れが悪い様子で、目を伏せた。
カエデはそんなベルブランカを不思議そうに見つめている。
「ベル、なんで変な顔してるの?」
「変なって……、あなたは今後どうされるのですか? もう一人、姉の方を探さなければならないとはいえ、ハルさんは見つかったわけですし……青の国に……、付いて行きたいと思うのですか・・・?」
「ん? あー、言われてみれば……」
馬車の中でもジュードが言っていた。カエデが青の国に来ればいい、と。
お互い探し求めていたのだから、当然今後は一緒にいるものだと考えてはいたが、あまりに怒涛の展開続きだったので、どっちがどっちに行く、というのは考えていなかった。
「ほう、ベルはカエデさんと離れたくないらしい。確かに、せっかくできた親友だし、一緒にいたいよね」
いつの間にやら、普段の調子に戻ったアレンがおやおや、と微笑まし気に口に手を当てる。
ベルブランカは何も言わないまでも、頬を染めながらギロリと、アレンを睨み上げた。
「そっか……、どっちかになるんだ……。ハルにいはどうするんだろ……」
誰に言うでもなく、カエデはそっとつぶやいた。
―――――――――――――――――――――
黄の国テラガラーと藍の国レディオラとの間にある、ある都市。
国内でも有数の大きな都市であり、人の出入りも激しい。
藍の国レディオラとの貿易の中心地となる為、高価な宿が乱立しているエリアもある。
その内の宿の一つ。
軽く十人は止まれそうな程広い部屋に、人影が三人。
一人は窓際で椅子に座り、外の景色を眺めている男。
その椅子に座っている一人に対し、忠誠を誓っているように跪いている白髪の男と赤紫髪の女。
白髪の男――ゲラルト・ヒュノシスは懐から箱に入ったままの、中心が黄色に染まった手のひら大の水晶玉のような物を取り出し、目の前のテーブルへそっと置いた。
「――『黄の魔核』にございます」
それは通常の魔石のように角ばった石ではなく、球体。
しかし内包している魔力は常人でも分かる程、異常なまでの魔力を内包している。
黄の染色魔力を持つ者が保持すれば、無限の魔力を得ることが出来ると言われている、黄の国テラガラーの国宝。
テラガラーの王都へ差し向けた魔獣の大群。
それは全て、この魔核を獲る為に行われたものだった。
ゲラルトから、黄の魔核を献上された人物は黄の魔核を手に取り眺める。
「――素晴らしいな。よくやったぞ、ゲラルトよ」
「もったいないお言葉でございます」
ゲラルトは膝を折り、俯いたまま、冷静に言葉を返すが、喜びに打ち震えているように晴れ晴れした声色。
対して隣の赤紫髪の女――メイリア・ビースターは同じように俯いたまま悔し気に歯を食いしばっている。
「して、メイリア」
「ぁ……、はっ!」
メイリアは緊張した声色で、返事を返す。
結果だけ見れば、何も成し遂げておらず、大量の魔獣も失い、重傷を負って逃げ帰った。そう捉えられても仕方がないような状況。
内心、恐怖と悔恨で気が狂いそうな程であった。
「怪我の程はどうだ?」
「はっ。動くだけであれば問題ないです」
「そうか。此度の件はお前の助力があってこそだと考える。また魔獣を揃えるのは苦であろうが、来るべき時に備えて英気を養うといい」
「っ――はっ……!ありがとうございます……!」
失態を糾弾するでも、反省を促すでもなく、ただ労う為の言葉をもらったメイリアは恍惚な表情で目の前の男を見上げる。
暗がりに表情は見えないが、月明かりに照らされて浮かび上がった、その口元の口角は上がっていた。
「それにしても、メイリアが相対したという、黒の染色魔力の少年。お前はどう見る?」
「重力操作の魔法を使うだけで、脅威とはならないかと。取るに足らない小僧です。あたし等の敵ではありません」
「……その小僧に返り討ちにされたのだろう?」
隣でボソッと呟くゲラルトに、殺意を込めた視線を送るメイリア。
今にも殺し合いを始めそうな雰囲気を醸し出すが、歯を食いしばるだけで動くことはなかった。
「傷が癒え次第、その首を取って参ります! 次は油断なく、最初から全力で周りの奴らも含めて殲滅して御覧に入れましょう!」
メイリアは目の前の男に、懇願するようにそう言い放った。
しかし、男は片手を挙げて、メイリアを制止する。
「今は泳がせよう。本当に我らと敵対する者か、見極めたい」
「……『
メイリアは再び首を垂れる。
盟主と呼ばれた男は満足げに頷き、再び黄の魔核を眺めながら手の中で弄ぶ。
その瞳に何を映し、何を考えているか、今はまだ誰にも知る由はなかった。
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