魔装具と染色魔力
場所は変わって、同研究所内の魔法実験場。
体育館の様に広々としており、その名の通り、魔法による事象の確認、実験を行う場所である。ある程度の威力を持つ魔法でも、ビクともしない頑強さを誇る造りとなっている。
ハル達は、この魔法実験場に移動していた。
まずは、実際に魔法を目にしないとイメージも何も湧かないだろうと、アイリスが魔法の実演を見せてくれる、とのこと。
ジュードはやることがあるとのことで、アイリスにこの場を任せ、ソフィアと共にどこかへ行ってしまった。
「まず魔法を使う前提として、魔力の色付け、それから
「
アイリスは頷き、右腕をハルに見せる。
右手首に青い腕輪を着けている。そして青白い光を放った次の瞬間、その手にアイリスの身長と同程度の長さの青く透き通るような杖が握られていた。
おお、とハルは感嘆の声を上げる。
「魔装具というのは、魔法を円滑に発動させる為の武器や道具ですね。魔装具を通して、自分の魔力を魔法に変換する、これが一連の魔法発動までの手順となります」
アイリスはハルから少し離れ、杖を少し上に掲げる。
『ポルカドリフト』
杖の周囲で水が収束、サッカーボール大の水の玉がアイリスの周りをフヨフヨと漂い始めた。
おおお、と再びハルは感嘆の声を上げる。初めて見る魔法に興奮を隠しきれない。
今まで説明はされてきたが、アニメやゲームで見たことがある現象を、実際に目の当たりにすると、少なからず感動を覚えていた。
「私の染色魔力は『青』、属性は『水』、『
この世界において、魔法を使う者は魔導士と呼ばれる。
色と属性によって識別され、一般的に水の魔法を使う魔導士は、アイリスのように青水の魔導士と呼ばれるという。
アイリスは杖を動かし、水球が踊るようにハルの周りを回りだす。
その水球は十数個の水玉に小さく分裂し縦横無尽に空を舞う。水玉は光を反射させ、キラキラと光り輝く様が幻想的な風景を作り出している。
そんな美しい光景を見ながら、ふと思う。
(こんな景色をリッカやカエデに見せてやりたいな……)
きっとリッカは感動で目を輝かせるだろう、カエデは興奮して自分もやりたい、と言い出すだろう。
二人がこの世界に来ているかどうかもまだ分からないが、不安と焦燥感はどうしてもぬぐえない。
そんな気持ちを察してか、アイリスは水球を上空に飛ばし、霧状に拡散。
光を反射しながら輝くカーテンのように降り注いだ。
「きっと大丈夫ですよ。ここは魔法研究の最前線ですから、ジュードは魔法を使えなければとは言ってましたが、既に白と黒の色付けができたこと自体異例ですし、すぐに魔法が使えなくても支援は受けられると思います。ハルさんの幼馴染の方もすぐに見つかりますよ」
光り輝く雨の中、優しく微笑むアイリスはまるで女神の様に美しい。
優しく、慈愛に満ちた言葉に、少しだけハルの不安が溶けていくようだった。
「……あぁ、ありがとう」
アイリスは頷き、両手をパンと叩く。
「はい、では気を取り直して、まずこちらをどうぞ」
手渡されたのは、二つの無色透明の腕輪。
「これは?」
「それは魔石を加工して作られた腕輪ですね。ハルさんは二色持ちなので、腕輪も二つです」
加工後であるが、魔石というものを初めて見るが、水晶のような無色透明というだけで、特段変わったところはないが、これが他の国の騒動となっている原因か、としげしげと眺める。
「で、コレをどうすればいいんだ?」
「まず腕に着けてください。太さは……大丈夫そうですね。これがさっきお見せしたように、魔装具に変化するんですが、ただ魔装具に変化する条件が、明確にはなっていないのです。よく言われているのが、自分の魔力が魔石に馴染んだ時や、本当に必要になった時、持ち主が望んだ形になる、と」
「ほう、じゃあ杖になるとは限らないわけか」
「そうですね。ジュードなんかは、大剣になったりしてます」
あーなんか脳筋っぽいもんなあ、とハルは妙に納得した。
「変化した後は、こういう感じで自分の魔力の色になります」
アイリスは右手を軽く上げる。先ほどまで杖だった青い腕輪が、キラリと光る。
そこで、ふと思う。
「……じゃあ、着けたまま待つしかない、ってこと?」
「うーん、ただ訓練中に突然変化した、という前例もあるようなので、ある程度身の危険を感じる状況が必要なのか、環境によっても左右されるのか、はっきりとは分かってないんですよねぇ……」
「ならば俺の出番というわけだな!」
「うわ!」
気づいた時には、背後にジュードが立っていた。
振り返ると、以前も見たドヤ顔が、そこにはあった。アイリスはまた呆れたようにため息。
そんな様子を意に介さず、ジュードは胸を張って両手を天に仰いだ。
「喜べハル。お前の人探しは魔導研究所が全面的に支援する、と話があった!」
ジュードはのけぞった。
のけぞりすぎてブリッジしそうになっていた。
「お、おお、それはありがたいが、まだ魔法が使えるようになるまで、時間がかかりそうだな、という話をしていたんだが……」
「ここの所長と話をしてきた。既に色付けで白と黒が出た時点で、十分研究価値はあると判断された!」
ブリッジからぐるん、と体を起こしながら、ドヤ顔が戻ってきた。
どうやらアイリスの言った通り、現時点でも何かしらの支援は受けられることになったらしい。
とてもありがたいが、普通に話ができないものか、とハルは思う。
「さっき言っていた、御上ってのは、ここの所長だったのか」
「うんにゃ、それはまた別。そっちの方は、まだ時間がかかる。ま、結果が分かったら話すぜ」
どうも、のらりくらりと肝心なことははぐらかされている気がする。
アイリスの方を見ても苦笑しているのみ。
「もう少ししたら、ここの所長もハルに会ってみたい、って言ってたから、面会するぞ。準備ができたらソフィア先生が迎えに来るぜ」
「あ、ああ、わかった」
何だかとんとん拍子で話が進んでいっているような気もするが。
とにかく、今の段階でもリッカとカエデの捜索に力を貸してくれるというなら、ありがたくお願いしよう。
ハルはそう思いながら、ところで、と続ける。
「さっき言ってた、ジュードの出番ってのは?」
「アイたんが言ってただろう? 命の危険を感じれば、魔装具に変化するって」
あれ、そこまで言ってたっけ、とアイリスを見るも、ブンブンと首を振って否定している。
だがジュード、そんな様子を気にすることなく、右手を掲げる。その手首にはアイリスと同じ青い腕輪が着けられている。腕輪が光り、ジュードの身の丈ほどの大剣が現れる。
ハルはひしひしと嫌な予感を感じていた。
「おい、まさか……」
「はっはー! さあ、避けてみろー!」
大剣が振り上げられ、ハルを目がけて叩きつけられる。
反射的に体が動いて跳び退り、空を切った大剣は地面に叩きつけられ、甲高い音と衝撃が響き渡った。
「おい! ちょっと待て! シャレにならない!」
「いい反応するじゃねえか! さては武の心得があるな! 面白い!!」
ハルの目には、ニンマリ笑顔の悪魔に映った。
丸腰相手に躊躇なく襲い掛かる、まさに悪魔の所業。
ハルの中で、変な言動をするがいい奴、という評価が、変な言動をするヤバい奴に変わろうとしていた。
そして、そのヤバい奴は両手で大剣を持ち、背負うように構えると、更なる追撃を――
『――アクアドロップ』
冷静な声と同時に、ジュードの頭上から大量の水が降ってきた。
声のした方を見てみると、アイリスがあきれ顔のまま青い杖を手に立っていた。
ジュードは頭から水をかぶり、文字通り頭を冷やされたのか、大人しくなった。
「はい、ストップ。突拍子もなく、危ないことしない。ハルさん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、ありがとう、アイリス」
いきなり斬りかかられた時は肝を冷やしたが、ジュードも本気で当てるつもりはなかったように思う。ジュードはびしょ濡れの髪をかき上げながら無駄にさわやかな雰囲気を醸し出している。
短い付き合いながらも、奔放な言動をするジュードに、さすがに少しイラっとした。
「無詠唱魔法、流石っすね、アイたん。でも俺びしょ濡れよ」
「いつものことでしょ」
いつもこんなことしているのか、お前ら、とハルは思った。
自分勝手、好きなように振る舞うジュードに、冷静に、かつ物理的にブレーキを掛けさせるアイリス。
本当にこの二人を頼りにしていいのか、ハルは少し心配になってきた。
「で、お前はいつまで、そのままでいるつもりなんだ?」
ハルは未だに濡れたままのジュードに問いかける。
ふっふっふ、と謎に不敵な笑みを浮かべる。
「俺の属性を見せてやろう」
「ん? 『青水』じゃないのか?」
青い腕輪をしていたので、てっきりアイリスと同じく、『青水』の魔導士だと、思っていたわけだが。それは違うと言いたげに、指を左右にチッチッチと振る。
やたらイラっとさせる、その仕草は何なのか、とハルは眉間にしわを寄せる。
そんなハルの反応も気にせず、ジュードは大剣を出現させる。
「俺の染色魔力は『青』、属性は『炎』だっ!」
その剣身から青い炎が巻き起こり、ジュ―ドの体を包み込む。
それはまさに、青い炎の鎧。
熱気がハルに届き、やけどしそうな程の熱量が周囲に流れた。
近くにいたハルが熱さで、流石に身の危険を感じ始めたとき、ジュードの青い炎は瞬時に霧散。
そしてすっかり、ジュ―ドの髪も服も乾ききっていた。
「ジュ―ドは『
「『青』で『水』以外があるのか?」
アイリスの言葉にハルは首をかしげる。
本来、赤に色付けられた者は『炎』、青なら『水』、緑は『風』、黄は『土』、藍は『氷』、紫は『雷』、それぞれその色の魔法を扱えるのが基本。それら六つの魔法を
だが、稀にジュードのように青く色づけられたのに、炎の属性を持つ者、本来その色の系統ではない属性を発現する者が突然変異的に現れた。
その者らを、
異彩魔導士が扱う魔法は、特異な性質、効果、現象を引き起こす。
「俺の『青炎』は炎を纏って、魔力の伝導率、出力を上げる。つまり炎の魔法の破壊力が増す! そして近づく敵を焼き尽くす! そう、俺に触れたらやけどするぜ、ということだな!」
「……あー、滅多にいないんだっけ?」
ジュードのいつもの戯言はスルーして、アイリスに聞いてみる。
当然アイリスもジュードの発言には触れず、ハルに頷く。
「そうですね。理論上他の色と属性の組み合わせも存在するとされていますが、全ては確認されていません。他国でも、いるとは思いますが、研究が優先されてある程度情報封鎖されますので、あまり情報としては多くないですね」
「ふふん、俺はレアだぜ」
「「やかましい」」
ハルとアイリスは声を揃わせた。
ツッコミを入れないと止まらない。よく毎度付き合っているな、とハルはアイリスに同情やら尊敬やらの念を覚えた。
というか、そんなレアな魔法を、服を乾かすという目的だけで使うのは、なんかこう、アホなんじゃないかと、ハルは思った。
ふと、ジュードの左腕にも青の腕輪が付けられていることに気づく。
そういえば、とハルは続ける。
「アイリスが言うには、もう一つ属性持ちなんだっけ?」
「ふっ、まあな。でも、ヒ・ミ・ツ」
「ああ、うん、もういいや」
興味本位で聞いた自分がバカだった。
ジュードとのやり取りに疲れてきたところで、入口からソフィアが顔を出した。
「お待たせー」
ヒラヒラと手を振りながらこちらへやって来る。
どうやら迎えのようだ。
「所長の時間が空いたから、案内するね。こちらにどうぞー」
スッと自然な動作でハルと腕を組むソフィア。
忙しすぎて身なりなど整えられていなさそうなのに、ラベンダーのような花の香がフワッと香った。
年上の綺麗なお姉さんに引っ付かれ、ドギマギしてしまうハル。
「いや、ちょっ、なんで!?」
「わたしー、あなたの体にー、興味があるのー」
これまでの言動を鑑みるに、明らかに研究対象としてしか、見られていないのに、ちょっとドキッとしてしまうのは、悲しい男の性か。
ジュードはうんうん、と頷き、頼りのアイリスは苦笑しているのみ。
結局振りほどくことはできず、されるがまま連れていかれたのだった。
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