メイドになる
カエデが通された部屋は十分な広さの二人部屋だった。
ベッドと作業机、トイレとお風呂も備え付けられており、生活する上で特に不自由はなさそう。二人部屋というのは初めてだったが。
「はあ、まさか異世界転移しちゃうとは・・・」
女王の胸で大泣きした後、自分の身に起きたことはすべて話した。
女王は優しく聞いてくれて、信じてくれた、ように思う。
行くあてがなければ、ここで働いてはどうか、と提案もしてくれ、救ってもらえるだけでなく、仕事も与えてくれるとは、なんて優しい女神様なのか、と崇めるほど。
「ハルにいもリカねえも、こっちの世界にいるのかなぁ・・・」
あの場に三人いたのだから、当然二人とも来ているはず、とは思うが、女王曰く他にカエデと同じような人はいなかったという。ここではない、どこか他の場所にいるのだろうか。
「ま、クヨクヨしてもしょうがない!女王様も協力してくれるって言ってたし、何とかなることを願うしかないよね!」
起きてしまったことをアレコレ考えても仕方ない、と従来の明るさを取り戻し、これからのことを考える。
この世界に来て、楽しみなことが一つあった。
「魔法があるみたいなんだよねー!やっぱり異世界モノには付き物だよね!」
誰に言うわけでもなく、鼻息荒く独り言。
部屋に移動してくるまでの間、庭で使用人たちが水を操って水まきしていたり、空を飛んでいたり、と正に魔法の世界。
見てしまったら、やってみたいと思うのは必然、とワクワクしてしまう。
「よーし、頑張るぞー!」
「何がでしょう」
「わひゃあああ!!」
心機一転、両手を上げて気合を入れたところに、すぐ後ろから声をかけられ、変な声が出てしまった。
振り向くと白い生地に黄色い差し色が特徴的なメイド服を身にまとった、カエデと同じ年の頃の少女が、無表情で見つめていた。
(カワイイ・・・)
小柄でダークブロンドの金髪をショートボブにまとめ、右耳に留めた黄色のイヤリングが光に照らされキラリと輝く。
同性の目から見ても目にとめてしまう程可愛らしい少女だった。
全く表情が変わらないので、愛想がないのがもったいない、とは思う。
「えーっと・・・?」
「初めまして。ベルブランカ・サイストと申します。この城でメイド部門の責任者をしております」
「あ、はい!私はカエデと言います!よろしくお願いします!」
カエデは朗らかに握手と思って、右手を差し出すが、ベルブランカは一瞥するのみで応えることはない。
差し出した右が寂しそうに空を切る。
(あれ、握手の習慣がないのかな?)
気を取り直して、カエデは続ける。
「すごいなー、ファンタジー世界!やっぱり王様がいるなら、メイドさんもいるものなんですね!メイドの責任者ということは、偉いんですよね?同い年くらいなのに、すごいです!」
「・・・」
素直に称賛しているが、ベルブランカに伝わっている気が全くしない。
相変わらずの冷たい目でカエデを見据えている。
(う―ん、感情が読み取れない・・・)
人との距離が近く、割と誰とでも仲良くなれるカエデだったが、目の前のベルブランカの心の牙城が崩せない。
相手の反応をみて距離感を意識する。
無意識ではあるが、その距離の取り方が非常に上手く、好意的にとらえられることが多いカエデであったが、今回は中々思うようにはいかなかった。
「私も、この部屋で寝起きしますので、同室になります」
ようやく話をしてくれたと思えば、抑揚のない声で業務連絡のような内容。
だが、それでもカエデは嬉しく笑顔で返す。
「そうなんですね!私、今まで同年代の人と共同生活ってしたことなくて、新鮮で楽しみです!あ、寝言とかいびきがうるさかったら言ってください、努力しますので」
治すんじゃないのかい、というツッコミを期待したが、何の反応もなかった。
カエデとしては親しみやすさマックスで接しているつもりだったが、一向にベルブランカからのリアクションは無い。
ベルブランカはカエデを通り過ぎ、作業机に荷物を置くと、くるりとカエデを振り返る。
「一つ言っておきますが」
ようやく初めてベルブランカが感情を見せてくれた。
ただしその感情は―――敵意。
「得体の知れないあなたと、友好を深めるつもりはありません。メイド長である私があなたと同室になったのも、監視の為です。もし、陛下や殿下に害をなす存在だと判断したら、命はないと思ってください」
冷たく、暗い。
ベルブランカの発する言葉に偽りはなく、カエデがそのような行動を取れば間違いなく実行するだろう。それだけの説得力があった。
だが、初めて感じる、真っ直ぐにぶつけられた敵意に、カエデが返したのは苦笑だった。
「たはは・・・、ですよねぇ。経歴も身元不明な小娘が突然現れて一緒に働きます、一緒に暮らします、なんて怪しさ抜群ですよねぇ。でも・・・」
初めて見せてくれた感情は好意的なものではなかったが、それに不快感はなかった。
むしろ好ましくも思った。
「ベルブランカさん、優しいですね」
「はあ?」
カエデの言葉に、ベルブランカはそれまでの無表情から、初めて表情を崩した。
「だって、わざわざ私に警告しなくてもいいのに、言葉にしてくれてるし、追い出すつもりなら、もっとぞんざいに扱われてもいいのにされてません」
「それは・・・陛下から、ある程度は世話をするよう申し付かっていますし・・・」
「だとしても私は嬉しいです!」
今度こそしっかりベルブランカの手を両手で包み込む。
ベルブランカの戸惑いが勝ったのか、咄嗟に振り払われる事は無かった。
「だから、ありがとうございます」
「・・・」
そんなカエデの真っ直ぐな言葉に二の句を告げなくなってしまっているベルブランカ。
だが、すぐにパッと手を離され、そっぽを向かれてしまう。
「・・・とにかく、明日からちゃんと働いてもらいますから」
なんだかツンツンした猫のようだ、とカエデは評した。
猫といってもノラなどではなく、主人にしか靡かない気高い猫。
だが、そんな反応されると、カエデの中ではムクムクと、逆に何としてもデレさせたい、と密かに燃えてしまうのだった。
―――――――――――――――――――――
翌日からの仕事は割とハードだった。
城のメイドなんて、可愛いメイド服着て、お茶の準備をしたり、偉い人の身の回りのお世話をしたり、とゆっくり優雅に過ごしているものだと思っていた。
その認識は全くの誤りだった。
一日の始まりは、まず日が昇る前から起床、速攻で身支度を整え、広すぎる城内の掃除。
食堂にてまたもや速攻で朝食を摂り、執事、メイド合同でのブリーフィング。その日の王族の予定、来客の有無、その他連絡事項の共有。
カエデの紹介はそこで行われたが、自己紹介することもなく、サラッと流れるように紹介されるだけだった。
そして王族の面々が来る前に朝食の配膳、セッティング。調理は専任のコックがいるのでメイドは関わらないが、それ以外に必要な準備、片づけは全てメイドが行う。
それから再びの掃除、大量の洗濯物。もちろん洗濯機などないので、全て手洗い。
それら全てを、ベルブランカが他のメイドに指示を出しながら、カエデにマンツーマンで指導をしていた。
昼食を摂れる頃には、既に日が高く上った後だった。
「だっはああああ!疲れたー!」
昼食を摂るタイミングが、唯一ゆっくりできる時間帯。
食堂でベタッと突っ伏しながら、カエデはようやく息ができるような心地だった。
「行儀が悪いです。曲がりなりにもテラガラー王家のメイドたるもの、常に清く正しく美しく、を念頭においてください」
ベルブランカが昼食を運び、カエデの隣に座る。
割とハードなスケジュールだったと思うが、ベルブランカは涼しい顔をしている。
口では注意しながらも、カエデの分の昼食も用意してくれていた。
「明日からは自分で用意してください。あちらの窓口で注文できますので」
ベルブランカが指さす先に、食堂の窓口があり、そこで注文を取るらしい。
メニューは選べないが、日替わりで用意されており、十分な量が提供される。
使用人には質素な食事、というわけではない。これは女王の意向であるらしい。
十分な量、十分な栄養。元気の素は食事から、万全な状態で仕えて欲しい、と。
女王が国民にも配下にも慕われる一因である。
「ベルブランカさん・・・モグモグ、優しい・・・モグモグ」
「食べるか喋るか、どちらかにしてください。はしたないですから」
パンを頬張りながら、そう言ってみたら注意された。
その言葉を最後に、無駄口をたたかず、静かに食事を摂るベルブランカ。
一挙手一投足、ただ食事をしているだけなのに、優雅さが感じられた。
周りを見れば、他のメイド達も会話をすることはあっても、ずっと喋っている、ということない。
ベルブランカの教え、清く正しく美しく、を実践しているということか。
(ご飯の時は、お喋りできた方が楽しいとおもんだけどなあ)
そう思うものの、ベルブランカに習い静かに食事を摂るカエデ。
しばらくそうしていると突然、ベルブランカと同じような髪色の青年が目の前の席に座ってきた。
(うわ、なんかすごいキラキラした人来た!)
ダークブロンドの金の髪を後ろに流し、微笑を浮かべている。
その容姿は王子様と言われても納得してしまいそうになる。
「君がカエデさん、だね。会えて嬉しいよ」
「え、あ、はい、どうもです」
低音で聞き取りやすく、落ち着きのある声。
イケメン、イケボという教科書があれば例文で乗りそうだなこの人、とカエデは思った。
「僕はアレン。ここで執事をしていて、取りまとめている立場にある者なんだ。以後お見知りおきを」
わざわざ隣に来て、跪き、カエデの手を取りながらの一連の所作。
きざったらしくなく、まるでそれが当然とばかりの流れる動作に、カエデはドキッとはしないが、感心させられた。
(王子様イケメンってすごい)
身近にはいなかったタイプだ。
むしろ身近な男でこんなこと自然にできる人はいない。
もし、ハルがそんなことしてきたら笑う。絶対笑う。
そんな場面を想像してしまい、思わずクスッと笑ってしまう。
それを見て掴みは良いと思ったか、アレンはさらに言葉を続ける。
「それとどうだろう。今後の二人の親睦を深めるという目的で、どこかに―――」
「兄さん!」
途中で遮るように、冷静なベルブランカが珍しく声を荒げる。
「先日言っていたことと、やってることがまるで違うんですが!」
「いやー、カエデさんがあまりに魅力的で、これは声をかけない方が失礼だと思ってね。ついつい、心のままに口をついて出てしまったよ」
そそくさとカエデの手を離し、二人の目の前の席に改めて座るアレン。
ベルブランカの新たな一面を見て、カエデは新鮮さでマジマジ見てしまった。
その視線に気づいたか、ベルブランカは軽く咳払い。
「・・・こちら、不肖の兄です」
「改めまして、ベルの不肖の兄です」
苦々しくアレンを紹介するベルブランカに、朗らかに同じ言葉を繰り返すアレン。
言われてみれば同じ髪色、顔立ちもどことなく似ている気がする。
性格はまるで正反対だが。
「そうなんですね―。美男美女兄妹、素敵です。それに兄弟そろって責任ある立場についてるって、すごいですね」
いやいや、と謙遜するアレンに、ノーリアクションのベルブランカ。
「カエデさんにも兄妹がいるらしいね。ここに来た経緯は聞いているよ」
「あはは・・・そうですか・・・」
アレンもベルブランカも責任ある立場。もちろんカエデの背景は知っているのだろう。
それを信じてもらっているかどうかはさておき。
恐る恐る、カエデは口を開く。
「あの、やっぱり、私みたいなのは、珍しいんですかね?」
「珍しいというより、前例がないようだね。ここは青の国ほど、魔法研究が進んでいるわけではないし、他国ではあるのかもしれないけれどね」
もし、この国でカエデと同じ状況の人間がいれば、王家にもその情報は入っているはずだが、特に同じようなケースはなかった。
カエデの探し人は、もしかしたら他の国にいるかもしれない、とのこと。
「そうですか・・・」
意気消沈するカエデ。
この世界のことを何も知らないカエデが、あてもなく探しに行けるはずもないし、何より拾ってくれた女王に対して何も恩返しできていない。
とりあえずは、ここで働きながら常識を学び、ハルやリッカの捜索、元の世界に帰る方法を模索していくしかないか。
前途多難、暗中模索。見通しが何も立たない真っ暗闇が、カエデの心に影を落とす。
そんな気持ちを知ってか知らずか、アレンはベルブランカに笑いかける。
「もし僕が行方不明にでもなったら、ベルは探してくれるかい?」
「王家の損失になるので、探しはしますね」
「心配してくれるのかな?」
「いえ、どうせ女性の所でしょうから、死んではいないだろうな、と思う程度ですね」
冷たいなー、と全くショックを受けて無さそうな様子で笑うアレン。
自分と会話する時とは違い、ベルブランカの表情は変わらないが、その声色はどこか柔らかい。ツンケンした態度ではあるが、アレンを嫌っているわけではないのだろうな、と思う。
そんな兄弟のやり取りが、どうしようもなく懐かしく、うらやましい気持ちになってしまい、胸を締め付ける。
(ハルにい・・・リカねえ・・・)
会いたいと思っても、自分は独りぼっち。
そんな現実が、ますます寂しい気持ちにさせる。
(やめやめ!きっと二人は大丈夫!)
無理やり気持ちを切り替えて、残ったパンを口に放り込んだ。
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