黒と白
気づいたら真っ白な空間にいた。
部屋の中にいるのか、外にいるのか。
どこまでも続く白い地平線。その先に眩い光が見える。
意識がぼんやりとしていて、何を目的としているのか分からない。見える光に向かって、ただ歩いていく。
どこまで歩いて、どれほど時間がたったかもわからない
数メートルか数キロか、数秒か数時間か。
一向に光にはたどり着かない。
まるで頭の中までも真っ白に染まっていくような――
ふと上を見上げると、何かが白い景色を塗りつぶしてくる。
それは黒。黒い影のような、闇だった。
黒よりも深い黒、漆黒が上も下も右も左も、全てが塗りつぶされていく
闇が、手も足も徐々に黒く、黒く、ハルの存在すらも黒く塗りつぶす。
そこに恐怖はなく、不快感も、快感も、悲壮も、虚無感も、何もなく
ただ身を任せて塗りつぶされていく。
意識すらも飲み込まれて――そして、また途切れた。
―――――――――――――――――――――
目を開けたらソフィアが心配そう、というより興味津々にのぞき込んでいる。むしろ目が血走っている。
気が付けば床で寝ており、全身の汗がびっしょりで、服が肌に張り付いていて気持ち悪い。
ソフィアの後ろでアイリスが心配そうにしつつも、ソフィアと同じように興奮気味。ジュードは神妙な面持ちでこちらを見ながら何か考え込んでいる。
そして唐突にガシッと、ソフィアに両肩をつかまれた。
「ヤバい、ヤバいわハル君! 何がヤバいって凄くヤバいのよ!」
「あばばばばば」
ハルの肩をガクブルさせながら、もはや支離滅裂、興奮しすぎて何が言いたいのか分からない。
美女が鼻息荒く、目が血走り、その内よだれも出てくるのでは、と思う程の形相は、軽くホラーである。
「……気持ちは分かりますけど、落ち着きましょう、ソフィア先生。ハルさん、何が見えました?」
ぐっと何かをこらえるように、アイリスはソフィアをハルから引き離す。
そして裏付け取るかの如く、見えたものの説明を求められた。
「まず白い景色が見えて、光に向かって歩いていたら、上から黒い影が覆いかぶさってきて、そのまま意識がなくなった」
自分で言ってて何のこっちゃ、という感じだが、そうとしか言いようがない。
だが、そんな説明で納得したのか、ソフィアもアイリスも目を合わせていた。
「これは、まさかの結果ですね……」
「もうダメ! 我慢できない‼ ハル君! お願い‼ 体の隅々まで調べさせて!!!」
とうとうソフィアが手をワキワキさせながら変態的に迫り始めた。
情熱的に美女に迫られる。ある意味男の願望の一つだが、それまでダンマリだったジュードによって阻まれる。
「はいはいはいはい、先生、ちょいと、こっちに……」
「ああん、何よ。これからあんなことやそんなことタイムだったのに」
ソフィアはジュードに連れられて、部屋の隅で何やらひそひそと話を始めた。
途中で「えー」とか「うーん……」なんてセリフが聞こえてくる。
当のハルは何が何やらわかっていない。
「何がどうなって、こんなことになってるんだ?」
「あはは……、じゃあ私から少しご説明を」
ソフィアよりは落ち着いているアイリスが、軽く咳払いして話始める。
「以前、神話の時代に女神から授かった、六色の染色魔力についてはお伝えしたかと思います。その女神を生み出した光と闇の魔の神、白と黒の染色魔力も理論上存在する、とされてきましたが、今日に至るまで発現させた人はいませんでした」
通常、コントラクト・カラーリングの際、意識が途切れることはなく、水晶の中に自身の魔力の色に輝き、その属性の現象も確認できる。
例えば、赤く光れば水晶の中で炎が燃え、青く光れば水で満たされる、というように。
今回、ハルが触れたのち、真っ白く光が溢れ、そしてそれを塗りつぶすかのような黒い輝きと影のようなものが水晶を満たしたという。
「……それが、俺に出ちゃった、と」
「はい。しかも二色。片方だけでも世紀の大発見なのに、それが二つあるので、研究者としては、ああなります」
アイリスは、ジュードに何か言われて頭を抱えているソフィアを指さす。
そう言われても、元々この世界の人間ではないハルにとっては、いまいち実感というか、ソフィアの大興奮状態が理解できなかった。
そもそも白だの黒だの言われても、未だ魔法が仕える感覚などなく、体にも何の影響も出ていない。
自覚もないのに、すごい力がある、と言われても、はあそうですか、という感想しか出てこなかった。
「前例がないので、属性の分類は不明ですが、ハルさんの話を聞くに、光と闇になるでしょうか。白い光で『
「お、おお……」
光と闇の魔力、と聞くと、なんとも中二病感がして、気恥ずかしいやら、痛々しいやら、なんとも言えない気持ちになってくる。
だが、この場でそう感じているのはハルだけであるよう。
カエデ辺りが知れば冷やかしてくるだろうか。いや、割とファンタジー系は好きだから食いついてきそうな気もする。
ハルは気を取り直して、ふと気になったことを尋ねてみる。
「一人で二色の魔力を持つなんてこともあるのか?」
「二色持ち、二属性持ちは滅多にいませんが、いることはいます。ジュードも二属性持ちですしね」
そうなのか、とハルは驚く。
そういえば、ジュードとアイリスの染色魔力が何か、まだ聞いていなかったな、と思ったが、聞く前にまたもやアイリスがぶつぶつ言い始めてしまった。
「……でも、どうして異世界人であるハルさんに白と黒が出たんだろう、もしかしたら神話時代の初期のころには存在して、世代を追うごとに血が薄れて発現しなくなったとか……? でも、白と黒の魔法について一切の情報がないから、初期の頃にも存在しなかった可能性の方が……、いや逆に異世界人だから……」
気づいたらアイリスは思考の海に潜っていた。
目の前で手を振っても気づかないくらい、没頭しており、最早声は届きそうにない。そうこうしているうちに、話し終えたのか、ジュードとソフィアが戻ってきた。
何やらソフィアはとても不満そうだが。
「おめでとう。恐らくだが、お前はこの国における、スーパーウルトラ重要人物になるだろう」
「はあ?」
語彙力が拙すぎて意味が伝わってこない。
「お前が、じっけんたい――もとい、研究協力してくれるなら、お前の幼馴染探しに、国レベルで協力することも出来るだろう」
「おい、今不穏なワ―ドが聞こえたんだが」
「大丈夫! 悪いようにはしない! ソフィア先生には手を出さないよう約束させたから……まだ」
ぼそっと最後にそっと、ジュードはつぶやく。
ソフィアは、まるでエサを前に待てをされた犬のごとく、ハアハアしながらハルを凝視している。良し、と言われればそのまま襲い掛かってきそうだ。
「ひとまず、お前の身は現状もローゼンクロイツ家預かりのままだ。今後のハルの扱いについては御上の判断を仰がないとならん」
「御上って誰だよ」
「御上は御上よ」
ジュ―ドは人差し指を上に向ける。
つられてハルも上を見るが天井があるだけで、どういう意味かまるで理解できなかった。
「ま、どちらにしても、魔法が扱えなければ、何の意味もないし。幼馴染探しの協力云々も、まあ無理だろう」
「……」
上げたり落としたり、と何が言いたいのかコイツは、とハルは怪訝な目でジュ―ドを見る。
そんなハルの気持ちを知ってか知らずか、ニヤリと笑みを受かべながら人差し指をハルに突きつける。
「それじゃ、次行ってみよー」
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