商業ギルド
王都エルツランドのメイン通りに面して、商業ギルドは位置していた。
黄の国において商いをする場合、基本的にはここのギルドに登録した上で自分の店を持つことが出来る。
その役割は店の登録だけでなく、土地の購入や資金の貸し付け等商人に対しての支援のみでなく、個人、団体問わず物資の注文も請負、業者に注文、手配、配達に至るまで。
そんな国内の流通の中心としての役割が表の顔だという。
しかし、商業ギルドはまた別の顔を持ち合わせていた。それが―――
「情報網、ですか?」
カエデはベルブランカに引きつられ、商業ギルドの奥の個室へと案内されていた。
ギルドの受付では商人らしき人たちがカウンターでやり取りしていたのを横目に、自分たちは個室対応というピップな待遇。
そこで担当者が来るまで、ベルブランカに商業ギルドについての説明を受けていた。
「そうです。商業ギルドは物流の中心地。物資と共に情報もやり取りしていて、各地の農産物の収穫量、魔獣による被害状況、他国の情勢、裏付けが取れていない噂話程度に至るまで、ありとあらゆる情報がここに入ってきます」
「へぇー、すっごい!」
もしかしたら、ここでならハルやリッカの情報もあるかもしれない。
どういった目的でベルブランカがここに来たかは定かではないが、話が終わったころに聞いてみてもいいかな、とソワソワしてきてしまった。
「みっともないので、キョロキョロしないで下さい」
「っ、はい!」
ソワソワが仕草に出てしまったか、ベルブランカに窘められてしまった。
すぐにカエデはピシッと姿勢を正す。
そしてその数分後、部屋の扉がノックされ、柔和な雰囲気の大人な女性が現れた。
「お待たせいたしました、ベルブランカ様。あら、初めましてですね」
薄茶色の長い髪に、優しくおっとりした声。それに何より、そのボンキュッボンに圧倒されてしまった。
「ふおおおお、リカねえよりデカい・・・」
何が、とは明言していなかったが、ベルブランカに肘で小突かれ正気に戻る。
「はっ! すみません、カエデと言います」
「新人のメイドです。今後顔を出す機会が増えるかと思いますので、ご挨拶も兼ねて同席させました」
「ふふ、そうでございますか」
椅子に腰かけた拍子にフワッとミルクティーのような甘い香りが鼻孔をくすぐった。
世の男どもはきっと出会って五秒で惚れるのでは、と思う程カエデから見ても魅力的な女性だった。
「イリーナと申します。ここ、商業ギルドでお客様対応をさせていただいております。どうぞよろしくお願いいたします」
「わわ、よろしくお願いいたます」
恭しく頭を下げるイリーナにつられて、カエデもそれに倣うが盛大に噛んでしまう。
ふふ、と再び優しく微笑まれ、大人だ、とカエデは思った。
「さて、ベルブランカ様。本日はどのようなご用向きでございましょう。城の備蓄物の搬入についてでしょうか?」
「いえ、今日は話を聞きに来ただけです」
「ああ、そちらでございますか 」
どのような情報をお求めでしょう、とイリーナは居住まいを正す。
ベルブランカは今日起きた出来事について、簡単に説明。
「なるほど。魔獣による襲撃、でございますか」
「ええ。そこで不自然だったのが、魔獣の召喚者の侵入をいとも簡単に許してしまったことです。警備の騎士はそんな人物は通していない、とのことだったのですが、一時時間の感覚がないような、記憶が途切れているような感覚があったそうです。それと同じようなことを、昔聞いたことがあります」
「催眠魔法。『
イリーナの指摘に、ベルブランカは首肯する。
イリーナは少々お待ちください、と言って、本棚の中を何やら探し始める。
異彩魔導士というのは、赤であれば炎、青であれば水、といった本来の系統の属性ではない属性の魔法を行使する魔導士の総称であったはずだが。
置いてけぼりのカエデは、ひそひそと声を潜めてベルブランカに問いかける。
「
「人を強制的に眠らせたり、操ったりする催眠魔法を使う魔導士のことです。操れても数人、しかも直接体に触れなければならないので、使いどころは限定されるのですが・・・。ただ、昔テラガラー王家に仕えていた騎士に藍風の異彩魔導士が所属していた、という話を聞いたことを思い出して、ここに来たんです」
「ここって、個人のことも分かるんですか?」
それが本当なら個人情報も筒抜けということでは。
個人情報ってなんだっけ、とカエデとしては怖くなってしまうところではあったが、ベルブランカは首を振る。
「流石に個人の動向までは分かりません。ただ、犯罪者の場合はその限りではないです」
「え、それって――― 」
「お待たせしました」
詳しく聞こうとしたものの、イリーナが資料を手に戻ってきた為、話は中断されてしまった。
「ベルブランカ様がお聞きになりたいのは、黄の国で唯一の藍風の異彩魔導士だった、ゲラルト・ヒュノシスについて、でよろしいでしょうか」
「ええ、その通りです。ここ最近の目撃情報はありますでしょうか」
イリーナはペラペラと資料をめくりながら
「ここ数か月で何度か、それらしき人物の目撃情報はありますが、裏付けはどれも取れていないようです。最後の目撃情報は一か月ほど前、青の国との国境付近の鉱山地帯のようですね」
「その一帯は、ここのところ盗掘被害が多く発生している所ですね・・・」
そう言って口元に手を当てて考え込むベルブランカ。
少し話が途切れそうだったので、カエデは口をはさんでみることにする。
「あのー、イリーナさん。そのゲラルトって人、悪い人なんですか?」
「そうですね、こちらで把握している情報では、十年ほど前、騎士団に所属していた時期に、同僚の騎士を斬り殺した罪で投獄されていた、とあります」
「めっちゃ悪い人だった!」
ゲラルト・ヒュノシス。
テラガラー城守護騎士団『トパーズ』に所属していた経歴あり。
元守護騎士団副団長。藍風の魔法を駆使し、催眠魔法の使い手。
ある時、騎士団の内部情報を他国に売り渡していた容疑で、同じく騎士団に所属していた騎士を尋問中にゲラルトがその騎士を斬殺する事件が発生。
その騎士は、一度は罪を認めたものの、その後証言が二転三転。情報を他国に売り渡していたという裏付けも取れず、度重なる尋問に耐えられなかったか、命を落とす結果になってしまった。
尋問が行き過ぎたのではないか、藍風の魔法により無理やり自白させたのではないか、という声が多く上がり、逆上したゲラルトが自身を糾弾していた騎士襲い掛かり、数人の死傷者を出した。
「そして、投獄から数年後、突如として脱獄。以降行方をくらませていましたが、ここ最近何度か目撃情報が相次いでいる、という状況でございます」
「うーん、話を聞くと、悪い人なのかそうでもないのか、よく分かんないなぁ・・・」
「いいえ、騎士殺しは重罪です。脱獄し、逃げ回っている時点で、後ろ暗いことがあるのは明確です。殿下に今回の一件含めて上伸し、警備網を強化していただきましょう」
それまで黙っていたベルブランカは、明確にゲラルトを悪と断定した。
何やら色々背景があるような気がするが、既に事実として騎士殺しをしてしまっている以上、どんな理由があろうと関係ないのだろう。
「ベルブランカさんとしては、その人が、魔獣を召喚した人だと考えているんですよね」
「ええ、人の精神に干渉するような魔法は、そうそう無いはずですし。あくまでも、そうかもしれない、という段階なので証拠があるわけではありませんが」
ただ、とベルブランカは続ける。
「魔獣に関しては全く分かりません。強個体のラピッドウルフなど、初めて見ましたし、何故魔獣を操れていたのかも不明です」
「ん? 魔獣も、藍風の魔法で操ってたんじゃないんですか?」
「藍風の魔法は人に対してのみ有効と聞いています。」
ベルブランカ曰く、記録では魔獣の抑制の為、藍風の異彩魔導士が試したものの、全く効かなかった、と。
確かにそれだと、操れていた理由も、通常より強力なラピッドウルフだった理由も不明のまま。
その点についてイリーナに確認も、ギルドでもその類の情報は持ち合わせていない、とのことだった。
結局今回の魔獣による襲撃事件の首謀者は明確にはならないものの、手掛かりになりそうなことは掴むことが出来たか。
「ひとまずここまで分かった情報については、殿下に報告します。ギルドの方でも今回の魔獣や召喚者のことについて、情報を集めておいてもらえれば助かります」
「承知いたしました」
イリーナは恭しく一礼し、ベルブランカに応えた。
―――――――――――――――――――――
藍風の異彩魔法について、一通り話を聞き終えた後、現在の黄の国にとって最も頭の痛い問題である、藍の国の状況についての話になっていた。
「藍の国に出入りする業者によると、やはり魔石の仕入れ増加を求められたそうです」
藍の国が大量の魔石を欲している、という話はカエデの耳にも届いていた。
世界情勢を一切知らないカエデに、あれやこれやとメイド仲間達が終えてくれることが多い。そのおかげで黄の国と、隣国の藍の国との状況についてもある程度は把握していた。
「ただ、このやり取りはもうしばらくすれば落ちつくだろう、と話があったようです」
「新たな採掘源でも見つけたのでしょうか?」
「残念ながら、詳細は不明です」
「あのー、何でそもそもお隣さんは、そんなに魔石を欲しがっているんでしょう?」
横から聞いても良いか迷ったが、恐る恐るカエデは疑問を投げてみる。
藍の国との魔石問題についても聞いてはいたが、何故そこまで魔石にこだわっているのか、そういえば分かっていなかった。
カエデの疑問に対してはベルブランカが口を開く。
「当初は暖を取る為の、炎の魔法陣を刻む魔石が必要という話が出たことが始まりでした。こちらもできる限り輸出量は増やして対応はしてましたが、次第にその量が増え、最終的には去年の倍以上の魔石を要求されました」
当然全ての要求を飲むことはできず、できる限りの対応をするのみ、という方針に変わりはなかったが、藍の国の外交担当貴族より、明言はされないものの侵略行為をほのめかすような発言があった為、緊張状態が続いているという。
「先方も必死な状況なのだと思います。十三年前に起きた反乱で統治する王が挿げ替えられてから、原因不明の異常気象が発生していますから」
「異常気象ですか?」
同情するかのように眉根を下げるイリーナの言葉に、カエデが疑問を投げかける。
それに対してベルブランカが、そういえばカエデは知りませんでしたね、と口を開いた。
「藍の国は元々、ジーヴルという国名ではありましたが、十三年前に国内でクーデターが起き、その時に台頭していたレディオラ家が政権を握り、以降新たな王家として国名すら変えてしまう、ということが起きました」
新たに、藍の国レディオラが誕生してから隣国との関係は一変した。
それまではお互い積極的に交流を持ち、暑い時期の避暑地として黄の国以外にも国外から多くの観光客が訪れる程だったという。
だが、レディオラ王家に変わってから、国境に関所が建ち、隣国との交流は物資の貿易のみ。個人の行き来は簡単には出来なくなってしまった。
「同時期にレディオラ国内にて冬が明けないという事態が発生し、それから今日までの十五年間、多少の気温差はあるものの、気候はずっと冬のままなのです」
「え!? 十五年もずっとですか!?」
「ええ、時期が時期だっただけに、一部の住民からはジーヴル王家の呪い、なんて言われているようですが」
「えぇー・・・」
確かにそんな事態に陥ってしまえば、呪いと言われしまうのも納得してしまうが。
なので、暖を取る為の魔石が大量に必要となっている、ということなのだろうか、とカエデは出された紅茶をすする。
そこでふと、一つ不安になるカエデ。
「じゃあじゃあ、イリーナさん。お隣が魔石をよこせーって、攻め込んだりしてくるかもしれない、っていうのもあるんですか?」
「特に戦の準備をしている、というような様子も話もありませんので、今すぐ攻め込まれる、というような心配はないかと思われます」
よかったー、とカエデは一安心。
戦争になるかもしれない、というようなピリピリしている関係。
城内でも他のメイド仲間からそんな噂話を聞くことはあったが、まだそういった事態にはならない様子。
「ですが、鉱山地帯における盗掘事件が横行しており、裏で藍の国が手を引いているのでは、との話もあります。証拠はまだ出ていませんが」
実際被害は大小あれど、一人二人の盗賊で起こせる規模ではない、とベルブランカは説明した。
明らかに組織的な所業ではあるが、実行犯を締め上げても背後関係は全く明らかにならなかった。
現時点では、商業ギルドでも有力な情報は掴んでいない、とのことだった。
(あれ、そういえば・・・)
先ほど話に出ていた、指名手配犯も鉱山地帯での目撃情報があった、とのことだったはず。
何か関係していたりするのだろうか。
「それと関係があるかどうか不明ですが、藍の国で氷の王女が生還された、との噂話があるようですね」
何やら気になるワードが出てきたので、カエデの思考はそちらに持っていかれてしまった。
「氷の王女・・・ですか?」
カエデの脳内に、ありのーままのー、というような歌が流れてきた。
氷の魔法を暴走させてしまったりするのだろうか、と興味がひかれる。
「聞けば、幼少期に行方不明になっていた、始原魔導士の血を引く王女が見つかった、というような話のようです」
始原魔導士とは、神話の時代に最初に魔力を授かった魔導士を指す。
氷の王女とは、始原魔導士の一人、氷のジーヴルの血を引く者だという。
「お、おお・・・勇者パーティーにいそうなキャラ」
ファンタジックな存在に興味がそそられる。
きっと魔法使いか僧侶的ポジションだろうな、とカエデは勝手に思った。
「他に有意義な情報はありますか?」
氷の王女については、特に注意すべきではないと判断したのか、ベルブランカは問う。
だが、現在ギルドでもそれ以上の新しい情報は特にない、とのことだった。
「わかりました。藍の国にまだそう大きく動きがないことだけでも分かって良かったです」
「左様でございますか。お役に立てたようで何よりでございます。」
「あのーすみません。私からも聞いていいですか?」
話が終わったところでベルブランカが席を立とうとした際、カエデが手を挙げてそれを制止した。
腰を上げかけたベルブランカは構わない、とでも言うように再びソファに腰かけた。
「私、人を探してまして、姉と、兄・・・みたいな人なんですけど。ハルとリッカという名前に心当たりはありませんか?」
カエデはハルとリッカの特徴、年齢などを伝えた。
商業ギルドから黄の国だけでなく、他の国にも行くのであれば、もしかしたら二人の情報も得ているかもしれない。
一抹の希望を抱いたカエデ。だが結果はカエデ希望に沿うものではなかった。
「申し訳ございません、それだけの手がかりですと、こちらに該当する情報は持ち合わせておりません」
「そう、ですか・・・」
「必要であれば、当ギルドから捜索依頼を出すことも可能です。ですが悪魔でも行商のついで、という形なので、ご希望に沿う結果が出るかは分かりかねますが・・・」
カエデとしてはそれでもお願いしたいが、どの程度費用がかかるのか。メイドの仕事で多少なりとも給金は出るそうだが、自分に払えるかどうか。
仕方がないので分割交渉できるか、聞いてみようとしたところ――――
「構いません。必要経費はいつもの通り、王家に請求していただいて良いので、可能な限り対応してください」
「え!? ベルブランカさん!!?」
隣のベルブランカから予想外の言葉が出てきた。
驚いた表情でベルブランカを見ていたら、いつもの仏頂面は変えないままその口を開く。
「・・・女王陛下より、カエデの探し人に関しては王家の名を出しても構わないので、協力するよう申し付かっています」
カエデは段々と驚きの表情から笑顔を浮かべていき、ガバッとベルブランカに抱き着いた。
「ありがとうございます! ベルブランカさん!」
「ちょっ、抱き着かないでください! 感謝するなら女王陛下になさい!」
「もちろん女王様もですけど、ベルブランカさんにも、この感謝を伝えたい!」
珍しく感情をあらわにするベルブランカを見つめながら、イリーナはあらあらと微笑む。
「わかりました! わかりましたから離しなさい!」
「いーやーやだやだ」
見た目通り華奢で細い腰にまとわりつつ、花のような甘い香りが鼻孔をくすぐり、それを堪能するカエデ。
それからカエデが満足するまで、されるがまま、戸惑うままのベルブランカだった。
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