魔法


「じゃあ、まずこの世界の歴史についてから、ご説明しますね」


「お、おう」



 ハルが目を覚ました次の日。

 この世界のことについてまるで無知なハルに対して、アイリスが一般常識を教えるという、まるで教師と生徒のような状況になっていた。

 いまいち勉強は得意ではないが、何とか理解しようと意気込むハル。



「この世界の成り立ちは、神話と呼ばれる時代に遡るのですが――」



 ――数千年前、世界の黎明期と呼ばれる時代。


 かつてこの世界は魔王とその眷属である魔族が支配していた。

 人間は虐げられ、殺され、搾取され、魔族の奴隷のように生活することを余儀なくされていた。


 ある時、天より光と闇の魔の神が現れ、六色の神霊を生み出した。

 光の魔の神は赤の女神、青の女神、緑の女神を、闇の魔の神は藍の女神、黄の女神、紫の女神を。

 女神たちは人間に魔力を与え、人間たちは魔法を使いこなし、魔族に対抗、反逆の狼煙を上げていった。


 やがて女神たちは人間とともに魔族を打ち破り、魔王を封印し世界に平和が訪れる。


 女神たちは、魔の神と共に役目を終えたかのように消え去り、人々は与えられた魔法の力を用い世界の復興に尽力していった。


 女神と共に魔族と戦った人間の中で、最初に女神から魔力を与えられた六人の魔導士達がいた。


 炎のプロメウス、水のクリアス、風のオンウィーア、氷のジーヴル、土のテラガラー、雷のスサノオ。


 六人の魔導士達は始まりの魔導士――始原魔導士と呼ばれるようになり、その力で荒れ果てた世界の再構築を進め、やがて大陸を六つの国に分けそれぞれの国を興す。


 そうして六人の魔導士は王となり、世界を救済したその王達を称え、後の世に語り継がれていくこととなった。



―――――――――――――――――――――



「そしてここは始原魔導士の一人、水のクリアスが興した国で、王都アクアリアと言います」



 青の国クリアス。その中心地である、ここ王都アクアリアは水の都とも呼ばれ、町の至る場所に水路が流れており、王城から町の大通りまで伸びるように運河が通っている。水面に映る町の景観がとても美しい、と他国でもかなりの評判になっているという。



「町の風景だけじゃなく、魔法の研究が最も盛んなのが、ここアクアリアとも言われてます」


「魔法……ね」



 この世界では魔法という概念が存在する。

 火を出したり、水を飛ばしたり、おおむねハルが想像するような超常の力という認識で間違いはないらしい。

 アイリス曰く、ハルがこの世界に現れたのは、召喚魔法によるものに間違いはないという。


 しかし召喚魔法はこの世界に存在するもの、主には精霊と呼ばれる存在を呼び出す魔法であり、この世界に全く関わりがないハルを呼び出すことは不可能だとアイリスは言う。



「もしかしたら、その幼馴染さん達の方にこの世界に連なる何かしらの要因があるかもしれませんね。でも話を聞く限り、そのお二人もハルさんと同じ状況のようですし、まだ何とも言えません」


「そうか……」



 当然、ハルはこの世界に何のつながりもない。

 先祖が異世界人だった、というようなことも聞いたことがない。というか、思いも付かない。


 もしかしたらリッカとカエデの方に、この世界と関わりがあるということなのかもしれないが、今は確かめようがない。



「ひとまず、歴史についてはそんな感じですかね。一気に話してもこんがらがっちゃうかもですし、あとはジュードが帰ってきてからにしましょう」


「ああ、ありがとう。そういえば、アイリスと入れ替わりでどっか出かけたけど、何しに行ってるんだ?」


「あ、はい。ハルさんが生活していく上で必要な手続きをしてくる、と言っていました」


「手続き? 住民登録とか?」


「それも必要なのですが、ハルさんの今後のことを考えたら魔力に色を塗っておいた方がいいとなりまして」


「魔力に色を塗る?」



 魔力というのはゲームや小説でよく出てくる概念なので、魔法に使う必要なエネルギーのようなものというのは理解できるが、色を塗るというのはどういうことか。

 ハルはオウム返しで疑問をぶつける。



「まず、魔力というのは誰しも持っているものですが、ただあるだけでは魔法を使うことはできません。自分の魔力を染めることから始めます」



 そして再びアイリスによる講義が始まる。



「魔法は自分の魔力の色によって属性やその効果に違いが現れます。赤であれば炎、青であれば水の魔法をそれぞれ扱うことができます」



 緑色であれば風、黄色であれば土、紫色であれば雷、そして緑がかった青、藍色と表される色が付いた場合は氷。

 その色が付いた魔力のことを、通称染色魔力せんしょくまりょくと呼ぶ。



「一部例外はありますが、とりあえずその六色を覚えておいてもらえれば良いかと思います。それで、どうやって自分の染色魔力がわかるかというと――」


「――コントラクト・カラーリングを受けてもらう」


「うわっ!?」



 突如ジュードが視界の隅から現れ、ハルは驚きでのけぞった。

 ニヤリとジュードは不敵に笑い、アイリスはため息をつく。



「いやいや、ハルは良いリアクションをするのう」


「いきなり出てくるのはやめてって言ってるでしょ」


「ふふん、趣味なので無理です。二度目」



 ドヤァ、という誰が見てもイラっとさせそうな表情で胸を張るジュード。

 ハルは会って間もない人を殴りたいと思ったのは初めてだった。


 ひとまず気を取り直して、ハルは咳払い。



「で、そのコントラクト何とかってのは?」


「自分の魔力に色を塗る儀式のことよ。儀式とは言うても、水晶玉に手を乗っけてじっとするだけ」



 ジュード曰く、本来であればコントラクト・カラーリングは幼少期に受け、魔法学校に通いながら研鑽を積むことが多い、と。

 儀式を受ける為にはある程度の費用がかかるというが、今回はジュードが一旦肩代わりしたという。

 それを聞いたハルは両手をブンブン振って焦る。



「いや! いやいや! 助けてもらった上に、そこまでしてもらうわけには……」


「勘違いしないでよね! 貸すだけなんだからね! 利子付けて返してもらうんだからね!」



 謎におねえ言葉でジュードは腕を組んでそっぽを向く。

 その言動から本気で言っているのか、冗談なのか判断しづらい。


 チョンチョンとハルは腕をつつかれ、アイリスがひそひそと顔を寄せてくる。



「気にしないでいいですよ。ああ見えて、おせっかい焼きなんです。言動は常にふざけてますけど」



 アイリスは笑顔でうなずく。

 流石に付き合いが長いからなのか、特にジュードの言動に驚くこともない。

 それに、とアイリスは続ける。



「身近に同年代の友人、少ないんですよ、ジュード。だからハルさんと知り合えてうれしいんだと思います」


「そうなのか……」



 何というか、切なくなってくる話だが。

 金の貸し借りで友人関係を築くわけではないが、ジュードのそんな心意気をハルはうれしく思う。

 そして背を向けているジュードに、さっきのお返しとばかりにハルは背中を叩いた。



「……ありがとう、受けた恩は必ず返すよ」


「おお、期待しないで待っててやるよ」



 そう言って、ジュードはニカッと笑った。

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