コントラクト・カラーリング
王立魔導研究所アクアリア本部。
青と白のコントラストが美しい、神殿のような建物。
広大な敷地内には研究所所属の魔法学院が併設されており、世界で最も魔法の研究が進んでいるとされる、魔導の最先端。
炎や水の魔法における基礎研究や、詠唱や魔法陣等の魔法を発現させる為のメカニズムに着目した研究、魔法で発生する熱や推進力を利用したエネルギー研究等様々な分野における研究がなされている機関である。
人のまっさらな魔力に色付けする、コントラクト・カラーリングを行うのも、ここ王立魔導研究所アクアリア本部の役目となる。
ハルはジュードとアイリスに連れられ、この研究所に足を運んでいた。
研究所内の受付がある場所は閑散としていた。
白衣を纏った研究者然とした人が行き交っているようなイメージであったが、あまり人の出入り自体が少ない。研究で部屋にこもっているのだろうか。
「 普段はもうちょっと人は多いんですけどね。学生も良く出入りしてたりしますよ」
周りをキョロキョロしていたハルの心情を察してか、アイリスが解説してくれる。
普段はというと、今は何かあるのだろうか。そう聞く前に、受付で手続きをしていたジュ―ドが戻ってくる。
「すぐに担当者が迎えに来てくれるってよ」
「ああ、ありがとう」
そのまま受付で待たせてもらいながら、そういえば、とハルは気になっていたことを二人に聞いてみることにした。
「二人はいつも何をしている人なんだ?俺と同じくらいの年だろうし、学生?」
ピンポン、とジュ―ドは親指と人差し指で丸を作る。
そして説明はアイリス。
「私もジュ―ドも、この研究所附属の学院生なんですが、今は学院自体休校になっているんです」
「そりゃまた、なんで?」
「……お隣の黄の国と、そのまたお隣の藍の国の国交が上手くいっておらず、緊張状態がここ数ヶ月続いているんです。もしかしたら戦争になるんじゃないかって、くらいに」
「まあ、レディオラの無茶ぶりのせいだが」
ジュ―ドは吐き捨てるように言う。
青の国クリアスの隣国は、黄の国テラガラーという。
そのまた隣の国は、藍の国レディオラ。
藍色、つまり氷の国とも言われる藍の国レディオラは雪が吹きすさび、寒さが厳しい土地。必然的に暖を取る為のエネルギーを得なければならない。
この世界におけるエネルギ―原は、主に魔石と呼ばれるものが利用されている。
魔石とは、魔法を発現させる際に消費される魔力を凝縮させた石である。
例えば炎の魔法陣が刻まれた魔石は火を起こし、水の魔法陣が刻まれた魔石は水を湧き出させる。この世界において、魔石は生活していく上で無くてはならないものとなっていた。
藍の国では自国で採れる魔石は量が少なく、その多くを他国からの輸入に頼っているが、近年要求される魔石量が増えているという。
ですが、とアイリスは続ける。
「半年ほど前に、レディオラ側が、テラガラーからの予定輸出量の倍以上、魔石を要求してきたらしいんです」
「んで、テラガラー側がそれを突っぱね続けている、と。テラガラーも自分の所でも必要だし、こっちともやり取りするからな。だがその途端、テラガラー内の魔石が採れる鉱山で盗掘事件が続出。それがどうやらレディオラ側に流れているんじゃないか、ともっぱら噂が流れているんだな、これが」
ジュードは腕を組みながら答える。
タイミング的に鉱山の盗掘事件は藍の国側の工作でないかと疑われているが、証拠はなく、もちろん藍の国側も知らぬ存ぜぬとの返答ばかり。
藍の国は黄の国を侵略しようとしている、と根も葉もない噂も蔓延り、国民の反レディオラ感情は募るばかり。
青の国は黄の国と条約で同盟を結んでいることもあり、共同で魔法研究を行うことが多い。
今回の騒動から黄の国の鉱山地帯の防衛魔法の強化、見直しの名目で研究員が黄の国に出向することが多くなったという。
「ここの研究員が学院の教師も兼ねていることが多いんで、大多数がテラガラーに行っちゃってるから授業までしている暇はないぞ、ということで、休校状態になっているわけだな」
やれやれ、と言わんばかりに肩をすくめるジュ―ド。
「なるほど。でもそれで、侵略されてるだの、戦争に発展しそうだの、そこまでの話になってくるものなのか?」
「まぁ、一部そういう話が上がっているだけで、まだ噂程度なんですけどね。実際そう簡単に戦争なんて起きないと思い――」
「お待たせ―」
アイリスが言い終わる前に、声がかけられる。
振り向くと、光に煌めく金髪が美しい女性が立っていた。
誰が見ても美人と評されそうだが、纏っている白衣はヨレヨレ、寝不足なのか目の下にはクマができており、明らかに疲れてます、という雰囲気が漂っていた。
「おっ、ソフィア先生が担当なのか、……なんか疲れてない?」
「仕方ないのよ、居残り組は自分の研究やら他部署のフォローやら、ただでさえ忙しいのに人が足りてないんだから、休んでる暇なんてないのよ」
やさぐれた表情、猫背。今の状況のせいではあるのだろうが、残念美人だな、とハルは思った。
さてと、とソフィアがハルに向き直る。
「改めまして、これから君のコントラクト・カラーリングを担当します、ソフィア・グレイスです。 よろしくー」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「ソフィア先生は学院の講師も兼任してまして、私とジュードの担任でもあるんです」
軽そうな感じで挨拶するソフィアに。補足でアイリスが説明。
なるほど、だからソフィア先生なのか、と納得。
「それで、今回はジュード君の紹介でカラーリングを受けてもらうわけだけど……どういう知り合い?」
ジュード、アイリスが連れてきたとはいえ、担任としては当然気になる点なのだろう。
アイリス曰く、元の世界に帰る方法やハルの幼馴染を探す方法等、色々調べてもらうにはここの研究所が最良である、と。
ただいきなり行って、この人異世界から来ました、元の世界に帰る方法を調べてください、と言っても、頭のおかしい奴が来た、としか思われないので、必要な段階、手続きを踏んでから、と説明されていた。
その辺りの塩梅はジュード、アイリスにお願いするしかないと思っていたが――
「――森で拾った」
ジュードは何の臆面もなく、そう言い放った。
アイリスは頭を抱えている。
「うん……うん? あー、えーっと、アイリスちゃん、どういうこと?」
「あーはい、ジュードの言うことは気にしなくて大丈夫です。ひとまず身元は私たちが預かっているので問題ない、とだけ思ってもらえれば」
ひとまずアイリスからは、もし身元を聞かれることがあれば、ローゼンクロイツ家預かりの者と言うように、と言われていた。
そう言っておけば、大抵は事なきを得られる、と説明されたが、ジュードは何者なのか、と聞くも、身元保証ができる程度の人、と言われるだけだった。
ハル自身、この世界で身元を保証できるものなど何もなく、説明しても完全に怪しい人物認定されるだけなので、正直助かるは助かるのだが。
「まあ、アイリスちゃんが言うなら大丈夫なんでしょう。」
(いったいどういう立場の人間なんだか・・・)
実際、ソフィアもアイリスの説明だけで、それ以上は何も言わず、これから手続きを進めていく、とのこと。
それなりの地位に就いているのか、それともジュードの家がそういう家庭なのか、疑問は尽きないが、ジュードはニヤリとするのみ。
怪訝な表情をしながら、ハルはソフィアに案内されるまま、別室へと赴いた。
―――――――――――――――――――――
案内されたのは、二十畳ほどの広さの部屋。
中央に台座と、その上に水晶が設置されている。だだっ広くて殺風景な部屋、という第一印象だった。
「じゃあ、私は隣の部屋で見守ってるから、少ししたらその水晶の上に手を置いて、じっとしててね」
「ん? なんでわざわざ移動するんですか?」
「うん、たまにね。たまに、自分の魔力を暴走させちゃってね、危険があったりするから……でも大丈夫! ジュード君もアイリスちゃんも隣で見守ってるから!」
「えー……」
よく見たら、隣の壁の一部がガラス状になっており、ジュードとアイリスの顔だけ見える。
ジュードはサムズアップ、アイリスは手を振っている。
見守っている、を連呼されているが、いざそんな事態に陥ったら助けてくれるのだろうか。ハルがあっけにとられている隙に、ソフィアは出て行ってしまった。
「……」
途端に水晶が危険なものに見えてきてしまったが、このままでいてもしょうがない。ハルはおっかなびっくり、水晶に右手を乗せる。
そして徐々に水晶は輝きだしていく。
赤か青か緑か、黄か藍か紫か――
光が徐々に強くなり、辺りをまぶしく照らし色づいていく。
そして唐突に――ハルの意識は途切れた。
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