一章エピローグ・後編:これからのこと

 ※二章の展開上、設定変更の必要があった為、改稿いたしました。



 ―――――――――――――――――――――


「じゃあ、アレン、ベル。世話になったな」



 パーティーを終えた次の日。

 ハル達は青の国へ帰る為、見送りに来ていたアレンとベルブランカに別れを告げた。アレンはさわやかな笑顔で、ベルブランカは無表情ながらも、深く腰を折る。


 結局その後も、何度かテラガラー王室に仕える事を勧められたが、ハルとしては今後もジュード達に協力していきたい気持ちもあり、それにカエデの命を救った、あの白い少女。


 あれが何だったのか、魔導研究所に報告して究明していかなければならない為、青の国に戻ることに決めた。



「ごめんね。殿下も顔を出したかったと思うんだけど……」


「気にしないでくれ。そっちの王子様も忙しいんだろう」



 アレンは、そう言ってもらえると助かるよ、と軽やかに笑う。



「何か困った事があれば、いつでも相談に乗るよ。女性関係なら、尚更力になろう」


「それだけは、絶対にやめた方がいいですね」



 得意げにほほ笑むアレンに対して、ベルブランカは表情は変えずに、冷淡な目をしている。

 しかし、隣のジュードは、けっ、と罵るように顔をしかめる。



「誰がテメエなんぞを頼るか」


「あれ? なんだかゴリラ語が聞こえた気がするなぁ。どこかに野蛮な赤ゴリラでもいるのかな?」


「なんだと、コラ!」


「やめなさい」


「兄さんも、最後まで大人げない真似はよしてください」



 見送りの時まで、大人げない様を見せる男二人の首根っこを掴んで、物理的に引き離すアイリスとベルブランカ。

 そんな四人を見てハルは苦笑し、隣で同じように笑っているカエデに目を向けた。

 視線に気づいたカエデは、姿勢を正して手を後ろで組む。



「……じゃあ、ハルにい」


「ああ……、本当に一緒に来ないのか?」



 ハルの言葉に、カエデは頷く。

 ハルについて行くか、残るか、ギリギリまで悩んだものの、カエデは黄の国に残ることに決めた。

 いつもの明るい笑顔であるものの、どことなく寂しそうな気もする。



「リカねえがどこにいるか、同じところから探すよりは、手分けした方が良いと思うんだよね。こっちでも出来ることがあると思うし」



 カエデの言う通り、一つの場所からリッカの行方を探そうとしても効率が悪い。

 カエデはカエデで、ギルドと連携して情報を得る手段がある為、任せてしまった方が良いだろう。


 しかし、そうは言っても、ハルとしては心配は尽きない。

 そんな気持ちが顔に出てしまったのか、カエデは呆れたように笑った。



「もう、そんなに心配してなくても大丈夫だってば。またすぐに会いに行けるんだから」


「まぁ……、そうなんだけど……」


「リカねえが見つかったらさ、青の国の楽しい所とか、見所、教えてよね。一緒に行くから」


「……ああ! 三人で、元の世界に帰る方法探しながら、色んな場所、行くか」



 それは新しい夢であり目標。

 また再開する事、元の世界に帰る事は変わらずだが、せっかくの異世界。

 リッカも交えて三人で、色んな国や場所を巡ってみたい、という希望。


 ガッと、突然ジュードが肩を組んできた。



「おいおい、楽しそうじゃんかよ。俺も一緒に行くぜ」


「あ、じゃあ、私も良ければ一緒に。湖とか綺麗な場所、ご案内します」



 ジュードの話に乗って、アイリスも二人の顔をのぞき込んで笑顔を見せる。



「では、僕も楽しい場所を教えよう。皆が満足できるような所をね」


「兄さんが案内する所は、淫靡で卑猥な場所かもしれません。変な場所に行かないか、お目付け役として私も行きます」



 アレンの爽やかながらも、どことなく怪しげな提案に、ベルブランカがジト目で釘を刺しておく。



「ははは。じゃあ、みんなで行こう」


「うん! すっごく楽しそう!」



 ハルとカエデは、お互いに顔を見合わせる。

 ハルとカエデとリッカの三人で、としていたところに、ジュードやアイリス、アレンとベルブランカも。

 この世界で共に死線を潜り抜け、絆で結ばれた仲間達と、いずれ来る未来の為に、今は六人、笑い合った。



 ―――――――――――――――――――――



 カエデはハル達を乗せた馬車を、ずっとその姿が見えなくなるまで、見つめ続けていた。


 黄の国に残ったことに後悔はない。ここで出来る事も確かにあるだろう、と考えた事も確か。

 ハルと別れる時にはちゃんと笑顔で見送ろうと思っていたので、それは問題なく出来たと思う。


 それでも――



「――良かったのですか? 一緒に行かなくて」



 隣でベルブランカが、同じように過ぎ去った馬車の後を見つめながら、そう声をかける。

 少しだけ、寂しさを顔ににじませながらもカエデは笑顔で頷く。



「ハルにいに言った通りだよ。リカねえを探すなら、手分けした方がいいと思ったし、ここの生活にも慣れちゃったし、ね」


「ですが……好きなんですよね。ハルさんのこと。兄としてでなく」


「え、ええ!? 何で!?」



 ベルブランカの前でそういった素振りは全く見せなかったと思うが、どこでそんな雰囲気を感じ取ったというのか。

 挙動不審にたじろぐカエデを、ベルブランカはすまし顔で見ている。



「それは、見ていれば分かります。不本意ですが、兄さんの事を聞かれたり、仲介を依頼されたり、その時の女性達と同じような目で、カエデもハルさんの事を見ていたので」


「おやおや、色恋沙汰に忌避感があると思っていたベルが、そういう事も分かるようになっていたとは。兄としては、妹の成長に感動する所だね」


「誰のせいですか、誰の」



 呆れてため息をつきながら言うベルブランカの隣で、カエデは頬を赤く染めながら俯く。


 ハルの事は子供の頃から兄として慕ってきた。

 最初は人見知りもあって上手く喋る事は出来なかったが、それでもハルは側にいてくれて、一緒に居て楽しくて、頼りになって。


 徐々に打ち解けていくにつれて、いつからか兄としてでなく、異性として慕うようになっていた。



(でも……)



 隣には同じくらい大好きな姉がいた。

 ハルリッカもお互いに想い合っているような気はしていたし、そこに自分が、とはならなかった。

 なら今の兄妹のような関係が心地よい。



「私は……いいんだ。ハルにいとは今の距離感がいいんだよ。それにリカねえとの方がお似合いだし……、早く会わせてあげたいし……」



 カエデの声が段々と涙声になっていく。

 ずっと前にしまい込んだ感情が、突然掘り起こされてどう扱っていいか分からない様な感覚だった。


 その言葉は嘘ではないが、本音というわけではない。

 一緒に居たいかと言われれば、それは居たいに決まっている。

 リッカがいないうちに、ハルともう一歩踏み込んだ関係になれれば、という汚い考えが一瞬でもよぎってしまい、昨夜は自己嫌悪で死にたくなる程だった。


 そんな自分が嫌で、ここに残ったという側面も確かにある。



「それに……、ひっく……、ベルとも仲良くなれたのに……、離れたくなかったのもホントだし……、ぐすっ……」



 ハルとは一緒に居たい、せっかく会えたのにまた離れ離れになるのは寂しい、でもリッカも早く探さなければいけない。それにベルブランカやアレン達とも離れたくない。

 色々な感情がごちゃ混ぜになってしまい、それが涙となって溢れ出てきてしまった。



「色々胸中複雑なのですね。どんな答えを出しても良いと思います。でも、私はカエデの恋を応援しますよ」



 ベルブランカは、普段は見せない優しい声色で、優しい表情で、カエデの背中をさする。

 考えがまとまらなくても、どういう気持ちでいても、全部ひっくるめてベルブランカはカエデを応援してくれるという。


 そんな気持ちが嬉しくて、また何だか悲しくなってきてしまって。

 それをきっかけに、我慢していたものが決壊するように涙が止まらなくなってしまい、ガバッとベルブランカの胸に抱き着いた。



「……もう、色々我慢してたのに~! うわあああああん! べえるううううう!!!」


「案外カエデは泣き虫ですね。……本当に、もう。仕方ないんですから」



 呆れているような言葉だが、表情は柔らかく、まるで妹を慰めるかのように泣きじゃくるカエデの頭を撫でるベルブランカ。

 そんな様子を見て、うんうん、と頷いているアレン。



「……良いねえ、青春だね」



 ベルブランカは、そんなアレンの年寄りじみた言葉をジト目で返し、カエデが泣き止むまでその頭を撫で続けていた。



 ―――――――――――――――――――――



 深々と降り積もる雪。

 その土地は頻繁に雪が降り、時折吹く風は身も心も凍ってしまうかの如く極寒。各都市や町の家々には、暖炉が備え付けられており、常に炎の魔石がくべられて暖を取っていなければ生活など出来ない程。


 その国の名は、藍の国レディオラ。

 別名を氷の国。元々は始原魔導士の一人、氷のジーヴルが興した国である。


 藍の国レディオラの主要都市のひとつ。

 貿易都市スニエーク。ここは他国との交易や国内商業の中心地。かつては他国から食料や特産品等のやり取りが盛んではあったが、今は主に魔石の取引が貿易の大部分を占めていた。



「……はぁ」



 貿易都市スニエークの大通りから逸れた場所、裏通りとも言われる薄暗い通りの、とある宿屋。

 その一室で、雪が降り続ける空を見ながら、少女が一人ため息をつく。

 窓ガラスに反射して、首元の藍色のネックレスがキラリと光った。



「どうしたのよ」



 突然、その背に声がかかった。

 少女が振り向くと、同じ歳の頃の少女が、腰に手を当てながら不機嫌そうにこちらを見ている。


 艶がある瑠璃色の長髪を揺らし、気の強そうな猫目。勝気な性格がその態度にも表されている。

 しかしながら、目つき、性格、多少の髪色は違うものの、その容姿は少女と。まるで鏡越しに自分と話をしているような錯覚に陥りそうになる。



「リアちゃん……」


「だから、ちゃん付けしないって言ってるでしょ」


「いや、でも……――」


「――なによ?」


「なんでもないです……」



 予想以上に強めなリアクションが帰ってきてしまったので、すごすごと引っ込んでしまう。

 リアと呼ばれた少女は、ため息をつき腕を組む。



「全くあなたみたいのが、始原魔導士の血筋だなんて未だに信じらんないわ」


「それは……私もそう思う」


「まあ、なんでもいいけど。朝になったらすぐ出発だからね、寝坊しないでよ」


「うん……」



 少女の目的は、が封印されているという、『藍の魔核』を探す事。それさえ探し出す事が出来れば、望みを叶えられると言われている。


 冷たくそう言い放つリアから視線を外し、再び少女は窓の外を見る。

 空から降り続く雪を見ながら、その先の何かを見据える。



「ハル君……、カエちゃん……」



 少女――リッカは元の世界で共に過ごしていた幼馴染と妹の名をそっと呟く。


 この世界に来てから自分にまつわる色々な話を聞いた。

 と言ってしまったら、二人はどんな反応を示すだろうか。

 関係ないと言って、今までと変わらない関係でいられるだろうか。


 それとも――



「――会いたいよ……」



 例えどんな事を言われようとも、ただ会いたい。

 もう一度、手を繋ぎたい、一緒に笑い合いたい。


 それだけを願いながら、リッカの目から一筋の涙がこぼれた。


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