恩人達との出会い


「生きてる……」



 ハルが目覚めたとき、知らない天井が目に入った。

 起き上がって周りを見てみるも、見覚えのない部屋でベッドに寝かされている。

 ズキリと肋骨が軋むような痛みが走り、夢じゃなかったかと落胆。

 痛む体に鞭を打ち、窓際から外を眺めてみる。


 テニスコート2面分はありそうな庭とそれを彩る花々。外に見える景色も同じような庭付きの家々が並んでいる。

 だが何よりも違和感がぬぐえないのが、遠くに見える――城。



「……城が建ってる」



 あれ、いつの間にウチの近くに城が建てられたっけ、と考えてもそんな記憶はない。というより周りの景色も全く見覚えがない。


 そこでハルは、はっとして鏡を探した。

 いつかカエデが言っていた。アニメなんかでよくある設定の異世界モノの話を。

 部屋に備え付けられている鏡をのぞき込んでみると、そこに映しだされていたのは――



「――俺だ」



 別に何も変わっていない自分の姿だった。



「だよなぁ、異世界転生なんてあるわけないよな」



 死んだ拍子に自分じゃない誰かに乗り移ってるのではと一瞬焦ってしまったが、よくよく考えてみたらポケットの中にスマホはあるし、服も見覚えのある学校の制服。

 誰に見られているわけでもないが、一人赤面してしまう。

 ひとまず自分の置かれている状況を把握しなければと部屋の外に向かおうとしたとき、ドアがガチャリと開いた。



「あ、目が覚めました?」



 透き通るような青い髪を持つ少女が現れ、ハルに笑いかけた。

 見たところハルと同年代、透き通るような美しい青い髪を肩口までおろし、髪と同じ美しい青の瞳と、同じく青いジャケットを羽織った姿が印象的な少女だった。

 その少女は水とサンドイッチのような食べ物を手にハルをじっと見つめ、またニコリとほほ笑んだ。



「怪我は大丈夫そうですね。問題なさそうで安心しました」


「あ、ああ、ありがとう……えっと……」


「あっ、そうですね」



 少女は食事を机の上に置いて改めてハルに向き直る。



「始めまして。私はアイリスと言います」


「あ、うん、俺はハル。先導ハル。えっと、アイリスさん、とりあえずここはどこか聞いてもいいかな」



 アイリスと名乗った少女は、柔和な笑顔を見せる。



「ふふ、アイリスでいいですよ。ここは私の幼馴染の家です。ハルさんはこの町近くの魔獣の森で、魔獣に襲われていたところを助けて連れてきた、と聞いてます」



 そういえば、と気を失う前に誰かに助けられたような気がする。

 それよりも不穏なワードが出たことが気になってしまう。



「魔獣って、あのなんかデカい狼みたいなやつ?」


「そうですね、他にもいますけど。通常よりも異様に大きな個体だったみたいですね」


「……」



 ハルはアイリスと話していて、強烈な違和感を抱いていた。

 一見外国人のように見えても普通に日本語が通じているのは、まあいいだろう。

 窓の外の城についても、とりあえずは置いておくとして。

 魔獣という人を襲う怪物がいることを、平然と受け入れている姿勢は何故なのか。



「なあアイリス。変なことを聞くようだけど……」


「はい、なんですか?」


「この国の名前ってなんていうんだ?」



 アイリスは眉をひそめて、何言ってんだこいつ的な視線(少なくともハルはそう思った)を向けながら答えた。



「青の国クリアスですけど……」



 はい、もう分からない。

 先ほど自分で考えた、異世界うんぬん、というくだりが現実味を帯びてきた。

 即座に頭を抱えてうずくまったハルを見て、アイリスが心配してきた。



「大丈夫ですか? まだどこか痛みますか?」


「いや、大丈夫……」



 これは、そういうことなのだろうか。

 いやまだ分からない。これはもしかしたら、盛大なドッキリなのかもしれない。

 とりあえず目の前のアイリスだけでなく、他の人の話も聞いてみないと、とハルは立ち上がる。



「俺を助けてくれたっていう、その人はどこに――」


「――ジュード・ローゼンクロイツだ」


「ぬああああ!?」



 いきなり背後からヌルッとハルの視界に現れた、赤髪の男に思わずのけぞってしまうハル。対照的にアイリスは冷ややかな視線を送っている。



「ジュード、いきなり出てくるのはやめて、って言ったでしょ」


「ふふん、趣味なので無理です」



 赤髪の男はそう言いながらドヤァと胸を張る。


 ハルよりも二、三歳上くらいか。深紅の短髪、筋肉質、アイリスと同じ青いジャケットを羽織り、一見すると威圧感を与えてしまいそうな外見をしているが、いたずらっぽい笑顔がとっつきやすい雰囲気を醸し出している。



「やあやあ、元気そうで何より。最近変な魔獣がうろついてっから、森の中には入らない方がいいぞ」


「あ、ああ……」



 ハルはアイリスにしたのと同じように自己紹介し、改めて助けてくれたことに礼を言った。そしてジュードもアイリスと同じように魔獣という存在について、なんの違和感も感じていない様子。


 ここまで来たら、ハルはもう薄々と現実を受け入れ始めていた。

 だがその前に聞かなければならない事がある。



「あの、あそこで俺の他にもう二人、俺と同じくらいの歳の女の子、見ませんでしたか?」


「ああ敬語はいらない、なんかむずがゆくなる。ハルって言ったか? 一通り見て回ってたが、ハルの他には誰もいなかったぞ」


「そう、か……」



 安心半分不安半分といったような感情だった。

 もしかしたら二人は巻き込まれていないかもしれない。だがそうとも言い切れない。とにかく自分の置かれた状況理解しなければならない。

 ハルが口を開く前にジュードが疑問を投げてくる。



「で、ハルはどっから来たんだ? 見慣れない服を着てるが、他の国から来たのか? なんで魔獣の森に?」


「いや……悪いが、また変なことを言うかもしれないんだが……俺は日本の生まれだ」



 ジュードもアイリスも、ニホン? と首をかしげていた。

 ハルはやっぱりかそうなのか、と思いつつ、ここに来るまでの経緯を説明し始めた。

 普段は日本という国で学校に通っていること、その学校の図書室で幼馴染が本を開いたら、気づいたら森にいたこと、そして魔獣という怪物に襲われジュードに助けられ今に至る。


 ハルが話をしている間、二人はにわかには信じられない、というような顔で聞いていた。



「なあ、アイたん。異世界人の存在って聞いたことある?」


「ないよ。ないけど、召喚魔法で呼び出す精霊は元々異世界から来たって説があるから、あり得なくはない……と思う。いや本来はこの世界の生物を召喚するのであって……でも神霊は召喚の可能性も……いやいや何らかの触媒があれば可能……いやでも――」



 アイリスは顎に手を当てて、ぶつぶつと考え事をしている。

 自分の世界に迷い込んでしまったアイリスは放っておいて、とジュードはハルに向き直る。



「ま、とにかく今のハルの言うことが本当だったとして、これからどうするんだ?」


「どうするも何も、とにかくリッカとカエデ……幼馴染もこの世界に来ているかもしれないなら、何としても探さないとならないが――」



 その手段が現状ない。

 右も左もわからず、途方に暮れるとはまさにこのこと。

 どうする、と言われてもどうしようもない、というのがハルの本音だった。

 知らない土地で家族もいない、たった一人。

 その孤独感に心臓をギュッと絞られていく、ハルはそんな感覚に陥っていた。


 だがそれ以上に同じような思いをリッカもカエデもしているのだとしたら、是が非でも助けに行かなければならない。そんな焦燥感を抱いた。

 いつの間にか我に返っていたアイリスは、そんなハルの様子を見てジュードの服の裾を引く。



「ジュード。ハルさんが本当に異世界から来たのなら、少なくともこの国では前例がない。確かに来ている服、持っているものも見たことがないし、嘘をついているとは私は思えない。それにどんな魔法を使って、どんな条件があって再現できるのか私としては気になるし、もし解明できれば国の利益にもつながるかも」


「……まあ、助けるなら最後まで、とまでは出来ないが、ある程度のところまではやってもいいか」



 やれやれ、というようにため息をつくジュード。

 不安にうつむくハルの背中を、ジュードはバシンと力強く叩いた。

 力が強すぎてハルは顔をしかめる。



「自衛ができる程度には助けてやるよお! その代わり、お前の人探しが終わったらお前の体をじっくりコトコト調べてやるからな!」


「言い方が気持ち悪い」



 まるで夫婦漫才がごとく、掛け合いを展開する二人にハルは苦笑。

 叩かれた背中がじんじん痛むが、叩かれた衝撃で不安も焦りも吹き飛んだようだった。

 そして二人に向かってハルは頭を下げる。



「……ありがとう」



 命を助けてくれただけでなく、初対面の素性も分からないハルに協力を申し出てくれた二人に感謝の念が尽きない。

 頭を下げ続けるハルを見て、ジュードとアイリスは顔を見合わせて笑って見せた。


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